激しく耐え難い痛みは頭からやがて全身に伝播していく。
感覚器官がいかれたのか、何度も上下左右が入れ替わり、地面が消えて底なしの奈落に落ちていくような感覚が襲い掛かる。
耐え難い苦痛にあらぬ限りの苦悶の声を出しているはずだがその声は全く聞こえない。
脳みそが焼けきれる程の熱を頭から感じ、声帯が張り裂ける程の振動を喉から感じ、そして、頭蓋を何かが突き破る感覚がした。
俺は煉獄に耐えきれず、意識を手放した。
ネフィリムと化した焔は空を見上げたまま、完全に沈黙し微動だにしていない。
人という種からでる音とは思えない苦悶に満ちた咆哮が響いていた数舜前と、同じ空間とは思えぬ静けさである。
幾億もの戦場を駆け抜けたミカエルは、このような状況では僅かな物音が開戦の合図になる事を知っていた。
故に、最大限の注意を払って慎重にネフィリムの様子を見つめていた。
彼は忌み子が前回より凶悪に進化しているのを肌で感じ取っていた。
…彼に何をした?
ミカエルは様子見に大鷲に相手させようとゆっくりと手を上げて指示を送ろうとした。
ルシファーがミカエルに向かって手を振り下した方が速かった。
ネフィリムがミカエルをもってしてぎりぎり判断が間に合った程の速度で突進した。
飛び上がって回避したが、ネフィリムは跳躍してミカエルに拳を振り下ろし地面に叩き落そうとした。
ミカエルは楯で拳を受け止めたが、ネフィリムが空中でのしかかってきたので、重量を支えきれず垂直に落下を始めた。きりもみしながらもミカエルは優位に立とうと抵抗を試みたが、圧倒的な力で手足をホールドされてしまいなす術なく地面との接触を待つのみとなった。
そこへ、ルシファーが両手をドリル状のスピアーに変形させて突っ込んできた。
ミカエルを貫く直前、ルシファーは襲い掛かってきた大鷲を避ける為に攻撃中止を余儀なくされた。
ネフィリムはミカエルへの拘束を止め、大鷲に飛び掛かった。
大鷲の背に乗り首を絞めるネフィリムをミカエルが盾で殴り飛ばす。
その隙をついたルシファーがスピアーで、ミカエルの脇腹を狙うが長剣で切先を逸らされる。
戦いが乱戦となりつつある事を感じたミカエルは、ルシファーの顎を剣の柄で殴りつけると大鷲の背中に飛び移った。
ルシファーは出血した口元に手を触れて治癒し、ネフィリムは地上に落下し怒りの叫びを上げている。
ミカエルは剣で自らの手首を切り、流れ出した血を大鷲に飲ませた。
大鷲が雄叫びを上げると、辺り一体は眩い光に包まれた。
…大鷲を進化させるつもりか。
ルシファーは劣勢に陥った事を察した。
果たして、光が消えた後にそこにあったのはさらに巨大化し、百獣の王たる獅子の半身を手に入れた大鷲の姿であった。
その姿は正しく伝承上の生物、グリフォンであった。
ミカエルはグリフォンの首に手を添えて何事か呟くとルシファーに剣の切先を向けた。
ルシファーはそれを一騎打ちの挑戦と受け取った。
ミカエルが飛び立つと、グリフォンは地上から己を睨みつけるネフィリムへと急降下した。
猛禽類が獲物を捕らえるのと同様にグリフォンは鉤爪をネフィリムに突き刺さんと前脚を突き出した。
ネフィリムは両腕を開いてグリフォンに向けて突き出し、腰を低く落として踏ん張る様な姿勢をとった。
グリフォンはネフィリムが自らと力比べするつもりかと思い嘲笑った。
急降下で速度がついているグリフォンと地上にいるネフィリムでは比較にならない事を、グリフォンは与えられた知性で認識していた。
地上まで僅かとなった時、ネフィリムがバネの様に跳躍しグリフォンの両翼を掴むと同時に頭突きを繰り出した。制御を失ったグリフォンはネフィリムと揉み合いながら落下した。
もうもうと舞う土煙が収まると、そこにはネフィリムに首を絞められながらも激しく暴れ回るグリフォンの姿があった。
グリフォンは獅子の半身の力をもって、ネフィリムに首根っこを掴まれたまま疾風の如く走り出した。
そして、採石場の崖にぶつかる直前に急停止する事でネフィリムを振り解き、ネフィリムは崖に頭からぶつかった。
「Gugaaaaaaaaa!」
グリフォンはネフィリムが己の様な知性を忘れ、獣の様に暴れ回るだけだとミカエルに言われた事を実感した。
たとえパワーでは劣っていたとしても、主に与えられた知性がある限りこちらの方が優勢だと感じたグリフォンは、ネフィリムを罠に誘い込む事にした。
グリフォンは飛び立つと崖の上に降り立ち、ネフィリムに向けて岩を蹴り落とした。
ネフィリムは降って来た岩を掴むと投げ返したが、グリフォンはひらりといとも簡単に避けてみせた。すると、ネフィリムはグリフォンが予想した通り、跳躍して崖の上に到達しようとした。
崖下から姿をみせたネフィリムに向かってグリフォンは頭突きしながら空へと飛び立った。
ネフィリムは振り落とされまいと必死にしがみついている。
グリフォンはこのまま空中で旋回し叩き落としてやろうと考えていた。
何かが炸裂した音が聞こえた。
それを認識した瞬間、不可視の矢が飛んできてグリフォンの胸に命中した。
ネフィリムはグリフォンに一瞬の隙が出来た事を見逃さなかった。
自身の頭にある二本角をへし折ってグリフォンの脳天に突き刺した。
グリフォンとネフィリムはもつれ合いながら地面に叩きつけられた。