【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】   作:大洲やとこ

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G21.魔物と少女_1

 

 ずっと考えていた。

 人ならぬ身の自分と、人に近しい体の少女。

 

 こうして一緒に暮らしているものの、その生態は大きく異なる。

 体の構造は、ゲイルが確認する限り人間の女性と同じ――だと思う。たぶん。

 

 そういえばこの世界に生まれてからというもの他に接触した人間は全て男だった。

 接触したというか、摂取したというか。

 まあどちらにしろ、それらの体の構造はゲイルの記憶にある人間の男とおよそ同じだと思える。

 

 それと対比すれば、アヴィの体が人間の女性と変わりはないと言ってもいいだろう。

 

 

(その辺は知識がなさすぎる)

 

 もう微かにしか残っていない日ノ本で人間として暮らしていた頃の記憶にも、あまり女性の体の仕組みに関する知識が多くはなかった。

 当時は日ノ本の底辺を這いずるような毎日だったように思う。今も這いずる生活は変わらないが、苦には感じていない。

 

 

 何にしろアヴィのことだ。

 ゲイルは別にいい。この体は洞窟などで生活するのに何の不自由もなく、むしろそれに適した生態なのだから。

 

 アヴィは違う。

 日ノ本であれば、もっとオシャレな服を着て楽しいことを探して暮らしているような年頃のはず。

 

 

 

「母さん!」

 

 暗がりから駆け寄ってくる少女。

 足音の他に何かを引き摺るような音を伴って。

 

「ロックモールが獲れたよ。今日は()()()だね」

 

 嬉しそうな声は、もちろんゲイルも嬉しいのだけれど。

 これでいいのだろうか、と。

 ずっと考えていた。

 

 

 とはいえ、ここ黒涎山の風穴と言われる洞窟に服飾を手に入れられる場所はない。

 不憫だ。

 

 自分の娘が襤褸(ぼろ)切れを着て裸足で洞窟を走り回り、モンスターの肉を炙って食べている姿を見ているしかできない。情けない親のようで居たたまれない。切ない。

 

(親じゃないけど)

 

 世が世なら、きっと誰からも愛されるような娘。

 柔らかくて美味しい、などと笑顔で肉を噛み千切っているアヴィに、罪悪感なのか無力感というのか。とにかく自分を情けなく感じる。

 

 

「……どうしたの? 元気ないみたい」

 

 どうしてなのか、アヴィはゲイルの心境を察することがある。

 言葉を発しないゲル状の黒い粘体の気持ちなど、どうやって察しているのか。

 

(優しい子だからな)

 

 何でもないよという気持ちを込めて、アヴィの背中をそっと撫でる。

 

 アヴィが獲ってきてくれたロックモールの肉は、確かに柔らかい部位が多い。

 食べやすい部位の肉はアヴィの食料として、それ以外の部位はゲイルの食事として。

 

 

「……こっち、食べる?」

 

 アヴィが自分の食べていた方を差し出してきた。

 固い肉ばかりでゲイルが嫌になっているのかと心配したのか。

 

 少しおかしくて、でもそんな心配をさせてしまったことが申し訳なくて、ぶるぶると震えて否定の意思を示した。

 

 本当に優しい子だ。

 そんなアヴィを見てきて、ずっと考えていたのだ。

 

 

(……野菜、食べさせた方がいいかな?)

 

 人間と同じような体なら、食生活の偏りは健康を害するのではないかと。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「うぇぇ、これ…?」

 

 恨めしそうな声で呻くアヴィ。

 

 まあ仕方がない。洞窟内に植物は非常に少ない。

 所々にある隙間から日が差す辺りには草がある。見るからに雑草だが。

 

 

(確か、人間って大抵の植物は食べられるんだよな。毒性がなければ)

 

 先にゲイルが食べてみて確認してみたが、体に悪そうな感じはしなかった。

 

 ただ、ゲル状の体では実験体としての信頼性が極めて低いので、捕まえた鼠などにも食わせてみて様子を確認している。

 とりあえず、この草が原因で死ぬようなことはなかった。

 

 鼠が実験体として適しているかどうか、ゲル状生物よりはマシだと思う。

 他にも、その辺に生えていたコケだとかも試して、なるべく刺激が少なそうな植物を厳選してみたのだが。

 

 

 アヴィがゲイルを見る赤い瞳がどのような表情を訴えているのか。ゲイルは視覚がないからわからないが、まあ大体は想像がつく。

 好き嫌いの改善を要求された子供のような目をしているのだと。

 

(その通りなんだが)

 

 アヴィと出会ってから数年間が経つはずだ。もしかしたらもっと長いかもしれない。

 今までは何も言わなかったのに、急に野菜を食べなさいなどと言い出されるとは思わなかったのだろう。

 

 時と共に彼女が成長したように、ゲイルにも親としての自覚のようなものが芽生えてきたのだということにしようか。

 

(……仕方ないんだ。これもアヴィの為なんだから)

 

 心を鬼にする。今日のゲルは鬼モードだ。

 不満そうなアヴィがゲイルの中にいる。逃がさないようにゲイルの粘液の中で、口元に適当に刻んだ草を突き付けられていた。

 

 

「……私、お肉の方が好き」

 

 ゲルの方がもーっと好き、と言われたら許してしまったかもしれないが、今宵のゲルは一味違う。

 微動だにしない。

 

 食べなさい。食べるまでおやつは抜きです。という構えだ。

 

 

「うぅ……わかったけど、うー」

 

 わかってくれて嬉しいよ、アヴィ。

 目を(つむ)って口を開けるアヴィ。

 ピンクの舌の上に、緑色のごちゃごちゃを運んだ。

 

「う……んっ!?」

 

 顔を歪めて嚥下するアヴィは、一度も噛まなかった。

 

 よく噛んで食べなさいと言うべきかもしれないが、言葉は発せられないし、そこまで強制したら嫌われてしまうかもしれない。

 

 アヴィに嫌われたら、このゲル状生物は生きていけないだろう。

 なるべく味わうことな飲み下したアヴィだったが、うぇぇと舌を出した。

 

 

「にが、……後からえぐいのがくるよぅ」

 

 仕方なかったとはいえ、やはり生食はよくなかったかもしれない。

 純水でよく洗ってはおいたのだが、もっと工夫が必要なようだった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 ゲイルは自分の体温を調整できる。

 とはいえあまり下げすぎると凍結するし、上げすぎたら蒸発する。そこまでは自分で調整することも出来ないが。

 

 とりあえずゲルの沸点は摂氏百度よりも高いらしいが、体感的には70度くらいまでしか加熱できないようだ。

 70度と言うと、人間が飲むにはぬるいが触れるには熱すぎる。

 

 ゲイルは体の一部をそこまで温度を上げて、体内で生成した水をその温度にまで熱した。

 

 その中に、アヴィの為に用意した植物類を入れる。

 煮る。

 手法は単純だが、調理をしようと思った。

 

 それはそうだ。いくらなんでもその辺の雑草やらを生で食べさせるなど親のすることではない。

 食べやすいように調理をして与えるのが普通だろう。母親として間違っていた。

 

(いや、だから母親じゃねえけど)

 

 

 とにかく反省したのだ。食べる行為に関する基準がゲル状生物準拠になっていたことを。

 

 高温ではなくても低温調理という言葉があったと思う。ゲイルは残念ながら料理の知識はなかったが、とにかく煮ることで柔らかくなったりえぐみが薄くなったりするだろう。

 火を通すことで安全性も増す――んじゃないかな、と。

 

(もっと色々と知っていたらなぁ)

 

 無能な我が身を呪うが、出来ることをコツコツやるだけ。

 煮ていると、何か泡のような汁が浮いてくるので、きっとこれは避けた方がいいだろうと捨てていく。

 

 

「そんなに頑張らなくてもいいよ」

 

 アヴィはそう言ってくれるが、ゲイルにとってアヴィの健康は何よりも大切なことだ。ここで頑張らないでどうする。

 

「……いいんだよ」

 

 いいんだよ。

 二つの心は重なっているんだか、いないんだか。

 

 

 

 さあ召し上がれ、と。

 

 ホウレンソウなどはその成分の中に結石になりやすいものがあるのだとか。茹でることでその成分を水に逃がして捨ててしまうと聞いたことがあった。

 最初からこうするべきだった。

 

 

 ほわほわと湯気を立てる雑草とコケを前に、アヴィが視線を泳がせる。

 ゲイルを見たり、視線を逸らしたり、用意された草食系の食品(?)を注意深く観察したり。

 

「う……ん」

 

 それでもゲイルが用意した物を食べないという選択肢はなかった。

 恐る恐る手にして――箸やスプーンなどないのだから仕方ないが――手掴みで口に運ぶ。

 

「……」

 

 無言で、今度は咀嚼するアヴィと、その様子を固唾を飲んで見守るゲイル。

 ただちに吐き出すようなことはしなかったが、どうなのだろうか。

 飲み込んだ。

 

「……」

 

 反応を待つゲイルに対して、アヴィはしばらく言葉を発さない。

 ただじっと、ゲイルを見上げて、見つめて。

 

 だいぶ経ってから。

 

「うん……美味しいよ。ありがとう、母さん」

 

(!)

 

「わきゃっ!」

 

 

 抱きしめた。

 というか、ゲルの体で飲み込んだ。

 

 まだ熱を通した草はあったが、そんなものは放り出す。

 そんなもの、どうでもいいのだ。

 

 

(なんて優しい子だ)

 

 そう思うと同時に。

 

(なんて俺はバカなんだ)

 

 激しく自分の愚かさを呪う。

 

 その辺にあった雑草を水で煮ただけで何が料理だ。何が愛情だ。

 目尻から涙を零しながら震えて、それでもゲル状生物の心情を思いやって優しい言葉を返してくれた娘を、思い切り抱きしめた。

 

(美味しいわけ、ないじゃないか)

 

 

「……本当に、嬉しかったのは、本当だよ」

 

 抱きしめるアヴィが泣いている。先ほどよりも大粒の涙で。

 我慢していたのだろう。

 

 このゲルの体では涙も出ないが、もし流せるのならどれほどの涙が溢れたか。

 

「ありがとう、母さん」

 

 ごめんな、アヴィ。

 ありがとう、アヴィ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

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