【完結】這いずり、泥を啜って…… 【最後まで人外転生】   作:大洲やとこ

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G09.拾いもの

 

 パーティ『奸猾(かんかつ)の骨』は三人組のパーティだ。

 呼び名の意味は本人たちも知らない。

 ただ悪そうな呼び名で、人が彼らをそう呼ぶのを面白く思い好きにさせた。

 

 ギエロ、アレク、ブーン。

 彼らの名を聞き歓迎する人間は少ない。つまり嫌われ者。

 だが彼らを拒絶する者もほとんどいない。拒絶できるような力がない者が大半なのだから。

 

 強い。

 強くて乱暴。強いから粗暴で横暴。

 欲望に忠実で、享楽を好む冒険者たち。

 

 彼らの実力は新大陸中央ではそれなりに有名で、またその悪評も同じく広まっていた。

 

 

「あそこの宿の娘か、ありゃあハズレだったな」

「田舎町なんてあんなもんだろ。むしろあの母親の方がよかったぜ」

「おお、たまには年増も悪くねえや」

 

 ぎゃははは、と下品な笑いを上げながら進む。

 

 

 洞窟内でそれだけの声を上げていれば十分に響くのだが、彼らは気にしない。

 アレク、ブーン、ギエロはそれぞれ場数を踏んだ使い手で、特に誰が何を担当という決まりもない。

 

 彼ら四人……彼らの感覚でいうと三人と一匹は、新大陸開拓後も長く放置されていた魔境黒涎山(こくせんざん)に来ていた。

 

 

「おい! グズグズするな、屑が!」

 

 舌打ちしながら後ろから来る小さな人影に怒鳴りつける。

 

「は、い……」

 

 小さな体に大きな荷物を背負った人影から震える声が返された。

 黒髪に赤い目の小柄な彼女は、粗末な襤褸(ぼろ)切れと白い首輪をつけているだけの姿で彼らの後を追う。

 

「ちっ、使えねえ影陋(えいろう)族の小娘が」

「そんなこと言っておめえが一番使ってんじゃねえか、ブーンよぉ」

 

 ギエロの下卑た笑いに、言われたブーンも歪んだ笑みを返す。

 

「そりゃあなあ。せっかくの道具だ、使わねえことはねえだろ」

「十年以上も使ってて飽きねえもんか?」

「馴染んだ道具ってとこだな。お前だって使ってんじゃねえか、アレク」

 

 ぎゃははと笑い声が響く。

 

 

 と、その次の瞬間に、闇の中を一閃が走った。

 

「――っ!」

 

 かちり、と。金属音が小さく鳴る。

 (つば)を鳴らしてギエロの剣が収められると、どさりと重い音を立ててそれは倒れた。

 

「またロックモールかよ」

 

 切り落とされたのは人間より一回りほど大きな茶色の獣。

 

 少し深いダンジョンではよく見る魔物だった。

 かなり強靭な筋力を持つ巨大なモグラに似た魔物で、針金のような体毛が生半可な刃は受け止めてしまう。

 ギエロの剣はそれなりに見事な逸品であり、ギエロの腕もそれに見合うものだった。

 

 

「本当にグィタードラゴンなんているのか。おい!」

 

 ギエロが声を発すると、遅れていた人影が慌てて走ってくる。

 荷物を下ろして、息絶えたロックモールの胸部をナイフで裂くのだが、ロックモールの肉は硬く切りにくい。

 

「……ちっ、愚図が」

「ここらで休むか。半端な敵ばっかりでちぃと色々と有り余ってきちまったわ」

 

 三人の下衆な笑い声に、魔物を切ろうとする彼女の腕がひどく震えていた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 四人の侵入者は明らかに今までの人間よりも強かった。

 いや、強いのは三人で、残る一人は荷物持ちというか雑用係というか。不遇な扱いを受けている。

 

 殺したモンスターの死骸の胸を切り裂き、小さな石だけを回収して進んでいったが。

 

 

(この先で()()()っていうか、むしろ戦闘よりはしゃいでるんじゃないか)

 

 楽しんでいるのは三人だけ。受ける一人は声を押し殺そうとしながら嗚咽を漏らしていた。

 男の下卑た笑い声と、少女のすすり泣き。

 望んでの関係ではない。

 

 

 胸糞が悪い。

 ゲイルは彼らが残していったモンスターの死骸を消化しながら、彼らの様子に感情の波が揺れるのを感じた。

 

 

 彼らは悪党だろう。決して善人ではない。

 善人ではないが、その強さは相当な水準にあると思える。彼らが倒したモンスターは弱くはない。

 

 数の力でメラニアントに絶滅寸前まで追い込まれていたが、個としての戦闘力で言えば確実にメラニアントよりも強い。

 それを苦も無く一撃で倒してしまうのだから。

 

 強さに善悪など関係ないかもしれないが、この洞窟内で弱者が(なぶ)り者にされて地面に転がされている姿はあまり愉快ではない。

 

 地べたに這いつくばり、涙を零している。

 死んだ方がマシだと思っているのだろう。

 

 

(……まあ、そういうこともある)

 

 生きていればいいことがあるなどと、根拠のないことは言えない。虐げられた者に対して言える言葉ではない。

 

 

 救えない。

 

 ゲイルはその弱者を救えないし、この強者どもは誰にも救えないだろう。

 ここには救われない者しかいない。

 

(せめて、ゼロにはしてやれるか)

 

 マイナスの日々よりはマシだと。

 

 

(別に関わる必要はないんだけどな)

 

 遊び疲れたのか眠る彼らと、わずかな(すす)り泣きの音。

 陰惨な仕打ちを受けても、その下衆どもから遠く離れようとはしない。

 

 何かに縛られているのかもしれないし、この洞窟内で力のない者が一人でいるというのは、それはそれで想像しがたい恐怖でもあるだろう。

 

 ランタンの光の届く中で(くつろ)ぐ三人と嘆く一人。

 ゲイルは、いつも以上に慎重に壁を這いながら、静かに彼らの近くまで移動していった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 気が付いた偶然が幸いした。

 男たちの一人の持ち物が、少し覚えのあるものに似ていた。

 

 視覚はないので音や振動で形状を把握しているのだが、その男だけは尖った刃を持たない棒状の持ち物を所持していた。他の男が身に着けている長細いものは鞘のような空洞に収まっているけれど、それだけ違う。

 剣でも槍でもない武器。かつてゲイルに痛みをもたらした炎を生み出した武器と似たもの。

 

 杖。

 おそらく魔法の道具。

 

(知らずに仕掛けてたらまた燃やされてたか。危ないな)

 

 彼らの強さがずっと昔にここに来た連中より上だと言うのなら、あの炎以上のずるい力を遣えるかもしれない。

 今のゲイルの生命を脅かすほどの()()を。

 

 あらゆる敵の中で、ゲイルにとって最も警戒すべき敵は魔法使いだ。

 

 

(あの子だけ殺して逃げるって選択肢もあったんだけどな)

 

 死を望む者にそうしているうちに、魔法使いに気付かれる可能性は非常に高い。

 ゲイルの存在に気付けば、魔法使いはきっと魔法で攻撃してくるだろう。

 

 彼らの同行者を盾に……してみたところで、彼らは躊躇(ちゅうちょ)しないような気がする。

 それが自分たちがゴミのように扱っている者であっても、他の者であっても。自分の安全より優先はしない。

 そういう人種だ。

 

 

 

「……うぁ」

 

 男の一人が眠りながら呻いた。

 

 こんな状況でよく眠れるものだと感心するが、彼らはかなり優秀な冒険者のようだ。

 ゲイルのように、壁をゆっくりと這ってくるような生き物以外なら、その足音ですぐに察知できるのだろう。

 

(なんでだろうな)

 

 不思議に思う。

 危険を冒す必要はない。何の義理もない。このままやり過ごしてしまってもいいはずなのに。

 彼らの会話の中で聞いてしまったからだ。

 

 

 ――影陋(えいろう)族の小娘が。

 

 

 彼らはこの被虐待者のことを、影陋族と呼んでいた。

 偶然なのだろうが、それはかつてゲイルが自らの名としていたものの響きと近かった。

 

 劣悪な環境で醜悪な扱いをされているそれが、自分の名と似ている。ただそれだけ。

 気まぐれのようなものだ。

 

 

(ま、一応の対処方法は知ってる)

 

 魔法使いだというのなら魔法を使わせない。最初に潰す。

 魔法を使うには、何かしらの言葉が必要らしい。

 

 他の連中の物理攻撃がどれほどのものなのか、どんな手段があるのかわからないが。

 なぜか今だけは、生存本能よりも自分の興味関心を優先させようと思ってしまったのだ。

 

 

 張り付いた天井から。

 魔法使いの頭上からの自由落下。

 それだけでことは足りる。少なくとも最初のこの一人は。

 

 ちょうど息を吸い込むタイミングだった男の鼻の穴に、ゲイルのゲル状の体の一部が吸い込まれた。

 

 

「ふごぉっ!? ぼぐぇっがぁお、っかひ……」

「なんだ⁉」

 

 ゲイルの攻撃の一拍後には既に彼らは戦いの姿勢に移っていた。

 剣を構える男と、ゲイルの姿を確認して何か荷物を漁る男。

 

「お、おいアレク!」

 

 剣士が魔法使いに呼びかけるがもう遅い。

 ゲイルの体は魔法使いの喉まで達していた。

 

 全力で喉の辺りを捩じり切ると、魔法使いの手から力が失われ、目や耳、鼻から血のような何かが(ただ)れ落ちた。

 

 

「ちぃ、ブラックウーズごときが!」

 

 剣士の男から目にも止まらぬ一閃が放たれる。

 

 最初からゲイルは視覚がないので見えるわけではないにしても、その一撃が非常に速かったことはわかる。

 大きく切り裂かれたゲイルの体。

 だが、どろりと戻ればまた繋がるのだ。

 

 

(いや、思ったより吹っ飛ばされたか)

 

 剣圧というのか、一振りでいくらかの体組織が吹き飛ばされてしまった。

 正面からやり合うのはまずいかもしれない。

 

「くそっ、デカすぎてコアがわからねえな。鬱陶(うっとう)しい」

 

 連続で攻撃されたら困ると思ったゲイルだったが、男は剣での攻撃が無駄だと思ったようだ。

 まあ洞窟は暗く彼らの周囲にしか灯りはないのだから、ゲイルの体積がどうなったのかなど見えなかったのだろう。

 

 切ってもすぐに元通りに繋がるということだけが印象に残った。

 

 

「ブーン!」

「こんな所で使うたぁ、仕方ねえか!」

 

 剣士ではない方の男が、荷物から出した何かをゲイルに向かって投げつける。

 何か、植物のような……?

 

 

 ――ジュウウゥウウゥゥゥ!

 

(痛い! やばい、これは――っ!)

 

 それに触れた部分が焼け落ちる。

 ゲイルの体が、激しい苦痛と共に減らされた。

 

 

「よぉし、効果ありだぜ!」

 

 彼らの声は明るさを取り戻す。

 

 

(くそ、ちくしょうが……こんなものを……)

 

 ゲイルの心中から怨嗟(えんさ)の声が溢れる。音は出ないけれど。

 

 ゲイルの身を焼いたものは、知っている。

 かつて生まれた水の中で、ゲイルをそこから追い出したのと同じ草だ。

 微かに光る水草。その枯草のようなものだった。

 

 

「神洙草様様だな。やるぞブーン!」

「おぉよ!」

 

 一気に攻勢に出ようと剣士はランタンを手にした。

 

「これでも食らっとけ!」

 

 投げつけられる。

 避けられるほど敏捷ではないゲイルは、投げられたランタンから溢れる液体と、そこに回った火で体表を焼かれる。

 

(痛い……痛い)

 

 痛みに体が震える。

 ゲル状の体が震える。

 

「効いてるぜ! こいつ炎に弱い!」

 

 その通りだ。

 炎に弱くない生き物なんているのか。ああ、大トカゲはそうかもしれない。

 

 だが、この程度なら我慢できる。

 神洙草とやらも、所詮は出涸らしの末端。新鮮な()()の痛みに比べれば我慢できる。

 

 

「コアを焼けば死ぬだろうよ」

 

 剣士が振りかぶる。

 (かわ)せないのはいつものことだ。

 だから、いつも通り受け入れる。飲み込む。彼の腕ごと。

 

「うぁ、うっぎゃあああぁぁぁ!」

 

 全力で消化した。

 ランタンの消火はどうでもいい。油がなくなったら勝手に消える。多少の痛みがあってもどうでもいい。

 ゲイルにとって脅威だったこの剣士の腕を消化する。溶かす。

 

「お、俺の腕があぁ!」

 

 抜かれた。

 表皮を溶かした辺りで、腕を抜かれた。

 

 体内に彼の剣だけが残っている。

 剣士はとりあえず脅威度が下がった。そうするともう一人だが。

 

「ぎ、ギエロ……ひ、ひぃっ」

 

 先ほど神洙草などという不愉快なものを投げつけてくれた男は、二人の仲間の次に自分がターゲットになったことを悟ったらしい。

 完全に逃げ腰の状態で、溶かされかけた腕の痛みに喚いている仲間とゲイルを見比べた。

 

 

「あ、や……俺はごめんだぜ!」

 

 逃げるだろうと思っていた。

 思っていたが、追い付ける速度はない。ゲイルにそんな俊敏さはない。

 

 だが、逃げるとわかっていたなら準備も出来る。

 魔法は使えないし急にジャンプなども出来ないが、出来ることだってある。

 

 体内に飲み込んだものを、ぷっと勢いを込めて吐き出すことくらいは容易いこと。

 

 力を込めて、たとえ刃が自分の体の中を切りつけていった所で、このゲル状の体には関係がない。

 狙いを定めて、逃げ出す男の背中に向けて、体内に残っていた剣を射出した。

 

 

 どす、と。

 良い剣だったのだろう。素晴らしい切れ味で男の背中に吸い込まれ、胸まで貫いた。

 

「が。ふぁ、んで……」

 

 何か呻いて倒れる男。

 ゲイルはゆっくりと這いずりながらその男の所に――

 

 

(……いない)

 

 腕を消化した剣士の姿がなくなっている。

 自分が奪われた剣で仲間が死んでいる間に、別方向に逃げていった。

 

 

 気づいてはいたがどうしようもなかった。

 既に剣は射出してしまっていたし、他に体内にあるのは魔法使いの死体だけ。

 魔法使いの持ち物に短剣などがあったことに気が付いたのは後のことで、少なくとも剣士の姿が見えているうちには対処の方法がなかった。

 

 追いかけても追いつかない。

 あれが無事に洞窟を抜けられるのか知らないが、昔も同じようなことがあった。当時も一人は逃がしてしまった。

 

 体の大きさや強度、小技など出来ることは増えているものの、俊敏さに関しては当時と何も変わらない。

 そういう生き物なのだから、今日はこの成果で十分だと思うことにしよう。

 人間二匹とその荷物。それと――

 

 

「あ……」

 

 膝を抱えたままゲイルを見上げる小さな生き物。

 普通の人間の女の子に思えるが、彼らはそういう扱いをしていなかった。

 

 ゲイルの体に回っていた火が消えて、辺りが暗くなる。

 けれど、彼女の目にはゲイルの姿が見えているようだった。隙間から差し込む月明かりのせいだろうか。

 

「……」

 

 逃げようともしないし、怯えもしない。

 ただ、真っ直ぐにゲイルを見上げていた。

 

 

「……母さん?」

 

 何から生まれたんだ、この子は?

 

 

 このゲル状生物を見てその感想はないんじゃないのかとゲイルは思うのだが。

 そういう出生だから人間扱いされなかったのだと言われれば納得しないでもないが。

 

 

「母さん……」

 

(だから、母さんじゃねえって。別にいいけど)

 

 それがゲイルとアヴィの出会いだった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

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