アベルとトリガーは、ビデオ屋から出て並んで歩く。手に提げられたビニール袋の中には、数本のDVDと、おまけでもらった小さなポップコーンのパック。
道すがら、ふたりはたわいのない話を交わしていた。
「そういえば、ジャッキー・チャンってスタント全部自分でやるんでしょう?」
「うん、骨を何本も折ってるって聞いたよ。でも、それを笑いに変えちゃうのがすごいよね」
「アベルも、たまに似たようなことしてるように思いますけど⋯⋯」
「それは否定できないな」
ふたりは顔を見合わせ、ふっと笑い合った。そんな何気ない瞬間が、なによりも尊く思える。戦いのない、平和な一日の終わり。誰にとっても当たり前じゃない、その穏やかさを噛みしめるように。
自宅アパートに着くと、アベルが暗証キーを入力し、重厚なドアが静かに開いた。中はふたりで住むにはちょうどいい広さで、あたたかな色合いの照明に照らされた家具が居心地のよさを醸し出している。
「コーヒー淹れるね」
「お願いします」
アベルがキッチンへ向かい、トリガーはソファへゆっくりと腰を下ろす。彼女の手元には、さっき借りたDVDのパッケージがあった。指先でタイトルの文字をなぞるように触れ、ふわりと笑みを浮かべる。
しばらくして、アベルがふたつのマグカップを持って戻ってきた。トリガーの好みに合わせて、ミルクと砂糖がたっぷり入っている。
「ありがとう」
「今日はちゃんと甘くしたよ。疲れてるときは、これくらいがちょうどいいって」
「⋯⋯ふふ、わかってますね」
テレビにディスクをセットし、再生ボタンを押すと、懐かしいオープニングの音楽が部屋に流れ始めた。チャプターをスキップして本編に入り、ジャッキー・チャンが画面の中で走り、飛び、そして滑稽に転がる。
ふたりの笑い声が静かに部屋に広がった。それは、ずっと遠ざかっていたような感覚だった。
「こういうの、いいですね」
「うん。戦いばっかりじゃ、心が壊れるから」
アベルはカップを置き、トリガーの肩にそっと寄りかかる。彼女もまた身を預けるようにして、静かに寄り添った。
どちらからともなく、指が絡み合う。
ふたりの間に言葉はなかったが、心は確かに交わっていた。
映画を見終えた後、ふたりはバルコニーへ出て、夜風に当たっていた。ビルの隙間から広がる夜空には、星々の輝きが淡く瞬き、その下に、ゼロ号ホロウの輪郭が静かに浮かび上がっていた。
あの闇は、まだそこにある。
旧都を呑み込み、人々の記憶と街のすべてを奪った災厄。
十年経っても、それは終わらない。ホロウも、エーテリアスも、ゼロ号も——脅威は今もなお、人の命と心を蝕み続けている。
それでも。
アベルは、握った拳を胸の前で固めた。
僕たちは、生きている。
過去に縛られながらも、前を向いて歩き続けている。
誰かを守るために、仲間のために、そして——もう二度とあの日のような絶望を繰り返さないために。
「風、気持ちいいですね」
トリガーは隣でアベルの手を握りながら、目を閉じて夜風を受け止めていた。
「これからも⋯⋯戦いは続く。けど、僕は君と一緒に、それを超えていくよ」
「ええ。私も、同じです」
どこかでまた災厄が目を覚まそうとも、それを迎え撃つ覚悟はできている。
彼らの物語は、まだ終わらない。
——ホロウ災害は今も消えてはいない。
だが、それに立ち向かう者たちがいる限り。
闇に、希望は灯され続ける。