基地から離れるパトカーを見えなくなるまで見届けてから私は基地へと戻る。
まさか、アベルが撃たれるなんて思ってもいなかった。
アベルは私の幼馴染で同じ孤児。幼少期から共に過ごして、今ではお互いに隠し事無く色んなことを相談できる関係になっている。
私が隊長に引き取られ、軍人を目指したようにアベルも治安官に拾われ、その影響もあって治安官になった。互いに危険な仕事だと思っていたけど、アベルが倒れている姿を見て私は泣きそうになってしまった。
「アベルくん、撃たれたのに撃った相手の心配か」
レテが思わずそう呟く。
「アベルは優しい人ですから」
彼は人の痛みを知る人だ。人の不幸は自分事のように悲しみ、人の成功は妬む気持ちゼロで純粋に喜べる人なのだ。そんな彼が撃たれた自分より、撃った相手を心配するのもわかる気がする。
「でも、防弾ベストを着ていて良かった。あの撃たれた位置はベスト無しじゃ⋯想像もしたくない」
コキュートスは衛生兵らしく撃たれた位置を分析していた。確かにアベルの防弾ベストの負傷個所は心臓に近かった。本人もベストを着ていて良かった言っていたから、ベスト無しだとアベルは⋯⋯。
「だな。目の前で若者に死なれるのは勘弁だ」
そう言うステュクスには奥さんと娘さんがいる。彼はアベルの事を気にかけていた。
「それにしても、まさか基地前で銃撃とはな」
「どうしてこんな事になったのかしら」
隊長とアケロンは犯人の動機となぜ拳銃を所持していたのかを考えていた。
「最近は平和だったのにな」
なんだか胸騒ぎがする。良くない事が起きるんじゃないかと思ってしまう。
「アベル⋯」
治安局
治安局に戻ってきた僕らは駐車場に車を停めてからデスクへと戻る。先輩の報告書を手直しして、書類を作ってから、休憩に入った。
「ふぅ⋯」
「よう、アベル」
「うーっす」
自販機で買ったコーヒーを飲んでいると、横から二人の男に話しかけられる。どちらも、僕の同期であり治安官育成学校でもよく一緒にいた。
「やっほ」
「聞いたぜ? 頭のおかしい奴に撃たれたんだってな。怪我は⋯してねえか」
そう言うのはゼレフ、口は悪いが治安官として市民の事を考えてるし何よりも射撃の腕が同期の中で一番良い。
「まさか、基地前で銃撃戦とはな」
もう一人の方は王明(わんみん)、冷静な判断で緊急時の対応に長けている。
「もう知ってるの」
「ああ、最近平和だったからな。こんな大事すぐに広まる」
「精神病患者に拳銃⋯一番良くない組み合わせだな。下手すればお前も死んでたぜ」
「ああ⋯軍の人に感謝だ」
三人は各々が買った飲み物を飲みながら、休憩室のソファや椅子に座る。
「にしてもよお、何で拳銃なんて持ってたんだろうな?」
「病院で持っていたことは考えにくいから、どこかで拾ったのかもしれない」
病院で隠し持つことは不可能。だとすれば、道中で拾うくらいしか考えられない。
「いや、そもそも脱走からおかしい可能性もあるぞ」
「どういうことだよ王明」
「考えてもみろ。精神病患者が入る病棟は基本的には至る所が施錠されている。ナースステーションでさえ鍵がないと入れないんだ。それなのに、彼はどうやって脱走したんだ?」
確かにそうだ。精神病棟は基本的に施錠され、ガラスも割れないよう強化ガラスにしてある。患者の自傷行為を防ぐために持って入れる物も少ない。
「あんまりこういうのは言いたくないけど、重度患者用精神病棟にいる患者が脱走を計画するなんて考えにくい」
「⋯つまり⋯どういうことだ?」
「誰かが彼の脱走を手配した。もしくは⋯彼は精神病を患っていなかったか」
王明の考えも一理あるが本当にそうだろうか。
「んなバカな。医者が診断したんだろ? それに、いきなり撃ってくるような奴だぞ」
「精神病は目で見てわかる病巣がない。誤診だってあり得るさ」
「あまり言いたくないけど、僕も健常者には見えなかった。ずっと『このエリー都は滅ぶ』って言ってこっちの話を聞かなかったんだ」
「⋯何?」
王明は顎に手を当てて何か考える。
「とうした?」
「いや⋯⋯実は俺が対応した万引き事件で似た事を言っている奴がいてな」
「似た事を?」
「ああ、四日前に起きた食料品の万引きなんだがな。逮捕した時にずっと言っていたんだ。『この街は滅ぶ。だから、食料品を安全な所に持っていかないと』って」
確かに一緒の内容だ。
「その時は気にもとめていかったが、まさかこんな所で繋がるとは」
「ただの偶然じゃない? だって、その二人には接点が無いだろう?」
「ああ、俺が捕まえた奴は家族もいない独り身だ。交友関係も少ない」
自分で言っといてあれだけど偶然にしては引っかかるんだよな。接点のない二人が同じ内容を言うなんて。
「よくある陰謀論かと思い、ネットを調べたが特にそれらしき記事は無かった」
「謎は深まるばかりか⋯」
王明と考えていると、ゼレフが何か思い出したかのように手を叩く。
「そういや、俺も少し面白い話があってな⋯お前らダーラン長官が治安官を重武装化させようとしてることは知ってるか?」
「ああ、知っている」
「僕も先輩から聞いたよ」
ゼレフは僕らの肩を掴んで顔を近づける。どうやら、あまり公にしたくない話のようだ。
「これは秘密だぜ? どうやら、ダーラン長官はエリー都がホロウ災害で陥落する夢を見たらしい。それも、かなりリアルで具体的にな」
「まさか⋯それで治安官の装備を重装化させようとしてるって言いたいの?」
「さすがだなアベル、当たりだ」
「夢を信じてるのか? あのダーラン長官が?」
王明も信じられないようだ。そう言う僕も信じられない。ダーラン長官は賢い人たから、夢を元にするなんて事はしないと思うけど。
「俺もそう思ってたさ。たけど、辻褄が合うんじゃないか?」
「アベルと俺の対応した事件の犯人もエリー都が陥落すると言っていた。そして、今の話からしてダーラン長官もそう思っている」
「まさか⋯⋯全員が同じエリー都陥落の夢を見てそれを信じてる?」
「その通りだ。そうなれば、王明とアベルの事件の犯人の動機もわかる」
そんな事があり得るだろうか。同じ夢を見て、それを皆が信じるなんて。
「なんて非科学的な」
「そうだよ。それに、仮にホロウ災害が起きても防衛軍がいるじゃないか」
「さあな。俺だって夢の内容を詳しく聞いたり、ましてや見たわけでもねえ」
エリー都の陥落⋯考えたくもない。この街は人類の希望であり、大勢の人が暮らしている。陥落する程のホロウ災害が起きれば間違いなく多くの死者が出る。防衛軍でさえ壊滅するかもしれない。
「まあ、正夢にならない事を祈るだけさ」
「だな」
ゼレフは炭酸飲料を飲み干し、まるでビールを飲んだ後のように「ぷはぁ」と気持ちの良い息をする。
「ホロウで思い出したけどよ。ホロウ研究者の有名人であの人いるじゃん⋯えーっと⋯」
「⋯アーチ教授のこと?」
「そうそう! あの人がいなけりゃあ、人類はとっくに滅んでたのかもな」
アーチ教授はミネルヴァ区にあるヘーリオス研究所を創設した人だ。虚狩りの一人であり、彼のおかげでホロウの研究の基礎が作られ、人類のホロウへの理解が大いに前進したと言ってもいい。
「彼は虚狩りでもあるからな」
「治安官からも虚狩りでねえかな〜」
「何か全ての犯罪組織潰してそうだねその治安官」
「まっ、無理だろう。虚狩りは主にホロウやエーテリアスに対して大きな功績を上げた人がなれる。俺らみたいな対人の職業からは出ないさ」
王明の言う通りだ。僕ら治安官はホロウを研究したり、ホロウでエーテリアスと戦う人たちに比べてかなり地味だ。虚狩りに匹敵する功績なんて夢のまた夢だ。
「そうかぁ⋯」
「っと、そろそろ休憩は終わりだ」
「仕事に戻るか」
三人は各々の業務に戻っていった。