魔法少女リリカルなのはEXCEEDS 危険管理外世界調査記録 作:ヒアデス
前方と後方を味方車に囲ませながら首都中央に入り、先進国の都市並みに整備が進んでいる軍区画に入る。出歩いている人はほとんどいないが。
「相変わらず他の街に比べ、目覚ましい復興ぶりだな。他の街の住民もさぞ“羨ましがっている”だろう」
サーチャー越しに区画の光景を眺め、思わず呟く。そんな俺の前で――
「中央の整備はこれぐらいにして、他の街や地方の復興に充ててほしいと思ってる国民は多いでしょうね」
リインも皮肉げな返事を返しつつ外を見る。ちょうどそこでタイピングの手を止める俺に視線を戻し、訊ねてきた。
「執務官から送られたデータの解析は、終わりましたか?」
俺はモニターを見下ろしながら頷き。
「ああ。昔ダルナザ軍と戦った《魔女》と呼ばれる民族の正体は、『メルキュール』という女性のみの氏族。『輪廻と回帰』という他のダルナザ人から見れば特殊な死生観と、その輪廻を利用して超自然的な現象『秘術』を起こす種族だ」
「輪廻と回帰……地球でいう仏教とヒンドゥー教にある輪廻転生みたいなものでしょうか?」
リインの聞き返しに俺は首を振らず、
「多分な。そっちも深く精通してるわけじゃないから断言できんが、
「成程、だから女性のみで繁栄していたんですか。魂を“精霊”に置き換えると、アルハザードから技術が流入する前のベルカやミッドチルダで広まっていた『精霊魔導論』とも似ていますね」
「俺も同じ感想を持った。もしかしたら、ダルナザ軍や掃除屋の機械化兵が俺たちが来て一ヶ月しか経ってないにもかかわらず、魔導対策が出来ていたのも根本的な技術が同じだからかもしれん」
「かもしれません。解析できたのはそれだけですか?」
リインの問いに、顔と視線をモニターに戻しながら「いいや」と続ける。向こうと交渉するにあたって肝心なのはここからだ。
「数十年前、この国の開拓が進んだ頃、移住者を中心とするダルナザ人は未開地で暮らしていたメルキュール族と遭遇し、彼女らの力を目の当たりにした。
それが当時のダルナザ政府の耳に届き、彼女らを“少数民族保護”の名目で管理し都合のいいように利用するか、不穏な力を持つ危険種族として追放を唱える一派も出た」
「移住者に住処を乗っ取られた先住民族の扱いはどの世界も悲惨ですね……」
ベルカの国でも起きていた事を思い出し、リインは眉を顰める。《闇の書の主》の中には先住民、または排斥側として戦っていた者もいたのかもしれん。
「そのような議論が交わされている最中、メルキュール族の追放を強く主張するタカ派の将校がメルキュール集落の巡回中――十中八九偵察だろうがな、航空機の事故に遭い、族の女性に発見された」
まさかと固唾を飲むリインを前に一呼吸置き、手元のドリンクを一飲みする。そして互いに少し落ち着くのを待って話を続けた。
「重傷を負い森の中で動けなくなったところを敵に発見され、覚悟を決めた彼に女性は手元から
将校は彼女の心遣いと不思議な力に深い感謝と感銘を覚え、翌日、墜落現場まで来た部下とともに帰投。メルキュール族と良好な関係を築くべく、軍幹部に彼女たちの無害さと力を有益さを熱弁した」
意外な展開にリインはほっと安堵の息を
その頃に両者が和解したら内乱など起きてはいないし、俺たちもこの国に来ず、より深刻な危機が起きている瑞穂あたりに行ってただろう。
「――しかし、追放を訴えていた仲間が彼女らとの接触後手の平を返すように共生と融和を訴えるのを見て、軍上層部と政府はかえって『秘術』という不可解な力を恐れた。もし『秘術』とやらの中に心を読む・洗脳する、といった力があり、政府の内情を国民や他国に暴露されたら。洗脳した国民を率いてのクーデターや自分達の心を支配して国を乗っ取ろうとしたら。
そんな恐れから軍と政府は融和を訴える将校を精神病棟に幽閉し、メルキュール族を『邪悪な力を持ち、国家の転覆を目論んでいる危険な種族』――《魔女》と貶め国内外に喧伝した。
秘術と称し土地に『呪い』をかけて不作を起こしているのも、他国を操って戦争を起こしているのも、
「それが“魔女狩り”、いえ、《ダルナザの闇》の真実というわけか――国民の不満を逸らすための“共通の敵”を作るためだけに」
リインは敬語も忘れ、顔を歪めながら憤りを吐き散らす。
ベルカでも自国を苦しめる元凶として他国を名指し敵意を向けさせることは、戦争や侵略を正当化するうえで常道的な手段として用いられてきた。俺も前世の最後、闇の書の力をあてにして“対聖王”に染まっていた国民を“反愚王”に染め直すために、自国を滅ぼそうとする真似をして“全国民共通の敵”を演じた。
その“共通の敵”を『自国に住む少数民族』に押し付けて迫害させることで地位を守ろうとしている連中に、リインは怒りを覚えずにいられないのだろう。
ダルナザ軍上層部や政府も、戦争の真実を知る《機神ZED》とただ一人生き残った《魔女フィリー》が野放しのままでいられては困るはずだ。彼らを守りつつ軍と政府の上層部の身柄を抑えてその企みと十数年前の悪事を暴き出さないと――。
ちょうどそう思ったところで前から揺れが襲い、遅れて爆音が響き渡る。その直後、車内に野太い男の声が響いた。
『
軍区画に入った途端、村を襲った連中と同じ《対魔導ステルス》で攻撃か。隠す気もないな。
「広域探査――
俺が強く叫んだ瞬間、数十メートルに不可視の波が広がる。その中に点在する兵を捉えた瞬間、彼女に向かって叫んだ。
「リイン、8体だ!」
「お任せください――ブラッディダガー・ヴライテススペクトラムズ」
短い指示に従いリインが唱えると同時、自車両の下に三角形の魔法陣、その周りに無数の赤い
『敵兵、ステルス解除と同時に昏倒。お見事です。首監も筆頭秘書官も』
TCの誉め言葉を耳に入れつつ、俺とリインは笑みを交わす。
仕組みとしては単純だ。
敵が
それで丸見えになった敵をリインに仕留めさせたというわけだ。力押しだが単純な分、向こうも対策を立てづらい。
「前線にそれぞれの魔力量にあった出力範囲を共有、そのまま前進を続けろと伝えてくれ」
「了解――」
リインは俺の命令を他の車両に伝えようと口を開く――
が、そこへまた大きな爆音と射撃音が伝わってきた。
『首監! また別方向から攻撃。加えて前方に
「なに――まさかっ!?」
驚愕しながらモニターを開き、前方の映像を映す。そこには煙を上げる味方車と分厚い柵と巨大ロボットの群れに加え、黒い防護服を着た機械兵。そして――
「うふふっ、いけませんよ。御神様に秘書官様」
「仕事仲間を連れてきてくださったのは嬉しいですけど、行き先を間違えてますわ」
一週間前、高官たちに連れ込まれたバーで会った美女二人が蠱惑的な声を漏らしながら俺たちの前に現れる。
桃色の髪を切り揃えたダンサー――イーリヤは赤いレオタード状の服を着ながら、二丁の
肩までかかった青髪のホステス――アイシャは青いボディースーツを身に纏い、片手に剣を握った状態で。
「私たちがお店まで案内して差し上げます♡ た・だ・し・」
「おいたをされますと、本当の天国に送ってしまいますが♪」
《掃除屋》め。本性を現しやがったか!
◇
その頃、フィリーはメルク村近くの森に倒れていた。
爆撃を浴び、その衝撃でヘリから落とされたにもかかわらず、彼女の体には傷一つない。
しかし……。
『何故……ナゼ、我ラハ迫害サレルノカ?』
フィリーの口から“彼女でないもの”の声が響く。
『長クコノ地デ平穏ニ暮ラシテキタダケ、別ノ地カラ移ッテキタ人々ヲモ迎エ入レヨウトシタ我ラガナゼ蹂躙サレルノダ?』
『奴ラヲ受ケ入レヨウトシタノモ、独リ残ッタ『鬼』ヲ憐レミ『子』ヲ託シタノモ、鉄塊ドモノ中デ暮ラス事ヲ許シタノモ誤リダッタ』
『奴ラガ築イタ『ダルナザ』ナドトイウ集落モロトモ
フィリーの口から間断なく呪詛の文句が溢れてくる。一人だけのものではない。
『我ラノ子――『メルキュール』ノ継承者ヲ守ラネバ……』
フィリー……否、フィリーの中にいる者たちは意識のない彼女の上体を浮かせ、両手を地面に付けさせる。
彼女の手が触れた瞬間、地面から無数の靄が吹き出し、渦状になって彼女の体を包み込む。
『守ラネバ……『子』ヲ裏切ッタ鉄塊ドモモ、“契約”ヲ果タセナカッタ『鬼』モ含メ――コノ地ニ蔓延ル“外敵”全テヲ滅シテ』
火山の噴火のように、地面から様々な色の“魂”が噴き出し続ける中、“フィリー
《最後の魔女》が残した娘にして、かの魔女を超える怨念の化身――《終焉の魔女》が目を覚ました。
◇
『ダルナザ軍並び首都警備隊より都民に通達します。国連の部隊を名乗るテロリストが首都に潜入しています。戦闘に巻き込まれる危険とテロリストに捕まる恐れがあるので、都民の皆様は絶対に外に出ず屋内に待機してください。見知らぬ人間が訪ねてきても絶対に家や建物に入れず、速やかに軍に通報するようお願いします。繰り返します――』
《掃除屋》の出現と同時に、街中に警告アナウンスが流れる。
人っ子一人いないと思ったら、戒厳令を出してたからか。通行人がいないのは俺たちにとっても好都合なんだが――。
「15年ぶりの戦場での
イーリヤは鮮やかな身をよじって迫りくる弾や穂先を躱し、隊員たちに無数の銃弾を浴びせる。
「この――舐めた動きすんじゃねえ!」
弾が尽きた頃を狙い、ある隊員が剣を振りかぶったがその前にアイシャが現れ、細い腕と刃で剣を受け止める。全身が鋼鉄で出来ているためか、渾身の力を込めてもびくともしない。
「イーリヤは次の舞の準備をしていますので、私とお付き合いくださいませ」
力を振り絞る隊員の耳に魅惑的な囁きをかけてくると同時にアイシャは剣を弾き上げ、露わになった胸に細い刃を突き刺す。それを見て援護に入ろうとした隊員たちにイーリヤが装填したばかりの銃弾を浴びせ、撃ち漏らした隊員たちにロボットや機械兵が攻撃をかけていく。
「お前たち下がれ――デアボリック・エミッション!」
後ろからの一喝に驚き隊員たちが退くと同時、地面から噴出した奔流がロボットと機械兵たちを蹴散らし、イーリヤたちも泡を食ったように奔流から逃げる。
それを視認した直後、リインがまっすぐ二人の眼前まで駆けていった。
「はあああああっ!」
「ぐはぁっ!」
「アイシャさん!? このっ――」
相方が殴り飛ばされるのを見て、イーリヤは躊躇なくリインに銃を向け無数の銃弾を射出する。
だが、リインは自身の前にバリアを張って銃弾を跳ね返し、イーリヤに黒い砲撃を撃ち込んだ。
「きゃああっ!」
悲鳴を上げながら横向きに転がっていくイーリヤを見据え、自身の腕に魔力を纏わせながらリインは呟く。
「実はこの前の夜からお前たち二人とミノとやらにはムカッ腹が立っていてな。ただでさえ健斗のまわりには厄介な
だが――純粋な好意で言い寄るだけならまだしも、悪意を持って健斗を堕落させようとする女を許しておけるほど寛容が過ぎるつもりはない!!」
イーリヤは倒れながら、アイシャはヒビの入った頬に手を添えながら、恐れの入った瞳を彼女に向ける。そんな彼女たちにリインは容赦なくブラッディダガーを撃ち込み、爆破で吹き飛ばした。
よし、場の流れがこっちに向かってきた。ここで一気に崩すか――。
「あらあら、思ったより心の狭ぁいお人やね。坊やぐらい偉くなると言い寄ってくる子も同じシーツくるんで寝た子も数え切れんほどおっておかしくないやろぅに」
ところどころ間延びさせた、甘く粘りっこい声とヒュンヒュンと鋭く冷たい風切り音が
それを聞いた瞬間、猛烈な悪寒が脳裏をよぎり反射的に真横に跳ぶ。
その瞬間、足元が崩れ落ち、その下から身の丈ほどの鎌を回しながら一人の女が飛び上がってきた。
女は宙を跳びながら鎌を止め、ドレスがめくり上がるのも気にせずすたっと俺の前に着地する。
深いスリットの入ったドレスに、ヴェールで髪と目元を隠した妙齢の女。
あの二人同様、こいつともバーで会っている。
「――チトセ・
険しさを隠せぬ声で呼ぶ俺とは反対に、チトセは偶然街中で居合わせた友人に向けるように――
「はぁいチトセさんどす。一週ぶりですなぁ主監はん。今夜は《掃除屋》の責任者として顔出しに来ましたわ」
片手を上げ馴れ馴れしい口調を返す女に、隊員たちは戸惑いながら彼女と俺を見比べる。が、誤解を正す余裕もなく相手の一挙一動を見逃さじと、ミノを睨み続ける。
ミノはしばらく片手を上げたまま温和な笑みを浮かべ続けるが、きっと目を細めた瞬間、真横に鎌を振るい、俺の足元を斬りつけてきた。
一瞬遅れていたら片足が両断されていた!
「残念ですなぁ。一緒にお酒飲み交わしたりショー見た仲やのに、一週間経ったら刃をぶつけ合わなあかんなんて」
「その言う割に、あの時から獲物を狙う蛇みたいな目で見てやがったじゃねえか。あのままあんたや二人の誘いに乗っちまったらどんな目に遭わされたことか」
「勘のええ人ですなぁ。対魔導ステルス
口を動かしながら大鎌を振り落とすミノに対し、俺もティルフィングを振るい我が身を守る。関節の動きや伝わってくる気配からして、生身なのは間違いない。にもかかわらず腕力は機械兵なんかより遥かに強い。
「けぇど残念! この国に来て一月、あの村に行って一週しか経たないあんさんらと
魔女ちゃんとロボたちを一緒の船に乗せた時点でいつでも攻撃させられるってワケっ!!」
「――なにっ?」
思わず目を見張った瞬間、ミノは強く鎌を振るい刀を弾きあげる。俺は後ろに跳んで奴と距離を取った。
一方、ミノは俺を追わず鎌で右の方を指す。奴に注意しつつそちらを横目で見ると――
「そして、私がべらべらとタネ明かししてる時点で既に手遅れ。ただ一人の父親に見放され、一緒に暮らしていた隣人に裏切られた怒りと15年前に殺された亡霊たちの恨みが合わさって――《本当の最後の魔女》のお目覚めや!」
ミノが指す方――メルク村がある方角から様々な色が混じった煙のようなものが渦巻いて立ち昇っているのが見えた。俺もリインも隊員たちも、機械兵までもが驚きに目を見張る。
あれが《ダルナザの魔女》……。
「どういうつもりだ? 《魔女》を滅ぼしたがってた軍やお前らがなんであんなものを?」
俺の問いにミノは白々しく首を振って。
「さぁ。15年前やったらむしろ軍のほうが止めてたはずやねんけどね。あれを対処する方法でも見つけたんとちゃう。
せやから、ここであんたらを本部に行かせて余計なことされると困るんよ。ただでさえ成功率がどれくらいか分からへんし……そんなわけで、こっちも長年眠らせてた“切り札”を放出させてもらいましょか」
ミノは鎌ごと大きく右腕を上げる。それと同時にバリケードの近くに停めてあったトレーラーが開き、毒々しい紫色の箱のようなものが落とされていく。
どれも等身大ほどの大きさで箱というより、“棺桶”みたい…………。
「――まさかっ!?」
俺が口を開くと同時、“棺桶”が中から壊され、紫色の
そのうち何体かがヘルメットを落とし、血色のない顔を露わにする。その中にはメルク村でチンクと戦っているはずの三人組の一人・ラムダに加え、軍を裏切った機神ZEDことゼオも混じっていた。
「《魔女》が現れたんやから、同じ“魔”のつくものを出した方が面白いやろ?
15年前、機械に精神を移植した後、抜け殻になった
はるか彼方から吹き出る“亡霊”や、起き上がる《魔人》たちを背にしながら、ミノは三日月状に唇を吊り上げる。
その表情はフィリーや俺が想像するものより遥かに“魔女”らしかった。