ウマ娘を抱きしめたり抱きしめられたりする話 作:最後までHEATたっぷり
「トレーナーさん。少々、お時間いいですか?」
「どうしたの?」
「ええ、ちょっとこちらに……」
休みだというのに珍しくも前を開けたジャージ姿で現れたヴィクトワールピサ。
自主練習?何か問題でもあったのか?
よく分からないが、呼んでいるならトレーナーとして行かなければならない。
手元の仕事を一旦置いて、手招きする彼女の傍に向かう。
すると、近づいた瞬間に素早く両手を掴まれた!
ピサらしからぬ強引なアクションに驚く。どこかで走って来たのか、握ってきた手は少しばかり熱い。
「ピサ!?どうしたのいきなり!??」
「トレーナーさん……お分かりですよね。今日”私たち”はお休みの日と言う事を」
その言葉に思わず息を呑む。そう、今日はふたりともオフの日である。
とはいえ自分は早めに片したい仕事があり、休みに何かする予定もなかったのでこっそり作業していたが。
「わかった、ピサ。もう帰るよ……」
「最後に寝たのはいつですか?」
「…………」
痛いところを突かれた。
相当に察しのいいピサ相手では聞かれた時点で負けでしかない。
確かに昨日から寝てはいない。そろそろ肩も相当重いし眼も強くしょぼしょしてきてはいた、
とはいえ作業はもう少しでキリが良かったし、明日とてオフであるから取り返しは付く。
「あ、明日もお休みだから大丈夫──」
「ここのところよく、遅くまで残られていると聞いています」
「…………それは……」
取り返しが付くからと言いたかったものの、ここ最近の勤務状況を更に言われると一気に反論として弱くなる。
何とか誤魔化したかったが、今のピサには何を言っても藪蛇にしか思えない。
不満げにむくれた顔をするピサに内心白旗を上げるしかなかった。
しかし彼女はこちらを一体どうしたいのか?
休ませたいにしてもこちらの手を掴んだままというのが気になる。
その疑問には、ピサの行動によって答えが出た。
降伏を察知した彼女はそのままこちらを無理矢理引っ張ってどこかに連れていく。
「ちょ、ちょっとピサ!どこに……」
「とにかくトレーナーさんには来てもらいます!」
連れていかれたのは仮眠室。
やけに用意良く開けられていたそこに連れられ、その中のベッドのひとつに強引に連れ込まれた。
「ピサ!自分で寝れるから……」
「ダメです」
「ちょっと、うわ!」
ただ寝かされるどころか絶対逃がさないと言わんばかりに対面でがっちりと抱きしめられ、更にその上から丸ごと布団で包むという二重包囲が敷かれた。
ピサのやりたいことは分かる。分かるが、これはいくらなんでもマズい。
事情があれどウマ娘とトレーナーが同じベッドを共にするなど、どんな噂が立つか分かったものでない。
それは彼女自身にも言えることだ。このままじゃいけない。
「ピサ、これはちょっと──わぷ」
「今日は、悪い子になります!」
こちらの反論を許さないとでも言うようにこちらの顔を胸元に──金具が当たらないよう開けたそこに──押さえつけるようにかき抱いて黙らせるピサ。
そのせいで彼女の甘い香りを一気に吸い込むことになり、脳がグラついた。
優しい匂いでありながら、今もって抵抗しようとする頭に強烈なパンチのように効いたそれはトレーナーの守りを一気に瓦解させた。
全身を包む彼女の体温の暖かさと柔らかい感触が、身構えていた神経へ一気に浸透して解し、使い物にならなくしてゆく。
これはダメだ。強力すぎる。
ピサによって緩んだ心身に、元から潜んでいた疲れと眠気が一気に勢いづいて主導権を奪い始める。
急激にバラけていく意識の中、最後の意地でもがく。
しかし体どころか脚までがっちりと絡められては、最早弱々しい抵抗でどうにかなるものでない。
ここまで来て、養成学校で昔聞いた与太話を思い出した。
曰く、ウマ娘がトレーナーを強引に布団に引き込み、その高い体温で一気に温めてトレーナー側を眠りにつかせる『お布団の刑』なる技があると。
聞いていた時はまさに笑い話の扱いで、『そんなのどこで使うんだ』『蜂球かよ』などと皆で笑い飛ばしていた。
その技が今まさに現実のものとなってこちらに襲い掛かっている。
”まさか”の事態に陥ることになったその恐ろしさも、眠気の前にあっという間にかき消される。
いつの間にか一定のリズムで背中を撫でられる感覚が、さらに意識を深くに追いやっていく。
ピサが耳元で何事か言っているような気がするが、それも既に心地よく鼓膜を叩く何かにしか感じられない。
やがて溶け崩れるように、どこかへ意識は落ちきっていった。
◇◇◇
しばらくもぞもぞしていたトレーナーもやがて勢いが弱くなり、遂にはすっかり寝息が立つようになってしばらく経つ。
そうしてから恐る恐る寝顔を見て、当面は起きなさそうな事を確認して安心し、ピサもようやく一息つく。
ここまでするのに強情なトレーナーに苦労させられた抗議の意も込めて、頬をプニプニとつつく。
緩み切った寝顔が反応することは当然なかったが、それがどうにも愛しいものに感じて仕方がない。
緩んでいるのは彼女も同じだったが、幸いにもそれを指摘できる者は誰も居なかった。
トレーナーが無理していたのは悪いとはいえ、元よりそれは自分のために頑張ってくれているからであることは知っている。
そして、心配させまいと疲れを表に出さないようにしていることも。
だからこそ、自分が走れている。だからこそ、こうしたかった。
トレーナーが疲れて果てて消えゆき、いなくなるなどと考えたくもない。
自分が悪い子になる事でそうならなくなるのであれば、いくらでも悪い子になろう。
そしてトレーナーを一人きりで寝かせないのも、逃げないようにするのもあるが、何より自分が強くそうしたいと思っているから。
何も考えることなく深く眠るトレーナーの頭を撫でる。できればすっとこうしていたい気さえした。
そうだ、今のうちに少し体を起こして寝姿を整えておこう、と少し身体を起こす。
事前に頭許に用意していたクッションを寝違えないよう互いの身体の下に挟んでいく。
ふとその時、腕の中で眠るトレーナーが少しずり落ちた。
それをクッション片手に慌てて抱え直そうとした時、トレーナーの側からしがみつくように抱きしめられる。
(ひゃっ!……トレーナーさん!!)
思わずドッキリするものの、しかし落ちる事はなくなったので何とか落ち着いて抱え直す。
改めて寝姿を直して落ち着いたところで、相変わらずトレーナーは抱きついていた。
いや、少し構え直してゆったりと抱き締めるような格好になっていた。
ピサにとって、たとえ寝ぼけ眼でも向こうから抱きしめるように輪に包んでくれた事が殊更に嬉しく感じる。
それこそ得も言われぬ、無上の喜びだった。
そのまま腕の中のトレーナーを少し強く抱き直し、頭に顔を埋めるように丸まって、その心地よさを楽しむように包み込んでいた。
◇◇◇
ふわふわとした雲の中で朧気に目覚める。
起きたはずなのに、どこか天国のような所にいるような感覚に包まれて──そこまで考えたところで思い出す。
そうだ、ピサに包まれて、寝かしつけられて……
本来なら跳び起きて事態の解決に走らなければいけないような状況である気がしたが、緩んだ心の糸はそう速く戻らない。
暖かさと柔らかさに包まれた中で、ゆるゆると覚醒していく。
そうだ、ピサはどうしているんだろう。
まだ眠気を引き摺って鈍い頭を少し動かして上を見遣る。
寝起きでピントのズレていた視界が、徐々に補正されていく。
そして目の前にある、薄暗い中でも朝焼けのような美しさをもってはっきりと分かる彼女の天使の微笑み。
「おはようございます、トレーナーさん。よく眠れましたか?」
「ちょっと、ピサさん……」
「? なんでしょう、フラッシュさん、ユニヴァースさん」
寮に帰ったピサはふたりのウマ娘に呼び止められた。
エイシンフラッシュとネオユニヴァースである。
フラッシュは同期として親しく、ユニヴァースには何かと気にかけてもらっている仲だ。
そういうふたりの呼び止めであるから、何の疑問も抱かず立ち止まる。
するとユニヴァースはそのまま近づいてきてピサの片手を掴んだ。
突然の奇行に困惑するピサであったが、まさか手を振りほどくわけにもいかずなすままにされる。
ユニヴァースは少しばかり鼻をスンスンとさせて何かを確かめていた。
「あの……ユニヴァースさん……?」
「『DBOS』 やはり確かめる必要があるね」
「ユニヴァースさんもそう思いますか……」
怪しい?確かめる?何を?
ふたりが何を言っているのか分からないが、とても強くこちらの何かを疑っていることだけは分かる。
疑いを晴らしたくはあるが、それが一体何なのか分からず戸惑うピサにフラッシュが裁判官のように容疑を告げる。
「ピサさん。自分では気づいていないようですが、貴方から匂いが……貴方のトレーナーさんの匂いがするのです。それも強く」
「えっ、まさかトレーナーさんと一緒に寝たときの──」
フラッシュの言葉に、つい考えずに返答を口走った。
言ってからようやく慌てて口を抑えたピサを目の当たりにしてふたりは頷き合い、確信を得た。
「『JDGE』が必要だね」
「Genau. 前から思っていましたが、これはいよいよ”尋問会”というものが必要そうですね」
尋問会。その言葉の響きと込められたものにピサは思わず身震いする。
身から出た錆としか言いようがない始末であったが、この場で彼女に同情する者は誰もいない。
震えるピサを余所に、手早く”招集”の通知を各所にLANEで送付したフラッシュは静かに告げる。
「ピサさん。少しばかり、ご同行願えますか」
事実上の死刑宣告。
そして答えを聞く前に有無を言わさず連行を始めるユニヴァース。
思わずトレーナーに助けを求めたくなったが、それこそ藪蛇にしかならない。
遂には残ったもう片手もフラッシュに拘束される。
逃走の望みが絶たれ、青ざめた表情のままどこかへ連れていかれるピサ。
その顔が”尋問会”によって真っ赤になるのもそう遠い時間の話ではなかった。