大洋の勇者   作:レイマール

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第12話 遠洋練習航海 ヨーロッパ寄港編

――1938年6月、帝国海軍練習艦隊はアジア、インド洋、アフリカを経由し、スエズ運河を通過して地中海へと進入した。

その初めてのヨーロッパ寄港地はイタリア王国・ナポリ港。紺碧の空の下、ヴェスヴィオ火山を望む美しい湾に慎也の乗る艦隊が姿を現すと、岸壁にはイタリア王立海軍の士官候補生たちが整列していた。

ナポリでは、地元の歓迎式典、イタリア海軍士官学校との交流、古代ローマ遺跡の見学などが行われた。コロッセオ、ポンペイ遺跡、そしてバチカン市国――慎也は、その歴史の重みに圧倒されながらも、かつての枢軸国の盟友との「原点」を噛み締めていた。

フランスのブレストでは雰囲気が一変した。共和国の空気は自由で開放的だったが、候補生たちはフランス海軍からの厳格な視線にさらされた。海軍士官学校(École Navale)では学術討論と実技訓練が交互に行われ、慎也は流暢なフランス語で堂々と意見を述べた。

ある夜、ブレストの海軍将校クラブで行われた非公式な晩餐会で、慎也はフランス人中尉と航空戦力の将来について激論を交わす。その中で、日仏の技術と哲学の違い、将来の戦争観が浮き彫りになった。慎也は思う。「この会話は将来、我々にとって血を流すか、共に守るかの分水嶺になるかもしれない」

そして、三つ目の寄港地ドイツ・キール。

ここではドイツ海軍の訓練基地と造船所を視察した。Uボートと戦艦シャルンホルスト級の建造風景、兵士たちの規律、そして鋼のように冷徹な雰囲気に、慎也はかつての記憶――ヒトラー、ナチス、独ソ戦を思い出す。

ドイツ海軍士官候補生との訓練は実戦に近い形式で行われた。砲術、操艦、そして通信訓練。慎也は無線封鎖下での即時対応を試され、堂々と指揮を執ることでドイツ側からも高い評価を得た。

だが、彼は知っていた。この国もまた、やがて世界を巻き込む大戦を引き起こす。その予兆はすでに、街の壁に貼られた宣伝ポスターや、指導者の肖像から滲み出ていた。

「この世界の未来は、我々に託されている」

練習艦隊がドイツを発った夜、慎也は甲板の上で静かに独り言を漏らした。その目は、次なる寄港地――イギリス・ポーツマスへと向けられていた。

艦隊がドーヴァー海峡を越え、テムズ河を遡りながらロンドン港へと近づくと、慎也の胸には一抹の緊張と高揚が去来していた。霧煙るロンドンの街並みが視界に広がるにつれ、慎也は子どもの頃に読んだ英国の冒険譚や歴史書の一節が脳裏をよぎった。「ここがかの帝国主義の総本山か……」。

イギリス寄港は練習航海のハイライトであり、海軍兵学校生徒にとっても大いなる栄誉であった。到着すると、王立海軍の将校らが艦に乗り込み、盛大な歓迎が催された。伝統に彩られた礼装の将校たち、艦隊行進を見守る市民たち。日本の生徒たちは、遠く離れたこの地においても、海軍士官としての矜持を求められていた。

慎也はロンドン市内の王立海軍大学を訪れ、英国の士官候補生たちと意見を交わす機会を得た。そこでは日本海軍の教育制度に対する関心が高く、慎也たちは自国のカリキュラムや精神訓練について英語で懸命に説明した。英国側の学生は、英国海軍が重視する歴史教育や航海術、科学技術の導入について話し、互いの伝統を尊重しつつも、相違点に驚きを交わしていた。

「君たちは、艦内での礼儀作法まで厳格に訓練しているのか?」と質問された慎也は、「礼儀は我々の精神の柱です」と答えた。その言葉に英国士官候補生は頷き、「その精神が君たちの艦を整然たらしめるのだろう」と語った。

また、彼らは実地の戦術シミュレーション演習も見学し合い、日本側の緻密な指揮計画に英国側が感嘆する場面もあった。慎也自身も、英国艦艇の電子装備や広大なドック施設に目を見張り、名だたる造船工業の底力を肌で感じていた。

自由時間には、バッキンガム宮殿や大英博物館、グリニッジ天文台などを訪れた。ロンドンの街は古と新が交錯する都市であり、慎也はヨーロッパ大陸とはまた異なる雰囲気に圧倒された。公園を散歩すれば市民に話しかけられ、彼の流暢な英語に驚かれ、また日本からの来訪を歓迎された。

ロンドン滞在中の最後の晩、英国海軍主催の晩餐会が催された。豪奢な装飾が施された晩餐室では、シルバーの食器が並び、テーブルには英国伝統の料理が供された。英国側の高官は日本の海軍生徒を称賛し、「礼節と精緻さの国」と述べた。それに対し、日本側の引率教官は、「大英帝国の精神と海軍力をこの目で学べたことを光栄に思う」と返礼した。

慎也は、晩餐会の終わりに英国士官の青年、ハロルド・ブレイク中尉と再会し、酒を酌み交わした。ハロルドは敬意を込めてこう言った。「君たちがここまで来て、我々の文化を理解しようとしてくれたことが嬉しい。海軍士官として必要なのは、敵意ではなく敬意だと、私は信じている」

帰路の艦上、ロンドンの灯が遠ざかるのを見ながら慎也は思った。

――軍艦に乗って海を渡り、異国の人々と語らい、技術と文化を見つめ合う。それが、戦いではなく平和の海をつくるのだと。

イギリス寄港は、慎也の中で海軍士官としての責任感と誇り、そして世界を見る眼をより深める体験となったのだった。

 




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