【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】   作:大洲やとこ

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G01.ゲル状の物心(ものごころ)_1

 

 目覚めた時、あまりに体が重くて、身を起こすことも出来ない状態だと思った。

 ひどい風邪やインフルエンザなのかと。これではとても仕事など行ける状態ではない。

 

(仕事……?)

 

 濁った思考が考えかけたことを遠ざけ、記憶に靄がかかったように見えなくなっていく。

 何をしていたのだろうか。

 

 

 体が思うように動かない。

 這いずるように、進む。

 

 ずず、ずずず。

 

 ように――ではなかった。這いずって進む。

 泥の中を、泥の底を這いずる。

 

 

 いつからこの状態だったのか。

 今までもずっとこうだったような、そんな気さえする。

 

 ずっとずっと、世界の底を這いずるように生きていたような……

 

 

 ここはどこなのだろうか。自分の体が自分の物ではないように感じる一方で、全く逆のことも思う。

 

 ――自由。

 

 何かをしなければという焦燥感がない。

 何をしてもいいという開放感がある。

 

 何物にも縛られない。

 ただ泥の底を這いずる。

 

 それは、まだ自分が幼い頃に根拠もなく感じていた無限の可能性にも似た。

 時間を忘れ遊んでいた時のような、恐れや不安のない時間。

 

 ただ泥の底を這いずる。

 ずっとそうしていたと思う。生まれる前からずっと、長いこと。

 

 かつてはそれを苦痛に感じていたような気持ちもあった。微かな感情の残滓として、どこかにこびりついている。

 今は、この状態に安堵を感じている。

 それも違うのか。安堵すらなく、ただ平らで穏やかな心持ちだけが在った。

 

 

 ここはどこだろう。

 

 そんな思考を不思議に思う。今までそんなことを考えたこともなかったのに。

 

 周囲の温度は自分の体温と同じくらい。

 暑くもなく、寒くもない。普通、体温と同じ36度前後であれば暑いだろうに。

 

 

 手を伸ばす。

 手を――うねるように、伸ばす。

 

(……あぁ、そうか)

 

 驚きはなかった。ただ穏やかな水面のごとき胸中に、ほんの少しの揺らぎだけを示す。

 

 

 液体。

 粘液っぽいゲル状の手が伸びる。

 

 見ることはできないが、感じることは出来る。

 視覚はない。全身の触覚が今の自分の形を教えてくれた。

 

 周囲にあるのは、やはり液体だ。水……泥水。

 濁った泥の底で、俺の意識は改めて覚醒した。

 

(……アメーバ状)

 

 自覚した。自分の現状を確認した。

 

 

 

 

 かつて日ノ本で暮らしていた時に愛読していた書籍がある。

 つまらない生活をしていた自分が、底辺を這いずって生きていた自分が、その輝く冒険活劇を楽しませてもらった物語。

 

 あれの始まりは、どうだったのだろうか。

 こんな泥沼の底から始まっていたのだろうか。思い出せない。

 

 

(……ゲル状生物、か)

 

 どうやら自分丹下(たんげ)英朗(えいろう)は、ゲル状生物として生まれ変わったらしい。

 

  ◆   ◇   ◆

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