【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】 作:大洲やとこ
黒こげにした邪魔者を飲み込み、次は少女の番だと。
(……そんなことさせるかよ、馬鹿トカゲが)
炭化したのはゲル状の表層だけだった。
他の部分は、それと似たような硬さに固めただけ。
完全に焼け焦げていたなら、庇っていたアヴィが無事でいるはずがないだろうに。
所詮はモンスター。自分の火力が勝ったことを疑わずに飲み込んでくれた。
腹の中に入れてくれた。
(日ノ本ではな、豆粒になった鬼を食べるって童話が……あれ、違った。なんだっけ?)
何でもいい。
ここなら、もう振り払われることもない。
だが急がなければならない。一刻も早くこれを処理しないと。
不定形のゲル状生物と違い、アヴィは噛みつかれて平気というわけではないのだから。
「~~~~~っ!?」
世界が震えた。
ゲイルを覆い包む肉の壁が。
強い衝撃を受けつつ、食道なのか気道なのかとにかく周囲を刻んで全身で傷口を味わう。
傷口に潜り込み、
「!!」
上下が入れ替わった。激しく入れ替わるが、ゲイルには関係がない。
とにかく傷口にゲル状の体をねじ込み、続けて短剣を突き立てることに専念する。
短剣を引っ込めて、突き刺して、抉る。また引っ込めて同じことを続けた。
表皮よりも柔らかいのでダメージを与えやすい。
途中で炎を吹かれたらどうしようかと思ったのだが、それはなかった。
痛みで呼吸が満足に出来ないから、吹けなかったのかもしれない。
ゲイルにしてもイチかバチかの捨て身の戦法だったが、結果として賭けに勝った。
しばらく体内からの攻撃を続けているとと、次第に動きが弱まっていく。弱く、力を失っていって。
その鼓動が弱まっていくのを感じながらゲイルは口の外に這い出した。
「母さん!」
まだ危ないよ、と言いたい気持ちもあるのだが言えない。喋れないのだし。
言えたとしても今は聞いてもらえなかっただろう。
消耗してアヴィより少しだけ大きい程度の体積にまですり減ってしまったゲイルに、アヴィが飛び込んできた。
強烈な勢いに、残っていた粘液も少し飛んでいった。まあ仕方あるまい。
アヴィから見たらゲイルが食われてしまったのだ。絶望からの再会。
生きている姿を見て、つい感極まってしまったのは仕方がない。
泣きながら顔をゲル状の肌に擦り付けるアヴィの頭を、よしよしと撫でてなだめてから軽く肩を叩いた。
「なぁに?」
まだ半べその顔をあげたアヴィに、ちょいちょいとグィタードラゴンを示す。
まだかろうじて息がある。もう動くこともできない死の縁の状態だが。
「え、杖?」
アヴィが手放していた杖を触腕を伸ばして拾い、彼女に渡す。
意味はわかってくれるだろうか。
「うん……やってみる」
親子もどきだ。ある程度の意思疎通は出来て当然。
アヴィはゲイルから少し離れて杖を構えた。
先ほどの魔法でかなり疲れていたようだが、勝利したという結果が彼女を回復させているようでもある。
魔力残量みたいなものがあるのかどうか知らないが、もう一度使えるだろうか。
「真白き清廊より、来たれ冬の風鳴」
先ほどの言葉とは違うが、アヴィの構えた杖の先から凍り付くような風が溢れた。
静かな冬風が息絶える寸前だったグィタードラゴンの顔から体内を凍らせて、その息の根を完全に止めた。
◆ ◇ ◆
適性の問題なのだろう。
アヴィは炎の魔法を充分な威力で使えなかったが、氷雪の魔法は強い威力で使うことが出来る。
また、試してみて気が付いた。
刃物を手にしていると魔法の力がぶつ切りになってしまう。
魔法を使う時は刃物を手にせず、言葉の糸を杖で
エネルギーの流れを知覚できるゲイルなのだから、もっと早く気付くべきだった。
反対にグィタードラゴンの方も、アヴィを消し炭にしたら食べるのにもったいないと炎の威力を加減していたところもあった。
ゲイルという盾もあり、アヴィを襲う熱気を妨げていたことも要因。
決してアヴィの力があのドラゴンに勝っていたわけではない。幸運なこともあった。
「清廊族に伝わるお話なの」
あの呪文はそういうことらしい。炎に対抗して何とかしなければと思ったアヴィの口から咄嗟に出てきた一節。
世界を氷に閉ざすような氷雪のお話だということで、まだ奴隷として囚われる前の幼い頃に聞いていた童話。
童話といえばゲイルも童話を……いや、あれは飲み込まれて負ける話だ。三枚のお札の昔話だったと思う。
とりあえずゲイルもアヴィも、童話を元に勝利を掴んだことになる。ゲイルの方の記憶は怪しかったにしても。
何であれ大勝利と言って差し支えない。
アヴィが最後の一撃を放ったことで、このドラゴンのエネルギーもほんの少しだけアヴィの力になっている。
何よりも、息絶えたグィタードラゴンの巨体は、良い食料になった。
炎を出すような臓器は見当たらない。
食べやすそうな肉の部分はアヴィの食料として切り出して凍らせた。保存できるというのは素晴らしい。
臓物やそれ以外、それと魔石はゲイルの食事だ。
凍らせた肉と合わせてアヴィを取り込み、運搬する。ドラゴンの魔石を食べたら減った分の体積くらいは回復したので問題なかった。
眠るアヴィの肌に、火傷や切り傷の跡があるのを感知する。
特に頬の火傷は可哀そうだ。女の子なのに。
(……)
「ひゃっ!?」
うとうとしていたアヴィが素っ頓狂な声を上げて飛び起きる。
しまった、痛かっただろうか。
「…母さん?」
恐る恐る、もう一度試してみる。
猫が自分の傷口を舐めるように、母猫が子猫の毛づくろいをするように。
アヴィのキメ細かな肌に刻まれた傷に、出来るだけ優しい想いを込めて擦るように。
「あ……?」
わずかに声を上げるアヴィも気付いただろうか。
傷が、その末端から少しずつ癒えていくことに。
ゲイルのゲルは消化することだけでなく、生き物の細胞を癒すことも出来るようだった。理屈はまったくわからないが。
「ありがとう、母さん」
少し顔を赤らめて礼を口にするアヴィ。見えなくても体温が上昇したのはわかるのだ。
肩を竦めるような動作をしてみせてから、また続ける。
時折少し痛むのか、小さく声を上げるものの逆らいはしない。
彼女の体温と心音がやや上昇傾向になるのはわかるが、治せる傷は治しておこうと。
「ん、っと……なんか、恥ずかしい」
顔に残っていた火傷の跡も消える。元の通りの綺麗な肌だ。
(……)
首にも、傷が残っている。これは古い傷だ。
癒そうかと思えば消せるかもしれないが、これはゲイルが初めてアヴィに触れた場所の傷跡。
奴隷の首輪が噛んでいた首回りだった。
(これは、あまり目立たないしまあいいか)
何となく絆的なものを感じて、そこはやめておく。
襤褸切れ一枚の姿でゲイルの体内に潜るアヴィの肌は、常にゲイルに健康診断されているようなものだ。
とりあえず目立った傷を軒並み癒してみた。
「ちょっとくすぐったいよ、母さん」
くすくすと笑うアヴィに溜息が漏れた。呼吸器官はないので気持ち的に。
(母さんじゃねえけどな。別にいいけど)
◆ ◇ ◆