旧都陥落の日   作:IamQRcode

53 / 64
治安官と軍人

 

 廃墟のブリーフィングルーム。崩れた天井から差し込む月の薄光の中、トリガーとゼレフの銃口が互いを狙っていた。

 

 静寂が、張り詰める空気を重くする。

 

 そして——。

 

 破裂音。

 

 トリガーの動きにゼレフが即座に反応し、20mm弾が空間を裂いた。トリガーは床に転がるように身を投げ、柱の影に滑り込む。直後、柱の一部が粉砕され、破片が四散した。

 

「くっ!」

 

 トリガーも避ける瞬間にプレゲトーンを放ち、カロンがアサルトライフルを連射する。

 

「ぐっ!」

 

 ゼレフは弾を避け、デスクの後ろに隠れる。そして、腕だけを出して拳銃を連射する。

 

「トリガー! なぜお前はそう平気でいられる! 最愛のアベルを失ったんだぞ! 軍が見捨てたせいで、生きれるはずだった数多の命が消え去ったんだぞ!!」

 

 柱の陰に身を潜めたまま、トリガーの表情がかすかに揺らいだ。だが、すぐに感情を押し殺し、静かに息を吐く。

 

「⋯⋯平気なわけがない⋯⋯」

 

 押し殺した声。だがその言葉には、鋼のような決意が滲んでいた。

 

「なら、なぜ今も軍に従う!! なぜ、この世界に復讐しようとしない!!」

 

 トリガーは、ちらと柱の陰から顔を出す。ゼレフの銃弾が壁に火花を散らす。顔を引っ込めながら、トリガーは静かに応じた。

 

「私は、あのときの選択を——取り戻せるとは思っていません。けれど、あの日、助かった者たちを奪っても何も変わりません⋯⋯アベルが⋯⋯多くの治安官が助けたものを無駄にしないために、私は今を選びました」

 

 ゼレフの銃口がわずかに下がる。その隙を見逃さず、カロンが再び射撃を開始する。弾丸がデスクを削り、ゼレフの肩をかすめた。

 

「っ⋯⋯!」

 

 ゼレフは体勢を崩しながらも、叫ぶように言い放つ。

 

「そんな綺麗事で⋯⋯本当に満足なのかよッ!!」

 

 声には怒りと、そしてどこか寂しげな響きがあった。ゼレフは拳銃を構え直しながら、崩れかけたデスクの影に身を伏せる。血が滲む肩を押さえ、荒い呼吸を整えた。

 

「アベルは⋯⋯お前のすぐ隣で、命を賭けて戦ったんだぞ。お前を信じて、最後まで⋯⋯!」

 

 カロンがライフルを構えながら叫ぶ。

 

「ゼレフッ! もう諦めろ!」

 

「⋯⋯お前が⋯⋯お前らが何を背負っているのか、俺には分からないさ。だが⋯⋯それでも、俺は信じていた。少なくとも、トリガー⋯⋯お前だけは、同じ地獄を見てきた仲間だけは、俺と同じ怒りを抱いていると思ってた」

 

 ゼレフの声は、怒りというよりも、悲しみに近かった。

 

 トリガーは、拳を強く握りしめる。

 

「怒りなら⋯⋯とっくに通り過ぎました。復讐でアベルが戻るなら、喜んでこの手を汚していた。けど⋯⋯」

 

 トリガーはゆっくりと立ち上がる。銃口はまだ構えたままだが、バイザーに隠れた瞳は真っすぐゼレフを見つめていた。

 

「アベルが望んだのは、誰かを裁くことじゃありません。守ることです。未来を託すこと。私は⋯⋯それを裏切りたくない」

 

 ゼレフの手が、わずかに震える。

 

「⋯⋯正論だけじゃ、俺は救われねーんだよ⋯⋯」

 

 哀しい言葉を言った瞬間、ゼレフは持っていたスタングレネードを投げる。

 

「くっ!」

 

「ちぃっ!」

 

 爆発のような光と音はカロンとトリガーから、あらゆる五感を一瞬だけ奪う。

 

 トリガーがすぐにゼレフのエーテル波動を確認するが、既にそこにはいなかった。カロンが地面を見ると、ゼレフから滴る血は屋上へと向かっていた。

 

 部屋から出ると、自分たちの来た方向からエーテリアスがやって来るのが見えた。

 

「トリガー、ここは私に任せろ」

 

「カロン隊長」

 

「旧都の亡霊⋯⋯いや、ゼレフとの決着をつけてこい」

 

「⋯⋯了解」

 

 トリガーはリンの操るボンプと共に屋上へと向かった。

 

 カロンはその後ろ姿を見てから、エーテリアスの方へと向く。迫りくるのは、銃器対策部隊のアーマーとヘルメットを身に着けたエーテリアスたちだ。

 

「⋯⋯あの時、君等に言い忘れた言葉がある」

 

 ライフルを構え、標準をエーテリアスたちに合わせる。かつて、自分たちを助けてくれた治安局の部隊へ向かって口を開く。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 引金を引き、祈りを込めた弾丸が放たれる。

 

 

 

 

 

 その頃、中庭でもかつての治安局の亡霊とライアー小隊による戦いが激しさを増していた。

 

 中庭には、なおも黒煙が渦巻いていた。怨念のごときガーディアンは、脚部を撃たれても尚、よろめくことすらしない。その異常なまでの耐久性に、誰もが薄ら寒い感情を抱いていた。

 

「こいつ⋯⋯ほんとに、ただのエーテリアスなのか!」

 

 レテが叫ぶ。彼の放ったグレネード弾とステュクスの放ったロケットランチャーが、ガーディアンのマントを破いた瞬間、そこから吹き出したのはエーテル粒子ではなく、まるで“声”のようなものだった。

 

 ――「守れなかった」

 ――「俺の責任だ」

 ――「せめて、償わなければ」

 

 苦悶のような、執念のような“声”が、直接脳に訴えかけるように響いた。

 

「これって⋯⋯彼の遺志?」

 

 アケロンが歯を噛みしめ、前へ出た。剣を構える手には、わずかな震えがあった。しかしその視線は、決して逸らさない。

 

「あなたは、ダーラン・マルクスなんでしょう? もし⋯⋯本当に、過去の亡霊としてそこにいるのなら――」

 

 彼女は一歩踏み出し、叫ぶように続けた。

 

「だったら、今を生きている私たちが、未来を変えられるってところを⋯⋯ちゃんと、見届けなさいよ!!」

 

 叫びと同時に、アケロンが突進する。その後ろからハヤブサも追随し、斬撃を繰り出す。ステュクスとレテは火力支援の態勢を取り直し、ヴァルチャーは狙撃でガーディアンの脚部を撃ち抜く。

 

「今よッ!!」

 

 ガーディアンがわずかに動きを鈍らせた一瞬、アケロンの刃が肩の継ぎ目を斬り裂いた。機械的な悲鳴のような金属音とともに、左腕のリボルバーが中庭に転がり落ちる。

 

 その瞬間、黒煙が激しく渦を巻き、ガーディアンの姿がわずかに揺らいだ。

 

「これなら⋯⋯!」

 

 だが次の瞬間、ガーディアンが右手の斧を振り上げた。その刃には、赤黒いエネルギーが収束し、次元を裂くかのような唸りを上げている。

 

「避けろッ!!」

 

 地を這うようなエネルギー衝撃波が放たれ、コートの裾が爆風に吹き上がる。だが、寸前でハヤブサがアケロンを抱えて飛び退いた。二人は壁に激突するが、致命傷には至らなかった。

 

「まだ⋯⋯こいつ、完全には止まらない!」

 

 粉塵の中で、再びガーディアンが姿を現す。だが、その動きにはわずかに“迷い”が見え始めていた。

 

 すると、その中央、重たく空に浮かぶ月のようなコアが、微かに揺れた。

 

 ——「ほんとうに⋯⋯これが正しい償いか?」

 

 その瞬間、コキュートスが保護していた依頼人が前に出る。

 

「長官! もうやめてください!!」

 

 泣きながら、力のある声で叫んだ。

 

 怨霊のように振る舞っていたガーディアンが、その巨体をわずかに揺らす。

 

 ——「⋯⋯私が⋯⋯守れなかった」

 

 顔にあたる部分にあるエーテルで作られた瞳が、かつて人であった名残を宿したように、微かに揺れた。

 

「あなたのせいじゃない! あの夜、誰もが限界だった! それでも、あなたは最後まで残って戦ってくれたじゃないですか!!」

 

 依頼人は、今にも崩れそうな足取りで、ガーディアンの前へと進む。

 

「あなたがいたから、俺たちは⋯⋯俺は生き延びた! どうか、もう自分を責めないでください⋯⋯! あなたが、誰かを守ろうとした気持ちは⋯⋯ちゃんと届いてたんです!」

 

 その言葉に、ガーディアンの動きが止まる。

 

 重たく唸っていた斧の赤黒い輝きが、徐々に淡くなっていく。まるで、怒りや執念の源が静かに鎮まっていくかのように——。

 

「長官⋯⋯あなたの『償い』は、もう終わったんです。これからは、私たちがあなたの想いを受け継いで⋯⋯未来を生きていきます」

 

 依頼人の声に、中庭の空気が変わっていく。黒煙はゆっくりと晴れ始め、コートの裾をなびかせていた霧も消えていく。

 

「⋯⋯ダーラン・マルクス長官」

 

 アケロンが軍用剣を手に持ちながら、依頼人の前に出る。

 

「貴方の救った命は、今も懸命に生きている」

 

 アケロンはコアに向かって剣を構える。

 

「ありがとう⋯⋯最期までエリー都を⋯⋯沢山の人を守ってくれて」

 

 コアに剣を突き刺す。

 

 ガーディアンは叫びもせず、ただ空を見上げながらゆっくりとエーテル粒子となっていった。

 

 完全に消滅したその場所に残されたのは、彼の治安官手帳と、旧治安局の紋章が刻まれたバッジだけだった。

 

 アケロンは、剣を杖のように地に突き立てて立っていた。涙をこらえながら、静かに呟いた。

 

「⋯⋯ありがとう、ダーラン・マルクス⋯⋯あなたのおかげで、また一歩、進める」

 

 中庭に、ようやく静寂が戻った。

 

 旧都の英雄は、解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。