世界最速に“元”がつくまで 作:ラッパとピエロ
焼ける街。炭、それから血の匂い。
彼は、たった今初めて、この世の地獄を見た。
「……………お前は、お前らは、なんなんだ?」
彼の前に立つのは一人の武人。否、今となってはただの大逆人。
かつての英雄は、血に塗れた大剣を振るい、その罪を重ねていく。
「俺は、この
「……ふざけるな。そんなのが……そんなことで……」
「そんなこと? その程度のことだと言うのなら、他の冒険者はどうした? 現にお前のようなガキを置いてくたばっているではないか。なんたる怠慢、いまの冒険者どもの脆弱さには全く呆れる。故に、一度やり直すのだ」
彼の周りでは、すでに息絶えた一般人だけでなく、冒険者が転がっていた。この場には、彼と目の前の亡霊しか残されていない。
鎧の内から、ため息が漏れる。
「……唯一立っているお前も、英雄の器ではない、か」
「何を……言って……」
「分からないか? ならば、その身をもって理解するがいい」
「……………………あ?」
赤い戦場に、鮮血が舞い散る。彼の胸から咲いた血飛沫は、鎧の男に届くことなく、地面へと放たれる。
意識が遠のく。ぼやける目は、男が去っていく姿を最後に捉えた。手を伸ばそうとするも、体すら自由に動かせない。そのまま、瞼がゆっくりと落ちていく。
――――目を閉じる一瞬、男がこちらを振り向いた気がした。
「…………お前は、こっち側だろう?」
どうして、こんなことに。走馬灯のように、記憶が駆け巡る。
「…………よし、誰もいないな」
鳴り止まぬ鼓動の音が、冒険の始まりを伝える。
オプファー少年は、人生で初めて
年端もいかぬ、
もちろんこのような行為はギルドに見つかれば一発アウトだ。しかし、少年はどんな手を使ってでも
(とにかく、強くならなきゃ)
彼は生まれが貧困街であり、そこで死にかけていたところをタレイアに拾われた。しかし、彼女のファミリアは弱小も弱小。そもそもファミリアの存在自体が認知されてすらいないほどだった。
そんなファミリアでは生活するのにも一苦労。働こうにも、まだ子供であるオプファーをまともなところが雇うはずもない。今はタレイアの財産がある程度は残っているが、それもいつ無くなることやら。
というわけで、そんな現状を勝手に危惧したオプファーは単身で
だが、現実はそう甘くない。
「―――――う、うわああああああ!!!」
一度モンスターに見つかれば、逃走に徹することになってしまう。
追ってくる相手はゴブリン。上層部の中では相当弱い部類のモンスターだが、それは普通の冒険者の話だ。ろくな装備も、知識も、戦闘経験もない彼にとっては、強敵に違いなかった。
「くそ……! このままじゃ……!」
おそらく体力が先に尽きるのはこちらだ。そうなる前になんとかしなくてはならないのだが、いかんせんその手段がない。
彼は、勘違いをしていた。冒険者という職業の過酷さを、
そして、息が荒くなり、地面へと倒れ込む。もはや絶体絶命の瞬間だった。
「うおおおおおお!!!」
突如、両手剣がゴブリンの首を刎ねる。そうして、死んだゴブリンの体が徐々に風化していく光景を目の当たりにしたオプファーは、次に剣を持つ人物の方へと目を向ける。
その剣の持ち主である、無精髭の男はゴブリンが完全に死んだことを確認すると、倒れるオプファーへと駆け寄る。
「…‥おいおい。なーんでガキがこんなところにいやがる? ここは基本冒険者以外立ち入り禁止だぜ?」
「あ……………いや……」
追われていた恐怖から解放されたからか、言葉が喉を通らない。そうしていると、男の後ろからさらに二人、冒険者が現れる。
「ちょっと⬛︎⬛︎⬛︎、怖がっちゃってるじゃない。ってあらら……擦りむいちゃってるし。⬛︎⬛︎、治癒してあげて」
「承知。少年、少しいいか?」
黒髪の女性の冒険者に、エルフの冒険者が現れる。エルフの冒険者は、オプファーに近づくと詠唱を開始する。
だんだんと傷が回復していくのを見て、オプファーは初めて浴びる魔法に目を食いつかせる。それから、不思議な感覚に包まれながら、なんとか感謝を伝えようとする。
「あ、ありがとうございます………」
「いいわよ〜……そ・れ・よ・り、あなたもしかして一人? 他の仲間はいないの?」
「………………………」
オプファーは数刻の沈黙をもって答える。冒険者たちもまさかそうとは思っておらず、思考が停止してしまう。あたりに気まずい静寂が流れる中、男から乾いた笑い声が聞こえてくる。
「……マジかよ? ははは!! まさか、
「いやいや! まずいでしょ!! ギルドに知られたらどんな目に遭うか…! ちょ、さっさとバレないように帰すわよ!」
「えっ……そ、それは……」
助かったのはありがたいが、
「……少年よ。何か事情があるのか?」
もはや諦めるしかない、そう思っていたところに、治療を終えたエルフの冒険者が声をかけてくる。
「まあ、こんなところに忍び込むくらいだ。まず普通の出身ではないな?」
「……はい」
「やはりか。となると、大体予想はつく。特に貧民街出身には多いらしいからな、一攫千金を求めて
オプファーはあっさりと境遇を悟られてしまう。それを聞いた他の二人は、若干気まずそうな、哀れむような表情で彼を見る。彼らも、オラリオにこういった一面があるのは分かっていたが、それでも現に目にしてみると、決して良いものではないと再確認する。
事態を飲み込んだ男は、頭をかきながらオプファーに向かって口を開く。
「お前、家族はいないのか?」
「家族は……いない。一応、保護者……かなあ? そんな
「……? なら、いいじゃない。わざわざこんな危ないところに来なくても……」
「……………」
そう言われれば、そうかもしれない。オプファーが勝手に色々と考えただけで、現状のままでも別に死ぬわけではない。タレイアという頼れる存在がいるので、金銭面のことなど彼女に任せて仕舞えば、それでよかった。
別に彼が金を稼がなくてはいけない義務があるわけでもない。だけど、そうしなかったのはきっと―――
「……恩返しが、したかったんだ」
浮かんだ言葉が、口から漏れる。
生活のためというのは、建前だった。オプファーは、自分を救ってくれた女神に恩を感じていた。あの温かみに、生きる希望を見つけた。たとえタレイアが望んでいなくとも、この気持ちに嘘は吐きたくなかったのだ。
僅かばかりの言葉であったが、それで十分だった。冒険者たちは、その一言からオプファーという人間が抱える想いを読み取った。
「僕を助けてくれたあの
その全貌は、きっと救われた本人にしか分からない。だが、そのほんの一部、末端だけでも、伝わるものがあった。
「……それだけで、こんなところに?」
「喜んでもらう方法なんて、これくらいしか思いつかなかったから。喜んでもらえるなら、僕はどんなことだってしたいって思えるんだ」
男は言葉を聞いてから、ハッとしたような目でオプファーを見つめる。この少年は、自分にはない何かを持っている、そう思わされた。
次の瞬間には、男の口は勝手に動き出していた。
「なあ…………お前、名前は?」
「……オプファー」
「よし、オプファー。お前、俺らのパーティに入れ」
「「!?」」
突拍子もない発言だった。なんの前触れもなく、男は唐突にそう言い出すものだから、パーティメンバーである二人は驚きが隠せないでいた。言った本人は、ケロリとしているのだが
「ちょ、何言ってんの⬛︎⬛︎⬛︎!? 本気!?」
「当たり前だろ、⬛︎⬛︎⬛︎! おい、⬛︎⬛︎、お前はいいよな?」
「……理解できない」
仲間からの賛同が得られないのも当然であった。急な提案であったのも理由の一つだが、問題は出会ったばかりの少年を引き入れるということに遭った。それも、戦ったこともない普通の子供であるからなおさらだった。
その提案には、対象であるオプファーですら困惑していた。さっき出会ったばかりの男に言われれば、そうなってしまうのも仕方がない。
「じゃあ聞くけど、何がダメなんだ? 冒険者に年齢制限なんてあるか?」
「そうだけど……何より、私たちまだLv.2なのよ? 三人じゃこの子を抱えて無事でいられるなんてとても……」
「なら俺たちが強くなれば良いんだな?」
「そういう話じゃ……ああもう! なんでこの子にそんな入れ込むわけ!? まだお互い何も知らないじゃない!」
「こいつ、多分冒険者の才能あるんだよ」
切り返すように、男は言葉を発する。
「…………才能?」
「ああ。俺が思うに、冒険者の才能ってのは、どれだけ冒険できるか、だ。それで言えば、こいつは恩返しとか言って単身で
「それと我々のパーティに誘うことが、一体どう関係している?」
「……なんだ、言いたくはねえが、その点、俺らは才能がないんじゃねえの? いや、悪いこととは思わねえよ? 命は大事だからな。けど……それじゃ、英雄にはなれねえ」
男はバツが悪そうにしながらも、持論を展開する。彼の言っていることは要するに、自分たちは冒険者として、もう限界を迎えてしまったということなのだから。
「オプファー、お前はきっと素質がある。だから、それを少しでも、才能が無いなりに手伝いたくなった。……そんだけだ」
そんな世界で、彼はオプファーという少年に
いつになく本気の態度に、男の仲間たちは考えを改めるしかなかった。才能があれば、Lv.2に停滞することなどない。都市の上位冒険者のように冒険することを、いつからか止めてしまったのだろうかと。
そして、もう一度オプファーを見る。その小さい肢体を、希望を潜めた瞳を。
「……⬛︎⬛︎⬛︎よ、言いたいことはわかった。確かに……この少年からは何か感じるものがある」
「ま……私らもそこそこ冒険者やってるけど、正直もう頭打ちってのは感じてたわよ。でも、この子が本当に【
「だからそれを俺たちが見てやるんじゃねえか。俺は信じてるけどな」
そう言って、オプファーの頭を擦るように強く撫でる。
一連の話を聞かされて、最初は否定しか頭になかったはずの二人だったが、なぜか納得させられてしまいそうになっている。どこから湧いてきているのかわからない説得力に、頭を悩ませて唸る。
「……なるほど。次代の英雄を育てられるのではあれば、それほど誉れなことはない。我々の冒険者人生にも箔がつくものだ」
「うーん……でも、流石に……」
「なんだよ、まだ不安か? そうだなあ……じゃあ、一年だ。おいオプファー、これから一年お前を俺が鍛えてやる。お前を一端の冒険者にしてやる、それでどうだ?」
「えっ」
「……それなら」「そうだな」
「えっ」
不安がる仲間に出された選択肢だったが、どうやらオプファーの意思は関係ないらしい。本人の了承もなく、どうやら冒険者になることが決まってしまったようだ。この光景を見て、どっかの女神も同じことをしていたような既視感が、オプファーの頭の中に浮かぶ。
「じゃあ決定な! よし、これからしっかりついてこいよ!」
「私たちLv.2だからあんま大したことは教えられないけど、自分の身くらいは守れるようにしてあげるからね!」
「これは一年後が楽しみだな」
「ま、まじか……?」
―――こうして、一年間の特訓と共に、オプファーは冒険者(予定)になるのだった。
「はあっ…………はあっ……!!」
「よーし、じゃあ今日はこれまでだな。明日は
「は、はい………ありがとうございました……」
オラリオの中心部からは少し離れた広場で、オプファーは全身の力が尽きて倒れ込む。男は倒れこむオプファーを見て、どこか満足そうな顔を浮かべて帰っていく。
冒険者になることを決定されてから、かの冒険者たちはオプファーを日々鍛えていた。彼も一度は断ろうと考えたが、
修行が始まった最初の方は、元々体力もなかったオプファーには苦行でしかなかったが、一年弱が経過すればまともな体が出来始める。体を起こしてから、大きくなり始めた体を見て、そう感じたようだった。
「…………そうか、もう一年か」
成長が実感できるようになってようやく、彼は時間の経過を認識する。
変わったのは肉体だけではなく、その精神もだった。修行に慣れて、考える余裕が生まれ始めてからは考えは変化するようになった。
冒険者について考えた時、思い浮かぶのは、路地裏の記憶だった。死にかけていた自分の横を、仲間と笑顔で過ぎ去っていく冒険者たちの姿が、今も鮮明に彼の頭に蘇る。今思えば、羨ましかったのかもしれない。そう、彼は冒険者に憧れていたのだ。だから、今こうして現実になろうとしていることが嘘のようだった。
あと少しすれば、彼らのようになれる。その一心で毎日の修行をこなしていた。
修行は基本、早朝に行われる。そっと家を出たあと、いつもこうしてボロボロになって帰路に着く。いつもと同じように、今日もこれから女神の待つ
死にかけの体を動かしながら、彼はもう一つ思い浮かべる。それは―――
「……あれ? 眷属、今日もどこか行ってたのかい? って……なんだい、その汚れは」
「はい。ちょっと……」
「いいから、さっさと着替えてくるといいよ。朝ごはんは私が作っておくから……そう、タレイア特製ウルトラスーパーハイパースペシャルじゃが丸くんをねっ!」
「普通のじゃが丸くんですよねそれ」
オプファーが帰ると、いつもこの女神は待っている。
タレイアは笑顔を振り撒きながら彼を出迎えるが、こんな朝に何をしていたのかは問わないでいた。それがオプファーには不思議であったが、彼女なりの気遣いなのだと思って深くは考えないようにしている。
冒険者を始める目的、それはこの女神に何か報いたい、それだけだ。
それだけで、彼はどこまでも頑張れそうだった。
「あばぁー!? け、眷属! 火が、火がァー!!!」
「ちょっ、タレイア様ぁ!?」
………少し、心配なのが問題ではあるが。
年齢とか時系列とか書いてなかったので大まかに。矛盾があったらすいません。
オプファー9歳(Lv.1)タレイアに拾われる、一般冒険者たちに出会う。原作から大体十年前。
↓
オプファー10歳(Lv.1)冒険者になる。
↓
オプファー13歳(Lv.5)大抗争勃発。原作から七年前。
↓
オプファー13歳(Lv.6)大抗争を経てランクアップを果たす。この物語の一話時点。
冒険者たちに関しては特に語られることのない存在なので名前を⬛︎表記にしてます(思いつくの面倒だからとかではな、ないから……)
タレイア様はオチに便利とは言われている。