旧都陥落の日   作:IamQRcode

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慰安の日

 

 スコット前哨基地、そこには大勢の市民と軍関係者、そして旧治安局の関係者が来ていた。

 

 ライアー小隊とジム、リンは基地の前にいたハヤブサとヴァルチャーと合流する。

 

「基地の様子は?」

 

「特に異変無く。怪しい人間もいないわ」

 

「さすがに、ここで騒ぎを起こす気はないようだ」

 

「中に入ろう」

 

 スコット前哨基地の中に入ると、そこには大量の遺影が置かれていた。大半は治安官のものであり、あの日の夜がいかに悲惨なものであったかを教えてくれる。

 

 中にはライアー小隊の見知った写真もあった。

 

 最期まで電車を守りきった王明とカズキ、そしてアベルたちに式輿の塔爆破を伝えに、ゼロ号ホロウに戻った武流、目の前でトラキアンに殺されたバートン、自分たちを逃がすために殿を引き受けた銃器対策部隊隊長のジョン、そして命の恩人であるアベルとシュヴァルツ。

 

 ライアー小隊は思わずアベルたちの写真の前で立ち止まってしまう。

 

「⋯⋯アベル」

 

 記録上では行方不明扱いではあるが、どうやら死亡者として扱われているらしい。だが、当たり前の事だろう。もう十年という月日が経ち、生き残っていることはまずあり得ない。

 

「失礼」

 

 全員がアベルの死を惜しんでいると、背後から一人の初老の男性に声をかけられる。手には菊の花束が握られていた。

 

「どうぞ⋯⋯」

 

「すまないね」

 

 男性は花束を添えて手を合わせる。

 

「君たちは彼らの知り合いかな?」

 

「はい。彼らに命を助けてもらった者です」

 

 カロンがそう答えると、男性はアベルとシュヴァルツの写真に手を置く。

 

「アベル、シュヴァルツ、君らが助けた人たちは今も生きてるぞ。まったく⋯⋯私だけが年をとってしまった」

 

「あの、貴方は?」

 

 アケロンが不思議そうに聞く。

 

「私はバイロン、シュヴァルツの同期だよ。アベルとも親交があってね」

 

「そうなんですね」

 

「良い治安官だった。己の信念を曲げず、誰であろうと救いを求めるのなら助け、決して悪や絶望に屈しなかった」

 

 バイロンは懐かしむ声でそう言う。

 

「⋯⋯ごめんなさい。私がアベルを」

 

「謝らないでくれ」

 

 バイロンは穏やかに言い、トリガーの肩にそっと手を置いた。

 

「彼は君を恨んでなどいない。そんな男じゃない。たとえ自分の命を投げ出すことになっても、君たちを守ることを選んだ。それが、アベルという男なんだ」

 

 トリガーはそれでも唇を噛み、目を伏せたままだった。言葉が詰まり、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。コキュートスが横から手を添えて、静かに支えた。

 

「バイロンさん⋯⋯私は、彼に何も返せなかった」

 

「返す必要なんてない。命を救うということは、そういうものだ。それを返していたら、救う側が先に倒れてしまう」

 

 バイロンは小さく笑った。

 

「ただ君たちが、生きていてくれれば、それでいい。生きて、自分の道を貫いてくれれば、それで」

 

 ライアー小隊の面々は、その言葉に胸を打たれ、誰もが沈黙したままバイロンの言葉を噛みしめていた。

 

 ——その時だった。

 

「⋯⋯重い空気ですね」

 

 低い声が飛んでくる。

 

「ロン!」

 

 旧治安局の生き残りであるロンが、ライアー小隊に歩み寄ってきた。

 

「ジムさん。やはり、ここにいましたか。それと、バイロン長官もお疲れ様です」

 

 新米だった十年前に比べて、ロンはベテランの治安官としての風貌になっていた。かつて、旧都陥落を生き延び、希望を託された生存者として。

 

「貴方方がライアー小隊ですか?」

 

「そうだが」

 

「実はここに来る途中で、荷物を預かっていまして。元治安官の方からなんですが」

 

「なんですって?」

 

 元治安官からの荷物、まさかゴーストだろうか。

 

 ロンが渡したのは音声記録だった。トリガーが受け取り、警戒しつつも再生してみる。

 

『よお、ライアー小隊。慰安の日はどうだ? お前たちが見捨てた命の数に圧倒されたか? それとも、何も感じないか?』

 

 声の主はゴーストだった。

 

『そんな事はどうでもいい。決着をつけるぞ⋯⋯ゼロ号ホロウ、旧治安局に来い。そこがお前らの墓場だ』

 

 録音はそこで途切れた。空気が一瞬で凍りつく。静寂の中、誰もが次の言葉を探しあぐねていた。

 

「この声⋯⋯ああ、復讐者になってしまったのか。彼は」

 

「っ! 声の主を知っているのですか!?」

 

 トリガーが驚きながらも、バイロンに尋ねる。

 

「この声はゼレフ⋯⋯アベルの同期で親友でもある。まさか、生きていたとは」

 

「そう⋯⋯なんですね」

 

 旧都の亡霊ゴースト、その正体はアベルの親友であるゼレフだったらしい。

 

「どうやら、最後の戦いになりそうだな」

 

 ステュクスがそう言う。

 

「何があったのかはわかりませんが、少なくとも良い雰囲気ではなさそうですね」

 

「実はな⋯⋯」

 

 ジムが起きていることをロンに説明した。

 

「なるほど、旧都の亡霊、ゴーストですか」

 

「ああ、かなり恨みを持っている。まさか、アベルの親友だとは」

 

「正直、ゴーストの気持ちもわからなくもないです。大切な仲間が多く死に、故郷すらホロウに呑まれたのなら復讐心を持ってもおかしくないでしょう。ただし、この復讐は相手を間違えている」

 

「そうだ。軍に対してへの復讐は間違えている。旧都陥落を⋯⋯ゼロ号ホロウ拡大を引き起こした奴らへ向けるべきだった」

 

 ロンは静かに言葉を繋ぐ。

 

「⋯⋯ですが、もう遅い。彼は復讐に囚われすぎた。戻れない場所にまで行ってしまった」

 

「それでも、止めなければなりません」

 

 トリガーは前を見据えて呟いた。もう迷わないと、自らに言い聞かせるように。

 

「ああ、そうだな。あの亡霊を鎮めなければならない」

 

 カロンが続く。誰もが頷いた。アベルたちが命を懸けて守った“希望”を、絶望に染めさせるわけにはいかなかった。

 

「ゼロ号ホロウか⋯⋯懐かしいな」

 

 ハヤブサが小さく呟く。そこはすべての始まりであり、すべてが終わった場所。そして今、終焉と決着の場となる。

 

 誰もが心に去来する思いを抱きながら、最後の決戦へと向けて動き出す。

 

 その夜、ビデオ屋にて、対ゴースト作戦の立案が行われた。

 

「ゴーストは旧治安局の残骸に拠点を構えている。地形は熟知しているはずだ。正面からの突入は危険だ」

 

 ステュクスが情報を整理する。作戦図には、旧治安局の地図が投影されていた。

 

「奴の目的は、我々との最終決着。罠の可能性も高い。それと、誘拐された依頼人も確保しないと」

 

「それでも、行くしかありません」

 

 トリガーが言う。その背中に、今の彼女の覚悟が宿っていた。

 

「依頼人救助隊とゴーストと戦う部隊、二手に分かれての同時侵入が有効だ」

 

 レテが提案する。

 

「私とトリガーでゴーストと対峙する。他は依頼人の救助に回ってくれ」

 

「了解」

 

 全員が武器を持ち、覚悟の決まった表情になる。

 

「アベル、貴方の命の意味を、私たちは必ず果たす」

 

 スコット前哨基地の夜は更けていく。まるで嵐の前の静けさのように、重く、静かに。

 

 ——決戦の幕が、いま上がろうとしていた。

 

 

 

 

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