世界最速に“元”がつくまで 作:ラッパとピエロ
「俺が、ガネーシャだッッ!!!!!」
男神が一人、ガネーシャが叫ぶ。
その咆哮に、集められていた神々ですら静まり返る。先ほどまで談笑をしていた神々の注目は、『今回も司会はガネーシャかぁ…‥』という落胆をもって、象の仮面をつけた男神、ガネーシャに注がれる。
そんな中、沈黙する場に一石を投じる神が
「……そういうのええから、さっさと進めてくれん?」
「む、そうだな! では、第n回、
「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
ガネーシャがそう宣言した途端、さっきの沈黙が嘘のように神々は湧き上がる。
「まずは情報共有だ! 何か掴んだやつはいるか!?」
「はいはい! アポロンがイシュタル様が目つけてた
「マジかよ! よく生きてたなアポロン! 確かに今回いないと思ったら!!」
「あいつ節操ないから自業自得だな……いや、待て。ボコボコにされたってのは、イシュタル様が直々に!? どうなんですかイシュタル様!?」
「はっ、アポロンのやつにはムカついたけど、初犯だからちょっとした『お仕置き』で済ませてやったよ。………もちろん、私の手によってね」
「「「ありがとうございます!!!」」」
こうして開始一秒で脱線し始めるのも恒例だ。
一度外れるとそう簡単には戻らない。幸い、今回は重要な議題が上がらなかったからいいものの、本題よりネタ探しの方が盛り上がるのも少なくない。なにしろ、神は退屈なのだから。
そんな様子を見て、ガネーシャは再び口を開く。
「うむ……これといった情報は無いようだな! それでは次の議題に行かせてもらう! そう―――命名式だ!!!」
すると、神々の間で歓声が起こる。
それもそのはず、命名式とは、冒険者に二つ名を授ける神聖な儀式(笑)だからだ。その対象は主にランクアップを果たした冒険者だが、それが高位Lvであればまだいい。【
「今回は……おお! かなり多くの子供たちがランクアップを果たしているな! 特にロキファミリア、アストレアファミリア……それからフレイヤファミリアまで、錚々たるメンツが揃っているな!!」
「おいおい……見ろよこれ、とうとうあのオッタルさんもLv.7だぜ? いや、あの【暴喰】を倒したんだから当然っちゃ当然なんだが……」
「ロキファミリアなんて、三人がLv.6だぞ。それに何といっても、アイズたんがLv.4にランクアップしてる! こりゃ【神々の嫁】になる日も近いな……」
「お前……んなこと言ってるとロキにしばかれるぞ」
此度の命名式は今までとは訳が違う。なにしろ、ランクアップした冒険者の数が桁違いだ。そうなった要因はただ一つ、オラリオの冒険者たちは『大抗争』の鎮圧という偉業を成し遂げて見せたからだ。その相手は
しかし、冒険者はそれを打ち破り、英雄への階段をまた一歩進めたのだ。
そういうわけで今回の命名式はお祭り騒ぎ、神々の盛り上がりも最高潮へ達しようとしていた。
「それでは早速、アストレアファミリアの冒険者、アリーゼ・ローヴェルから二つ名を募集する! 何か案のある者はいるか―――」
こんな状況で、神々の手が上がる景色を想像するのは、決して難くなかった。
「………よし! だいたい出揃ったな! それで最後は………うっ! こ、こいつか………」
ガネーシャはリストを眺めると、最後に残された冒険者を見て思わず声を上げる。神ですら動揺させるほどの人物が、そこに書かれていた。
「所属ファミリア、不明。名前、不明。二つ名は【
その名を聞き、傾聴していた神々にも動揺が走る。
そうなった原因はもちろん、【
「うわー……【
「素性不明だし、もはや都市伝説なんじゃないのか?」
「いや、実際に存在はしてるぞ。足取りとか素顔が一切わかってないだけで」
「巷では、あの仮面の下は超絶美少女だとか………」
「いーや、俺はゴリゴリのショタを推すね。ウチの団員が、助けられた時に声を聞いたらしくてな。若干、男よりの声してたって話だぜ」
偉業を成したというのだから、祝福されるべきであるのが道理ではあるが、素性も知らぬ冒険者のことをどう祝えばよいのか。それは、全知であるはずの神々ですら知らなかった。
そして、中にはその実績を聞いて面白くない神もいる。
「んぐぐ……【
「あらロキ、悔しいのかしら? 貴方のところの子供に追いつかれちゃって」
「やかましいわ! ええかフレイヤ? 自分のところはLv.7がいるからって上から目線してんちゃうぞ! すぐにランクアップするからな! 【
「………そこは貴方の子供が、と言ったら?」
都市最大派閥であるロキファミリアとフレイヤファミリア、両ファミリアは今回のランクアップでオラリオに確固たる地位を得た。しかし、謎の存在が横で爆走しているのは嫌でも目に入ってしまう。
謎というのは興味を誘うようで、日々その正体について考察が行われているらしい。ロキには余裕ある態度を見せるフレイヤだったが、彼女もそのことについて、完全に気にしていないわけではなかった。
「しっかし……ファミリアですら不明ってどういうことやねん。とんだ弱小ファミリアか、それとも強ファミリアが秘匿してんのか……なあ、自分はなんか知っとる?」
「…………さあ? どうかしらね?」
(…………これは知ってるやつやな)
フレイヤが何か知っていることに気づいたとはいえ、ロキはそこに踏み込むことはしない。というのも、基本こういった秘密に関しては不可侵、というのが神々の暗黙の了解であるからだ。
とはいえ、ロキは秘密を知らないままというのも気に入らないようだった。ますます面白くない展開になってきたのを感じ取った彼女は、そっと席を立つ。
「あら……もういいの? まだ
「ええわ! どうせ【
「あらそう……」
そうしてロキは
フレイヤは去り行くロキの後ろ姿を眺めるわけでもなく、ただ微笑みを浮かべる。
その笑みの対象となるのは出て行ったロキが一割、もう九割は、現在、話題の中心である仮面の冒険者に向けてだった。
「…………ふふ、【
オラリオの中心部にある広場、人の往来が激しいその通りで、何かしらの道具を片付ける
多くの種類の道具は、片付けるだけでも相当手間がかかる。それを
人が多いとはいえ不用心とも言える行動だったが、通りを過ぎる人々は彼女のことを神とは認識していないようだった。それは神が放つ特有のオーラが、彼女には現れていないからなのだが、その原因は、あまりに彼女の雰囲気が庶民的、または普通だからとしか言いようがなかった。
「タレイア、貴方……いつもこんなことをしているの?」
そんな彼女、タレイアにも話しかける者がいた。
道具をしまう腕を止めて、声のする方へと振り返ると、フードを被った女性がそこに立っていた。その者もまた、神であるということにタレイアは一瞬で気づく。フードをしていても、滲み出るものがあったのだ。
「おや……フレイヤかい? 君がこんなところに来るなんて珍しいじゃないか。あ、悪いけど手品なら今日は終わったよ。また明日見に来てくれたまえ」
タレイアに話しかけてきたのは、なんと女神フレイヤだった。気楽に話しながら、再び片付けを始めたタレイアに対して、フードの中から見えるフレイヤの表情には、若干の戸惑いがあった。
「……別に手品を見に来たわけじゃないわ。少し、話をしに来たの」
「話……? 構わないが、私に?」
「ええ。こんなところじゃなんですし、お茶でもどう?」
「へえ!このお茶美味しいじゃないか! いやあ悪いね、こんなところに連れてきてもらって!」
ティーカップから口を離したタレイアは、テーブル越しにフレイヤを前にしてもいつもの調子だった。普通、男神であれば緊張して固まり、女神であれば気に食わないような表情をされるフレイヤからすれば、こんな態度で話せる神物はそういないだろうと密かに思う。
「それで、話って何だい? 眷属も付けないで君が
「それなら大丈夫よ。姿は見えないけど、周囲に私の子を何人か連れているから安全は保証されてるの」
二人がいる個室のある建物の周囲には、フレイヤファミリアの団員が数人姿を隠して配置されていた。そんな中、周囲を警戒する
「逆に、貴方の方こそ大丈夫なの? 眷属も付けないで人前に立つなんて、
「一応、眷属は一人いるんだけどね……ちょっと今日は不在なだけだよ」
そう言って、タレイアはもう一度ティーカップに手をかける。
そのタイミングを見逃さなかったフレイヤは、ここぞとばかりに口を開く。
「…………
タレイアの手が止まる。そう問われた瞬間、飲みかけていたお茶が口の手前で静止すると、何かを考え出したようにタレイアは少し目を閉じる。いつもの明るい笑顔がさらりと抜けていくと、テーブルにティーカップを乗せ直す。
ヒヤリとした緊張が部屋に走る。だが、フレイヤも全く動揺はしない。この反応をされることなど想像がついていたからだ。
「………ああ、バレてたのか」
「ええ。実際に気づいたのは、もう少し前だけど」
言葉にせずとも、二人は何の話をしているか通じ合っていた。そもそも、タレイア自身もいつかはこうなると分かっていた。ようやく今、その時が来ただけの話だったのだ。
「コソコソ素性を隠してたみたいだけど、仮面を外している時の状態を見れば一目で分かったわ。まさか、貴方のファミリアだとは思わなかったけど」
「ふうん……で? 私の眷属に何か? こちらがわざわざ正体を隠してると知っていて、それでも話しかけてくるなんて、よっぽどの理由があるんだろう?」
「そうね、余計な言葉はいらないわ。……単刀直入に言いましょうか」
数秒、時間を空けてフレイヤは言葉を紡ぎ始める。
「―――私、【
「断る」
一刀両断、たった一言でフレイヤの我儘を切り捨てる。
しかし、フレイヤが他のファミリアの眷属を欲したケースは数知れず。ちょくちょく他ファミリアと問題を起こす彼女からすれば、この程度どうってことはない。間髪入れずに返された答えに臆することなく、フレイヤは続ける。
「あら……そう。でも、話くらい最後まで聞いたらどう? 欲しくなった理由くらいは語らせてもらえると嬉しいのだけれど」
「……一応聞こうか」
「ふふ、ありがとう。……さて、どこから話せばいいかしら。【
不機嫌な態度が顕著に表れているタレイアを横目に、フレイヤはそう語り出す。
色、というのはフレイヤが人間に見る魂の色のことだ。彼女はその目をもって、自身の
「あの子の魂は、燃えていたのよ」
きっと人間では、もしかすると神ですら理解のできない表現だったが、タレイアはその言葉の意味を理解する。フレイヤから見た【
「情熱、希望……いえ、そんな言葉じゃ言い表せないような感情が、心の中で燃えているのでしょうね。ただ一つわかるのは、『英雄願望』が存在するということ。目標に向かって偉業を成し続けたのは、その想いによるもの。そうでしょ?」
「へえ………『英雄願望』ねえ……」
「あの子の輝きを、成長を特等席で見ていたいの。彼は間違いなく英雄の類、実績がそれを証明しているでしょう?」
フレイヤの言う通り、【
このままの調子でいけば、いつかは過去の英雄たちを超える存在になる、そうフレイヤは確信していた。
「私のファミリアなら、これまで以上に彼を鍛えられるわ。オッタルやアレンだっているし、強くなる環境としては申し分ないと思うけど?」
「待て待て、君が欲しがる理由も、好待遇が待ってるってこともよく分かったよ。だけど、私や眷属の意思を忘れちゃいないかい? それを無視して話を進めるのはちょっと……」
「あら、選択肢が貴方にあるのかしら? たとえ貴方の眷属も加えて拒否したとしても、こっちは力づくって手段も取れるのよ?」
タレイアは黙るしかなかった。いくらLv.6の第一級冒険者が一人いたところで、その第一級冒険者を複数人抱え、さらにはLv.7までいるフレイヤファミリアの前では相手にならないことは明白だ。
何より、彼をそんな闘争に巻き込みたくない、という気持ちの方が強い。モンスターや
「……やれやれ。そんなことを言われたら断ろうにも断れないじゃないか」
「なら、素直に渡してくれるということかしら。貴方が平和主義者で助かるわ」
「―――ただ、一つ伝えておくことがある。これを聞いても、まだ君が眷属を欲しいと望むなら、眷属に話をつけておこうじゃないか」
「…………それは、何かしら?」
予想もしていなかった切り出し方に、フレイヤは若干眉を顰める。
それに何よりも、その伝えておくこと、というのが気になる。言い方的に、内容次第ではフレイヤの意思を変えるほどのものだと、タレイアは考えているようだった。
しかしフレイヤも
「我が眷属、名をオプファーという」
「まだ若き少年が得たその身に余る能力。この神時代、いや、おそらく今後の歴史においても類を見ないほどの
「彼が授かりしスキル。それは―――――」
バベル、その最上階で街灯が光る下界を見下ろす。
「…………よろしかったのですか」
後ろに控える
「…………いいのよ。あの燃えるような魂は、私が求めていたものとは違ったから」
哀愁が漂う眼が、言葉より多くの物事を語る。その姿を見て、男もそれ以上は何も言わない。
フレイヤは頭の中でタレイアの放った言葉を反芻する。どうしても、考えずにはいられなかったのだ。
「『蝋燭の火は、蝋が溶ければ消えてしまう』……ね」
「…………………?」
「……いえ、なんでもないわ」
それだけが、フレイヤが覚えている彼女の姿だった。
あふうー。