世界最速に“元”がつくまで   作:ラッパとピエロ

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『スキル』と書いて、『呪い』と読む

 

 

 オプファーがあの冒険者たちと出会ってから一年が経過した。

 

 彼はこの一年間、ほとんど毎日基礎を叩き込まれた。剣の振り方、モンスターに対する知識、冒険者としての振る舞い、魔法の存在など、外面だけは一端の冒険者としても遜色ないほどにはなった。

 

 そうしてようやく冒険者となる日、彼の足が真っ先に向かう先は迷宮(ダンジョン)……ではなかった。

 

 彼がたどり着いたのは、美しい花々が咲く墓地であった。

 

 この墓地は、かつてオラリオで亡くなった者たちを弔っていた。墓に刻まれた名前の持ち主は、一般人だけでなく、冒険者も多くあった。その死因はわからない、モンスターに殺されたのか、それとも同業者にやられたのか、様々なものがあるだろう。

 

 そうしてオプファーは、ある一つの墓の前に立つと、そこにそっと花を添える。

 

「………………………」

 

 そこには彼の知る三人の名前があった。

 

 一人は、ガサツだが頼り甲斐のある冒険者。

 

 一人は、優しくて親身になってくれる冒険者。

 

 一人は、常に冷静で、しっかりしている冒険者。

 

 オプファーはたった数日前まで、彼らと言葉を交わしていた。その顔も、声も、鮮明に思い出せるほどだ。そのせいか、未だ彼には現実感が湧いていなかった。彼らが死んでしまったことが、受け入れられずにいたのだ。

 

 その知らせを聞いたのは、今日の朝だった。ようやく、冒険者となって彼らと共に冒険を始める。その一歩を踏み締める予定だった。ギルドが言うには「階層主に挑んだが、全滅してしまった」とのことだった。それを告げるギルド職員の顔が、淡々と無機質なものだったことから、こんなのはオラリオでよくあることなのだろう。

 

 そう、彼らは死んだのだ。

 

 結局、成果を上げることのできる冒険者は一握りなのだ。いや、もし彼らが階層主を倒せていたら、彼らもその仲間入りを果たしていたのかもしれないが。だが、現実は変わらない。結果として彼らは死んだ。

 

 オプファーは墓の前で考える。自分が憧れた冒険者なんて、この程度のものだったのか、と。こんなあっさりと死んでしまうほどの存在だったのかと。その瞬間、彼が抱いていた情景が薄れ始める。

 

 かつて、死に際で見た、あの笑いあう冒険者の姿は、嘘だったのか? 所詮は、夢に過ぎなかったのだろうか?

 

 わからない、わからなくなる。自分がなろうとしている冒険者とは何だ? 凡百の屍の上に、たった数人の英雄を生み出すためのシステムなのか? そうだとするなら、なんて残酷な仕組みではないだろうか。

 

 疑問が頭で絶えない。一人で考えても答えの出ない問題に、何回も挑む。自分で答え出す度に、もう一人の自分が「それは違う」と言ってくるような気分だ。そんな幻影がくっついて離れない。どこまでも付き纏ってくる。

 

 ただ、事実だけははっきりとしている。オプファーとであった冒険者たちは、英雄でも、一握りの存在でもなかった。こうして墓にして弔う者が今はいても、これから百年後、彼らのことを覚えている者はきっといない。なぜなら、何も残せていないからだ。

 

 かの冒険譚で語られる英雄と比べれば、何の成果も、実績も残せていない。しかし、世の中の大半の人間が忘れられていく。彼らは、その大半の中の存在だったのだ。

 

 

 ―――では、自分はどうだ?

 

 

 気づいたら、オプファーは走り出していた。

 

 向かう先などたった一つ。そこなら、きっと答えが眠っていると信じて、ひた走る。

 

 道中、街の人たちの顔を見る。出店で果物を売る者、手を繋いで歩く親子、中には意気揚々と装備を担ぐ冒険者もいた。彼らのうち、何人が死について考えているだろうか。おそらく、いても数人程度だろう。もしかしたら、いないのかもしれない。

 

 その全てを追い越して、彼は足を動かす。体力がついたはずだったが、綺麗な走り方でないからか呼吸が荒くなる。何度も転びそうになりながらも、全速力で駆け抜けていく。

 

 

 

 

 やがて、彼は目的地―――迷宮(ダンジョン)に到着する。してもなお、彼は止まらない。

 

 オプファーが迷宮(ダンジョン)の入り口へと走り込んでいくのを見たギルド職員は声を上げるも、それを無視して彼は直行する。その途中でも、彼は多くの冒険者を抜かしていく。そして、彼らの会話も一瞬耳に入る。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎のパーティ、階層主に挑んで全滅したんだってよ」

 

「え? あいつらが?」

 

 どうやら、あるパーティが全滅したともなれば、冒険者の間でも噂になるようだった。ほとんどの冒険者たちが、そのことについて話しているのをオプファーは耳にする。

 

 

「んー……でもまあ、そりゃそうだって感じだけどな」

 

 ―――――――何が?

 

「Lv.2三人じゃあ無理だよなあ。無謀だってわからないもんかねえ」

 

 ―――――――それは、そうかもしれない。

 

()()なんてしなきゃ、死ぬこともなかっただろうに。何でまた急に階層主に?」

 

 ―――――――確かに、一体どうして。

 

「ランクアップでもしたかったんじゃないか? ほら、あいつら、そこそこ長い間Lv.2だったろ? 焦りでもしたんじゃないか?」

 

 ―――――――焦り? そんな様子は……

 

「才能なんてないって、地に足ついた生き方してるやつらだと思ってたんだけどな」

 

 ―――――――そう、なのか?

 

「実力不足だったんだよ」「引き際を知ってたらな」「器じゃなかったんだよ」「馬鹿だよなあ」「過信し過ぎだっての」「勘違いでもしてたのか?」「またどっか死んだの?」「闇派閥(イヴィルス)もまだいるってのに」「冒険者もそろそろ潮時だな」「その程度のパーティなら死んでもどうでもよくね?」「俺たちには無理だったんだよ」「何に憧れたんだか」

 

 ―――――――間違っているのか?

 

 冒険者が、冒険をするのは間違っているだろうか?

 

「…………違う」

 

 いつの間にか、オプファーは上層に到達していた。彼は目の前にとある一体のモンスターを見ると、初めてその足を止める。

 

 ゴブリン。群れると厄介だが、単体スペックは迷宮(ダンジョン)でも最弱レベルのモンスターである。しかし一年前、オプファーはこのモンスター相手に追いかけ回され、死にかけている。

 

「間違ってなんか、ない」

 

 彼はそのゴブリンにのみ、視線を注ぐ。ろくな装備を持ち合わせていなかったが、たった一本、小さいナイフを取り出すと、震えそうになる手で構える。一体のゴブリン普通の冒険者からすれば取るに足らない存在であるが、今のオプファーはステイタス更新を行っていない。一歩間違えれば、今度こそ死ぬことだってある。むしろ、その可能性の方が高い。

 

 だが、彼はそれでも決意する。彼らは間違っていないと、証明するために。

 

 すると、ゴブリンがオプファーの存在に気づく。本能に従い、その醜悪な顔を向けながらオプファーへと襲いかかる。

 

 かつて、男に才能があると言われた。その時は才能の意味が分からなかったが、今なら分かる。死ぬかもしれない、そんな状況でも臆せず立ち向かえる、そんな勇気を、彼は才能と呼んだのだ。

 

「グギャアアアア!!!」

 

 向かってくるゴブリンの動きを読む。そして、手足の些細な動きから次の行動を推測する。身体能力の備わっていないオプファーには、そうするしかなかった。

 

 やがて、推測は確信に変わる。そうなったら、後はその地点に刃を置いて、振るうだけだ。

 

「グガッ!?」

 

「……くっ、浅い……!」

 

 ナイフはゴブリンの肩に突き刺さるが、致命傷を与えるには至らない。鍛えたとはいえ、未だ非力な少年ができる程度のダメージであれば、ゴブリンの突進は止まらない。そのまま、オプファーへと飛び掛かると、倒れ込んでマウントを取る形になる。

 

「ッグ、ガアアアアアア!!!」

 

「っ、この……!?」

 

 オプファーの体に乗り掛かったゴブリンは鋭い爪を、彼の首に突き立てようとしてくる。なんとか寸でのところで抑えてはいるものの、腕の力に押し負け、ゆっくりと近づいてきていた。

 

 あと、数センチ、数ミリ。爪が皮に当たった瞬間だった。

 

「ッ……ああああああああ!!!!」

 

 オプファーは右腕を使い、ゴブリンの肩に刺さっていたナイフを掴むと、刈り上げるようにしてナイフをゴブリンの肩から首にかけて振るう。そのナイフは肉を裂き、やがて首を両断する。

 

 空気を切った感触を感じた時には、ゴブリンの頭は宙を舞っていた。

 

 完全に死んだゴブリンの体は、煙となって霧散する。ただ一つ、小さな魔石を残して。

 

「はあ…………はあ……………」

 

 勝利の快感など、感じている余裕はなかった。あるのは、空虚な喪失感だけだった。何せ、たった一体のゴブリンを倒しただけなのだから。別に、偉業でも何でもない。

 

「っふ……はは、ははは」

 

 乾いた笑いが溢れる。たった一体のモンスターを倒すのにも、こんな苦労がいる。冒険者として生きることの難しさを、オプファーは改めて実感する。

 

「は、は……は……」

 

 次に感じたのは、目元に感じる温かみだった。

 

 彼が今、冒険者の一歩を踏んだことで、その重みも、彼らの死も、面と向き合って受け止めることができた。もう一人でも生きていける、そう証明できたのなら、彼らは喜んでくれるだろうか? そんな感情を抱いた瞬間だった。

 

 ふと、オプファーはどこかから視線を浴びたような気がした。

 

 そんな気がした、だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は決して善神ではない。所詮、退屈しのぎに降りてきた身だ」

 

 女神(タレイア)は、背を向ける眷属(オプファー)に向かって、そう語りかける。

 

「かといって、眷属を愛していないわけでもない。眷属は私のただ一人の眷属だ、その生涯を見届けることを約束しよう。どんな生き方でも肯定しよう、十分すぎるほどの愛を注いであげよう」

 

 タレイアの指からは、血が垂れていた。神が下界で成せる数少ない力、ステイタスの更新、それをたった今行ったのだ。オプファーの背には、彼の能力を示す文字が浮かび上がっている。

 

「私は、眷属の女神だから」

 

「……タレイア様、僕は――――」

 

「わかってるさ。冒険者になりたいんだろう?」

 

 いつもの笑顔は忘れ、真剣な眼差しをオプファーへと向ける。先ほど、オプファーは傷ついて帰ってきたのをタレイアに心配された途端、彼は女神にステイタスの更新を願った。普通じゃないオプファーの様子にタレイアは困惑するも、神の知見をもってある程度の事情を察する。もとより、彼がこの一年間毎日どこかへ行っていたのは知っている。そして、彼をこんな状態にする‘’何か‘’があったのだと気づいた。

 

 そのようなオプファーの姿は、一年ほど前、彼が路地裏でくたばろうとしている時に似ていた。生気があるのかわからない瞳、傷ついた体、彼が放つ雰囲気はまるで闇に包まれたようだった。

 

 そんなオプファーに対して、タレイアは語る。

 

「眷属、君に何があったのかは問わない。冒険者になることにだって異論はない、だからステイタスの更新だってしてあげた……」

 

 そこで一瞬、言葉を止める。言葉に詰まるだけでなく、溜息まで吐く彼女の様子にオプファーは違和感を抱いた。

 

「……このスキルを見るまではね。ああ全く、こんなもの、私の眷属にはふさわしくないな」

 

「……? スキル?」

 

「口で説明するより、見せた方が早いかな。はい、今の眷属のステイタスを写したものだ」

 

 タレイアはそう言って、一枚の紙を渡してくる。その紙というのは、先ほど更新をしたステイタスを人間でも見えるようにしたもので、そこにタレイアが動揺した原因が有るという。そして、その紙に書かれていたのは――――

 

 オプファー <Lv.1>

 

<基本アビリティ>

力:I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

 

<発展アビリティ>

 

<魔法>

 

<スキル>

甦生受傷(ニューゲーム)

・死亡した際、【傷】を負うことで死を免れる。

・一定量の【傷】が蓄積すると、このスキルは効果を失う。

 

 

「…………は?」 

 

 脳が理解を拒んだ。一目見ただけでは理解することのできない内容ではあったが、見逃せない言葉がいくつか存在した。呆気に取られているオプファーであったが、タレイアはある程度スキルを把握しているようで、彼に向けて説明を始める。

 

「このスキルは、一言でいえば()()()になるというものだ」

 

「ふ、不死……?」

 

「ああ。もし眷属が何らかの要因によって死んでも、『傷』を負う代わりに蘇る。ただし、それも無限というわけではない。いつかは許容量に限界が来るんだ」

 

「限界が来ると……僕はどうなるんですか」

 

「わからない。その時点で死んでしまうかもしれないし、スキルを失うだけで済むかもしれない。こればっかりは、その時が来ないと(わたし)でさえ知り得ないことだ」

 

 オプファーはその内容を聞いて、思わず絶句する。死んでも死なない、死なないが死に向かう、そんな矛盾を内包したようなスキルを持ち合わせてしまったのだから。

 

「なん、だよ……それ……」

 

 死ななくなった、それを単純に喜べる状況であればよかったのだろうが、あいにく、今のオプファーにとってはそう簡単な話ではない。身近な存在を喪い、命、または死について考えさせられた、その直後だというのに、こんなスキルを授かるだなんて。

 

 同時に、このタイミングだから、だとも考えられた。心の奥底で、死にたくないという願望が生まれたことによって、このスキルを授かったのかもしれない。だとしても、素直に喜べるはずがなかった。

 

 俯く彼を見かねたタレイアは、説明を続ける。

 

「……このスキルは間違いなく異端だ。限度があるとはいえ、()()なんて人間の範疇を超えた力、今後の時代においても見つかるかどうか分からないほどだ」

 

「………………」

 

「存在が知れれば、その力を悪用しようとする輩だって現れるだろう。そうなった場合、十中八九、眷属はろくな目に遭わないだろうね。実験動物(モルモット)として扱われるかもしれないし、壊れない玩具として扱われることもある」

 

 オプファーの持つスキルの危険性は、タレイアが挙げたものだけに留まらないだろう。不死というのはそれほど貴重であり、危険なものなのだ。

 

「その点、冒険者という選択は間違ってないかもしれない。眷属が自分で自分の身を守れるようになるなら、それに越したことはないはずだ。……ただ、それはうまくいけば、の話だけど」

 

 タレイアが意味ありげに、そう付け加えるのも無理はなかった。なぜなら、オプファーが冒険者として成功する補償など、どこにもないからだ。そもそも、大半の冒険者がLv.1やLv.2止まりなのだ、それ以上になれるなど、ほんの一握りの存在である。

 

 その意味を、オプファーは誰よりも理解していた。現に彼は、そのような冒険者を見てきたのだから。そして、その終わりまで。

 

 タレイアはこれまでを踏まえて、そっと口を開く。

 

「だから、私は一つ提案をしたい。冒険者にならず別の生き方を取る、という選択肢を」

 

「…………え?」

 

「別にいいじゃないか。冒険者じゃなくても、私とひっそりと生きていけば。そうすれば、きっとこのスキルがバレることはない。そのままつつましく、ひっそりと暮らしましたとさ、めでたしめでたし……なんて物語じゃ、不満なのかい?」

 

「それは………」

 

 タレイア自身、そんな提案をした自分に驚いてもいた。暇つぶしで下界に降りて、ほどほどに楽しむ予定が、たった一人の眷属にここまで執着をしてしまっている。ここまでの愛情を持つなんて想像もしていなかったのだが、一年もあれば自然と愛着は湧いてくるものだった。

 

 オプファーは否定もできなくて口を閉じる。その提案には、なんの問題もなかったからだ。ここで、自分が冒険者になる理由を再び考える時間がやってくる。

 

(冒険者になる理由、か…………)

 

 始まりは、単純な憧れだった。それから、主神に尽くしたいという献身精神が芽生えた。

 

 そして、想いを受け取った。彼らは、「才能がある」と言ってくれた。

 

 そこから考える、自分に与えられたものを。

 

 

「…………きっと、僕には役割があるんです」

 

 

 零したように、自然と言葉が出ていた。

 

「冒険者に憧れた、タレイア様に救われた、こんなスキルを手に入れた。全部が理由で、導きだったんだ。僕がやらなくちゃいけないことが、僕にしかできないことがあるはずなんだ」

 

「…………そのために冒険者になる、って?」

 

「はい。その役割を探しに、冒険者にならなくちゃいけないんです」

 

 オプファーは、これまでの全てを天啓と捉えた。なにか意味があると信じて、自分がしなくてはならないことがあると信じて、そう言い切った。

 

 もしかすると、その理由ですら実在しないのかもしれない。役割なんて無いのかもしれない。そんな考えが彼にないというのは言い切れなかった。ただ、結局のところ冒険者になりたいという願望で、その願望の周りを建前で囲っただけにすぎないかもしれない。

 

 それでも、どんな願望や理由があったとしても、彼が冒険者になるという決意を固めたことは真実であった。それをタレイアは、彼の瞳の中にはっきりと見出した。

 

「……眷属、君がそこまで言うのなら私はもう止めたりしない。冒険者として生きる眷属の行く末を、見届けることを約束しよう」

 

「いいん……ですか?」

 

「ああ。だけど、()()()()()()()()、それを心に誓うんだ」

 

 タレイアはオプファーの手を両手で包むように握る。そこに彼は確かな温かみを感じた。その言葉に込められた神意が届いたのかは分からないが、彼はゆっくりと頷いた。

 

「…………はい」

 

 かくして、少年は冒険者へと生まれ変わる。

 

 

 

 ――それから、仮面を被った冒険者が第一級冒険者になるのに必要な時間というのは、たった三年という月日だった。

 

 

 

 




 強くてニューゲームだって、よかったね。

 ちなみに仮面はタレイア様がほぼ全財産をはたいて買ったものです。着けると身体的特徴が認識しづらくなるぞ! 体の大きさは隠せてないけど!
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