ジムとシュヴァルツは、ルミナスクエアにあるバーに来ていた。大人びた雰囲気の静かなバーで、ふたりは琥珀色の酒をグラスに揺らしながら、ぽつりぽつりと言葉を交わしていた。
「今日も怪我人ゼロで良かったよ」
「ああ、そうだな」
ジムの言葉にシュヴァルツは軽く頷く。
旧都陥落の日、多くの仲間を失った。アベルは共に生き残ったが、仲の良い友人は大半⋯⋯いや、全員死んでしまっている。あの夜は地獄だった。火の雨が降るような空、逃げ惑う市民、押し寄せるエーテリアスの大群。そして――ニネヴェ。
あの巨大な怪物の咆哮は、今でも夢に出てくる。
最初こそは、この理不尽な世界を恨み、誰かや何かに晴らしたくて仕方がなかった。けれど、年月とともにその怒りは、静かで深い悔恨へと変わっていった。
「なあ、ジム⋯⋯もし、俺やアベルが死んでたらさ。お前はどうしてた?」
シュヴァルツの言葉にジムは目を丸くした。
「おいおい、縁起でもないこと言うなよ」
「すまね。だけど、気になったんだ」
俺とアベルはあの夜、死ぬ運命だった。ニネヴェとエーテリアスの大群に立ち向かい、殺されるはずだった。だけど、ギリギリの所で武流が助けに来てくれた。結果、俺とアベルと武流は脱出できた。
けれど、もしあの夜に俺とアベルが死んだら? きっと、未来は大きく変わっていたはずだ。
ジムはグラスの中で氷を転がしながら、しばらく黙っていた。バーの静かなジャズが、ふたりの沈黙を柔らかく包む。
「⋯⋯たらればは苦手だけどさ」
低く、そしてどこか遠くを見るような目でジムが口を開いた。
「多分、俺は治安官を続けてたと思うよ」
「そうか」
「きっと、俺は後悔してると思う。でも、それと同時に守らなきゃっていう使命感も持つと思うんだ」
「使命感か」
「ああ⋯⋯誰かが犠牲になって守った命を、今度は俺が守らないとって」
人の命を守る。簡単なことではないし、このクソッタレの世界では自分の命すらも危険にさらす行為だ。それでも、命のバトンを繋ぐために、終わり無きリレーを走る必要があるのだ。
「⋯⋯まあ、もしもの話だ。お前らが死ぬ世界なんて、見たくも聞きたくもねえーよ」
「そりゃそうだ」
アベル、武流、ゼレフ、ジム、ザンジバル、誰かが死んでる世界なんて見たくもない。特にアベルが死ねば、トリガーちゃんは置いてけぼりになり、アキラやリンも悲しむはずだ。
「逆にシュヴァルツ、お前はどうなんだ?」
「俺は魚釣りに人生を捧げるさ」
「魚釣りぃ?」
ジムがグラス片手に笑い出す。
「お前が魚釣りしてるとこ、想像できねーわ。ぜったい、餌付けのとこでキレてるだろ。“クソが!”とか言って」
「うるせえな。意外と根気強いんだぜ、俺」
ふたりはわずかに笑う。
だが、その笑いの底には、確かに“あの夜”の影が色濃く残っていた。
「俺さ⋯⋯あのとき、誰かが死ぬのは当たり前だと思ってた。戦場なんだから、仕方ないって。でも⋯⋯違ったんだよな。お前やアベルが生きてたから、俺も踏ん張れた。ザンジバルも、ゼレフも、武流も。あの夜、誰かひとりでも欠けてたら、今のスコーピオン小隊なんて成り立たなかった」
「⋯⋯そうだな」
シュヴァルツは、ジムの言葉を静かに受け止めた。
グラスの中の琥珀色の液体が、ぼんやりと揺れる。その揺れに、過去の記憶が重なる。
ニネヴェの絶叫、瓦礫の嵐、紅く染まった空。仲間の叫び、絶望の中で消えていった数多の命。
「⋯⋯ジム、俺は今でも思うことがある。もし、あのとき俺たちがもう少し早く動けてたらって。もっと助けられたんじゃないかって⋯⋯旧都陥落を防げたんじゃないかって」
「そりゃあ、誰だってあるさ。俺だって、何百回も夢に見るよ」
ジムはグラスを傾け、一口飲む。
「でも、あの夜を生き延びた“意味”を見つけるのが、俺たちの役目だろ? 死んだ奴らの分まで、しぶとく、生きてやろうぜ。粘っこく、カッコ悪くてもな」
「⋯⋯お前って、意外と真面目だよな」
「知ってたくせに」
ふたりの間に、また沈黙が戻る。
だがその沈黙は、先ほどとは違い、どこか落ち着いた温かさを帯びていた。
「⋯⋯で? 今日は誰にフラれたんだ?」
「おい、何で分かるんだよ」
「お前がバーに誘ってくるときは、だいたいそんな時だ」
「チッ、やっぱりバレてたか」
「大丈夫だ。次がある。⋯⋯アラフォーだけどな」
「黙れジム。お前も大概だろ」
シュヴァルツがニヤリと笑い、ジムがグラスで乾杯する。
カラン、と静かに響いた音が、まるで“生きている証”のように夜の中に溶けていった。
外では冷たい夜風が吹き抜けていたが、ルミナスクエアのバーの中は、変わらず温かかった。
それは、戦いの中で命を拾った者たちだけが知る、ほんのわずかな“平穏”だった。