皆さんは、いつ喜びを感じますか?
僕は、誰かに食事を与える時、です。
老若男女、動物…何でも構いません。
部活の後に来る強烈な空腹に従い、息すら忘れるように食べていた私の兄
息子が初めて作った料理に感動して噛み締めるように食べていた両親
眠たげなのに、ドッグフードが器で跳ねる音が響く瞬間、飛び起きて尻尾を振りながら食べていた飼い犬
糖尿病のせいで美味しいものが食べられなかった時、最大限の工夫を施した料理を作ってあげたら、素晴らしい笑顔を見せた祖母
お酒に合うものを一緒に探して互いにツマミを作り、酒を飲んで笑い合った私の祖父
理由は様々でしょうが、食事とは全ての生き物を幸せに出来る素晴らしい事なのです。
それ故に、僕は食事を与える時が一番好きなのです。
そうして、"前世"は欲に従って生きてきました。
はい、僕は死んで生まれ変わったのです。
死因は分かりませんが、階段で転げ落ちたような…
まあいいです、気づいたら赤子になっていました。
幸いにも(?)現代日本に生まれ変われたようで、割と平和な日々を送っていた所…
運命の出会いを果たしたのです。
成長して…11歳くらいの頃でしょうか
親戚同士の集まりに参加したのです。
母達の手伝いとして、料理を作っていたのですが…
集まりがそろそろお開きになりそうな頃、残った皿を洗おうとキッチンに行くと、冷蔵庫に手をかけている女性がいたのです。
クリーム色のショートヘアー、細すぎない健康的な体つき、可愛らしい方でしたが、それ以上にその表情が印象的でした。
足りない、渇く、空腹、飢え、飢饉、渇望…
そんな言葉達がお腹から鳴っているような、恐ろしい程に物足りないことがわかる顔をしており、瞳孔は完全に開いていました。
『オナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタ…………』
『お姉さん、お腹空いたの?』
『タリナイタリナイタリナイタリナイタリナイ…』
声を掛けても反応はしません。彼女の理性は冷蔵庫を開けんとするその手を抑えるのに総動員されているようでした。
ですが、やるべき事は決まっています。
『ちょっと待ってね!何か作るから!』
ソーセージを一口大に、キャベツを細かく刻んだ後、卵と余った白米と共に豪快にボウルへと入れ、掻き混ぜる。そして、油を引いて熱しておいたフライパンへと放り込み
しばらく、炒め続け…
『お姉さん!これ、どうぞ!』
皿によそって、スプーンを付けて差し出しました。
『!!!!!』
ガッ ガッ ガッ ガッガッ
ガチッガチッ
飛びかかるように皿へ掴み掛かり
無言で、しかしながらドンドン炒飯をお腹に収めていくお姉さんはスプーンと皿の金属音も相まって、ショベルカーのようでした。
(こんなに美味しそうに…!良い食べっぷりだなぁ…)
(もっと、もっと食べてほしい…!!)
僕の存在に気づかない程、一心不乱で食べ続けている美しい彼女に対し、金属音の割合が多くなり始める頃に別の皿へと盛り付けて渡す。
そんな事を何回か繰り返していると
『〜〜〜ごちそうさまでした………』
ご馳走様を皮切りに金属音は止み、お姉さんはそのまま寝てしまいました。
(わぁ…!!わぁ…!)
何度も続く配膳に疲れ切っていた筈なのに
ご飯を食べて満足したお姉さんの顔は
前世を合わせても、誰も勝てない程に幸せそうで
私は、すっかり虜にされてしまったのです。
あの時から、僕は彼女の事が忘れられませんでした。
もっと、もっともっともっと、彼女の為に料理を作りたくて作りたくて堪らなかったのです。
あの後名前も聞けずに帰ってしまった。
もう、再開は叶わない…そう思っていたのに
しかし、運命というのは数奇でした
「この高校ねぇ…」
「少し遠いけど…いいでしょ?」
今、僕は進学する高校について親と話しています。
かつて学ばなかった事を学びたく、少々離れた高校になってしまったので難色を示されてしまいました。
「…まぁ、アンタなら大丈夫か。ちょっと待ってな」
母は、そう言うと少し席を外しました。
「…てわけ…みこと……」
(誰かと話しているのか…?)
「…待たせたわね。条件次第だけど…ここ、良いわよ」
「本当ですか!…因みに、条件とは?」
許可してもらった事は、とても嬉しい事です。
しかし、"条件"とやらは気になります、成績で常に一位を取れなどと言われれば流石に無理ですから
「そんなに気を張らなくても良いわ…
やっぱりね、家から遠いと何かと面倒臭いことが多いのよ。通学は長くなるし、お金は掛かるし…勉強にも影響が出かねないからね」
「と言うわけで…アンタを親戚の家に泊まらせようと思ったわけ。どう?」
今の家を離れて知らない人と暮らす、少し不安はありますが、その程度なら無問題でしょう
「そのくらいなら大丈夫です…因みにその親戚とは?」
「"望月美琴"今度、顔を合わせるからその時に色々話しなさい。」
("美琴"…名前的に女性?)
「…分かりました」
僕の体格が結構小さい部類だとはいえ…思春期の男子を女性の家に泊まらせる事には少し引っ掛かりますが
「まぁ、どっちにしても高校に受からない事には始まらないわね…勉強、頑張りなさい」
色々悩もうとも母の言う通りです。
疑問があろうと今はどうしようも無いですから、その後は勉強に費やされていきました。
これが僕の念願を叶えるきっかけだとも、知らずに
受験まで3ヶ月
例の"もちづきさん"と直接会う日が来ました。
場所は喫茶店、電車の遅れがあり少々遅めの到着。
(不味い、不味い…お世話になる人を待たせてる…!)
頭の中で跳ね回る謝罪の言葉は、しかしその姿を見た瞬間に遥か彼方まで飛んで行きました。
クリーム色のショートヘアー、健康的な体つき。
あの時の様な迫真の表情はありませんでしたが…
"お姉さん"だと、すぐに分かりました
「…あの、大丈夫ですか?」
「はっ、あ…遅れてしまい申し訳ございません!」
思わぬ再会によって思考がフリーズ。
しかし、声を掛けられれば流石に凍りついた頭も働くようで謝罪の言葉が戻って来ました。
「電車の遅延は仕方ありませんから…大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます…」
「じゃあ、改めて…初めまして、私、"望月美琴"といいますっ。今日は、色々と話しましょうね!」
どうやら、僕の事は覚えていない様です…
あの時の事は記憶に残らなかったのでしょうか。
「あ…初めまして、僕は"若月 太郎"と申します。
よろしくお願いします」
かつて見た激しさが無く、おっとりした彼女は、まるで別人のように見えましたが…取り敢えず、適当に注文をしてから私が泊まる上での細かい話し合いが始まりました。
「いえ、そこまでは流石に…大変ですよ?」
「いえいえ、やらせてください。家に泊まらさせて頂くのですから、殆どの家事は僕がやりますよ。」
特に家事の分担については、かなり話し合う事に。
「…あまり気は進みませんが…」
「では、そういう感じで…大丈夫です!こう見えても僕、意外と力持ちですから!!」
料理、洗濯、掃除、ゴミ出し、買い物…
最終的に、殆どの家事を僕がする事になりました。
彼女は"家賃がわりに、お金を貰っているから悪い"と言っていましたが…社会人の忙しさは、前世の経験で身にしみてわかっています。
子供の世話をする余裕なんて無い筈です。
それに、僕としては色々としてあげたいのですから。
「…それでですね、その料理を作ったら…」
「ふふっ、そうなんですね。私も楽しみですよ」
「…そろそろ、時間ですね。」
「あっ、本当だ…」
随分と話し込んでしまったみたいです。
「話すのも初めてでしたが…良い子ですねっ
太郎君、是非とも私の家にいらしてください!」
「あ、ありがとうございます!」
どうやら、もちづきさんのお眼鏡に適ったようです。
絶対に嫌われたくは無かったので安堵と喜びが湧き出して来ます。
「受験、頑張ってね!」
「精進します!」
高校生から始まるは至高の生活、そこへ至る私は無敵で、もはや阻むものなど何も無かったのです。
その後は勉強に一層身が入り、高校にも無事に合格し
「お、お邪魔します!」
「どうぞ!上がって〜」
遂に、もちづきさんの家に上がることができました。
時刻は17:30
「え〜っと…荷物置いたら早速夕飯作りますね」
「ゆっくりで大丈夫だよ!」
夕飯を作り始めるにはちょうど良い時間でしょう。
彼女の瞳孔が段々と開きかけている、急がねば。
早速キッチンに入り、お米を炊…
(じ、十合炊き…)
米を炊こうとして炊飯器の大きさに圧倒される。
やはり、あの日の彼女は幻では無かったのだ。
「3…いや4合ほどかな」
あの時の食べっぷりを思い出し、大まかな量を予測して炊き始める。
時間制限の開始、ゆっくりはできない。
続けて、スーパーで買ったジャガイモとキャベツを少し大きめに切り、水を入れた片手鍋に突っ込んで火を通して味噌汁の準備を始める
(豚バラに…カット野菜)
火が通るまで時間はある。
豚バラを1.5パック分取り出して適当に切り、油を引いたフライパンに入れてしっかり焼く。
ある程度焼けたら、一旦別の皿に移し、代わりにカット野菜を2袋丸ごとフライパンに入れて豚バラの油も合わせて炒め始める。
ある程度野菜がしんなりしてきた所で、豚バラを再度入れて香味ペーストを
「ぐーる、ぐーる」
フライパンの上で2周、円を描くようにして入れた。
そのままかき混ぜて、ムラがなくなったら野菜炒めの完成。
(後はこのまま…)
ちょうど鍋の野菜にも火が通った。
味噌を少し多めに入れて味噌汁も完成させると
「…しょっぱめ?まぁ、もちづきさんなら丁度いいか」
「お、できた」
ご飯も炊けた。
「もちづきさーん!出来ました〜」
「わ、わぁ…!ありがとうございますっ」
全ての料理を皿に盛り付け、配膳。
彼女の瞳孔は開き切っていないようで、
(間に合いましたね…)
「「いただきます!!」」
テーブルを挟んで座り、互いに食べ始めました。
「あっ…丁度いいしょっぱさ…」
「油感と香味ペーストの風味にしょっぱさが、いい…」
ですが、
「ごちそうさまでした!」
「えっ…」
信じられない事に
私よりも先に、彼女が食事を終えたのです。
「も、もちづきさん…足りました?」
あの日見たあの食欲、がっつき。
今の彼女には、どこにもありませんでした。
「はいっ。大丈夫ですよ?私、そんなに食べませんから!」
(……????)
「は…はぁ」
あんなに食に貪欲だった姿は
ショベルカーの如き迫力は
一体、どこに消えてしまったのでしょう。
「…ごちそうさまでした…」
「残ってしまいましたね…明日に回しましょうか!」
最後まで彼女がお代わりをすることも無く、料理の大半を残したまま食事は終わってしまいました。
(何で…?)
残ってしまった料理にラップをかけ、皿を洗いながら疑問を呈しますが、当然ながら何も分かりません
「それでは、お休みなさい…」
「慣れない場所だと思うけど…しっかり寝てね」
何もわからないまま他の家事を終えると寝る時間が来ました。そのまま布団に入り、意識が落ちそうな所で
バタッ バタッ バタッ…
「…ん?」
何か、物音がしました。
(…何だろう?)
時間は24:00過ぎ
もちづきさんも、もう寝る時間です。
(まさか…泥棒?)
玄関の鍵も、窓も閉められていて入れる場所などない筈ですが…念には念を、そう思いました。
「………」
寝室を出て、ゆっくりと音の発生源へと向かいます。この音は、キッチンに近づくにつれて大きくなっており、恐怖を煽ってきます。
(ずっと同じ所で…まさか、幽霊?)
そして、キッチンのドアを開けた瞬間
「…!!…!!!!」
「オナカ…スイタ……ダメ…アノコノマエデ…コンナコト…ソンゲンガ…オトナ…」
冷蔵庫の光だけが彼女を、ぼんやりと照らす。
幽霊すら生温い迫力を持った、何度も何度も冷蔵庫の扉を開け閉めしている、もちづきさんがいました。
余りにもの気迫に悲鳴が出かけます。
「スコシ…スコシダケ…アサカラ…ガマンシテ、ゴホウビ…ノコシタラ、ワルイ…」
しかし、この顔には見覚えがありました。
(…!あの時みたいに、お腹空いているんだ…)
かつて私を突き動かした、あの顔です。
そして、同様に私の心をくすぐりました。
部屋の電気を付けて、もちづきさんへと近づき
「もちづきさん。もしかして、お腹が空きましたか?」
欲望の解放を試みます
「…はっ!!いい、いえいえいえ、そそ、そんな事は…た、ただ喉が渇いただけですよっ…ははは」
受け答えができている…
かつてと違い、理性には多少の余裕があるようです。
「ふふふ…それなら、お茶でも淹れますよ」
「え、え〜、それではお願いします…」
リビングへと向かうもちづきさんの背中を見ながら、冷蔵庫へと目線を向けます。
勿論、あったかいお茶を淹れるわけではありません。代わりに冷蔵庫の扉を開けて…ラップをかけた今日の残りを取り出しました。
沢山の野菜炒めを電子レンジで2分、その香ばしさを取り戻した皿に箸を付けて、お茶のボトル、コップと共にリビングへと持っていく。
「もちづきさ〜ん、お待たせしました!」
「え"っ!!い、いやお腹は別に…!!」
口では否定していますが、表情は正直でした。涎が口の端から垂れ、瞳孔は今にも開き切りそうです。
「ふふ…へたですねぇ、もちづきさん。欲望の解放のさせ方が下手…!へたっぴですよ…貴方が欲しいのは、お茶なんかじゃあ無い。本当に欲しいのは…
「グッ…!!ギィ!!ギィッ…!」
お皿を近づければ、美味しそうな匂いが理性を更に削る。それでも、彼女は、僅かな意地で耐えています。
こんなに苦しい思い、する必要はないのに。
「しょうがないですね…はい、あーん」
ですので、その理性に引導を渡しましょう。
箸を代わりに持って野菜炒めを摘み…口へと運べば
「………………」
一緒開き切った瞳孔が一気に縮み
「…あぁ…アァ……!!!」
その欲望が閾値を超えました。
もう、誰にも何にも止められません
ズァッ ガッガッガッガッ
「さて、これだと足りないでしょう…他も作りますよ」
再びキッチンに戻り、今度は残っている豚バラを雑に切り分け油を引いたフライパンへと放り込む。
しばらく炒めたら…焼肉のタレをドバッと入れる。そのまま暫く炒め続け…タレごとお皿に盛り付けて、リビングへと鍋敷きと共に運ぶ。
ガガガガガガガガッッッッ
もちづきさんの勢いは、かつてのショベルカーを超えており、全速力で走るラフタークレーンの如きだ。
少しの間なのに、大量の野菜炒めは三分の一程減っている。残り時間は長くないだろう。
キッチンに戻り、あの時の様に炒飯を作り始める。
3合程の米と刻んだキャベツにソーセージ、そして卵。
これらを混ぜ合わせた後、先程のタレが残っているフライパンへと豪快にぶち込む。
暫く炒めてパラパラになったら…そのまま、もちづきさんの元へ、スプーンを添えた皿と共に持っていく。
野菜炒めは食べ終わっており、作ったばかりの肉炒めをもう完食しそうだった。テーブルの鍋敷きにフライパンを置いて、急いで炒飯を皿に盛る。
「ふぅ…終わったぁ…」
やっと、追加の料理とその配膳が終わり一息つく。
何せ3合もの米を一気に炒めたのだ…流石に疲れる。
しかしながら
オイシイ オイシイ ガッガッガッ オイシイ ガッ オイシイ オイシイ ガッガッガッガッ……
こんなにも食べてくれる、もちづきさんを見れば
「ふふふ…本当に、本当に…」
「美味しそうに、食べてくれるなぁ…」
多少の疲れなど吹き飛んでしまいました。
…ただの成人女性が、こんなにも食べるのはきっと体に悪いのでしょう。少なくとも、あまりよろしく無いはずです。
ですが、それの何が悪いのでしょうか…生まれ変われる事は私の存在こそが正しく証明であります。それならば、その一生は身を溶かすほどの幸せに包まれて生きた方が得、というものでしょう。
「…………」
目の前の彼女は食事に全集中を注いでおり、何かを言っても返事はないです。
…しかし私、そして彼女の欲望の達成と幸せの成就を願ってこの言葉を贈りましょう。
「いっぱい食べてね、もちづきさん」
本日の総摂取カロリー
9,933 kcal
作者がそこまで料理しないので、すんごい好評でもないと続きは書かないです。
追記
もちづきさんの食べる量が少な過ぎたので、ご飯を炊く量を3→4合に修正。
あ○○ん様のお力をお借りしてカロリーを計算し、追加。