楽しいお散歩
「お前達、何しに来た?」
不機嫌さを隠そうともせずにルシファーが言った。
ミカエルは相変わらずニコニコしたまま答えた。
「いや、昨日の非礼をお詫びしたくてね。焔君には酷い目に遭わせてしまったし。本当に済まない。」
「殺そうとした奴に言われても…」
「その件についてだが」
十字架を首から下げた神父の格好をした男が俺の台詞を遮る様に言った。
「今後我々は君たちに危害を加える事はしない。少なくとも神が新たな御命令を下すまでは。」
「「は?」」
俺とルシファーは初めてハモった。
「どう言う風の吹き回しだ?」
「それはだな」
「歩きながらにしないか?何処かへ行く所だったのだろう?」
ミカエルが神父の言葉を遮って言った。
ミカエルはジーパンに白い半袖のシャツというかなりラフな格好をしている。
最初の時は小学生位の姿だったが、今では成熟した美しい少女と言った感じで何とも心臓に悪い。
そう言えば、心なしかミカエルは以前よりフランクになった気がする。
元より敵と言うには些か距離が近かったが前にも増して距離が近くなった。
「朝食にするつもりだったんだ。」
俺がそう言うとミカエルは顔を覗き込む様にして聞いてきた。
「じゃあご一緒しても良いかな?」
チラリと横目にルシファーを見ると射殺さんとばかりにミカエルを睨みつけている。今度は神父の男の顔を伺ってみるが微笑を浮かべたまま微動だにしない。
「えぇと、ご一緒したいのは山々なんだが。金が無くてね。」
「それなら問題ないよ。お金なら自分達で出すから。」
何とも驚きだ。ルシファー以外の天使も自前の稼ぎ口があるとは。
もしかしてこの場で無職なのは俺だけなんじゃないだろうか。
そんな想像すら浮かび上がってきて俺は寒気がした。
と言うか先程からミカエルが全く空気を読めていない。
折角俺が上手い事場を納める断り方をしたと言うのに。
そして神父は全く役に立たない。
俺の中で天使達の評価が固まりつつある。歪な感じに。
「お前達は勝手に別の場所にすれば良いだろ。」
「君は黙っててくれないか。私は焔君と話しているんだが。」
またしても驚きだ。ルシファーからミカエルへの態度は兎も角、ミカエルからルシファーへの態度はもっと友好的だった筈だ。
そんなに昨日の一件がミカエルの心境に影響を与えたのだろうか?
「で、どうかな?何なら君の…君達の分も奢ってあげるよ。」
正直かなり有難い話だ。ここ2、3日の間に貯蓄が相当減った。
にも関わらずルシファーは金を持っているくせに自分で払おうとしない。
ルシファーの顔色を伺うと俺の心境を察してか、今度は俺を睨みつけてくる。
一瞬、断ろうかと思ったがよくよく考えれば悪いのはこいつな訳だし偶には痛い目を見てもらおうかと思い直した。
「あぁ、じゃあ是非ご一緒してくれ。」
そう言うとミカエルは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、じゃあ早速行こうか。ガブリエルも来るだろう?」
どうやらあの神父はガブリエルと言うらしい。
これまた有名な天使だ。確かミカエルが七大天使とか自称していた気がするがその一人かもしれない。
「私もご一緒して宜しいか?」
ガブリエルは俺にそう聞いてきた。
結構律儀な性格なんだろうなと俺は思いながら答えた。
「あぁ勿論だ。」
「ありがとう。」
後ろから凄い殺気を浴びせられている。
正直ちびりそうだ。
「そうと決まれば、ほら早く行こう。」
ミカエルが俺の手を取ってぐいぐいと引っ張っていく。
多分、側から見れば微笑ましい光景なんだろうが俺は寒気が止まらない。
ガブリエルはルシファーと横に並んで歩き出した。
ミカエルは俺の手を引っ張りながら先頭を進んでいっている。
道を知っているのは俺だけの筈なんだが。
ルシファーは俺に殺気を向けながら、私不機嫌ですと言わんばかりに大股に後ろを歩いている。ガブリエルはその横で相変わらず微笑を浮かべたまま、一言も喋らずに付いてきている。
ミカエルは何故か俺と手を繋いであれこれ質問してしたり、自分の話を聞かせてくる。
前々からお喋りな奴だと思っていたが、今日はいつにも増して饒舌だ。
ふとこいつと俺は昨日まで殺し合いしていたんだよなと思い出して笑った。
「?どうしたんだい、突然笑って。」
「いや、あんたらと俺達って昨日まで殺し合ってたんだよな。」
「あぁ、済まない。軽率だったかな。」
ミカエルは繋いでいた手をぱっと放した。
「あぁいや別に…いや、そうだな。あんたは俺にとって許せない事をした。今更仲良しこよしって訳にはいかないな。」
俺は大鷲に殺された女の子の事を思い出して言った。
「あぁ。でも謝らないよ。私たちにとってはそれが与えられた使命なのだから。」
「…これからもネフィリムを殺すのか?」
「それが神の意思だからね。」
「なら何故俺は許されたんだ?俺だってネフィリムだ。」
「それは君が」
瞬間、途轍もない悪寒を感じると共に目の前からミカエルが消えた。
そして、ギュンッという風切り音と共に直前までミカエルの首があった位置にルシファーの手刀があった。
数秒の硬直の後、慌てて周りを見渡したがミカエルの姿は何処にもない。
まさか…
「っとと…今のは結構危なかったよ。」
真上からミカエルの声がした。
見上げると電柱の上にミカエルがズボンの埃を払いながら立っていた。
「私の口が滑ったのが悪いけど。そんなに聞かせたくないのかい?」
「黙れ。」
ルシファーは地獄の鬼でも震え上がるのではないかという様な声でそう言うと、俺の首根っこを掴んで引き摺りながら歩き出した。
俺は抵抗したら殺される様な気がしたので、文句一つ言わず大人しく引き摺られる事にした。
後ろからミカエルとガブリエルは付いてきている様だが一言も喋らない。
完全に空気が死んだまま目的地についた。
どういう訳かルシファーは目的地までの道のりを知っていた様だ。
道中、何人もの通行人が通りすがったが、ルシファーの異様な雰囲気に飲まれたのか何も言わずに通り過ぎていった。
目的地について席に座ってからも唯の一度も会話は無かった。
ルシファーは勿論、反対側に腰掛けたミカエルもガブリエルも押し黙って俺を微笑みながら見つめているだけだ。
ルシファーの不機嫌オーラに当てられたか、他の客も次第に喋らなくなった。
店内の空気が完全に死んでいた。
注文を取りにきた店員のお姉さんは異常な程声も体も震えていた。
めちゃくちゃ申し訳ない気分だった。
運ばれてきた料理の味はしなかった。
ミカエルは美味そうにしていたが。