【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】   作:大洲やとこ

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G22.魔物と少女_2

 

 ゲイルはアリの巣穴に来ていた。

 

 もちろんアヴィも一緒だ。別行動などしない。

 アリの巣穴の奥は、壁の質感が違った。気になっていたのだ。

 

(……やっぱり岩じゃないな、これ)

 

 壁に触れて確認する。無機質な感じの表面だが、有機物だ。

 メラニアントが生成した化合物で塗り固められている。

 

(蟻塚だとか、ハチの巣だとか、昆虫の唾液と化学物質を混ぜて固めて作っているって聞いたな)

 

 生物由来のもので、意外なほど強度を持つ素材は日ノ本にもあった。

 そして生物由来なら取り込めるのではないかと思っていた。

 おそらくこれは、固まっていなければ粘液状の物質なのではないかと。

 触れていると、だんだんとその表面に侵食していくことが出来た。

 

 

「母さん、何するの?」

 

 食事の改善には失敗したが、他にアヴィの為に何か出来ることがあるはずだと。

 それで思いついたのがここだった。

 

 壁から溶けてくる物質を、ゲイルの体内で収束して可能な限り細くしながら絞り出す。

 

 

「糸?」

 

 ゆっくりだが、壁に塗り込まれていたメラニアントの粘液を、細い糸として紡ぎ出した。

 

 紡ぐというのは、綿のような繊維を縒り合わせながら糸にしていく行為のはずなので、今のゲイルが行っていることとは違うだろうが。まあ結果はだいたい同じ。

 

 慣れてくると、糸状になるそれを数百に分けながら、それを織り合わせるように重ねながら絞り出すことができた。

 たくさんの糸が規則正しく絡みながらゲイルの前に、やはり少しずつだが伸びていく。

 

 

「布……作ってるの?」

 

 アヴィは保存していた肉を食べながらその様子を見ていた。

 結構長い時間がかかったので、途中は寝てしまっていたが。

 

 ゲル状自動機織り機、というところだろうか。

 それなりの長さの布が出来て、とりあえず満足する。

 

 服を作るには幅が不足しているので、小さな布地までしかできなかった。今後の改善を期待しよう。

 

 

「わあ、すごい!」

 

 目を覚ましたアヴィが、完成した布を見て喜びの声を上げた。

 ゲイルもかつてデパートの反物屋でこうした布が売られているのを見たことがあったはずだが、その時は何も思わなかった。

 

 布を作るというのは簡単ではない。

 およそ1.5メートルほど、幅は20センチほどの布を作るのにかなりの時間がかかってしまった。

 

 

「真っ黒ですごくきれい!」

 

 そうか、黒いのか。

 メラニアントの生成物から作ったので、そういうものかもしれない。

 

 苦労した甲斐があった。アヴィの様子に労力が報われたと思うのと同時に、料理の失敗を取り戻したという喜びも湧く。

 

 

「これ、どうするの?」

 

 アヴィが、生成した黒い布を手にして訊ねた。

 

 ゲイルは少し考えて、アヴィの体を指さす。指というか、少し尖らせた粘液で指し示す。

 アヴィの、下腹を。

 

「え、っとぉ……」

 

 自分の臍の下あたりに目をやって、やや恥ずかし気に首を傾げた。

 

「……パンツ、作るの?」

 

 肯定するように体を軽く膨らませて、その布を裁断するようにナイフを手渡した。

 

 

 

 ――できなかった。

 

 ナイフの刃が立たない。

 それどころか、アヴィが普段使っている剣でも、この布に傷をつけることが出来ない。

 

 理由は単純だ。

 メラニアントは、巣穴を固める為にこの生成物を作る。そしてそれを塗り固める時に使うのは彼らの手である。

 洞窟の壁を簡単に削り、ドラゴンの表皮にさえ傷を刻めるヤスリのような手で。

 

 その手で塗られる壁の硬度は、アリの手よりも上だった。鋼鉄よりも硬い。

 本来なら加工などできないものを、ゲイルが妙な手法で糸状に紡ぎ、それを織り重ねて作った布だ。切れるはずがなかった。

 

 

(……)

 

「だ、大丈夫だよ。母さん。今までもなかったんだから」

 

 娘の優しさがつらい。

 

 せっかくいい考えだと思ったのに、やはりゲイルの浅知恵はその程度までかと。

 食事がダメならせめて娘の衣服くらいはと思ったのだが、それすらも適わなかった。

 

 

(もっとちゃんと、色んなことを学んでいたら)

 

 後悔しても何も出来ない。

 しょげるゲルをどうしようかと、アヴィがふと思いついたように言った。

 

「皮をなめして、服に出来るかな?」

 

 愚かなゲイルが考えるよりもよほど現実的な発想だった。

 

 

 

 モンスターの皮を、表面をきれいになめして、ほぐして、ほぐして、なめして。

 いい加減かなり柔らかくなったそれを適当な大きさに切り、横を糸で結び留める。

 

 糸はメラニアント由来の糸だ。ここで少しは役に立ったことにやや満足。

 とりあえずそれをパンツとしてアヴィに穿かせた。

 

 文化的な生活の一歩を刻んだと言える。

 

(言えるか?)

 

 少なくとも前進だ。そう思わないとやっていられない。

 

 

 

「……」

 

 アヴィはそれを身に着けたままゲイルの中で眠る。

 眠るのだが。

 

(……わかっちゃうんだよな、これ)

 

 アヴィの体がゲイルの粘液と接している以上、わかってしまうのだ。

 無理をしているのが。

 

「え、あっ! 母さんっ!?」

 

 脱がせる。

 せっかく作った衣服を脱がせる。

 腿の辺りや足の付け根、腰回りにも、赤い発疹のような跡が出来ていた。

 

「あ、う……」

 

 これも深く考えるまでもない。敏感な肌に、他の生物由来の物を密着させていたら、何らかの拒絶反応が出ることもあるだろう。

 特に繊細な肌の部位であれば。

 

 かぶれている。

 痒かったり痛かったりしたのではないか。

 それを悟らせないようにしていたことに腹が立った。アヴィにではなく、自分自身に。

 

(そういう気遣いをさせるのは親子じゃない)

 

 その通り、親子ではないのだけれど。

 でも、少しだけ悔しかった。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 違う。謝らせたいわけではない。

 何も出来ない自分と、それを気遣うアヴィと。

 そこに距離があると感じて、それを埋められない自分に腹が立つだけだ。

 

「違うの、ちょっと我慢すれば平気だから」

 

 どうしようもなく違う。

 それはそうだ。ゲイルの身は、人に疎まれ嫌われる魔物。泥を這いずり腐肉を食らうモンスターなのだから。

 

(……違うんだよ)

 

 その事実がどうしようもなく寂しくて、やるせなくて。

 

(救えないな、俺は)

 

 不安げな声でゲイルに呼びかけるアヴィに、心から自分を嫌悪するのだった。

 

   

  ◆   ◇   ◆

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