ゼロ号ホロウの奥深くにある旧治安局、そこは調査委員や軍でも立ち入る事を禁止されるほど、危険なエリアとして知られている。
かつて、旧都を守り、死んでいった治安官たちがエーテリアスとなり彷徨っているのだ。
その証拠にエーテリアスの多くは旧治安官の装備として機動隊のアーマーや銃器対策部隊のアーマーやヘルメットを付けている個体、要警戒個体であるガーディアンが蠢いていた。
そして、最も特徴的なのはこの地のエーテリアスは異常に凶暴であり、他のエーテリアスを攻撃するほどである。
そんな危険地帯にライアー小隊は来た。
『来たか。ライアー小隊⋯⋯依頼人もこの旧治安局にいる。決着をつけようか』
「貴方のことはわかりました。ゴースト⋯⋯いえ、ゼレフ、貴方は旧都陥落の日に私と同じように、アベルという大切な人を失ったようですね」
『⋯⋯』
「ノクス、カルテス、インペラ、この三小隊は軍の増援として派遣されるはずの部隊だった。しかし、上層部は増援の派遣を打ち切り、当時の治安局のトップであるダーラン長官含め治安官の多くは殉職した⋯⋯貴方は増援に来なかった小隊とアベルを置いていった、我々ライアー小隊を恨み、犯行に及んだ」
トリガーは淡々と語る。
「これが、私の導き出した推論です⋯⋯ゼレフ、貴方は旧都陥落の日に孤独になってしまったのですね」
『ふふ⋯⋯ははは⋯⋯ああ、お前の言う通りさ。全てあっているよ。あの日の夜以降、かつての仲間たちが脳裏にちらついてるんだ⋯⋯俺は理解した。仲間たちは軍と虚構で作られた新エリー都への復讐を願っていると』
「アベルもそれを望んでいると? 貴方は言った。彼は最期まで市民救助を行った英雄だと⋯⋯そんな、彼が助けた人々が暮らす新エリー都を無茶苦茶にすることを願っているのですか」
『⋯⋯綺麗ごとはうんざりだ。じゃああれか? 俺たちを見捨て、まるで無かったかのように扱う軍を許し、仲間の死への復讐を諦め、新エリー都に奉仕しろと?』
ゼレフの声が荒くなる。
『冗談じゃない⋯⋯冗談じゃねえ!!』
「貴方のその復讐心はニネヴェとジェペット、そして、旧都陥落を引き起こした真犯人に向けるべきです。貴方は、殺しやすい対象を選んだにすぎません。ゼレフ、貴方はかつての治安官として旧都陥落を語る資格はありません。ここで、貴方を止めてみせます」
『そうかい! なら、止めてみろ! 貴様らの頭と心臓にこの弾丸をぶち込んでやる!』
「散れ!!」
カロンの言葉を合図に全員が横に飛ぶ。その瞬間、先程まで自分たちが立っていた位置に20mmの弾丸が、マシンガンのように降りそそぐ。地面のコンクリを抉り、破片が周囲に飛ぶ。
『殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!! 何がライアー小隊だ! 何がネメシスの生き残りだ! お前ら全員、アベルを見捨てたくせに! 俺たちを捨てた臆病者がぁ!!!』
カロンのハンドサインを合図に、トリガー以外のメンバーは依頼人の救助へと向かった。
『出てこい! トリガー!!!』
「相手は怒りに身を任せている⋯⋯危険な状態だが、狙撃の命中率も下がっているはずだ。エーテリアスを排除しながら行くぞ」
かつて治安官だったエーテリアスを排除しながら、トリガーは瓦礫の散乱する旧治安局の廊下を進んでいく。銃声と、断続的に聞こえるゼレフの咆哮。分厚い機動隊アーマーや銃器対策部隊アーマーに身を包んだ亡霊たちは、仲間を守るかのように立ち塞がり、銃弾にも怯まずに迫ってくる。
その中を、トリガーの冷静な狙撃が次々と貫く。だが、数は多い。
「ゼレフ⋯⋯貴方の怒りはまだ尽きないのですか」
そんな言葉に応えるように、通信機からゼレフの声が響く。もはやそれは、自分に言い聞かせる呪詛のようだった。
『あの日の夜、俺は軍の増援が来ないことを信じられなかった。信じたくなかった。皆そうだ! なのに⋯⋯一人、また一人と仲間が倒れていった』
トリガーは壁際を進みながら通信機越しにゼレフの声を聞いた。対物狙撃ライフルの銃声が、ゼレフの言葉を区切るように鳴る。
『せめて撤退命令を俺たちにも伝えてくれたら、あんな状態にはならなかった! 俺たちの最期を知ってるか⋯⋯マルコフは頭をタナトスに吹き飛ばされ、王明とカズキは電車を守る為に戦って、最期はエーテリアスの波に呑まれた⋯⋯キャンベルはトラキアンの槍に串刺しにされ⋯⋯ロバートとヒロはエーテリアスの侵攻を防ぐために大通りの爆破に巻き込まれた!! 武流はハティに食い殺されて⋯⋯アベルとシュヴァルツ先輩はニネヴェに成すすべもなく殺されたぁ!! みんなみんな⋯⋯あんなの人間の死に方じゃねえ!!』
「ゼレフ、それでも君は生き延びた。なぜだ?」
カロンの問いにゼレフは、泣き声と怒り声が混ざった声で応える。
『俺か? 俺はな、恐怖に屈したからだよ! 王明やアベルのように、自分の命を犠牲にしてまで誰かを守ることができなかった。いかに自分が生き残れるかだけを考えて⋯⋯その結果、俺みたいなクソ野郎だけが生き残って、他の奴らは死んじまった。俺は、まるで亡霊のように彷徨いながら、新エリー都で暮らしていた!』
苦しみと怒りがないまぜになった声。トリガーはその全てを 黙って受け止める。
『あの日から、ずっとだ。死んだ奴らの声が聞こえるんだ。誰も、俺を責めたりしない。ただ、笑ってる。あの時と同じ顔でさ。だから、俺がやるんだ。あの夜、果たされなかった“復讐”を!』
トリガーたちがゼレフの元へと向かっている頃、依頼人の救助へ向かっていた面々はエーテリアスを排除しながら、旧治安局の中庭に出た。
「この気配⋯⋯みんな、警戒して」
アケロンの言葉に全員が武器を構える。
すると、屋上から何かが降りてきた。
「あれは⋯⋯」
「まさに、亡霊ね」
それは、かつて旧都で自分たちと対峙したこともあるエーテリアス、旧治安局の怨霊の塊である「ガーディアン」だった。
右手には身長と同じ斧を逆手に持ち、左手にはガーディアンサイズに巨大化した、マグナムリボルバーらしき銃が握られている。
「あれはっ!」
ヴァルチャーが目を凝らしてリボルバーを見ると、名前が彫られていた。その名は「ダーラン・マルクス」、旧治安局の長官であり、あの日の夜に全ての責任を負って自決した英雄。
「なるほど⋯⋯あの日の夜の再現か」
ハヤブサは前に出て、軍用剣を構える。
(でも、あの日の夜と違ってアベルくんはいない)
そう思っているとアケロンが同じように、剣を構えて前に立つ。
アケロンの瞳に、かつてのアベルの背中が幻影のように一瞬浮かぶ。だが彼女はそれを払い、現実に目を向けた。
「アベルがいなくても⋯⋯私たちは進まなきゃいけない。ここで、また誰かを見捨てるわけにはいかない!」
ダーラン・マルクスと刻まれたリボルバーがこちらを向く。次の瞬間、中庭に轟音が響いた。コンクリの床を抉る炸裂弾。空気が裂け、衝撃波が全員を襲う。
「散開ッ!」
アケロンの叫びで部隊は一斉に横へと飛び退く。ステュクスとレテが即座に火力支援に回り、ガーディアンの脚部を狙ってロケットランチャーとグレネードランチャーを撃ち込む。
「効かない⋯⋯! アーマーが旧式でも、こいつはただのエーテリアスじゃない!」
ガーディアンの全身は、まるで過去の怨念そのもので編まれていた。重厚なコートの裾が風に揺れるたび、黒煙のような霧が漏れ、周囲の空間さえ歪めている。
「ハヤブサ! 回り込んで!」
「了解!」
ハヤブサは瓦礫を飛び越え、素早くガーディアンの側面へと回り込む。剣の一閃がガーディアンの肩を掠め、火花を散らしたが、巨体はほとんど怯まない。
代わりに、その巨体がゆっくりとこちらを振り返る。
「くっ⋯⋯!」
「下がって!」
アケロンが飛び込み、ハヤブサを引き寄せると同時に、ガーディアンの斧が地面に叩きつけられた。大地が裂け、粉塵が巻き上がる。
「今だ、コキュートス! 依頼人を!」
「掩護を頼む!」
コキュートスが中庭の反対側、倒壊しかけた避難シェルターの中に突入する。そこに、微かに怯えた声が聞こえた。
「⋯⋯助けに来てくれたのか⋯⋯?」
「大丈夫、今助ける! 立てるか?」
「あ、ああ⋯⋯頼みがある。ゼレフを⋯⋯あいつを止めてくれ。あいつは、全てを間違えてしまった」
依頼人は男性だった。埃にまみれたその姿から、ここに数日は閉じ込められていたことがわかる。ステュクスは素早く通信を開く。
「依頼人確保!」
「了解、こいつを倒して、みんな生きのびるわよ!」
その頃、ガーディアンはアケロンたちとの対峙を続けていた。その動きは機械的で、しかし、どこか人間的な執念を感じさせる。
まるで彼の魂が「過去の責任」を果たそうとしているように——。
一方、トリガーはゼレフの声に耳を傾けながらも、廊下の奥へと進んでいた。エーテリアスを数体排除し、ようやく広いブリーフィングルームへとたどり着いた。
その中央に、立っていた。
旧治安官の制服と装備に身を包み、20mm対物狙撃ライフルを肩に担ぎ、もう片方の手で古びた拳銃を握りしめる男。
ゼレフ。
「来たな、トリガー⋯⋯」
「⋯⋯ゼレフ。これで終わりにしてください。過去を憎み、未来を壊すことに、何の意味もない」
ゼレフは静かに笑う。その瞳は、すでに正気と狂気の境界を越えていた。
「意味なんか⋯⋯あるもんかよ。俺がやってるのは、せめての償いだ。あの日死んだ奴らの代わりに、俺が軍も、新都も、全部呪ってやる。それが⋯⋯俺に残された、唯一の誇りだ!!」
「ならば——私が、それを撃ち抜く」
二人の銃口が交差する。かつて共に旧都を守るために戦った者同士が、今や敵として、廃墟の中央で対峙していた。