ウマ娘を抱きしめたり抱きしめられたりする話 作:最後までHEATたっぷり
いちばん好きなトレーナーでいくのが当然でしょう?
マルゼンスキーは心配していた。
トレーナーがどう見ても疲れている事に。
マルゼンとて疲れていた。
この頃は撮影や取材が多く、加えてトレーニングや学内の手伝いやら相談やらも受けている。
しかしトレーナーはそれに増してマルゼンすら把握しきれない部分があるほどに働いていた。
スケジュールの調整や折衝、情報の調査や知識の更新などなど、人ひとりがこなすにはあまりにも多岐で多量である。
その中であっても、招きに応じてマルゼンの部屋にやってくる律義さは好ましいとも言えたし、一方でもっと自分を大事にしてほしい気持ちにもなる。
しかしこういうのは言ってもなかなか改善する問題ではない。
なのでマルゼンは一計を案じることにした。
誰だって疲れている時にお腹一杯になってゆっくりした時間を過ごせば眠くなるはず。いっそそのまま寝てもらおう。
普段トレーナーを部屋に招いてやっている事を少し変えるだけ。何も難しいことはない。
いつも甘えさせてもらっているのだから、お姉さんとしてはここでひとつ返さなきゃ。
思い立ったがレッツラゴー。いつも通りやってきたトレーナーにいつもよりかなり多めに料理を食べさせた後、二人で映画を見ることにした。
マルゼンとしては以前見た時は少し長くて冗長だったかなというものであったが、こういうシチュエーションでは逆にうってつけだった。
◇◇◇
映画が終わる頃には思わず画面に夢中になっていたマルゼンは、改めて時間を経て見ることで新しく見えてくるものがあると言う事を痛感していた。
これは感想戦が面白いことになるかもしれないと隣を見て、寝ているトレーナーに気付く。
マルゼンはようやく今回の作戦目的を思い出した。
意外と面白かった映画の感想戦ができないのでちょっとむくれたが、トレーナーが目論み通り寝たので良しとする。
そもそも自分が仕組んで招いた事。気を取り直してトレーナーを寝かせることにした。
ベットにトレーナーを横たえて、布団をかけたところでふとマルゼンは気づく。
あたしはどこで寝ればいいの?
生憎、来客用の寝具というものを持っていなかった。
ブランケットがあると言っても床やソファで寝るのは辛いし、寝違えたりすればそれこそトレーナーをどうこう言えない。
考えが足りなかった。暫しの間マルゼンは固まる。
マルゼンとて、人の事をどうこう言えない程度には疲れていた。
スーパーカーらしからぬ回転数の上がらない頭で考えた結論は、添い寝であった。
幸いベッドの上には余裕とはいかないまでも二人分のスペースはある。チョベリグね!
これ幸いとベッドに潜り込んだ。
◇◇◇
マルゼンはぼうっとトレーナーの寝姿を見つめていた。
ゆっくりとした寝息は、寝床のゆったりとした時間の中では止まっているかのように錯覚する。
もしかしたらこの景色は、トレーナーは幻なのではないか?そんな考えさえ頭に過る。
そうだとしたら、今の暖かい日々を過ごせていただろうか。
そうだとしたら、ダービーに出ることなく、楽しく走る生き方は出来なかったのではないか。
届かない憧憬と隔たりを抱えたまま歩き続けるしかなかったのではないか。
心を冷たく蝕んでいくような考えを振り払うように手を伸ばし、トレーナーに触れ、手を握った。
現実に生きる者の体温が、冷たく暗い隙間に落ちそうなマルゼンの意識を引き戻す。
この熱は幻じゃない。これまで過ごして来た時間だってそう。
夢と現実の狭間に見失いそうになる意識を、触覚から繋ぎとめていく。
ふと、トレーナーが寝返りをうって横向きとなり、向かい合う形になった。
暖かさがぐっと近くなる。それをもっと感じたくて、抱き寄せる。
すると、トレーナーは寝ながらに緩く抱き返した。
無意識の反射か、寝ぼけているのか。この際どちらでもいい。
ただ抱き合えるだけで嬉しかったし、心地良かった。もう少しこの時間に浸っていたい。
改めて胸元に搔き抱くように抱きしめ直し、目を閉じる。
包み包まれる安心感と暖かさが瞼を重くさせ、マルゼンはそれに逆らうことなくそれに身を委ねた。もう、大丈夫。
「おやすみなさい……トレーナーくん……」