ウマ娘を抱きしめたり抱きしめられたりする話   作:最後までHEATたっぷり

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ベリーベリージェンティル
ベリーベリーディープ(遺言)


仮眠【ジェンティルドンナ

 ジェンティルドンナが休養日にトレーナー室に行くということは大変に珍しかった。

そこに置いていたものが必要になったから、という事が無ければ意識すらしなかったかもしれない。

 

滅多に使わない合鍵を持って部屋を開けてみれば、そこは静かな空間。

そして部屋の主がひそやかに寝息を立てていた。

 

 部屋に入った彼女が見たものは、椅子で仮眠するトレーナーである。

椅子の背を目一杯に倒し、申し訳程度に毛布を掛けて寝ている。

机の上は荒れた様子も無く、作業中に少し仮眠をという様相だった。

 

 ジェンティルに少しばかりの不満を持った不機嫌さが浮かぶ。

彼女はストイックであるし、鍛錬のみならず休養、そして睡眠・寝具にも一家言ある。

だからこそトレーナーが椅子で寝ていることが少々気に入らなかった。

 

 部屋には簡素なものとはいえ仮眠用のベッドもある。

ジェンティル自身はもっといいものを設置すべきと思っていたが、トレーナーは現状でいいと言っていた。

その答えがこれ。椅子のまま中途半端な寝姿で休むとは。

 

 別に放っておいても良かったが、どうにも納得しかねたので仕方なくトレーナーをベッドに運ぶことにした。

眠ってぐったりと力が抜けていようがウマ娘には軽いもの。

ましてジェンティルドンナにとっては起こさず運ぶ程度は造作もないことだった。

 

 ベッドまで運び、腰を降ろしていざ寝かせるというタイミング。

あとはトレーナーを横にして整えるだけというところで、ジェンティルはある噂話を思い出した。

 

 曰く、『担当トレーナーを抱き枕にするととても寝心地がいい』と。

 

 なぜ今になってそんな誰が言ってたかも分からない与太話を思い出したのかは分からない。

だが急に脳裏に蘇ったその言葉が、いつかの猫騙しのように彼女の無意識をついて目の前に滑り込んできた。

 

 暫し手を止めて考える。

そして、トレーナーを抱えたままベッドに横になってみた。

 

 実際に試してみると存外にいい。

横抱きに抱えたその抱き枕は寝具らしくなく、いささかごつごつと固い所もある。

しかし力の抜けた筋肉のやわらかい弾力や体温の温かさは間違いなくいいものであった。

火の無いところに煙は立たないと言うが、噂も試してみるものである。

 

 いくらか寝姿を変えていいポジションを試してみる。

トレーナーの胸元に顔をうずめる形のポジションを試してみる。

思っていたよりは結構良いが、こういうのは相手の力が抜けていると何か物足りない。

 

 枕で言えば真ん中あたり、腹に埋まるようにしてみる。

これも良いが、こういうのは普通の抱き枕の方がずっと向いている気がした。

 

 発想を変えて、こちらが胸元に抱き込むようにしてみる。

これがとてもしっくりきた。

触れ合う身体の温かさだけではない、心の奥底からもほんのりと温かくなる。

包み込まれるのも良いが、こちらが包み込むのも悪くない。

 

 さらにもぞもぞと微調整をしていい位置に落ち着ける。

よりしっかりと密着する位置を探り当てる頃には、部屋に入った時の不機嫌はどこへやら。

ジェンティルは大変にご満悦であった。

 

 そのまましばらく体勢を維持ながら、時々トレーナーの頭を撫でたり髪を弄ったりする。

そしてある時、ふと思い付いた。

 

 トレーナーを胸元に抱いたまま、横抱きから仰向けになってみる。

しっかりと密着したままずり落ちることなく上になった抱き枕は、ジェンティルにとって心地よい重みをもたらしていた。

一時期流行った重い毛布をイメージして試してみた姿勢は、彼女の気分を更に上げる。

 

 寝具としてはちょっと重すぎるかもしれないが、だが心地よければ大きな問題ではない。

抱きしめるだけでなく、その温かい重みが身体に沈み込んでくる感覚。

生き物の本能に訴えるようなその感覚は、今すぐ部屋に持ち帰ろうかとさえ思った。

 

 得も言われぬ感触を愉しんでいると、寝ているトレーナーがピクリと動く。

少しばかり身体に力が入ったような様子なのでもうすぐ起きるのかもしれない。

そう思いながら見ていると、今度は思い切り抱きついてきた。

 

思わず抱き合う形になったことに驚いていると、トレーナーは呻くように口にする。

 

「……ジェンティル……おれの、ジェンティル……」

 

 小さな、小さな寝言であった。だけどそれがシチュエーションも相まって何よりジェンティルの心を満たす。

抱きしめられながら囁かれるのは悪くない。

今度は、こちらが胸元に抱きしめて貰っているときに囁いて貰おうかしら。

すっかり上機嫌になり、知らず口許が緩む。

 

「あらあら……ふふふっ」

 

 微笑みながらほんの少しだけ抱きしめる力を強くした。

 

◇◇◇

 

 遠くでアラームが鳴っている。

自分のスマートフォンのアラーム。仮眠用のセッティング。

心地いい休憩の時間は終わりだ。起きなきゃ……

 

 トレーナーはまどろみの中、条件反射的にアラームの音に反応していた。

そうだ、起きなくてはいけない。そう思うものの、今日は特別に起き難い。

 

 柔らかく深く包み込む、温かい感触。どこか甘く脳を融かす様な香り。

顔から脚まで全身を包み込む心地よさ。最高級の寝具に沈み込むような感覚。

いつまでも浸っていたい、魅惑的で魔力的なものが自分を包み込んでいた。

 

これに包まれたまま寝ていたい。でも、起きなきゃいけない。

他ならぬ、ジェンティルのために。

 

深層に刻み込んだ意志が、心地よさを押し退けるように頭の中から振り払う。

次第に覚醒していく意識。そこでようやく違和感に気付いた。

 

 この心地良さは眠気や疲労が作り出しているものでない、現実に肌に触れている感覚だ!!

気付いた瞬間、針で刺されたように跳び起きる。

 

「あら、起きましたのね」

 

 果たして身体は跳ね上がらずにジェンティルの腕の中にしっかりと抱きとめられた中で、かろうじて顔が上がるだけだった。

目が開いて急速に事態を把握していく。

 

いつもの椅子じゃない。

何故か仮眠ベットで、うつぶせになってジェンティルの胸元に埋まっていた。

一体全体どうしてこうなっているのか?理解が追いつかず固まる。

 

「ジェ、ジェンティル!?これは、何がどうして……」

 

 起き抜けの脳には余りにも手に余る事態に、言葉も上手く継げない。

ジェンティルはその様子をくすくすと小さく妖しく笑いながら、起床の挨拶を意味深に告げた。

 

「おはよう。お楽しみでしたわね」

 

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