毒親の娘でもヒーローになれますか? 作:さかき
これで良し。
今年度、自分が受け持つ生徒たちの資料をまとめ終え、それぞれの個性に対する所見を追記していく。
全員分を書き終えた頃には、とうに日付が変わっていた。
合否の採点とクラス分けが終わる頃にはすでに日も落ちていたんだ、仕方がない。
明日に回しても差し支えのない仕事ではあるが、こういう作業はやはり、記憶が鮮明なうちに済ませるのが一番だ。
後から映像を見返すのは非効率だからな。
ドライアイに堪える事務作業だったが、目薬をさしてごまかす。残りも半分を切った。明日あたりに補充しておこう。
それにしても、抹消の個性から仕方のないこととはいえ──今年の担当生徒は、ことさらクセが強い。
こうして並べてみても、ほとんどは実技試験で最低限の制御ができていたが……緑谷は例外だった。
試験中に0ポイントのターゲットを倒し、片手と両足を負傷。救助ポイントだけでの合格。
合否自体には問題ない。だが、試験で問われるべき力が、彼からは見えなかった。
その献身的な行動は称賛に値するが──気持ちだけでやっていけるほど、ヒーローは甘い職業じゃない。
なってから後悔しても遅い。道を改めるなら、早いに越したことはない。
入学後、最初の授業で全員に個性を使わせるつもりだ。
他人の個性を見て、自分に足りないものを掴めるかどうか。それができないなら──その時は残念だが、こちらも判断を下さなければならない。
見極めるべき生徒は、もう一人いる。
もう一人の
技能面では非の打ち所がない。筆記・実技共に最高水準。卓抜したバランスの良さ。
──だが、一抹の不安がある。
撃破ポイントと救助ポイントがほぼ半々。それ自体は問題ではない。問題は、その選択に至る過程だ。
序盤は躊躇なくスタートダッシュを決め、ターゲットを次々に撃破。
他の受験生に遅れを取らなかったため、一定時間は他者との接触もなかった。
だが、ターゲットが減り始めた頃、急に索敵を中止し、周囲の受験生へのサポートへと切り替えた。
その切り替えの直前──ターゲットを一掃した後、しばらく呼吸を整え、周囲の受験生を睥睨するように眺め、その後、天を仰ぐ。
──その判断に、ざっと20秒。
咄嗟の場面で迷うには、あまりにも長すぎる。
彼女の中で、あのとき何があったのかは分からない。けれど、試験中の振る舞い、心構えとしては落第だ。
実技試験が試しているのは、個性だけではない。
その瞬間、咄嗟に下せる決断。
その根底にある、自分なりの《オリジン》。
そうした“軸”があるかどうかだ。
才能は疑いようがない。能力の制御も高い水準にある。
だがその才能ゆえに──「判断が遅れてもなんとかなる」という甘さが残っていたようにも見える。
このまま力だけで押し切っていけば、いずれ“本当に迷ってはいけない場面”で足が止まる。
それだけは、避けなければならない。
ヒーローという職業は、間違いを許されない。
だが、学生であるうちは、間違えることができる。
この3年でヒーローとして後悔の無いようにやっていけるように鍛え上げよう。
ファイルを保存して、パソコンを落とす。
今から帰るには電車もない。寝袋を敷いて、そのまま床に横になる。
合理的に詰められる箇所は、詰める。それが俺の流儀だ。
今年も──忙しい一年になりそうだ。
目を閉じながら、そうひとりごちた。