【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】   作:大洲やとこ

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G17.蟻の王_1

 

 有利な状況を活かさない理由はない。

 安全に物事を進める為の労力を惜しむのはバカ以下だ。

 

 アリの巣穴内部は、所々に開けた空間があるけれど通路はさほど広くない。

 入り口からアヴィの最大出力氷雪魔法を使い、凍気で内部を攻撃するという安全策。

 

 

 魔法を使うのに魔力的な何かを消費しないのか。

 アヴィが話してくれた様子だと、使う時に全力疾走しているような体力の消耗を感じるらしい。

 強力な魔法を数十秒も使えば息が切れる。連発はできない。

 

 疲れたアヴィを休ませて、再度、再度。

 数度の遠隔攻撃の後に、アヴィを休息させてから中に踏み込んだ。

 

 

 

 内部が寒いので、アヴィはゲイルの中に。

 靴がないので素足のアヴィには冷たい床は苦痛だろうと。

 いざ戦闘となれば飛び出すが、無用に体力を消耗することもない。アヴィ自身もゲイルの粘液に包まれている方が嬉しいらしいので問題ない。

 

 

 いくつかある部屋の中に、ハチの巣のような構造物が並ぶ部屋があった。

 凍りかけて既に機能していないようだったが。

 

(……)

 

 ゲイルはその中の一つにまだ動く反応を見つけて、這い寄って狭い入り口に触腕を突き刺す。

 小さな箱のような部屋に収められているのは、アリの幼虫。アヴィの太ももくらいの大きさの。

 いずれ敵になるもの。

 

 ゲイルに飲み込まれた巨大な芋虫のような生き物は、呼吸が出来ない為か身を(よじ)る。

 

 ぶちゅっと潰した。

 そのまま吸収する。アリの甲殻は硬いのに、幼虫はひどく柔らかかった。

 

 蜂の子とかは栄養が豊富なのだったか。

 アヴィに食べさせれば……嫌がるだろうか。

 好んで幼虫を食べる女の子なんているとは思えない。やめておこう、嫌われたら困る。

 

 

 周囲には、世話係だったのだろうメラニアントの死骸もある。

 ほとんどが凍死していたが、まだ息があって音を鳴らしているものはゲイルが這い寄るついでに体節を切って殺して進む。

 

 ローラー作戦というのはこういうものだろうか。違う気もするが。

 

 

 奥の、まだ何かの息遣いがする方へと移動していった。

 通路自体が広くなってきて雰囲気が変わっていく。

 

 ただ穴を掘っただけではなく、周辺の壁を塗り固めたような質感に。

 固そうな壁、天井で崩落の危険はなさそうだ。

 

 

 奥まで来ると冷気が届いていない。

 活動しているメラニアントもいたので、それらはアヴィと協力して処理した。

 

 もっと多くの数を想定していたので、少し拍子抜けしてしまうのだが。

 

 

 

 そのまま進み、おそらく最深部と思われる空間にそれはいた。

 

「……」

 

 アヴィが息を飲む。

 

 声を発さないのは、相手に気配を悟られないようにというつもりかもしれないが、無駄だろう。

 モンスターの感覚は人間やそれらよりかなり鋭敏に出来ている。自分の領域に踏み込んだ異物のことなど、容易に察知しているはず。

 

 天井はそれほど高くはない。とはいえ、ゲイルの三倍以上だが。

 横が広い。奥行きも。

 巨大なホールのような空間。

 

 所々に柱として残っている岩壁もあるが、それも塗り固められたような質感になっていた。

 

 ゲイルに視覚があれば、表面にニスを塗ったような光沢を感じていただろう。

 だだっ広い空間の所々に柱のように残るそれらは、ここがあたかも神殿であるかのような体裁を整えていた。

 

(いや、実際に神殿的な場所かもしれない)

 

 アリの女王が奥に鎮座し、新しい世代を産む場所として。

 命を生む場所。神聖なものとも思える。

 

 

 だだっ広い部屋の奥から息遣いが聞こえる。

 暗がりでもある程度見えるアヴィの目でも見えないくらいの奥に、呼吸音の根源があった。

 呼吸音なのか、産卵管から漏れる空気の音なのか。

 

(……でかいな)

 

 ぼとぬ、とやや粘着質な音が響いた。

 

 その巨体の端――おそらく尻の方から、何かが地面に落ちた音だ。

 排泄物でなければ卵ということになる。

 

(うん、ウンコだったら嫌だな)

 

 この状況でそれだったら、ゲル状生物でもげんなりする。

 何にしろ、それが女王アリということで間違いなさそうだ。

 

 

 ゲイルは触腕でアヴィの肩を抱き、少し落ち着くように促した。

 緊張するのは仕方がないが、硬くなりすぎてもいけない。とりあえずあの女王は巨体すぎて満足な動きはでき――

 

「っ!」

 

 抱いていて良かった。

 鈍いゲイルの動きでも、アヴィを飲み込むことが出来た。

 

 

 ――ぶしゅぅぅぅ!

 

 

 突如発生した異臭のする空気から、アヴィを体内に取り込んで守る。

 

「ぶばっ!?」

 

 何かを喋ろうとするアヴィの口から空気が漏れるが、それをゲイルの粘液で包みつつ押し返す。

 アヴィの口に注ぐ。

 

 

 周囲に発生した異臭の原因がわからない以上、アヴィに吸わせるわけにはいかない。

 

「ん、むぅ…」

 

 人口呼吸(?)しながらも、ゲイルの足元はうぞうぞと動いて部屋から出ようと這いずる。

 そのゲイルの背中を、強烈な衝撃が襲った。

 

 

(くっそ!)

 

 ゲイルの体は柔らかい。その衝撃は貫通して中のアヴィに届いてしまうのだ。

 

「っくぅ!?」

 

 だがアヴィも今では立派な戦士だった。

 ゲイルの中から外の様子を見て、咄嗟に剣を構えて敵の攻撃を受け止めていた。

 

 しかしゲルの中では踏ん張りがきかない。

 衝撃で弾き飛ばされる体内のアヴィ。それにまとわりついていたゲイルも一緒に、部屋の入口から外へ吹き飛ばされた。

 

 

 神殿前の広めの通路まで。

 

「母さん、大丈夫!?」

 

 吹き飛ばされたおかげで異臭の範囲からは脱出していた。

 ゲイルから転がり出たアヴィが、すぐさま立ち上がりゲイルに駆け寄る。ゲイルのゲルがクッションになった為、彼女に目立った傷はない。

 

 吹き飛ばされたせいでいくらかゲイルの体組織が飛び散ってしまったが、それはいつものこと。

 ゲイルの意識的には背中からの攻撃だったが、別に背中もお腹もない体なので、攻撃してきた存在はわかった。

 

 天井にぶら下がっていた大きな何者か。

 女王に気を取られて頭上の塊が敵だと気づくのが遅れた。

 

 

「あれは……大きい」

 

 女王の部屋から弾き出したゲイルたちを追って姿を現す。

 ゲイルよりも少し大きい。普通のアリの二倍以上の巨体。六本の足、そして二対四本の腕がある。

 

 ソルジャーアントでも手は二本だった。この巨大な敵は四本だ。

 そして何より背中にも幅広で少し長いものがあるようだ。

 

(女王がいるなら、そういうことか)

 

 

「赤い……」

 

 色はゲイルにはわからないが、アヴィがそういうのならそうなのだろう。

 

 赤い巨体に、四本の腕と羽を備えたアリたちの王。

 カイザーアント。

 

 

(母さんならぬ父さんってわけか)

 

 女王を守る最強のアリとして、満を持した登場だった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「ギラルァ」

 

 鳴いた。

 アリでも王にもなれば鳴くらしい。モンスターのアリなので普通ではないだろうが。

 

 ぎちぎちと顎を左右に開いたり閉じたりしながら、ゲイルとアヴィを見下ろして空気が掠れるような声を上げた。

 その顎から、だらりと(よだれ)が垂れる。

 

蟻酸(ぎさん)、だったか?)

 

 アリや蜂のような生き物はそういう酸っぽい液を吐くことがある。

 皮膚がかぶれたり、一定の温度以上で発火したりする危険物だと。

 

 

 ゲイルの記憶にあるアリとモンスターのこれとは違うかもしれないが、先ほどの異臭はこれを吹きかけられたらしい。

 垂れた涎から同じ臭いがした。

 

「母さん」

 

 カイザーアントの四本の腕の内二本は剣のように、あとの二本は三本指で何かを掴むような形状をしている。

 働きアリとは違ってヤスリのような手はしていない。

 王の手は、女王と交尾か何かする時に使うのかもしれない。

 

 

 どうだろうか、大きさだけならゲイルと大差ないが。

 

 

(なんっ!)

 

 目にも止まらぬ動きで斬られた。

 左右の手で、×印に二回。

 

 速さと鋭さで斬られてから気が付いた。

 

(……こっちで良かった)

 

 ゲイルの体は斬られても問題がないのだ。アヴィの体と違って。

 いつも通り、ぬらっと体液が流れて斬られた箇所が元通りに戻る。

 

 速すぎて、鋭すぎて、おかげで体組織が飛び散らなかった。

 

(でもこれじゃ手が付けられない)

 

 うぞうぞとゲイルが這い寄ると、カイザーアントはそれを気味悪がるように距離を取る。

 速い。というか普通に歩いているだけでゲイルより倍以上速いのだからどうしようもない。

 

 

「母さんどいて!」

 

 後ろからアヴィの声だが、それに従っていいものかどうか。

 それにゲル状のこの体は言われても機敏に動けるわけではない。

 

(でもまあ、試してみるしかないか)

 

「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐!」

 

 ゲイルの後ろからアヴィの氷雪魔法が放たれる。

 間にゲイルを挟んだまま。ゲイルの回避動作は間に合わないが。

 

 

(どろっとな)

 

 潰れる。

 体から一気に力を抜いて、重力のままにとろけるように地面に流れた。

 

「ギッ!?」

 

 毒霧でも切り裂いても効果が見られなかった敵に警戒していたカイザーアントは、その唐突な潰れ方に戸惑うように動きを止めた。

 そこに襲い掛かる氷の息吹。

 

 

「ギギィッ!」

 

 三本指の手で顔を覆って防御姿勢になるカイザーアント。

 昆虫系の生き物なのだ。やはり寒さには弱い。

 

 

(ナイスだ、アヴィ)

 

「はああぁっ!」

 

 気合を込めて、氷雪魔法を放ち続けるアヴィ。

 

 顔を覆って防御姿勢だったカイザーアントがだったが、その吹雪を嫌うように剣の手を振る。

 振り払われた両手だが、吹雪を切り裂けるわけではない。

 

 

(よし、このまま……)

 

 ゲイルは地面に寝ているだけだが、このまま凍り付かせてしまえば――

 

 

 ――リィリリイイィィ……

 

 先ほどまでの声とはまるで違った音が響いた。高く透き通るような。

 

 

(何か別の敵が……)

 

 違う。

 聞こえるのは間違いなくカイザーアントからだった。

 

 その背中から。

 

 

「うっ、うそっ!?」

 

 カイザーアントの背中の羽が激しく振動していた。

 その羽ばたきで風圧を巻き起こして、アヴィから吹き付ける吹雪を押し返そうと。

 負けないようにアヴィも杖を全面に押し出すが、そこで拮抗されてしまうと――

 

 

(やばい、今の俺は()()()!)

 

 地面に広がったゲイルは薄く伸びている。

 すぐ頭上で吹き返される氷雪は、ゲル状の体に強く吹きつけるように。

 

(や、やばい……うごけ、な……)

 

 この体になってから、今まで意識が途絶えたことはない。

 グィタードラゴンとの戦いの最中に、痛みのあまりに意識が飛びそうになったことはあったが。

 

 アヴィのいじらしい姿にくらくら眩暈(めまい)を覚えたこともあったが、それはまた別の話だ。

 

 凍えて、意識が薄れていく感覚は初めてのこと。

 アヴィが魔法を止めた時には、既にゲイルの意識は夢うつつという状態になっていた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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