【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】   作:大洲やとこ

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G03.地べたを這う_1

 

 

 地上……というわけでもなかった。

 

 ずっと頭上の亀裂から灯りが差し込んでいるものの、周囲は岩壁に覆われている。

 洞窟の中、といった雰囲気。

 今までいたところは地底湖ということになる。

 

 洞窟のはるか上に大きな亀裂があるようで、風が吹き抜けているのが感じられた。

 風が抜ける音が、ふぉひぉと。

 何かがすすり泣くようにも聞こえる。ただの自然現象だけれど。

 

 その風の動きで、周囲の壁の様子なども何となく触覚に伝わってきた。

 どこまで続いているのかとても把握できない、巨大な洞窟。ダンジョン。

 

 

(……とりあえず、水中でなくても生きられるみたいだな)

 

 差し迫っていたとはいえ、安全確認もできないまま初めて空気に触れている。自我が芽生えてから今まではずっと水中だったので。

 

 このゲル状の体は、今の逃走劇で半分ほどに小さくなってしまったものの、大気中で生存することも問題ないようだ。水陸両用。

 本能的に大丈夫だろうという意識はあったが、実際に確認出来た。

 

 

 這いずってみる。

 ……まあ遅い。

 その速度は、水中にいた頃とあまり変わらないようだった。

 

 水中と違って、そこらを這っても食べられそうなものがない。どうやら鉱物的なものは摂取できないらしい。

 有機物的なもの。動物でも植物でもいいが、水の中にはたくさんあったものを、今度は自力で探さねばならない。

 

 自分が出てきた水面に少しの名残惜しさを感じながら、洞窟を這い進んでみた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 洞窟を這いずるのはゲイルだけではない。

 小さな虫もいれば、小型のトカゲやネズミに似た生き物もいる。

 

 追いかけても捕まえることは出来ないが、ゲイルがじっとしていれば向こうから飛び込んできてくれる。

 水中ほど豊富な食料ではなかったが、とりあえず活動するエネルギーにはなった。

 

 

「ぎ、ぎぃ……」

 

 ゲイルの粘着質な体に捕えられたトカゲもどきが呻く。

 生きたままの方がエネルギー摂取が多いように感じるので、呼吸ができるように顔だけを出して体の末端から溶かしていく。

 

 丸のみされた形で、すぐに死ぬことも許されずに消化されていくトカゲ。

 

(忌み嫌われるモンスターというのもわかるな。我ながら)

 

 生かさず殺さず捕食。

 救いがない。

 こんな生き物が生息していたら、人間からすればそれはとてもイヤだろう。

 退治したいと思う気持ちもわからないではない。

 コミカルなヒーローにはなれそうになかった。絶対になれないと断言してもいい。

 

 

 手を伸ばしてみるが、伸ばした先からぼたぼたと体の一部が地面に垂れる。

 人間なら涎を垂らしながら歩いているような感じか。これも主人公的な姿とは程遠い。

 

 零れ落ちた体の一部も、また体とひっつけば戻ってくる。とりあえず分裂して別の個体にはならない。

 そんな風にトカゲを食していると、洞窟内に今まで聞いたことがない音が響き渡った。

 

 

 轟音。

 振動。

 洞窟の天井・壁・床が震えるような強い声。

 

(……気のせいというか、感覚が鋭敏すぎるんだ)

 

 実際には音が響いただけなのだが、ゲイルの体の表皮はその音を強く認識してしまう為、とてつもない轟音のように感じられてしまう。

 

 実際には洞窟を揺らすほどまでではないが、それでも大きな音であることは間違いない。

 それに続く小さな振動音。

 

 ――バタバタバタッ!

 

 ゲイルの頭上をけたたましい音を立てて通り過ぎていくものがあった。

 蝙蝠(コウモリ)の群れだ。水の中でその死骸を食べたことがある。

 

 先ほどの轟音に追い立てられているのか、激しい羽ばたきと共に通り過ぎていく。

 流れる風の様子からすると、洞窟の上の亀裂から外へと逃げていったようだ。

 

 

 蝙蝠たちがもともといた方角からは、まだ何か音が響いている。

 唸り声と、何かがぶつかるような音。あるいは駆ける音。

 

 

(危険な感じだが、どうするか)

 

 何かが戦っている。おそらく今まで食べてきたような者とは違う、もっと大きな生物だ。

 興味はあるが、その牙がこちらに向かないとも限らない。

 

 

(俺が食われるかも……俺って食えるのか?)

 

 自問するが答えはない。ゲル状生物の調理方法など想像もつかない。食ってもうまいのかどうか。

 とりあえず見つからなければいいだろう。ゲイルは洞窟の壁の隙間に体を捻じ込ませて音のする方角に向かうことにした。

 

 

 

 戦っていたのは、巨大なトカゲ一匹とアリの群れ。

 

 トカゲの方は、ゲイルの体よりも倍ほどの大きさがある。ゲイルも今の自分の大きさを測る目安がないが、少なくとも自分の倍以上の大きさだ。

 

 生きたまま捕食するには大きすぎる。

 対するアリの方は、ゲイルの体の半分ほど。

 

 

「ギアァァァ!」

 

 大トカゲの顎に一匹のアリが捕えられ、即座に体節を断ち切られた。

 

「……」

 

 アリの方は無言で、仲間がやられたことも構わずに大トカゲに群がる。

 手……六本の足とは別に手がある。日ノ本の昆虫は三対六本の足だが、ここのアリは三対の足に加えて二本の手があるらしい。

 

 

 手の先はギザギザの棘が付いているらしく、その手で大トカゲの表皮を叩くと傷が増えていくようだ。

 

 視力がないゲイルだが、音や触覚でその様子を認識できた。

 傷については臭いを感知しているのかもしれない。新鮮な血の臭いが増えていくのがわかる。

 

 

 

「ガアアアアアァ」

 

 大トカゲの尻尾の一振りで、群がっていたアリの半分ほどが薙ぎ払われる。

 だがアリの数は多い。二十匹ほど。いくらかの仲間がやられても、何の感情もないようにまた大トカゲに向かっていく。

 

 機械的な軍隊のようだ。これでは大トカゲもいずれ体力が尽きて彼らの餌になるだろう。

 

 

(あのアリの死骸、食べられるかな?)

 

 大トカゲを仕留めたら、おそらくアリたちはその肉を巣穴に運んでいくのだろう。

 仲間の死体をどうするのかわからないが、残していくのならゲイルの食事としてもいいのではないか。

 

 そんなことを考えていたせいか、注意が散漫になっていた。

 

 大トカゲが大きく息を吸い込んでいるのに気が付いたのは、岩の隙間からその顔と正面に対峙した時だった。

 

(何か――?)

 

 

「ゴオオオオォオォォォオォォォォ!」

 

 吸い込んだ息は、激しい炎と共に噴き出された。強烈なガスバーナーのように。

 ゲイルの体の倍もある巨体のガスバーナーだ。その炎の威力も相応に強い。

 

(やばい!)

 

 慌てて身を隠そうとするが、ゲイルの動きは鈍い。

 岩陰から出ていた部分があっという間に焼失する。

 

 

(いってえぇぇ! あつい、あついってこれやばいっ!)

 

 火を噴く生き物など初めてみたわけだが、モンスターになっている自分のことを考えれば予測するべきだった。

 

 日ノ本の常識では考えられない生き物がいる。

 自分だってそうなのだから、他にもいると考えておかなければいけなかったのに、危機感がなかった。

 

 岩陰に隠れている部分は今のところ焼失してはいないが、熱でかなり傷んでいる。

 

 

(……って、岩が溶けてる!?)

 

 自分が背にしているものではなく、その後方の岩がどろっと崩れるのがわかった。

 とてつもない熱量だ。隠れているとはいえ、ゲイルがいる場所の気温も半端な数字ではないはず。

 

 陶器を焼く窯の中にいる気分というのはこういうものか。

 

(これは……死んだか)

 

 逃げようと一歩でも踏み出せば炎の直撃で死ぬ。

 このまま隠れていても蒸し焼きで死ぬか、背中の岩が溶けて一緒に消し炭となるか。

 

 

(……いや、だ)

 

 その末路を、忌避した。

 

(いやだ、死にたくない。助けて)

 

 感情が湧き起こる。

 この身になって初めての激しい感情。本能だけが優先される生き物だからこその生存への欲求。

 

 声を出したくても、ゲル状の体に発声器官はない。

 あったところで何を言うつもりか。この大トカゲに殺さないでくださいと懇願したら願いが叶うのか。

 

 有り得ない。

 言葉が通じるとも思えないし、この大トカゲがゲイルに斟酌(しんしゃく)する理由もない。

 

 

 だが、幸運はあった。

 

 幸運というか必然ではあったが、大トカゲはゲイルを殺そうと火を吐いたわけではない。周囲を群がるアリを一掃する為に吐いたのだ。

 

 ゲイルは自分に向かって吐き続けていると感じた炎だったが、それは他の方位に向けられる。炎の直撃から逸れる。

 

 周囲を焼き払うその炎に撒かれたアリたちは、断末魔すら上げずに息絶えていく。

 炎による乱気流のせいで状況を掴むのが少し難しかったが、しばらくするとアリたちの動きが感じられなくなった。

 

 

 

 べしり、と音がして、体にへばりついていたらしいアリを、大トカゲが払いのける。

 他にも、どうにかして炎の中を生き残っていたらしい一匹を、ぶちゅっと踏みつぶしながら、大トカゲは洞窟の奥に去っていった。

 

 静けさと焼けた空気が周囲を支配する。

 

(たす……かった……生きてる。生きてる)

 

 ゲイルがそう実感できたのは、すっかり周囲の岩が熱を失ってからだった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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