廃墟のブリーフィングルーム。崩れた天井から差し込む月の薄光の中、トリガーとゼレフの銃口が互いを狙っていた。
静寂が、張り詰める空気を重くする。
そして——。
破裂音。
トリガーの動きにゼレフが即座に反応し、20mm弾が空間を裂いた。トリガーは床に転がるように身を投げ、柱の影に滑り込む。直後、柱の一部が粉砕され、破片が四散した。
「くっ!」
トリガーも避ける瞬間にプレゲトーンを放ち、カロンがアサルトライフルを連射する。
「ぐっ!」
ゼレフは弾を避け、デスクの後ろに隠れる。そして、腕だけを出して拳銃を連射する。
「トリガー! なぜお前はそう平気でいられる! 最愛のアベルを失ったんだぞ! 軍が見捨てたせいで、生きれるはずだった数多の命が消え去ったんだぞ!!」
柱の陰に身を潜めたまま、トリガーの表情がかすかに揺らいだ。だが、すぐに感情を押し殺し、静かに息を吐く。
「⋯⋯平気なわけがない⋯⋯」
押し殺した声。だがその言葉には、鋼のような決意が滲んでいた。
「なら、なぜ今も軍に従う!! なぜ、この世界に復讐しようとしない!!」
トリガーは、ちらと柱の陰から顔を出す。ゼレフの銃弾が壁に火花を散らす。顔を引っ込めながら、トリガーは静かに応じた。
「私は、あのときの選択を——取り戻せるとは思っていません。けれど、あの日、助かった者たちを奪っても何も変わりません⋯⋯アベルが⋯⋯多くの治安官が助けたものを無駄にしないために、私は今を選びました」
ゼレフの銃口がわずかに下がる。その隙を見逃さず、カロンが再び射撃を開始する。弾丸がデスクを削り、ゼレフの肩をかすめた。
「っ⋯⋯!」
ゼレフは体勢を崩しながらも、叫ぶように言い放つ。
「そんな綺麗事で⋯⋯本当に満足なのかよッ!!」
声には怒りと、そしてどこか寂しげな響きがあった。ゼレフは拳銃を構え直しながら、崩れかけたデスクの影に身を伏せる。血が滲む肩を押さえ、荒い呼吸を整えた。
「アベルは⋯⋯お前のすぐ隣で、命を賭けて戦ったんだぞ。お前を信じて、最後まで⋯⋯!」
カロンがライフルを構えながら叫ぶ。
「ゼレフッ! もう諦めろ!」
「⋯⋯お前が⋯⋯お前らが何を背負っているのか、俺には分からないさ。だが⋯⋯それでも、俺は信じていた。少なくとも、トリガー⋯⋯お前だけは、同じ地獄を見てきた仲間だけは、俺と同じ怒りを抱いていると思ってた」
ゼレフの声は、怒りというよりも、悲しみに近かった。
トリガーは、拳を強く握りしめる。
「怒りなら⋯⋯とっくに通り過ぎました。復讐でアベルが戻るなら、喜んでこの手を汚していた。けど⋯⋯」
トリガーはゆっくりと立ち上がる。銃口はまだ構えたままだが、バイザーに隠れた瞳は真っすぐゼレフを見つめていた。
「アベルが望んだのは、誰かを裁くことじゃありません。守ることです。未来を託すこと。私は⋯⋯それを裏切りたくない」
ゼレフの手が、わずかに震える。
「⋯⋯正論だけじゃ、俺は救われねーんだよ⋯⋯」
哀しい言葉を言った瞬間、ゼレフは持っていたスタングレネードを投げる。
「くっ!」
「ちぃっ!」
爆発のような光と音はカロンとトリガーから、あらゆる五感を一瞬だけ奪う。
トリガーがすぐにゼレフのエーテル波動を確認するが、既にそこにはいなかった。カロンが地面を見ると、ゼレフから滴る血は屋上へと向かっていた。
部屋から出ると、自分たちの来た方向からエーテリアスがやって来るのが見えた。
「トリガー、ここは私に任せろ」
「カロン隊長」
「旧都の亡霊⋯⋯いや、ゼレフとの決着をつけてこい」
「⋯⋯了解」
トリガーはリンの操るボンプと共に屋上へと向かった。
カロンはその後ろ姿を見てから、エーテリアスの方へと向く。迫りくるのは、銃器対策部隊のアーマーとヘルメットを身に着けたエーテリアスたちだ。
「⋯⋯あの時、君等に言い忘れた言葉がある」
ライフルを構え、標準をエーテリアスたちに合わせる。かつて、自分たちを助けてくれた治安局の部隊へ向かって口を開く。
「助けてくれて、ありがとう」
引金を引き、祈りを込めた弾丸が放たれる。
その頃、中庭でもかつての治安局の亡霊とライアー小隊による戦いが激しさを増していた。
中庭には、なおも黒煙が渦巻いていた。怨念のごときガーディアンは、脚部を撃たれても尚、よろめくことすらしない。その異常なまでの耐久性に、誰もが薄ら寒い感情を抱いていた。
「こいつ⋯⋯ほんとに、ただのエーテリアスなのか!」
レテが叫ぶ。彼の放ったグレネード弾とステュクスの放ったロケットランチャーが、ガーディアンのマントを破いた瞬間、そこから吹き出したのはエーテル粒子ではなく、まるで“声”のようなものだった。
――「守れなかった」
――「俺の責任だ」
――「せめて、償わなければ」
苦悶のような、執念のような“声”が、直接脳に訴えかけるように響いた。
「これって⋯⋯彼の遺志?」
アケロンが歯を噛みしめ、前へ出た。剣を構える手には、わずかな震えがあった。しかしその視線は、決して逸らさない。
「あなたは、ダーラン・マルクスなんでしょう? もし⋯⋯本当に、過去の亡霊としてそこにいるのなら――」
彼女は一歩踏み出し、叫ぶように続けた。
「だったら、今を生きている私たちが、未来を変えられるってところを⋯⋯ちゃんと、見届けなさいよ!!」
叫びと同時に、アケロンが突進する。その後ろからハヤブサも追随し、斬撃を繰り出す。ステュクスとレテは火力支援の態勢を取り直し、ヴァルチャーは狙撃でガーディアンの脚部を撃ち抜く。
「今よッ!!」
ガーディアンがわずかに動きを鈍らせた一瞬、アケロンの刃が肩の継ぎ目を斬り裂いた。機械的な悲鳴のような金属音とともに、左腕のリボルバーが中庭に転がり落ちる。
その瞬間、黒煙が激しく渦を巻き、ガーディアンの姿がわずかに揺らいだ。
「これなら⋯⋯!」
だが次の瞬間、ガーディアンが右手の斧を振り上げた。その刃には、赤黒いエネルギーが収束し、次元を裂くかのような唸りを上げている。
「避けろッ!!」
地を這うようなエネルギー衝撃波が放たれ、コートの裾が爆風に吹き上がる。だが、寸前でハヤブサがアケロンを抱えて飛び退いた。二人は壁に激突するが、致命傷には至らなかった。
「まだ⋯⋯こいつ、完全には止まらない!」
粉塵の中で、再びガーディアンが姿を現す。だが、その動きにはわずかに“迷い”が見え始めていた。
すると、その中央、重たく空に浮かぶ月のようなコアが、微かに揺れた。
——「ほんとうに⋯⋯これが正しい償いか?」
その瞬間、コキュートスが保護していた依頼人が前に出る。
「長官! もうやめてください!!」
泣きながら、力のある声で叫んだ。
怨霊のように振る舞っていたガーディアンが、その巨体をわずかに揺らす。
——「⋯⋯私が⋯⋯守れなかった」
顔にあたる部分にあるエーテルで作られた瞳が、かつて人であった名残を宿したように、微かに揺れた。
「あなたのせいじゃない! あの夜、誰もが限界だった! それでも、あなたは最後まで残って戦ってくれたじゃないですか!!」
依頼人は、今にも崩れそうな足取りで、ガーディアンの前へと進む。
「あなたがいたから、俺たちは⋯⋯俺は生き延びた! どうか、もう自分を責めないでください⋯⋯! あなたが、誰かを守ろうとした気持ちは⋯⋯ちゃんと届いてたんです!」
その言葉に、ガーディアンの動きが止まる。
重たく唸っていた斧の赤黒い輝きが、徐々に淡くなっていく。まるで、怒りや執念の源が静かに鎮まっていくかのように——。
「長官⋯⋯あなたの『償い』は、もう終わったんです。これからは、私たちがあなたの想いを受け継いで⋯⋯未来を生きていきます」
依頼人の声に、中庭の空気が変わっていく。黒煙はゆっくりと晴れ始め、コートの裾をなびかせていた霧も消えていく。
「⋯⋯ダーラン・マルクス長官」
アケロンが軍用剣を手に持ちながら、依頼人の前に出る。
「貴方の救った命は、今も懸命に生きている」
アケロンはコアに向かって剣を構える。
「ありがとう⋯⋯最期までエリー都を⋯⋯沢山の人を守ってくれて」
コアに剣を突き刺す。
ガーディアンは叫びもせず、ただ空を見上げながらゆっくりとエーテル粒子となっていった。
完全に消滅したその場所に残されたのは、彼の治安官手帳と、旧治安局の紋章が刻まれたバッジだけだった。
アケロンは、剣を杖のように地に突き立てて立っていた。涙をこらえながら、静かに呟いた。
「⋯⋯ありがとう、ダーラン・マルクス⋯⋯あなたのおかげで、また一歩、進める」
中庭に、ようやく静寂が戻った。
旧都の英雄は、解放された。