ウマ娘を抱きしめたり抱きしめられたりする話   作:最後までHEATたっぷり

9 / 9
お仕事でのコストは大事だけどねえ、生き方にコストは関係ないよ


一休みして【ワンダーアキュート】

 忙しい時というのは誰しもがしばしば直面する事態だ。

 それをうまく捌くのが社会人のコツ……とはお上手に言うものの、こういう所にもレースのように展開のアヤというか、自力ではどうにもならない事が度々起こる。

 

 そこに誰が悪いがあるという訳ではないが、直面する身としては心身共にいいものではない。

 疲れ切った身体とすりガラスのようにぼやけた精神を抱えたままに、屋上の壁にもたれて座り込むのが今ややっとの有様。

 

 まだもう少しだけ今日やらねばならないことが残っていたが、一度手が止まると何もする気力が起きない。

 そこに近づく聞き慣れたはずの足音にも気付くことができなかった。

 

「トレーナーさん、トレーナーさん。随分、お疲れのようじゃね」

「アキュート……」

「おっと、トレーナーさんはそのまま。そのままお座り~」

 

 担当ウマ娘であるワンダーアキュートに呼びかけられて反射的に立ち上がろうとしたが、額を抑えられて戻される。

 座り込む体勢に逆戻りしたその隣にアキュートも座り込んだ。

 

 思えば彼女とはよく屋上で大事な話をしている気がする。

 初めて出逢ったのもそういえばここだったな、とぼんやり思い出す。

 

 あれはもうずっと前──もう九年も前になるのか。

 自分はあの頃から随分、歳を取ってしまった。

 疲れもそのせいなのかもしれないと今更に思い至る。

 

 アキュートは何も言わずに隣に座ったまま。今はそれが無性に有難かった。

 

「アキュートは──」

 

 疲れていないのか。そう言いかけて口をつぐむ。考えてみれば聞くまでもない事だった。

 身体の内の火が消えるまで走り続ける事を選んで、今日までずっとそうしている。

 疲れていても、少し休んでまた立ち上がればいいことをよく知っている。そういうウマ娘だ。

 

 疲れて頭が回っていない。

 アキュートに次何を聞こうとしたんだっけ。今日の残りのタスクやらなきゃな。

 詮無い事が頭の中を取っ散らかって霧のように覆う。

 

 ふと、頭を撫でられる感触がした。

 ぽんぽんと優しくゆっくりと、手がさすっていく。

 

「限界は迫っても無理に超えるものじゃないよ。自分のペースを大事にせんとね……あたしのときもそうだったでしょう?」

 

 少しだけ元気が出た気がした。そういえばこうして誰かに慰められることなど、いつ以来だろう。

 思い出そうとしたが、もうぼやけてよく分からない。

 今、アキュートの手から来るものが全てだ。

 

 このままで居たい気持ちがある。心地よさに身を預けたいと思う。でも、そういう訳にはいかない。

 自分はトレーナーだから。そういう生き方を選んだ。

 撫でるアキュートの手をそっと戻してやり、立ち上がろうとする。

 

「ありがとう、アキュート。……そろそろ行くよ」

「そうかい。それじゃあ──トレーナーさん!!」

 

 立ち上がろう、として頭に一気に重心が集まり重くなる感覚。

 ほんの一時、ここぞというタイミングでの立ち眩みがもうすぐ立てるはずだった身体を前に倒す。

 

 その身体をいつの間にかアキュートが抱きとめていた。

 見た目よりずっと華奢で儚い体躯に潜む、得も言われぬ安心感と安定感がのしかかる体重をブレなく支える。

 また、世話になってしまった。立ち眩みの痺れが抜けきらない頭にそれだけが咄嗟に浮かぶ。

 

「……アキュート、ごめん。もう大丈夫だから……」

「私は粘り強いのが強みだからねぇ。落ち着くまでこうさせてもらうよぉ」

 

 アキュートは離すことなく、さらにもう少し強く抱きしめてくる。

 彼女の纏うどこか懐かしい匂いが、まだ重たい身体に染み入って解していく。

 

「そうね、トレーナーさんもその、”はぐ”するとええよ。疲れにいいって聞いたからねえ」

 

 その言葉に従うままにアキュートを抱きしめる。

 線の細さの中にある柔らかさと熱が強く感じられて、それを確かめるようにもう少し力を強めた。

 

 しばらくの間その時間が続く。

 屋上にあって不思議と誰か来るという事もなく、だだふたりの時間が流れる。

 

 やがて立ち眩みの影響も去って、脚に立てる力が戻った頃にどちらともなく示し合わせた様に離れた。

 

「今日はなんだか、随分世話になっちゃったな」

「なぁに、お互い様じゃよ。いつも、そうでしたでしょう」

 

 今日のアキュートにはどうにも敵わない。そういう日なのかもしれない。

 何か返したかったが、またにしよう。そういう日だっていつか来るはずだ。

 そう思ったところでひとつ頼まれごとを思い付く。

 

「そうだ。世話になりついでに……背中を叩いてくれないか?いつも君にやっているように」

「ええよ。でもちょーっと強めかもしれないよ」

「……今はそれくらいがいい」

「じゃあ遠慮なくやるよぉ~」

 

 言うが早いか、背中を容赦なくバシン!バシン!と叩かれる。

 結構痛いな、と思いつつもそれがアキュートから分けてもらった火のようで。

 まだちょっと草臥れていた神経にその火が灯されていくらか力を取り戻していく。

 

 今日はもう少しだけ、やっていける気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

とっても天使なウマ娘さん(作者:レース場の散った芝)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

天使は実在するみたいです。▼慈愛に満ちていて、可愛くて、速くて、可愛いらしいです。ウマ娘は皆例外なく可愛いけど。


総合評価:1328/評価:9/連載:12話/更新日時:2026年09月30日(水) 06:00 小説情報

担当ウマ娘は頼めばやらせてくれる(作者:カランコエ(Kalanchoe))(原作:ウマ娘プリティーダービー)

タイトルオチ▼仲の良い担当ウマ娘に頼んでみたいよね


総合評価:605/評価:8.5/短編:6話/更新日時:2026年09月06日(日) 12:00 小説情報

初代虚狩りだった元カノと百年ぶりに再会したら、未練たらたらな指名手配犯になっていた件(作者:you are not)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

原作ストーリー見て、あまりに二人の関係がただれたカンケーすぎたので、生まれた幻覚小説です。▼※本作はアキラくんに独自設定を加えた二次創作です。▼百年前、死別した恋人と、新エリー都で再会した。▼初代虚狩りレミエール・ダン。▼彼女は伝説の英雄となり、そして今では指名手配犯。▼「……アキラ?」▼「……レミエール?」▼お互い死んだと思っていた。思わぬ再会に喜ぶ、二人…


総合評価:3010/評価:9.15/完結:19話/更新日時:2026年07月22日(水) 06:00 小説情報

転生先のゲーム世界でアバズレヒロインが清楚堕ちしてる件(作者:図画工作で使うトイレットペーパーの芯)(オリジナル:ファンタジー/コメディ)

※なお、主人公は最早あり得ない寝取られルートにずっと怯えている模様。


総合評価:10928/評価:8.79/連載:15話/更新日時:2026年10月02日(金) 11:58 小説情報

処女の女冒険者に気をつけろ(作者:三つ眼の荒木)(オリジナル:ファンタジー/恋愛)

冒険者は命がけの仕事だ。▼だからパーティを組めば、いつの間にか誰かと誰かがくっつく。▼フリーでやっていて弱い女には、体目当ての依頼しか回ってこない。▼つまり、フリーで長く続いていて、下世話な噂が一つも聞こえてこない女冒険者。▼そういう相手は、体を売らずに済むほど強く、それでいて誰ともパーティを組めなかった人間ということになる。▼強くて訳アリの女。▼「処女の女…


総合評価:3591/評価:7.2/連載:12話/更新日時:2026年09月29日(火) 20:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>