【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】 作:大洲やとこ
落下の衝撃で四散した粘液を集めるように地べたを這いずる。
四散してしまったメラニアントの死骸を食べながら。
こういうのも新鮮だと良いものなのか、今までよりも多くのエネルギーが吸収できている気がする。
小さな石もあった。このアリも仕留めるとこの石を生成するらしい。
三つのそれを食べると、先ほど削られて減った分以上のエネルギーになったように思えた。
(……これか)
落ちていたメラニアントの残骸に、手の部位を見つける。
掌の表面はかなり硬い質感で、尖った棘が大量に突き出している。それだけではない、全体的にヤスリのようにざらついていた。
肘から上のような形で残っていたそれを持ってみて、壁に当ててみる。
からくり人形の腕のようなそれで壁を撫でると、岩の壁の表面があっさりと削られる。
アリなのだから、こうやって巣穴を掘っているのかもしれない。
かくんかくんと力なく揺れるそれを遊ばせる。
鉄よりも硬そうな手で、手招きするような動きで対象を削る。
単純で対処が難しい攻撃方法だ。魔法であれば喋らせなければ済むとわかるが、これは正面からの力押しで敵にダメージを与えられる。
そして数が多い。
今は奇襲と崖からの逃走でうまくいったが、いつもいつもうまくいくとも限らないだろう。失敗すれば死ぬのはゲイルの方だ。
(どうしたものかな)
かくんかくんと、その腕を振る。
これを利用するか?
いや、相手の方が手が多いのだから、物量の差でゲイルが不利になるのは目に見えている。
なら諦めて、あのアリに構わず細々と生きていくか。
それでも構わないのだが、対処方法がないのは不安だ。いつかどこかで囲まれたりするかもしれない。
(……)
考える。大した知恵はなくても、考えることくらいしかない。
かくかくと手を振りながら。
(……?)
筋がある。
手首の内側に、非常に太い筋がいくつか。
試しに切れるかやってみるが、かなり強靭な繊維になっていて断ち切るのに手間がかかりそうだった。
岩をも削るような手首の動きを支えるのだから、当然といえば当然だとも思うが。
(反対はそうでもないか)
手首の内側は、手招きする時に使う筋で非常に太い。が、その反対――手首の甲の側は、それほど太くはない。
とはいえ、繊維の強靭さは同じくらいだ。細い分だけ断ちやすいかもしれないが、それなりの強度はあ
る。
(ワニと同じかな?)
◆ ◇ ◆
せっかく思いついたのでもう一度試すことにした。
また数週間なのか数か月なのか、天井で襲撃の機会を待った。
学習能力がどの程度のものなのかわからないし、コミュニティ内での情報の共有がどうなっているのかもわからない。
だが、一定以上の時間が経てば、ここで襲撃されたという事実を記憶していることはないらしい。
同じ場所で同じシチュエーション。逃走ルートが確立されている場所で実験した方が安全なので。
前回と同じように自由落下からの捕殺。
一度ゲイルの体内に取り込んでしまえば、中で暴れられてもあまり問題がない。プールの中でもがいているようなものだ。
そうやって中に取り込んだメラニアントの体と首の節目を捩じり切っている間に、他のアリたちがゲイルの体表面を削り出す。
ここまでも前回と同じ。
違うのは――
「――っ!」
削ろうと伸ばしてきたアリの手を、より奥まで突っ込めるようにゲイルが踏み込むこと。踏み込む足はないので這い寄る。
思ったより入り込んでしまった手を抜こうとするメラニアントだが。
(一度掴んでしまえば、そこまで簡単には抜かせないんだよ)
ゲイルには痛覚がない。いや、炎に焼かれると痛いのだからまるでないわけではないが、物理攻撃的なものに対しては痛みを感じない。
だからこその思い切った行動。
(んで、たぶんこっち側に)
痛くないとは言え、メラニアントの手はヤスリのようにゲイルを削り取ろうとするし、反対側からじょりじょりと削られている。
放っておいていいわけではない。
(よいしょっと)
掛け声に意味はない。気分的な問題。
メラニアントが手繰り寄せようとする動きと同じ方向へ、その手首の関節を強く曲げる。
ぺきん、と。
バッタの足を捥ぐかのような、或いはカニの足を折るかのような音が響いた。ゲイルの体内に。
反対の手も同様に、ペキッと。
メラニアントの方も痛覚はないようで、自分の手首の節が折られたことがわかっていないようだった。
ゲイルがそれを解放すると、くたんと力を失くして揺れている手で、今までと同じようにゲイルを削りとろうとしてくるが。
(まあ、ほとんど無力化したか)
手首を返す力がちゃんと伝わらないので、きちんと手繰っていた時に比べたら半分どころか十分の一程度の攻撃力になっていた。
(強敵であれば敵の拳を折る。これぞゲル道の極み)
同じように他のメラニアントも手首を折っていく。
彼らは手首を内側に引っ張る力は強いが、反対は弱い。抵抗が出来ない。
ワニの咬合力――口を閉じる力は非常に強いが、開ける力は弱いというのと同じ。
また手首のように関節駆動部は固い外殻というわけでもないので、カニの足の節を折るようにゲイルの力で圧し折ることが可能だった。
手首を折られて、なおも手を振り回しながらゲイルに群がるメラニアントの集団。
さながら駄々っ子の集団に囲まれた人気の保母さんというところだろうか。
(いや、お母さんじゃねえって)
自分の考えた例えにツッコミを入れつつ、ゲイルは順番にそのアリンコたちを食していった。
◆ ◇ ◆
対応手段を確立してしまえば大した問題ではなかった。
メラニアントはこういう種として進化を遂げてきたわけで、急にそれが通用しなくなったからと習性が変わるわけでもない。
今までは洞窟内の食料を奪い合う関係だったゲイルとアリは、食う者と食われる者という関係に変わってしまった。
食料としてみれば、アリは非常に優秀だった。
探さなくてもたくさんいるし、エネルギー的にも大きい。
ゲイルが捕食することで徐々にアリは数を減らして、別の生き物が増えていった。
衣食住が満たされると人の心は緩む。
そうでなくともゲル状の体はたるみまくり。
衣については関係ないが、少なくともゲイルが生きるのに必要なものは揃っている。
だから油断していたのだと思う。
(物音……足音か)
人間の足音だ。
洞窟の割と深い場所に。
どうせ入ってこないと思い込んでいたので気にしていなかったのだが、永遠にそういうわけでもない。
(だけど)
気になる。
こんな奥まで侵入してくるというのは、何も考えていないバカなのか。そうでなければ――
(それ相応の実力があるってことかも)
可能性があるのなら、悪い方を想定して動く。
ゲイルにとって天敵が不在の洞窟――大トカゲは足音でわかるので常に回避している――で食っちゃ寝生活に慣れてしまっていた自分の心身を引き締めて臨むことにした。
引き締めたところでゲル状の体に変わりはないが。
◆ ◇ ◆