世界最速に“元”がつくまで   作:ラッパとピエロ

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 タレイア様はテイエムオペラオーみたいな性格してると思います。


『代償』と書いて、『リスク』と読む

 

 

 

 迷宮都市オラリオ、そこは、迷宮(ダンジョン)の上に築かれた巨大な都市である。モンスターを倒すことで富を得る冒険者たちで賑わうその都市は、冒険者が倒したモンスターから落ちる魔石を主産業として栄えていた。

 

 しかし、光あるところには影もある。粗暴な冒険者も多く存在するこの場所は、お世辞にも治安がいいとは言えない地域もあった。特にオラリオを管理するギルドですら手の届かない場所となると、その治安の悪さも顕著に表れる。

 

 窃盗、麻薬、暴力沙汰なんて犯罪行為がザラにあるような、そんなところでは冒険者でもない一般人がまともに生きていくことは難しいだろう。ましてや、それが親もいない子供では尚更だ。

 

 そして、オラリオのとある路地裏、ここもまたオラリオ内では屈指の治安の悪さを誇る場所だった。怒声と罵声が響くこの地に、ゴミ溜めの上で俯く一人の少年がいた。

 

 彼の頬には殴られたような赤い跡が残っており、それだけでなく、手足のあちこちに青くなっているところまであり、一目で相当な目に遭ったということが察せられる。さらに加えて、身なりの貧しさも彼の生活を物語っている。ボロボロの服に、ぐしゃぐしゃな髪、もう何日も体を洗っていないのだろう。

 

 そんな彼がまともな食事を取れるはずもなく、こんな場所に放置されても立ち上がる元気もないようで、その目は生きる希望など少しも映し出していなかった。

 

 もはやこのまま目を閉じれば、ゆっくりと死を迎えるだけの存在、それが今の彼の状態だった。彼自身も、その生涯に絶望しか感じていなかったのか、自ら死のうとしているようにも見えた。

 

 じんわりと、死の予感が近づく。それは彼も感じていた。

 

 そうして迎える人生の最期、死にゆく彼が見たのは、路地裏に差し込む一筋の光だった。

 

 そこには、明るく、暖かく、楽しそうに会話する冒険者たちがいた。迷宮(ダンジョン)帰りだろうか、傷がついていたり汚れていたりもしたが、その表情には笑みが溢れていた。今回の冒険を仲間と語り合っているだけなのに、彼らはとても幸せそうに見えた。

 

「…………あぁ」

 

 そんな冒険者を見て、彼は、自分がかつて冒険者に憧れていたことを思い出す。彼らのように迷宮(ダンジョン)に潜って、モンスターを倒して、仲間と笑い合って―――

 

 だが、現実はこうだ。冒険者になるまでもなく、大したことのない食事を盗もうとして、捕まってボロ雑巾のように痛めつけられる。まるで理想とは正反対の生き方をしている。

 

 もう夢は見れない。もう憧れはしない、できない。かつて見た情景は黒く塗りつぶされてしまった。

 

 惨めな人生だった。碌でもない人生だった。最期を看取ってくれる人などどこにもいない、誰にも愛されたりなどしない。今、ようやくそれが分かったのだ。

 

「……ふ、はは。は、は………ぁ、うぅ………」

 

 乾いた笑いを発すると、同時に涙が出る。これから死ぬというのに、今更何を悲しむと言うんだろうか。そう言い聞かせるも、自覚してしまった以上、抑えることは出来なかった。

 

 刻一刻と、終わりが迫る。死ぬまであと何分? あと何秒? それだけは分からないけれど、彼は一つだけ分かったことがあった。

 

 彼の人生とは、クソみたいなものだった。ただ、それだけだ。

 

(なんで……なんで、こんなことになったんだ?)

 

 心でそう呟いて、彼はそっと目を閉じようとする。

 

 すると、だんだんと意識が、感覚が、遠くなる――――――

 

 

 

「やあ少年。早速だが、私の眷属にならないかい?」

 

 

 

 ―――――その瞬間、声が聞こえた。

 

「………?」

 

 突然、正面の方から声が耳に入る。面を上げる力もないので、話しかけてきた者の顔は見れなかったが、声からしておそらく女性だろう。意識がはっきりとしない彼は、話しかけられたという事実だけを認識したが、その女性が何を言ったかまでは聞き取れていなかった。

 

「……って、そんなボロボロの状態じゃあまずいね。ひとまずどこかに連れてかなきゃ……」

 

 何を言っているのか分かっていないまま、その女性は彼の元へと近づいていく。

 

 ただ、今から何が起ころうと結末は変わらない、そう思っていた彼は再び目を閉じようとする。

今度こそ、意識は失われていく。深く眠るように、体はピクリとも動かなくなっていく。

 

 現実との別れ、後悔しか残らない人生であった。最後に、温かい食べ物を食べたのはいつだろう、柔らかい寝床で寝たのはいつだろう。もしくは、そんな経験があっただろうか。誰かに、抱きしめられたことがあっただろうか。

 

 走馬灯のように、過去を巡る。両親はとっくに亡くなり、物心ついた頃にはこの地で生活することを余儀なくされていた。苦しい毎日であったが、どうにかこれまで生きてこれていたのは幸運ゆえだったのだろう。

 

 だが、その幸運も尽きた。限界が来てしまったのだ。

 

 そして、彼がとうとう完全に意識を手放す瞬間だった。最後に彼が感じたそれは―――

 

(………………暖かい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある家屋の寝台、そこが彼が目を覚ました場所であった。

 

「おー、起きたかい?」

 

 ちょうどそのタイミングで、部屋のドアが開く。入ってきたのは、一人の女性だった。

 

「ここは………?」

 

「ここは私のホームだよ。と言っても、大した建物じゃないし、私だけでも結構ギリギリなんだけどね」

 

 そこに立つ女性は茶髪でショートヘアー、その丸い目からは温和な印象を抱かせる容姿の持ち主であった。彼女が言うには、どうやら彼の眠っていた場所は、彼女の棲家(ホーム)らしい。

 

 彼は現在置かれている状況に困惑する。どうやって助かったのか彼女は一体誰なのか。疑問は山ほどあったが、第一に感じたことがあった。

 

「どうして……僕をたすけたんですか?」

 

 彼は思わず訊いてしまっていた。それを聞いた彼女もまた、一瞬キョトンとしてしまった。

 

 そうして互いに目を見合うと、すぐに彼女は柔らかな笑顔へと戻って口を開く。

 

「どうしてって……そんなの私が慈悲深い女神様だからに決まっているじゃないか。路地裏で倒れる哀れな子供を救うことなんて、神にとっては当たり前のことさ」

 

「……か、神? あなたは……神様なんですか?」

 

「ああそうとも、私はタレイア。キミを救った、偉大にして絶対、黄金美を兼ね備えた完璧無敵の女神様さっ!」

 

「……………」

 

 ピースサインの決めポーズまでして見せるその(ひと)は、台詞だけ聞けば、ただの異常者にしか思えないであろう。だが、彼女から発せられるオーラ……神威とも形容すべき力が、それを否定していた。

 

 タレイアのテンションに付いていくことのできない少年は、目をパチクリと開く。人生で出会ったことのないタイプだからか、それとも溢れ出る女神パワーに目を奪われてしまったのか、どちらにせよ、思わず見入ってしまっていた。

 

 その反応は、大抵、こういうことをするとツッコミか無視をされてきたタレイアの経験に反するものだった。故に、ここからの進行に淀みが生じる。決めポーズをしたままというのも、見られていてはなんだか気恥ずかしい。

 

「……とまあ、私のことは置いといて、本題に入ろうか」

 

(顔赤くなってる……)

 

「まずは少年、君の名を教えてくれるかい?」

 

 タレイアは顔を少年へと近づける。

 

 正体不明の女神が言う本題と、自分の名前にどういった関係があるかはまだ分からないが、少年は忘れかけていた自分の名を思い出す。

 

「…………オプファー」

 

「なるほど! 君はオプファーと言うんだな! これから末長いことよろしく頼むぞ!」

 

「???」

 

 オプファーは、タレイアに手を握られると、腕ごと上下にブンブンと振られる。彼は、勢いだけで進んでいく会話を聞き取ることだけで精一杯だった。

 

「では汝、オプファーよ! 君に今から選択肢を授けよう!」

 

「選択肢……? 一体なんの……?」

 

 恐る恐る聞き返すが、返事はない。

 

 そう、オプファーはまだ理解していなかったのだ―――この女神の適当加減を。

 

「そう! ではもういくぞ! 一つ目の選択肢、私の眷属になる!」

 

「えっ」

 

「驚くにはまだ早い! 二つ目の選択肢、私の専属執事になる!」

 

「ちょっ」

 

「まだまだ! 三つ目の選択肢、私の奴隷になる! ―――さあ、選ぶがいい! 制限時間は三秒! さぁーん、にぃ…………」

 

「え!? え、あぁ……と、他にはなn――――」

 

「はい時間切れ! ってことで今すぐ契約を結ぶぞ我が眷属よ! その背中を見せるがいいぐへへへ!!!」

 

「は、はぁ!?!?」

 

 弱っている少年へと襲いかかる女神。その光景は、どこからどう見ても事案でしかなかった。

 

 ―――斯くして、オラリオにまた一つ、ファミリアが生まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時のタレイア様は酷かったですよ。なんの説明も無しに眷属にしようとするんですから……」

 

「ごーめーんーってばー、当時の私も必死だったんだよー。お金はないし、治安は悪いしで一柱(ひとり)じゃ不安だったんだよー」

 

「それで眷属にするのが当時の僕ですか……」

 

 オプファーは食器を洗いながらぼやく。あの時は勢いに任せて、為されるがままに眷属となったが、今思えばなかなかに強引な勧誘だったと振り返る。最終的に泣きながらしがみついてきて、仕方なく了承してしまったことなんて、今でも記憶に新しい。

 

 そして、当の女神は現在テーブルに突っ伏して、ダラダラとしている有様だ。

 

「別にいいじゃないか、結果的に眷属に出会えたからさ。この出会いはまさに運命! もしも奇跡があるとするなら、それはこのことを言うんだろうね! あの瞬間、神様もきっと見てくれたんじゃないかな!? あ、神様は私か(笑) 」

 

「はいはい。タレイア様ならきっとなれますよ、お笑いの神様に」

 

「んなっ……眷属のツッコミスキルが成長してるッ……!? もう見惚れていただけのあの頃とは違うって言うの……!?」

 

「……それはイジらないでください」

 

 こうして軽く受け流せるようにはなったが、未だにオプファーはタレイアに揶揄い合いで勝利したことはない。タレイアもイジってはいるものの、ただ見つめられるだけが一番効いていたのだから言及しなければいいのだが、オプファーと昔話をするとついネタにしてしまう。

 

 オプファーとしても、今でも不意に見惚れてしまうことがあるのが痛いところ。その瞬間だけは隠そうと取り繕ってはいるが、おそらく気付かれているだろう。タレイアも恥ずかしいから口に出さないだけで。

 

 そう、喋らなければ包容力のある優しい女神なのだが、口を開いた途端に色モノとなるのが残念と、男神たちでも噂の女神、それがタレイアなのだ。

 

「ふふふ、そう照れないでくれたまえ眷属よ! なぜなら眷属は、私の下界神生で唯一の眷属なのだから!」

 

「聞いてて毎回思いますけど……本気なんですか? 僕は……貴方の神生に見合うような人間じゃ……」

 

 そんな喜劇の女神が己に課した誓いとは、生涯で一人の眷属しか作らない、というものだった。

元々、退屈を紛らわすために下界に降りてきたのが始まりだが、彼女は別に人間に執着があるわけでもなかった。巨大なファミリアを創ることも、一人の英雄を生み出すことも目的とせず、面白い人間がいれば見ていたい、というだけの軽い気持ちだった。

 

 そんな感じで選ばれた眷属であるオプファーだったが、どうしてか自分を卑下する。

 

「おいおい、【世界最速(レコードホルダー)】がそんなこと言っても、他の冒険者には嫌味にしか聞こえないよ? あのフレイヤだってこの前、眷属が欲しいって言って交渉までしに来たんだからね? あ、もちろん断っておいたから安心したまえ! 眷属は私だけの眷属だからね!」

 

「………でも、僕は」

 

「………はあ、まだ『大抗争』のことを引きずってるのかい?」

 

 そう言われて、オプファーは内心ビクリとする。

 

 そう遠くはない過去を思い出し、恐怖する。あの時間、あの景色、あの匂い。全てが壊れていった瞬間だった。

 

 神に嘘はつけない。重い頭でゆっくりと頷くと、タレイアは再びため息を吐く。

 

「なあ眷属よ、いつも言っているじゃないか。私は眷属と暮らせればいいんだって、一緒に道化師(マジシャン)でもやって日銭を稼いで……それでこの家に帰ってくる。それで十分だろう?」

 

「………はい」

 

「わかってんだか……なら、最後に一つ言っておこう。これも、いつも言っていることだ」

 

 タレイアは俯くオプファーの頬を手で挟み込む。そして、ゆっくりと自分の顔の方へと向ける。

 

 目と目が合う。女神の金色の瞳は、すべて全てを飲み込んでしまいそうだった。対して、眷属の翡翠の瞳は、揺れていた。まだ行き先を迷っているように。

 

 震え出しそうなオプファーに向かって、タレイアは徐に口を開く。

 

 

「『死ぬな』、これだけを心に誓うんだ」

 

 

 返事は、喉から出なかった。

 

 それを肯定する言葉を口にするほど、自信が無かったからだ。

 

 だけど、女神に誓うように、信仰を示すように、頷く。たとえできなかったとしても、主神たるタレイアの前だけでは強がらねばならなかった。

 

「………もう、いいかい? ()()()()()()()()()()()?」

 

 そう、オプファーにとって、死とは―――――

 

 

 

 

 

 ………………………代償(リスク)なのだ。

 

 

 




タレイア様、眷属眷属とやかましいな。書いてて楽しくはあるんですが。



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