「お待たせ、トリガー」
「いいえ、時間ピッタリです」
基地前での銃撃事件から二日後、この日は非番だったためトリガーと共に過ごすことにした。治安官と軍人という職業であるため、二人の休日が揃う事は中々にない。そのため、揃った日には基本的に共に過ごしている。
今日は二人で映画館に行くことにした。
何でもトリガーがステュクスさんから貰った映画のチケットがあるらしい。そして、偶然にも今日がその映画の公開日だとか。
ふむ⋯偶然にしては運がいいというかなんというか。ステュクスさんには後でチケットのお礼を言っておこう。
「何の映画だろうね」
「何でも二人にお似合いの映画だとか」
僕達にお似合いの映画⋯僕もトリガーも特に好きなジャンルがあるわけじゃないんだけどな。
映画館へ向かうと公開日と土曜日の影響もあり、館内は多くの人がいた。人が少なすぎるのも嫌だが、多すぎるのも混雑するから苦手だ。
「人が多いです」
「土曜日だからね」
それにしても⋯妙にカップルらしき人たちが多いな。なんて甘ったるい空間なんだ。
「私たちが見る映画は⋯あっ、あれですね」
「えーっと⋯」
僕らが見る映画は恋愛映画だった。なるほど⋯恋愛映画か。あまり見たことがないが、どんな内容なんだろう。
気になったので携帯に映画のタイトルを打ち込んで、あらすじを調べる。
「ふむ⋯」
内容はホロウの最前線で、エーテリアスへの復讐心を糧に戦う軍人と病院の看護師の恋らしい。何でも主人公にあたる軍人は怪我をして、病院に運ばれる。そこで出会ったヒロインの女性と恋におち、付き合う直前まで行くがいつ死ぬかわからない職業のため、彼女を悲しませるのではという思いで告白できない。
好きだから付き合いたい、好きだから悲しませたくない。そんな、葛藤の物語だ。
「面白そうですね」
「恋愛映画なんて中々見ないからな」
飲み物を買ってから上映するシアタールームの中に入る。周りは殆どがカップルや夫婦らしき人たちであり、始まるまでずっとイチャイチャしてる。
なんだぁ? 彼女いない歴=年齢の僕に対してへの当てつけか?
心の中で恨み言を言いながら、買った炭酸飲料を啜る。
「アベルは恋ってしたことありますか?」
「⋯ないね」
友人として好きになった人間は多いが恋というものはしたことがない。そもそも、恋って何だろうか。
「あら、意外ですね」
「恋が何なのかも知らないし⋯っと、始まるな」
照明が落ちてゆき足元が見えなくなるほど暗くなる。そして、いくつかの広告と館内での注意事項の後に映画が始まった。
二時間後⋯
映画が終わり、僕とトリガーは近くのカフェで昼食をとっていた。
うん、面白かった。そして、中々に刺激的な映画だった。当たり前のようにディープキスやベッドシーンが流れるなんて聞いてないぞ!
だけど、内容はとても良かった。特にエーテリアスへの復讐心を頼りに生きていた主人公がヒロインとの出会いで、復讐以外の生きる目標を見つけていくのは素晴らしい。
「恋というのは、ああまで人を変えるんでしょうか」
「映画だから誇張もあるだろうけど、そうなんだろうね」
「⋯なるほど」
トリガーは上の空で何か考えごとをしているようだった。
「どうしたの?」
「いえ、実は軍の方で同じ小隊のメンバーから誕生日のお祝いの際に結婚の告白をされた方がいたんです」
「おや、それはめでたい」
「告白された方は私と同じ狙撃手で素晴らしい腕の持ち主なんですが、新米教育で新入りを連れてホロウに入るなどして周囲からは怖がられていました」
鬼教官というやつだろうか。でも、誕生日を祝われたり付き合う人がいるということは、ただ怖がられている人ではなく尊敬もされているのだろう。いやでも、新米教育でホロウは危ないな。
「返事はまだしていないようですが⋯性格が少し温和になりまして」
「なるほど」
やっぱり、恋は人を変えるらしい。
「今の話と今回の映画を見て、何だか恋というのが少しわかった気がします」
「なに?」
「特定の誰かを守りたい⋯その人と一緒に居たいということなんじゃないんでしょうか」
「なるほど」
誰かを守りたいという事が恋なのか。それなら、僕は過去に恋をしたことがあるのだろうか。誰かを守りたい思ったこと⋯⋯あっ。
「じゃあ、僕がトリガーを守りたいって気持ちも恋なのか?」
「⋯へ?」
トリガーは気の抜けた声を出して、手に持っていたサンドイッチを皿に落とす。
この一瞬だけ時が止まったようだ。
「⋯⋯あー」
数秒⋯十秒と時間が流れ、自分が何を言ってしまったのかだんだん理解してくる。何を言ってるんだ僕は⋯穴があったら入りたい。もしくは、タイムマシンで数秒前に戻って全力で自分を殴りたい。
「い、今のは忘れてくれ」
「⋯ふふっ」
トリガーはほんのり顔を赤くして笑う。軽蔑や嘲笑ではなく優しい綺麗な瞳で笑ってくる。
「今のは告白ですか? アベル」
「い、いや⋯違うというか⋯その⋯⋯あーっ⋯」
くっ、こんなに言葉に詰まるなんて治安官学校の実習以来だ。
「もしそうなら、私も貴方に恋をしているんでしょうね」
「えっ⋯」
「貴方が撃たれた時、私はとてもショックを受けました」
トリガーの話を黙って聞く。
「涙も流しました。きっとそこには、幼馴染を失う辛さと、大切な人が死んでしまうのではという恐怖があったんだと思います」
そういえば、あの時のトリガーは涙を流していた。彼女の涙を見るなんて、いつぶりだっただろう。
「幸いにも貴方は生きていた。そして、その時に私はこう思ったんです。貴方を守りたいと」
トリガーはアイスティーを一口含んでから、まっすぐとアベルの目を見つめる。彼女の瞳は、いつもの冷静さとは違い、どこか揺らいで見えた。だが、それは弱さではなく、確かな意志の宿った光だった。
「私は貴方と、これからも一緒にいたい。たとえ戦場であろうと、平穏な日常であろうと」
彼女の言葉一つひとつが胸に沁みる。ふと、喉がカラカラに乾いていることに気づき、水を飲み込む。けれど、飲み込みきれずに少しむせた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ……っ!」
情けない姿を晒してしまったが、トリガーはクスリと笑って、そっと紙ナプキンを渡してくれた。なんだか、こういう何気ない優しさが胸を締め付ける。
(これが、恋……なのか?)
映画の登場人物たちのように、命を懸けるような劇的なシーンじゃない。ただ、こんな何気ない瞬間にも心が温かくなったり、切なくなったりする。
「トリガー」
「はい」
僕はテーブルの上に手を出して、そっと彼女の手に触れた。驚いたように一瞬見開いたトリガーの目が、すぐに柔らかく細められる。
「僕も、これからはもっとちゃんと……君の隣にいたい」
「ふふっ、頼もしいですね」
トリガーは小さく、けれどとても嬉しそうに微笑んだ。彼女の手は少し冷たかったけれど、握り返すその力は、しっかりとあたたかかった。
外ではまだ春の日差しがまぶしく、街は多くの人で賑わっている。
だけど、僕らの時間は、静かに、確かに、動き始めたところだった。
「アベル」
「ん?」
「これからも、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしく」
僕らは久々の休暇を楽しんだ。