旧都陥落の日   作:IamQRcode

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各々の夜①

 

 ジムとシュヴァルツは、ルミナスクエアにあるバーに来ていた。大人びた雰囲気の静かなバーで、ふたりは琥珀色の酒をグラスに揺らしながら、ぽつりぽつりと言葉を交わしていた。

 

「今日も怪我人ゼロで良かったよ」

 

「ああ、そうだな」

 

 ジムの言葉にシュヴァルツは軽く頷く。

 

 旧都陥落の日、多くの仲間を失った。アベルは共に生き残ったが、仲の良い友人は大半⋯⋯いや、全員死んでしまっている。あの夜は地獄だった。火の雨が降るような空、逃げ惑う市民、押し寄せるエーテリアスの大群。そして――ニネヴェ。

 

 あの巨大な怪物の咆哮は、今でも夢に出てくる。

 

 最初こそは、この理不尽な世界を恨み、誰かや何かに晴らしたくて仕方がなかった。けれど、年月とともにその怒りは、静かで深い悔恨へと変わっていった。

 

「なあ、ジム⋯⋯もし、俺やアベルが死んでたらさ。お前はどうしてた?」

 

 シュヴァルツの言葉にジムは目を丸くした。

 

「おいおい、縁起でもないこと言うなよ」

 

「すまね。だけど、気になったんだ」

 

 俺とアベルはあの夜、死ぬ運命だった。ニネヴェとエーテリアスの大群に立ち向かい、殺されるはずだった。だけど、ギリギリの所で武流が助けに来てくれた。結果、俺とアベルと武流は脱出できた。

 

 けれど、もしあの夜に俺とアベルが死んだら? きっと、未来は大きく変わっていたはずだ。

 

 ジムはグラスの中で氷を転がしながら、しばらく黙っていた。バーの静かなジャズが、ふたりの沈黙を柔らかく包む。

 

「⋯⋯たらればは苦手だけどさ」

 

 低く、そしてどこか遠くを見るような目でジムが口を開いた。

 

「多分、俺は治安官を続けてたと思うよ」

 

「そうか」

 

「きっと、俺は後悔してると思う。でも、それと同時に守らなきゃっていう使命感も持つと思うんだ」

 

「使命感か」

 

「ああ⋯⋯誰かが犠牲になって守った命を、今度は俺が守らないとって」

 

 人の命を守る。簡単なことではないし、このクソッタレの世界では自分の命すらも危険にさらす行為だ。それでも、命のバトンを繋ぐために、終わり無きリレーを走る必要があるのだ。

 

「⋯⋯まあ、もしもの話だ。お前らが死ぬ世界なんて、見たくも聞きたくもねえーよ」

 

「そりゃそうだ」

 

 アベル、武流、ゼレフ、ジム、ザンジバル、誰かが死んでる世界なんて見たくもない。特にアベルが死ねば、トリガーちゃんは置いてけぼりになり、アキラやリンも悲しむはずだ。

 

「逆にシュヴァルツ、お前はどうなんだ?」

 

「俺は魚釣りに人生を捧げるさ」

 

「魚釣りぃ?」

 

 ジムがグラス片手に笑い出す。

 

「お前が魚釣りしてるとこ、想像できねーわ。ぜったい、餌付けのとこでキレてるだろ。“クソが!”とか言って」

 

「うるせえな。意外と根気強いんだぜ、俺」

 

 ふたりはわずかに笑う。

 

 だが、その笑いの底には、確かに“あの夜”の影が色濃く残っていた。

 

「俺さ⋯⋯あのとき、誰かが死ぬのは当たり前だと思ってた。戦場なんだから、仕方ないって。でも⋯⋯違ったんだよな。お前やアベルが生きてたから、俺も踏ん張れた。ザンジバルも、ゼレフも、武流も。あの夜、誰かひとりでも欠けてたら、今のスコーピオン小隊なんて成り立たなかった」

 

「⋯⋯そうだな」

 

 シュヴァルツは、ジムの言葉を静かに受け止めた。

 

 グラスの中の琥珀色の液体が、ぼんやりと揺れる。その揺れに、過去の記憶が重なる。

 

 ニネヴェの絶叫、瓦礫の嵐、紅く染まった空。仲間の叫び、絶望の中で消えていった数多の命。

 

「⋯⋯ジム、俺は今でも思うことがある。もし、あのとき俺たちがもう少し早く動けてたらって。もっと助けられたんじゃないかって⋯⋯旧都陥落を防げたんじゃないかって」

 

「そりゃあ、誰だってあるさ。俺だって、何百回も夢に見るよ」

 

 ジムはグラスを傾け、一口飲む。

 

「でも、あの夜を生き延びた“意味”を見つけるのが、俺たちの役目だろ? 死んだ奴らの分まで、しぶとく、生きてやろうぜ。粘っこく、カッコ悪くてもな」

 

「⋯⋯お前って、意外と真面目だよな」

 

「知ってたくせに」

 

 ふたりの間に、また沈黙が戻る。

 

 だがその沈黙は、先ほどとは違い、どこか落ち着いた温かさを帯びていた。

 

「⋯⋯で? 今日は誰にフラれたんだ?」

 

「おい、何で分かるんだよ」

 

「お前がバーに誘ってくるときは、だいたいそんな時だ」

 

「チッ、やっぱりバレてたか」

 

「大丈夫だ。次がある。⋯⋯アラフォーだけどな」

 

「黙れジム。お前も大概だろ」

 

 シュヴァルツがニヤリと笑い、ジムがグラスで乾杯する。

 

 カラン、と静かに響いた音が、まるで“生きている証”のように夜の中に溶けていった。

 

 外では冷たい夜風が吹き抜けていたが、ルミナスクエアのバーの中は、変わらず温かかった。

 

 それは、戦いの中で命を拾った者たちだけが知る、ほんのわずかな“平穏”だった。

 

 

 

 

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