【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】   作:大洲やとこ

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G27.勇者一行 VS ゲル状生物_1

 

 

 大きい。

 

 事前の情報があったから。

 噂に聞く巨大ブラックウーズだとわかったが、何も知らなかったら認識できなかっただろう。

 

 普通のブラックウーズの十倍近いの体積を持つ異常個体。

 奴隷の声がなければ落ちてくるまで気付かなかった。先手を取られれば手痛い攻撃を食らっていたことは間違いない。

 

 影陋族の奴隷を連れていく。

 シフィークの判断が正しかったことを認める。イリアの好き嫌いで置いてきていたら死んでいたのは自分だったかもしれない。

 

(マルセナだったかも)

 

 

 攻撃を受ける前に察知したシフィークの次の行動は早かった。

 流れるような動作でマルセナとモンスターの間に入って、猛烈な衝撃を伴って拳を振るった。

 魔法のような力を、単純な身体能力で発現させる。

 

 シフィークの拳の衝撃波で少し吹っ飛んだ魔物が、間髪入れずに石礫(いしつぶて)を打ち出してきた。

 

 

(まさか!)

 

 そんな攻撃手段を使うブラックウーズなど聞いたことがない。大きさだけでなく行動も異常だ。

 

「つぅっ!」

 

 咄嗟に身を躱したが、石礫の一つが腕を掠めた。

 

(この……汚らしい魔物のくせに!)

 

 痛みに怯むどころか頭に血が上ったイリアだったが、彼女より先に動き出したラザムが蹴りを放つ。

 ブラックウーズは体の中心あたりに核となる部位を有している。核を失った他の部分はまともに動かないはずだと。

 

 

「核がない」

 

 そんなはずはないのだが、少なくとも蹴りぬいた中にはなかったようだ。

 

 通常なら、ブラックウーズの体の粘度で蹴りぬくようなことは出来ないのだが、ラザムも一流の冒険者。

 咄嗟の判断に迷いも間違いもなかったと思うが、相手が異常だった。

 

 

「おかしいですわ!」

 

 マルセナの声が煩わしい。いちいち(わめ)くな。

 そう思ったが、ラザムが少し足を庇うように態勢を崩したので、服だけでなく体にも多少の影響があったのかもしれない。

 おかしい。ブラックウーズの力とは思えない。

 

 

(こいつ異常だ!)

 

 躊躇(ためら)っている暇はなかった。

 イリアの手持ちの武器は短剣で、それではあまりこの生き物に有効打とは思えない。

 

 すぐに手に出来る道具の中に、この山で拾った神洙草があった。

 女神の遺物とも言われる。

 万病に効果があることとは別に、魔神から生み出された魔物にも効果があるはず。

 

 

(あのバカ娘には頼れないし)

 

 本来なら魔法使いであるマルセナの攻撃が最も有効なのだが、緊急時の対応に信頼が薄いのと、心情的に頼りたくないこととがあった。

 少し勿体(もったい)ないが、この神洙草を使った方がマシだ。むしろここで使うべきだと、一流の冒険者としての勘が言う。

 

「これでも食べれば!」

 

 考えている時間はほとんどなかった。

 少し体勢を低く後ずさりするラザムを飛び越えて、神洙草を投げつけてやる。

 

 

「うそっ!」

 

 信じられなかった。

 投げつけたと同時に、ブラックウーズから唾のようなものが吐き出され、しゅうっと音を立てながら神洙草を弾き飛ばす。

 

(なんで知って――)

 

 危険なものだと知っていて、投げる動作の直後に迎撃された。

 まるで事前に読んでいたようだ。イリアの行動を。

 知能がある?

 

(どれだけ異常なの!?)

 

 息を飲んだ。

 知性がないはずのブラックウーズが見せる熟練した戦士のような攻防に、着地するまでの間に頭が真っ白になっていた。

 

 何も考えられていない。

 次の行動をどうするのか、イリアほどの冒険者なら攻撃を防がれたところで即座に次の行動に移っているはずなのに。

 

 信じられないという思いが思考を停止させ、目の前に広がる暗い粘液状の壁が迫ってくる光景に息を飲んだ。

 

 

(しまった!)

 

 飲み込まれる。

 黒い液体に飲み込まれる。闇に。

 

 

 先ほどラザムは蹴りぬいただけで服が消化され、足に痛みを感じていた。

 そんなものに飲み込まれたら無事では済まない。

 既に遅いとはわかっていたが、振り向いて逃げようとする。

 

(たすけ――)

 

 助けを求めた。長年の仲間であり、信頼する勇者でもあるシフィークに。

 彼の為に裏でどれだけイリアが尽くしてきたか。シフィークの影を支えてきたのは自分なのだ。

 

 

(――っ‼)

 

 手は、伸ばさなかった。

 

 伸ばさずに、一流の冒険者として長く自分と共にある二本の短剣を抜く。すらりと、自分でも驚くほどの素早い動きで。

 顔の前に構えながら、ぬめる粘液に飲み込まれて倒れつつも、強くその柄を握り締めた。

 

 

 ――ギゲァンッ!

 

 凄まじい衝撃が両腕に、肩に響く。

 重い。容赦のない一撃。

 

 粘液の塊に飲み込まれ、体が固定されていなかったのが幸いだった。勢いのまま後ろに飛ばされ、地面に転がった。

 

 

(っ! ……地面?)

 

 液体の中ではない。洞窟のごつごつとした地面だ。

 

 状況に混乱しながら、慌てて這ってその場を離れる。

 無様な動きだと自分でも思うが、衝撃で体がまともに言うことを聞かない。

 

 

「なっ、大丈夫ですかイリア!」

「っ、ひっは……」

 

 ショックを受けたのは今の攻撃のことではない。

 駆け寄って声をかけてくるマルセナに応じることが出来ない。

 

 

 切り捨てられた。

 

 イリアが飲み込まれる瞬間、シフィークの剣を構える姿が見えた。

 いつも通り、魔物に止めを刺す時のように、軽く剣を斜めに構えてからの踏み込み、そして振り抜く姿。

 

 長く彼の戦いを見てきたから、その動作が先に見えたのだ。

 

 

「無事かい、イリア?」

 

 何でもないように声をかけられるのはなぜなのか。

 あなたがいま切り捨てようと、斬り捨てようとしたのは……

 

 

「あ……」

 

 シフィークの目を見る。

 そこには、本当に何一つ悪気がないような澄んだ色が浮かんでいて。

 

(……なんて、異常な)

 

 他者のことなど道具や何かとしか思っていない。魔物と大して変わらない素顔が見えた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 イリアに防がれるとは思わなかったが、結果的に助かったのならそれでもいい。

 

 あの不定形な異常個体のブラックウーズなら、普通に切っても倒せたとは思えない。

 とりあえず切れるタイミングだからそうするかと思ったのだが、それが結果としてイリアの命を救った。

 

 感謝の言葉がなかったのは、一瞬でもあれに飲み込まれたことでショックが大きかったのだろう。

 

 

「下がっていろ」

 

 短剣も、這いつくばって逃げてきた間に落としている。

 戦力に数えられない以上は邪魔にならないように下がらせた。

 

 やはり、腰が抜けた様子でおたおたと、まるでブラックウーズが這うようにシフィークの後方に逃げていくイリア。

 その動作も、服にへばりついた粘液も、実に無様で情けない。

 結局はシフィークの力頼みのくせに、理解者風な顔をされることに少しばかり面倒くささを感じていた。

 

 

(死んでもいいけど、生きて役に立つなら別にいい)

 

 汚れて惨め臭い女を下がらせ、再び敵と相対する。

 

「これが濁塑滔(だくそとう)なのか」

 

 ブラックウーズではない。見た目は大きさ以外は似ているが、明らかに違う。

 

 

 わずかに神話に(うた)われる魔物。

 魔神の血溜まりのもっとも深い場所から生まれ、暗い深淵を這う(おぞ)ましいモンスター。

 

 斬撃、打撃などの攻撃は一切効かず、核となる部位がない。

 神話では、劫火に焼かれて何も残さず消えるまで、あらゆる物を飲み込んだと言われていた。

 

 

「マルセナ」

「なんです?」

「洞窟内で火炎系統の魔法は使わないでくれ」

 

 止める。

 

 彼女の魔法は()()だ。

 ついうっかり殺してしまわれたら困る。

 

(僕が困る)

 

 素直に頷く少女をちらりと見て微笑みかけた。

 理由を聞かないのは、僕の言うことだからだろう。やはり女は素直な方がいい。

 

 あまりわかったような態度を取られるのは、確かにこちらの意図を色々と()んでくれる部分もあるにせよ、度が過ぎれば鼻につく。

 汚らしい魔物に飲み込まれたような女なら、死ぬことで僕の役に立ってもらってもいいかと思ったのだが。

 

 

「ラザム、足は?」

「問題ない」

 

 この男は(わきま)えている。

 自分の実力と、僕が求める役割とを自覚して実行するだけ。

 勇者である僕に必要な情報をもたらすように動き、それ以上のことはしない。

 

 魔物を倒すのは勇者の役割だ。それを理解している。

 もちろん彼が止めを刺すこともあるが、こうした未知の敵であれば僕が最後を持っていけるように。

 

(勇者である僕の役に立つのが、仲間の正しい在り方だからな)

 

 シフィークは自分のパーティに名前をつけていない。名前なら勇者シフィークだけで十分だと思っている。

 

 他の者は代替えが利く道具で、見た目がいい女ならそれが価値だと。

 腕が立つのも悪くはないけれど、本当に求めている資質ではなかった。

 

 

「さて、どうするか」

 

 うぞうぞと配置を変えながらこちらの出方(でかた)(うかが)うように観察している魔物をどうするか。

 見ていた限り確かに異常で厄介な魔物だが、動きが遅くシフィークが対応できないような攻撃手段はなさそうだ。

 

 少し想定外の動きをするので慎重になってみたが、そこまで恐れる必要はないように思う。

 普通の冒険者であれば手が付けられないかもしれないが。

 

 

「僕が倒す。他にもいるかもしれないから周囲を警戒してくれ」

「わかりましたわ」

 

 イリアの背中を擦りながらマルセナが答え、無言でラザムが頷いた。

 

 剣ではあまり効果がない。打撃も同様。

 なら、勇者と呼ばれるシフィークの真の力を使うしか――

 

 

「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐」

 

 ひどく冷たい声が響いたのはその瞬間だった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

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