旧都陥落の日   作:IamQRcode

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脱出

 

 地獄と化したエリー都を二頭の馬が走っていた。

 

 先頭を武流が走り、そのすぐ後をシュヴァルツとアベルが一頭の馬に二人乗りで走って追いかけていた。

 

「武流、どうして戻ってきた」

 

 シュヴァルツの問いに武流は焦り顔で答える。

 

「軍はエリー都の放棄を決定しました。また、ゼロ号ホロウの拡大を抑える為に、式輿の塔を爆破させて人工渓谷を作り出すつもりです!」

 

「俺たちを切り捨てるつもりだったのか!」

 

「そういうことです⋯⋯時間の余裕がありません」  

 

 炎の壁を抜け、三人と二頭の馬は焼け爛れた街を疾走した。

 

 武流が先頭を走り、その後ろをアベルとシュヴァルツが一頭の馬に二人乗りで続く。焦げた風が肌を刺し、崩壊したビルの影が歪んだ牙のように迫る。だが、立ち止まれば即死。誰も、言葉を発する余裕などなかった。

 

 だが、背後から聞こえてくる音がその沈黙を打ち破る。ズルッ、ズズズ⋯⋯と、地面を這うような、だがそれよりも重く、不気味な音。

 

「来るぞ!」

 

 武流が叫ぶより早く、背後から大量のエーテリアスたちが姿を現した。地面を這う人型、壁面を這い上がる獣型、空を舞う鳥型⋯⋯その全てが、三人の命を奪うべく、飢えた亡者のように迫ってくる。

 

「くっ⋯⋯!」

 

 馬上のアベルは振り返り、武流から受け取ったレバーアクション式ショットガンを構える。

 

 カシャン、と金属の小気味よい音が鳴る。

 

 そして引き金が引かれた。

 

 ドン!!

 

 至近距離で炸裂した散弾が、跳ねるように地を走る獣型エーテリアス、ハティを吹き飛ばす。だが、次の瞬間には別の個体がその上を越えて迫ってきた。

 

 意地でも逃さんとするエーテリアスたち。まるで、「お前たちはこの地獄で死ぬ運命だ」とでも言っているようだ。

 

「数が多いッ!!」

 

 もう一発。今度は空から襲いかかろうとしていた浮遊型を撃ち抜き、エーテル粒子が散る。アベルの顔には焦りと怒りが浮かぶ。だがその目は、諦めていなかった。

 

「アベル、無理するな!」

 

 シュヴァルツが叫ぶが、アベルは黙って弾を込める。そしてまた一発。人型のタナトスが空中に飛んで襲ってくる。アベルは撃ち落とし、タナトスは地面に叩きつけられ、爆ぜるように四肢を砕かれる。

 

 だが、終わりはなかった。エーテリアスは無限に湧き続けるように彼らを追ってくる。

 

 そのときだった。

 

 背後の空間が、グニャリと歪んだ。

 

「っ⋯⋯まさか、あいつか!?」

 

 振り返ったシュヴァルツが、凍りついたように目を見開く。

 

 巨大な異形、“ニネヴェ”が都市の残骸の中から這い出してきた。蠢く無数の浮遊型エーテリアス、地面を裂きながら迫るその巨体、都市に巣食う悪夢そのものの姿。

 

「そこまでして、逃さないってわけか!」

 

 シュヴァルツが叫び、アベルが歯を食いしばりながら、ショットガンの銃口を向ける。しかしその瞬間、ニネヴェが胴体部に力を込め、中から液化エーテルを圧縮して放った。

 

「アベルッ!」

 

 だが、間に合わなかった。

 

 ビュォッ!

 

 砲門から放たれた液化エーテル弾が、高速で空気を裂いてアベルの頬をかすめ、左目に直撃した。

 

「っがあああああああッ!!!」

 

 アベルの悲鳴が、地獄の中に響いた。

 

 彼の身体が仰け反り、手にしていたショットガンが宙に舞う。左目は焼けただれ、エーテルの浸食が神経を切り裂くように進んでいた。意識が飛びかけ、体が傾ぐ。

 

 落ちる——そう思った瞬間だ。

 

 シュヴァルツは咄嗟にアベルの身体を抱き寄せた。

 

「落ちるな、アベル!! 俺を見ろ!! お前はここで死ぬ男じゃない!!」

 

「ぐ、ぁ⋯⋯しゅ、シュヴァルツ⋯先輩⋯⋯!」

 

 アベルは呻きながら、かろうじてシュヴァルツの腕にしがみついた。だが左目からは血と共に、紫色のエーテルが滲み出ていた。侵食は止まらない。事実、左目には既に小さなコアのようなものがあり、体や頭部からエーテル結晶が生えていた。

 

 エーテル阻害薬は切れており、あったとしても打つ余裕がない。

 

 シュヴァルツは必死に手綱を操りながら、アベルの身体を支える。馬の背がぐらつき、二人が落ちそうになるたびに、彼は無言で奥歯を噛みしめた。

 

「トリガーの為に生きるって⋯⋯帰るって⋯⋯そう言っただろ、アベル!!」

 

 その言葉に、アベルの残された右目に光が宿る。

 

「生きる⋯⋯っ⋯⋯生きて、トリガーに⋯⋯もう一度、会う⋯⋯!」

 

「そうだ⋯⋯だから、俺が支える。一緒に生き延びるぞ!」

 

 二人の魂の叫びが重なるとき、武流が前方から叫ぶ。

 

「あと少しで脱出ポイントです! アベル、持ちこたえてくれ!」

 

 もう少しでホロウから脱出できる。その時、追いかけてきたニネヴェは力を込めて、今度はエーテルレーザーを放とうとする。

 

「くそっ! こんな所でぇぇ!!」

 

 シュヴァルツは馬を操り、必死に走るが間に合わない。

 

「っ!」

 

 武流はロケットランチャーを構える。最後の一発であり、これを外したら自分たちは死ぬ。この地獄で骨を埋めることになる。

 

(落ち着け⋯⋯重いだけの銃だと思うんだ。今まで何度騎乗射撃をした。訓練と変わらない⋯⋯ターゲットを照準に捉え、引金を引くだけ)

 

 武流は体を捻り、背後のニネヴェの胸に向かってロケットランチャーを構える。

 

「僕らは⋯⋯」

 

 息を深く吸い、震える照準器を安定させる。

 

「生き残る!!」

 

 引金を引く。放たれたロケット弾は真っすぐニネヴェに向かって行き、そして溜めていたエーテルに直撃する。ロケットランチャーの爆薬とエーテルが反応し、エーテル爆発が起きてニネヴェを怯ませる。

 

「よしっ!」

 

「今だ! 全速力で逃げるよ!」

 

 二頭の馬は自らを操る主人と自分たちが生き残るために、全ての力を振り絞り走る。

 

 地鳴りのような轟音を背に、三人と二頭の馬は炎に包まれたエリー都を駆け抜けた。命の灯火が今にも消えそうなアベルを抱え、シュヴァルツの腕には冷たい汗が流れる。馬の鼓動とアベルの呼吸が交錯するたび、生の実感が胸に刻まれた。

 

 そして、瓦礫の裂け目を越えた瞬間、視界が開けた。

 

 ——ホロウ外縁部。軍の封鎖線が張られたエリアが、彼らを待っていた。

 

「見えた! ここだ!」

 

 武流が叫び、真っ直ぐ脱出ポイントへと馬を走らせる。その向こうには仮設のバリケード、そして警戒態勢をとる兵士たちの姿があった。

 

「味方だ! 撃つな!!」

 

 武流の叫びに、警備兵たちがすぐに銃口を下ろし、慌てて彼らの受け入れ準備に走る。

 

「シュヴァルツ先輩! 急いでください!」

 

 だが、そのときだった。

 

 ドンッ!!!

 

 遠く、式輿の塔のある方角から、鈍く、地の底を揺るがすような爆発音が響いた。

 

 

 続いて——ゴゴゴゴゴッッ!!

 

 

 地面が震え、音の壁が押し寄せるように空気が波打つ。

 

「まさか——まだ爆破の命令は!」

 

 武流が声を上げたと同時、仮設基地の通信室では、工兵隊の隊長である男が、叫ぶように怒声を上げていた。

 

「待てッ!! まだ仲間が残ってる!! 起爆中止だ、止めろッ!!」

 

 だが、間に合わなかった。

 

「なっ!? いま、点火信号が⋯⋯!」

 

「やめろォォォ!!」

 

 

 直後、式輿の塔——爆破。

 

 

 地鳴りが一段と強くなり、エリー都の中央に立っていた巨大な塔が、内部から崩れ落ちるように粉砕される。上空に舞い上がる白金色の閃光。エーテルを取り込んだ構造物が砕け散り、その衝撃で地面が陥没し、人工的な渓谷が一気に広がっていった。

 

 その余波が、三人の脱出路を飲み込もうとしていた。

 

「走って!! 道が崩れる!!」

 

 武流の声に応え、二頭の馬は再び全力を振り絞る。

 

 足元の地面が崩れ、瓦礫が宙に舞う中、シュヴァルツはアベルをしっかりと抱え、振り落とされぬよう歯を食いしばる。振り返れば、ニネヴェの姿も、今や渓谷の向こうに沈み、炎の海の中へと消えていった。

 

「落ち着いて、オオムギ! 跳べ!!」

 

 武流の愛馬オオムギが、渓谷にかかる崩れかけた橋に飛び乗り、ギリギリで向こう岸に跳ぶ。続けてシュヴァルツたちの馬も、音を立てて崩れる瓦礫の上を疾走し、最後の一歩で跳躍。

 

 後方の橋が崩れ落ちると同時、三人と二頭の馬は辛くも仮設基地の安全地帯へと滑り込んだ。

 

「アベル!!」

 

 ライアー小隊の面々とハヤブサ、ヴァルチャー、ジムが駆け寄る。

 

「医療班! 今すぐ治療を!」

 

 シュヴァルツの怒声に、基地の衛生兵たちとコキュートスが急行する。担架が運ばれ、アベルはすぐさま乗せられた。

 

「左眼がエーテル汚染で⋯⋯コア形成が始まってる! エーテル阻害薬を! あと鎮痛処置を急げ!」

 

 衛生兵たちの手が次々とアベルの身体に伸び、注射器や薬剤が手際よく準備される。

 

「生きて⋯⋯る⋯⋯?」

 

 アベルがかすかに呟いた。

 

「当然だ。お前は、生きてここまで帰ってきた」

 

 シュヴァルツがアベルの手を握り、強く答える。

 

「⋯⋯そ⋯⋯う⋯⋯⋯⋯」

 

 アベルの意識が飛ぶ。

 

「アベルッ! 目を覚ませ!」

 

「軍医も呼べ!」

 

 仮設基地の上空では、まだ火の粉が舞っていた。だが、三人は確かに生きて、エリー都という地獄から帰還を果たしたのだった。

 

 

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