【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】   作:大洲やとこ

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G36.遺されたもの

 

 

 神話に(うた)われる濁塑滔(だくそとう)

 劫火に焼かれて何も残さずに滅びたとされる逸話だが、別の話もある。

 

 濁塑滔を倒した魔法使いは、他に類を見ない絶大な力を手に入れたのだと。

 何も残さなかったわけではない。そういう伝承があった。

 

 

 無色のエネルギーと呼ばれるのは、魔物が死ぬ際に放出する力で、倒した人間がそれを得ることが出来る。

 

 由来を同一とし、女神の恩寵が薄れたとされる清廊族も、そのエネルギーを得ることは出来る。効率は悪いが。

 

 理由は明確ではないが、人間同士での殺し合いでは無色のエネルギーは得られない。

 これは人間と清廊族との関係でも同じく。

 

 一方の魔物の方でも、食らった獲物の持つエネルギーの一部を得ることが出来る。

 一部を。

 

 

 濁塑滔の特異性は、万変であるという点だった。

 

 一部の女神由来の物以外であればあらゆるものを吸収し、自分の糧とすることを可能としている。

 その上限がない。似たような魔物のブラックウーズと違い、上限がない。

 

 

 また、得たエネルギーを全て万変させることが出来た。

 

 無色のエネルギーの塊。

 長く生きて多くを食らい続けた濁塑滔であれば、そこに溜められたエネルギーの量は計り知れない。

 

 

 このエネルギーは物質化もするが、その多くは魂に寄り添うと言われている。

 体を構成していた粘液状物質の大半を失っていたとしても、濁塑滔が持つ無色のエネルギーにはほとんど影響がない。

 

 

 そして濁塑滔は魔物だ。

 

 魔物を倒したものは、そのエネルギーを得ることが出来る。

 人間でも、清廊族でも。

 

 

 

 誰でも同じだったのかもしれない。

 確認のしようもない話ではある。

 

 ただ、もしその濁塑滔と深く心を通わせた者がいたならば。

 おそらくその力は、余すことなくその者に受け継がれるのではないだろうか。

 

 千年以上の年月を生き抜き、数多の命を食らい続けてきた伝説の魔物。その力を。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「どうして!?」

 

 泣く。

 

「どうして母さん!」

 

 (わめ)く。

 

「母さんの……母さんの嘘つき!」

 

 

 慟哭。

 

 

 見る間に崩れていくゲル状の体は、今までで一番濃い黒色に輝いていた。

 心から、幸せだと言うように。

 

 最後に伸ばしたその手が、私の唇に触れて、崩れた。

 

 

「う……」

 

 零れ落ちる。

 私の手から、指の隙間から、愛しい――

 

 

「うあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 世界は死んだ。

 世界が死んだ。

 

 私の全てが、また、なくなってしまった。

 絶望というのも生温い。

 何もかも意味を失った世界。

 

 色のない世界。

 

 

 

 ――・・・

 

 

 ふと、声が聞こえたような気がした。

 母さんの声が。

 

(……母さん?)

 

 顔を上げる。

 とめどなく涙が零れる顔を上げた。

 

 遥か上、洞窟の天井の隙間から月が少しだけ見えている。

 母さんと一緒に見上げた月が。

 

 

 ふわりと、見えない何かが漂ったように――

 

 

「あ、ああああぁぁあ“あ”あ“あ”あ“あ”っ!」

 

 全身に、暴風のような衝撃が叩きつけられた。

 歯ががちがちと音を鳴らし、体中の筋肉が痙攣を起こす。

 

 神経が、視覚が味覚が聴覚が触覚が嗅覚が、それ以外にも全ての知覚できる何かが私の体を覆いつくして、自分の魂の形まで認識させられて、震える。

 

 膨大な力の奔流に飲み込まれて震える。

 

 

「ああ、あ“あぁっ入って……くる、ぅっ……!?」

 

 呼吸が出来ない。

 体が言うことを効かない。

 月から、星から、宇宙から溢れるような力が、私の中に注ぎこまれてくる。

 

 圧倒的なエネルギー。

 宇宙……それは最近見た覚えが?

 

 

(かあ、さんの……)

 

 黒い体に反射していた、月や星々を映す大好きなあの温かいゲル状の体の中に、見た。

 

 

「あ……」

 

 抵抗をやめる。

 自分を襲う膨大なエネルギーが、愛しい誰かのそれなのではないかと。

 

 身を任せ、全てを委ねた。

 

「母さん」

 

 それはまるで、あのゲルの中に包まれて眠るような感覚だった。

 

 

 

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 

 眠っていたわけではない。

 瞬きも忘れていたような気がする。

 

 圧倒的な力の渦の中で、安らぎを感じて。

 ゆらり、ゆらりと、揺蕩っていた。

 

 

「この力は……」

 

 間違いない。

 母さんが残してくれた力だ。

 

 最後までアヴィのことを案じて、愛して、託していった。

 

 受け取ってみればわかる。どれほどの力を内包していたのか。

 それだけの力がありながら、アヴィを守るために戦って死んだのかと。

 

 

 母さんが消えた場所に、小さな石が転がっている。

 手に取ると、真ん中で二つに割れてしまった。

 

 魔石、ではない。

 輝くこともない黒い石のように見えるそれを、優しく、強く握る。

 

 いつもそうしてもらっていたように、手のひらの中に包み込んだ。

 

 

 

(……)

 

 最期に見せた色は、幸せの色だった。

 アヴィがこの力を受け取ることを確信して、それを喜んでいた。

 

 納得はできない。

 そんなことより一緒に生きてほしかった。

 ずっと一緒にいたかった。

 

「……だけど」

 

 それが叶わない。だから選んだのだ。

 アヴィに力を託すことを。

 

 

 もしかしたらアヴィを食べれば生き永らえたかもしれないのに。

 

(……違う)

 

 そんなことをしない母さんだから、心から愛している。

 心から、愛されていたのだと知る。

 

 愛を知った。

 

 再び私に愛を伝えてくれたのだと。

 止めどなく溢れる涙をそのままに、その愛を心に刻みつけた。

 

 

 

 いつの間にか泉は光を失っていた。

 ただの薄汚れた水溜まりのように、ぼんやりと月明かりを反射しているだけ。

 

 

「……」

 

 もう一つ、目に映るものがあった。

 膝を抱えてうずくまる少女。

 

「……」

 

 清廊族の少女。

 

 

 首輪は失われているが、その首には跡が残っている。

 

 彼女は、何をするでもなく、ただ座ってアヴィを見ていた。

 見ていたのか、ただ顔がこちらを向いていただけなのか。

 

 

「……あなたは?」

 

 アヴィが力の奔流に飲み込まれ、受け入れ、揺蕩(たゆた)う間、ずっとそこにいた。

 声もなく、涙を零しながら。ずっと。

 

 

「わ、私は……」

 

 顔を上げる清廊族の少女。

 髪は短く首のあたりで切られている。その髪の先端が少しだけ内側にくるりと回っているのは癖なのかもしれない。

 

 瞳は赤い。黒髪に赤い瞳は清廊族の一般的な特徴だ。

 

 

「……わ、私を、殺して……下さい」

 

 唐突な要求だった。

 

 

(そういえば)

 

 思い出す。

 初めて母さんと会った日のことを。

 

(私も、そうだった)

 

 人間を食らう黒いモンスターを眺めて、自分の番を待っていたのだ。

 今思えば何とバカなことを、と。

 

 

「……いやよ」

「私のせい、なんです」

 

 震える唇で訴える。

 

 アヴィから見れば、少し年下の少女だろうか。

 清廊族は見た目で年齢がわかりにくいが、同族であれば少しはわかる。

 

「私のせいで……あなたの、お母さん、が……」

 

 ずっと見られていた。

 アヴィが泣き喚いていたところからずっと見ていたのだと。

 

 少しだけ、決まりが悪い。

 

 

「……違う」

「だって」

「違うわ」

 

 この少女が、最初に魔物を見つけたと報告したことは知っている。アヴィも見ていたのだから。

 

 だが、同じ境遇だったアヴィにはわかっている。

 あの首輪をつけられて受ける命令に、どうあっても抗えないことを。アヴィは吐き気がするほど思い知っている。

 

 この少女のせいではない。

 

 

「あなたは殺さない」

 

 けれど許せるかと言われたら、感情の整理が追い付かないところもある。

 この少女がいなければ、母さんの最初の奇襲は成功して、やつらを撃退できていたかもしれないのだから。

 

 そう考えてしまうアヴィの目から、彼女の首の傷跡がどうしても離れてくれない。

 

「あなたを救ったのは、母さんだから」

 

 首を、指さす。

 首輪を解かれた首を指さして、頭を横に振る。

 

 母さんが生かしたのだ。この少女を。

 

「あなたも、母さんの子よ」

 

 アヴィの為に、生かした。

 ただその場に居合わせた清廊族の少女を、アヴィの為に助けた。

 

 

「わ、たし……」

「死ぬなら、母さんの為に死んで」

 

 無駄にしない。

 残してくれたものは全部、何一つ無駄にしない。

 その為に生きている。その為に生かされた。

 

 

(わかってる、母さん)

 

 その遺志を受けることがアヴィの生きる意味なのだと。

 

 

 まだ膝を抱える少女の前に立ち、言い放つ。

 

「殺すのよ」

「……」

 

 言葉にした。

 

「殺すの」

 

 もう一度。言葉に舌。

 

 

「人間を、殺す」

「こ、ろす……人間を……?」

 

 鸚鵡(おうむ)に返す少女に向けて、はっきりと頷いた。

 そうすることで、アヴィの瞳にも道が見えてくる。

 はっきりと。

 

「この大陸の……世界中の全ての人間を殺す。滅ぼす」

「ほろぼす……」

「その為に生きて、死になさい」

 

 

 握り締めた手に爪が食い込む。

 言いながら、我が身に刻む。

 小さな白い手に、その思いを刻みつけた。

 

 

「人間を、一人残らず殺す」

 

 

 そうしたら。

 天井の割れ目から覗く空を見上げる。

 

 そうしたら――

 

(全部殺したら、母さんのところに行くからね)

 

 

 ――お前の幸せを願っている。

 

 

「全部、殺すから」

 

 その為に力を託されたのだと。

 すれ違う想いに気付くこともなく、清廊族の少女はそう誓う。

 

 

「あなた、名前は?」

「……ルゥナです」

「アヴィよ」

 

 母さんの子。アヴィとルゥナ。

 母さんがこの世界に遺してくれたもの。

 

「母さんの為に、ぜんぶ殺すの」

「……はい、わかりました……アヴィ」

 

 昏い穴蔵の底で、手を取って誓った。

 

 

 

 その日、黒涎山は崩れた。

 

 そこにいた何者かの力だったのか、地殻の活動などによるものだったのか。

 探索に向かっていたという勇者たちの消息と共に、黒涎山の風穴は地の底深くに消えさった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

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