【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】   作:大洲やとこ

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G30.人の魔手_1

 

 男は嫌いだ。

 中でも特にバカな男は嫌い。

 そういう男に限って、なぜだか自分に何かしら特別なものがあると信じていたりする。

 

 まるで根拠のないこともあれば、一応は理由がある場合もあった。

 高い戦闘能力、成長力。確かにそれはひとつ目を見張るものがあるとしても。

 

 

(愚かなことには変わりありませんわ。むしろ愚かさを際立(きわだ)たせていますわね)

 

 成長が早いのは愚かしさの方向にもそうなのかもしれない。

 そう思えば滑稽(こっけい)だと言える。

 

 

 特にこの男の場合は、若輩の頃から特別扱いを受けてきたことで、自分を英雄物語の主人公のように(とら)えているのがまたおかしい。

 どれだけ力があったところで、所詮は一人の人間に過ぎないのに。

 

 

 ――洞窟内で火炎系統の魔法は使わないでくれ。

 

 なるほど、ない頭でよく考えられたものだ。

 火炎系統の魔法は、うっかりこちらがあの黒いモンスターを倒してしまうかもしれないのだから。

 

 よほど自分の手であれ(・・)を始末したいのだろう。気持ちはわかる。

 

「……」

 

 声を出すと思わず笑ってしまいそうだったので、唇を結んで頷いた。

 

 あれを他人に倒されたら、マルセナが倒してしまったら。シフィークはどんな顔をするだろうか。

 その間抜け面を想像するだけでちょっとした快楽だ。

 

 とはいえ、剣士としては人外の力を有するシフィークを出し抜くのは簡単ではない。

 うかつにマルセナが魔法を唱えれば、容赦なく斬られるかもしれない。

 イリアのように。

 

 

(なぜ自分だけが【それ】を知っていると信じられるのでしょうね)

 

 本当の愚か者は、自分の愚かさには気づけないものか。

 

 濁塑滔(だくそとう)

 その魔物は神話伝承で語り継がれているのだから、マルセナが知っていても不思議はないだろうに。

 

 

 

 戦闘を終えて、短剣が刺さった足の治療をするラザムと、体を丸めて震えているイリア。

 

 シフィークは落ち着かない様子で、だが一人で先行するつもりはさすがにないらしく、魔物が逃げていった崖の辺りを右へ左へと歩いていた。

 

 

「イリア、大丈夫ですか?」

 

 震えているイリアに声を掛けるが、彼女は小刻みに首を振るだけ。

 

 粘液状生物に飲み込まれかけて、信頼していたはずの勇者様に切り捨てられ、粘液塗れの体で吹雪に晒された。

 短時間でこれだけの目に遭えばショック状態になっても仕方があるまい。

 

 とても気分が良い。

 

(本当に、今日は善い日ですわね)

 

 彼女は少し前のこと、粘液に塗れたマルセナに、わざわざそのぬめりを肌に擦り付けて楽しんでいた。

 イリアの指の感触はマルセナの異常性癖を喚起する部分があって、少しだけ悪くないと思ってしまったのだが。

 

 

(あの時のお礼をしませんと、ね)

 

 こちらが気付いていないと思っていたのか。その悪戯(いたずら)に。

 馬鹿な女だ。けどシフィークほどではない。

 可愛げがあるとも言える。

 

 そこそこに険悪な関係で、でも見た目は嫌いではない。

 そんなイリアの弱った姿を見下ろすことで、感情が高ぶるのは仕方ないのではないか。

 

 いずれ自分の足元に這いつくばらせて許しを請う姿でも見せてもらおうかと思っていたが、とりあえず惨めにうずくまる様子を見られたことは良い。

 

 

(ああ、呪枷を刻んで奴隷にしてあげたい)

 

 下に見てきたマルセナに見下される関係にイリアがどう感じるのか、そう考えるとマルセナに(くら)い喜びの炎がちらついた。

 

 呪枷は、もともとは魔獣を飼い鳴らす為の呪術だった。一応、重罪人以外の人間に施すことは禁じられている。

 表向きは。

 

 結局は裏ではそうした行為も行われているということになる。

 

 

「イリア、しっかりして下さい」

 

 とりあえず今はそんな嗜虐心(しぎゃくしん)に酔っている場合ではない。

 

 

愁優(しゅうゆう)高空(たかそら)より、木漏れよ指窓(ゆびまど)窈窕(ようちょう)

 

 気を取り直して、冷えたイリアの体を温めるように体力回復の魔法を唱えた。

 

 ぼんやりとした光を浴びて、次第にはっきりとした目でマルセナを見上げるイリアの様子が悪くない。

 まるで天から遣わされた何かを見るかのよう。

 

 

(いつもそうしていればもっと可愛げもあるでしょうに)

 

 馬鹿な女でもマルセナを慕う気持ちがあるというのなら、少しは救いもあるだろう。

 救ってあげてもいい。気まぐれにそう思う程度には。

 

(その顔は、嫌いではありませんの)

 

 

 

「あの影陋族を」

 

 珍しい。

 本当に珍しいことというか、マルセナは初めて目にした。

 

「あの影陋族を、殺さずにもらいたい」

 

 ラザムが何かを要求することなど、マルセナが知る限り今までにない。

 目を丸くして固まっているシフィークの様子から見ても、彼もそんなラザムを見たのは初めてなのか。

 

 驚かされる。

 要求の内容は、まあマルセナが知る限りラザムの嗜好と合致しているが。

 

 

「あの影陋族を?」

「ああ、出来ればで生かして捕えたい」

 

 決して不可能ではないが、意外な要求にどうしたものかとシフィークが戸惑っていた。

 

 

「どうして……いや、別にいいけれど」

 

 聞くのも野暮だと思ったのか、自分の言葉を否定してから続ける。

 

「あれが素直に大人しくするかわからないぞ」

「腕を落とせばいい。両腕を失えば抵抗もしないだろう」

 

 鳥の羽を()ぐように、あれの手を落としてしまえば解決する。

 

 

「足は、あのままで」

 

 感情を感じさせないラザムの声だが、その言葉には熱がある。

 粗末な襤褸切れを纏っていた謎の影陋族は、すらりとした脚を見せつけるような姿だった。それを思い出しているのか。

 

 

(色々な性癖があるものですわね)

 

 マルセナも自分の性癖が普通ではないことを承知しているので、他人のそれも自分とは違っても理解しないわけではない。

 というかむしろ、ラザムの性癖とであれば近しい部分もあるのだ。

 

(私もいつか、気に入った者を従属させたいものですわ)

 

 

 冒険者なってすぐの頃に見たことがある。中年の女が連れていた美しい影陋族の少年奴隷。

 悪くない、と。

 マルセナも冒険者として成功すれば、同じようなことができるのかも。

 

 影陋族の奴隷は安くはない。

 なぜか少年の方が高いという傾向もあり、一介の冒険者風情が簡単に入手できるものでもないが、成功者であれば違う。

 

 二人――三人の少年奴隷を(かしず)かせ、それらと共に暮らす日々。

 そんな光景を思い描いたこともあるマルセナには、ラザムの要望は十分に理解できた。

 

 

 珍しいとはいえ欲望に素直なラザムの言い分を聞いて、シフィークはとりあえず納得したようだ。

 

「そうか……わかった、出来たらそうする」

「頼む」

 

 短く無感情に答えたつもりのラザムだったのだろうが、マルセナは見たような気がした。彼の口元が喜びに歪むのを。

 

 

(案外と、人間らしいところもあるのですね)

 

 ラザムは一流の冒険者だが、自分の成長の限界を感じてシフィークの仲間になったと聞く。

 自身の強さの追求は諦め、勇者パーティの一員としての成果を求めるのか。

 

 

 暗い洞窟で(くら)い欲に塗れた会話を交わす人間を、清廊族の少女は何も言えずただ黙って見ていた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 近付いてくる。

 水音で少し察知するのが遅れたが、人間が近づいてくる音が聞こえていた。

 

(なぜだ?)

 

 ゲイルたちは痕跡を隠しながら人間の入りにくい場所に潜んでいる。

 だというのに、人間の気配が近づいてくるのはなぜか。

 

 真っ直ぐに――洞窟は直線的ではないので進行ルートとしては真っ直ぐではないのだが、感覚的にはかなり真っ直ぐに。

 

 

(あんまり直線的で、別の空洞に出ているみたいだけど)

 

 ゲイルたちが通ってきた道ではない。別のルートから、ゲイルたちが潜む場所に近付くように足音や話し声が聞こえていた。

 つまり、足跡や痕跡を辿っているわけではない。

 

 

(なんだ……? 呼吸だとか、生体反応だとか?)

 

 生命を感知する魔法のようなものがあるのだとすれば、痕跡を無視して直線的に向かってくるというのもわかる。

 

 おそらくその場合、感知されているのはアヴィということになるだろうが。

 だからと言って見捨てるはずもない。むしろそれなら余計に一緒にいなくてはならない。

 

 

(でも、その位置からならここに来るのは無理だな)

 

 ルートが違うせいで、近付いてはいてもゲイルたちの潜む場所に進める道がない。

 目的地は見えていても道がわからない、という状況。

 

 

(洞窟の中で良かった)

 

 地の利があるということに感謝する。

 

 ゲイルの緊張が伝わっていたのか、アヴィも敵が近いことに気が付いていたようだ。

体を強張らせて剣を握っていた。ゲイルはそっと背中を擦るように動いた。

 

(怖がらなくていい。大丈――)

 

 

 ――ヅッガアアアァァァッッ!

 

 地響きが響き渡った。

 ゲイルたちが潜む崖の平台から見て、対岸側の岩壁から。

 

 崩れた岩や土が、下を流れる水脈に落ちて大きく波を立てた。

 その轟音に洞窟全体も震える。

 

 連鎖して崩れ落ち続けていく他の土壁の向こう側に、今まで繋がっていなかったはずの通路がぽっかりと。

 ぽっかりと。

 

 

「そこにいますわ。光よ!」

 

 女の声。

 そして辺りを照らす眩しい光が、ゲイルとアヴィを闇の中に照らし出す。

 誰も来ないはずの洞窟の奥に潜んでいた一匹と一人を。

 

 

「あれは僕が――」

 

 彼が言い終わる前に、大男が大きく跳んでゲイルたちに襲い掛かってきていた。

 

「見つけたぁ!」

 

(滅茶苦茶しやがる!)

 

 無理やりこじ開けてきた。

 道のない場所を文字通り切り開いて、強引に目的地を目指す。

 

 力があるから出来ることだとは言えるが、あまりにも無茶だ。こんな洞窟の中で。

 一本の剣で、分厚い岩盤を貫いてトンネルを作るとは。

 

 

「こいつ!」

 

 ゲイルの体から飛び出して迎撃するアヴィ。

 拳を握って打ち付けてくる大男に向けてアヴィが剣を振るった。

 

 生身の拳と刃がぶつかり、金属音のようなものを鳴らしてアヴィが押し返された。

 

 すぐ後ろにはゲイルがいるし、その後ろは地面がない。

 今なお崩れ落ちる対岸の土砂のように下を流れる水脈に落ちてしまいそうだ。

 

 広い足場ではないので、他の人間は襲い掛かってこなかった。

 

 

「俺の」

 

 大男の目が、じるると充血する音を立てた。アヴィの体を舐め回すように凝視する。

 薄着なので少女の肌の露出が多い。

 

(この変態野郎。うちの娘を)

 

 殺意が湧くが、今はそれどころではない。

 異常な若い剣士の方は――今は、トンネルを開けた一撃の後で足が止まっている。

 しかし、呼吸が整えばすぐにくるはず。

 

「ぬぉぉっ!」

「くうっ!?」

 

 小さな体を掴まえようとする大男に向かって斬り払いながらバックステップするアヴィ。

 その刃を、大男の拳が再びはじき返した。

 

 

(逃げる)

 

 拳で押し返されたアヴィが、すぐ背後のゲイルに飲み込まれる形に。受け止めて、後ろにずれ込んだ。

 

「あっ」

 

 アヴィの小さな声と共に、どぼんと。

 

 落ちる瓦礫と共に水の流れに姿を消すゲル状生物と、それに取り込まれた少女。

 人間どもは、とりあえずすぐに追ってくることはなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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