トリガーは基地の小隊のテント内で愛銃のプレゲトーンの手入れをしていた。遠距離、近接、白兵戦をこなせるこのライフルは自分が軍に加入する際に貰ったものだ。
トリガーにとって、このライフルは宝物であり、命を預ける存在である。
昨日の休暇はとても良かったですね⋯⋯アベルは今は何をしているんでしょうか。
一緒にいたいと願った思い人、守りたいと思った大切な人は何をしているだろう。治安官の仕事だろうが、書類仕事に追われているのか。いや、もしかしたらゆっくりと過ごしているかもしれない。
頭の中はアベルの事でいっぱいだ。
「よお、トリガー」
ステュクスが荷物を運びながら、トリガーに話しかける。
「映画はどうだった?」
「楽しかったですよ⋯まさか、恋愛映画だとは思ってもいませんでしたが」
「ははは、リアルの恋愛もあれくらいガンガンいかないとな!」
「トリガーに変なこと教えないで」
アケロンが呆れながら入ってくる。彼女はトリガーをライバル視すると同時に、良き仲間であるとも思っている。同じ女性としてメイクなども教えている。
「なんだステュクス、また怒られてるのか」
そう言いながらコキュートスとレテも入ってくる。
「なあに、恋愛の事について教えてるだけだよ」
「うちのトリガーに恋愛?」
ライアー小隊の隊長、カロンが不満そうな顔でテントに入ってくる。
「まあまあ、カロン隊長」
コキュートスに宥められる。カロンからすれば、トリガーは可愛い娘なのだ。
「それに、相手はアベルだから安心しろ」
ステュクスは笑いながら言う。
「そうか⋯まあ、彼なら大丈夫だな」
カロンもアベルの事は信用している。トリガーから、何度も聞いてるし実際に会ったことも何度もある。誰に対しても優しく、頼りがいのある青年だ。治安官としても優秀で悪い噂も一切聞かない。
「カロン隊長もアベルくんには甘いですね」
「コキュートス⋯訓練の量を倍にされたいのか?」
「すいません!」
いつもと同じ、コキュートスがふざけてカロン隊長に怒られ、皆に笑われる。それが私たちの日常であり、憩いの時間でもある。
「それで、どうだった?」
カロンもトリガーに聞いてくる。
「面白かったですよ」
「違う。アベルとの休暇全体のことだよ。何かあったか?」
「そうですね⋯⋯な、なにも特には」
トリガーの言葉を聞いて、ライアー小隊の面々がざわつく。
「ち、ちょっとトリガー、何かあったでしょその反応は!?」
アケロンが興奮するように聞いてくる。
「⋯ないですよ」
「詳しく教えてよ!」
その後、トリガーは仲間たちから根掘り葉掘り、昨日のことを聞かれた。何か話す度にアケロンは興奮し、カロンは頷いていた。
しばらくして、ようやくトリガーは解放される。
「そういえば、一つ聞いてもいいか?」
「なんですか?」
「どうして、アベルは治安官になったんだ?」
レテの質問に周りの者も頷く。彼が治安官になったのは、彼が過去に治安官に助けられたからなのは知っている。しかし、それだけで深い内容は知らないのだ。
トリガーはライフルを磨きながら語る。
「昔⋯私たちが孤児だった頃です。私たちはその日を生きるのもやっとで、満足に食事にもありつけませんでした」
昔の生活は酷かった。今では、こうして仲間たちに囲まれ衣食住に困ることはないが幼少期の頃は、その日に一食食べられたら幸運だった。
「働くにも子どもを雇ってくれる場所なんて、普通はありません。しかし、一つだけ雇ってくれる場所がありました」
「⋯犯罪組織か」
カロンの言葉にトリガーは黙って頷く。
「アベルは私を助けるために、ある犯罪組織の下級構成員として働いていました。その組織は⋯⋯讃頌会、その残党たちが作った派生組織です」
小隊の全員が驚いた表情を浮かべる。
讃頌会⋯かつて、人類を脅かした宗教団体。いや、テロ組織だ。正義感溢れるあのアベルがそんな組織の残党にいた過去があったのだ。だが、誰も批判はしなかった。孤児という限られた道しか与えられない彼らにとって、生きるためには仕方のないことだったのだろう。
「アベルは食料を貰い、私にわけてくれました。犯罪組織にとっても子どもは扱いやすかったのでしょう」
「それで、食いつないでいたってわけか」
「ええ、しかしある日、転機が訪れます」
「転機?」
「犯罪組織がある新型の薬を開発しました⋯ホロウを克服しエーテリアスを殲滅できる幻の秘薬」
「そんな薬が⋯」
アケロンの疑問にトリガーはすぐに首を振る。
「夢物語ですよ。そんなの⋯ですが、彼らは真実を確かめる為にアベルと他の子どもたちを被検体にしました。もちろん、私はそれを聞いて組織に乗り込んで必死に止めようとしました」
トリガーの脳内にあの日の記憶が蘇る。
眠らされ、儀式台の上に乗せられたアベルを助けようと必死に止めるが、大人の力には敵わず拘束されてしまう。
『アベル! アベル! お願い⋯止めてぇぇ!!』
『止めるな⋯なるほど、貴様が彼が気にかけていた者か。良いか? 我々はホロウを克服し、人類に新たな可能性を見出さなければならない。これはその始まりなのだ!』
『そんなの酷い! どうして⋯だからってどうしてアベルが!』
『始まりの主の為だよ。君も被検体にしたいが⋯彼と約束したからな』
『約束⋯?』
『ああ、自分はどうなってもいいから君には手を出さないでくれとな。さあ、神聖なる儀式に邪魔者は不要だ。こいつをつまみ出せ』
それが、彼を見た最後だった。
「私は組織のいる建物から追い出され、路地裏に捨てられました。その時に私はカロン隊長に拾われたんです」
路地裏に捨てられ、彼無しで生きるという絶望を味わっていた時、カロン隊長が助けてくれた。
「そうだったな」
カロンの声が、どこか遠くから聞こえるようだった。トリガーは、手に持ったプレゲトーンをそっと置き、目を伏せる。
「その後、アベルが生きていたと分かったのは、数年後のことです」
ぽつりと、トリガーが続けた。皆が静かに耳を傾けている。基地内の装甲車や人々の声がテントの中に響いていた。
「アベルは奇跡的に助かりました。話によると、儀式中に治安官の部隊が突入したそうです。その時に彼を助けた治安官の一人が、彼の引き取り手になりました」
「そうだったのか⋯でも、良かった」
カロンがそう言うと、トリガーは複雑な表情になる。
「どうしたの?」
アケロンが心配そうに声をかける。
「しかし、彼は助かりましたが⋯他の子どもたちは薬を打たれていました。その影響でエーテリアスとなり⋯⋯」
トリガーは言葉を選びながら、慎重に話を紡ぐ。
「彼は今も、あの時と向き合ってるんです。だから、彼が治安官になったのは——」
「同じような犠牲者を出さないため、か」
ステュクスが真剣な表情で言った。
トリガーは黙って頷いた。
「誰かが止めなければならない。誰かが、正義を選ばなきゃいけない。その“誰か”になるために、彼は生き延びたんです」
しんとした空気がテントを包む。
皆、それぞれの胸の中で何かを感じていた。過去の苦しみ、選択の重み、そして今を生きることの意味を。
「やはり、強いんだな⋯彼は」
カロンの言葉に全員が心の中で同意していた。あと一歩、遅ければエーテリアスとなっていたかもしれない。そんなの想像しただけで、恐ろしくたまらない。それなのに、彼はそれと向き合って戦う決意をしたのだ。
そして、今も彼は自分と同じように道を失いかけている者を助け、その道に追い込もうとしている者を裁いている。
「私が軍人になったのも、アベルの正義を信じたかったからなのかもしれませんね」
ホロウ災害で家族を失い、孤児になる。そんな道を消す為に私も戦っている。
「あっ、もちろんカロン隊長の影響もあります!」
「ははは、訂正しなくていい。だけど、彼が治安官になったのはそんな理由があったんだな」
「凄いですね。自分の信じた未来を実現するために、その道を突き進むなんて」
「ああ⋯簡単なことじゃないさ。さて、そろそろ宿舎に戻るぞ。明日は定期的なエーテリアス掃討で朝が早い」
カロン隊長の言葉を聞いて、各々が荷物をまとめて宿舎へと戻る。その途中でトリガーを星空が輝く夜空を見あげた。
いつか⋯みんなが幸せになれる未来が来ますよね。アベル。