女性が入っていった解体現場はかつてそこにあった建物の骨組みだけを残して伽藍としていた。
建物は柱が複雑に噛み合っていて、3階位はありそうだった。多分古い病院か何かだったのだろう。
人の気配は全く無いが、恐らく今後使う予定だろう重機が幾つかと仮設トイレや作業員が集まるであろうプレハブが敷地の脇に並んでいた。
プレハブ小屋には灯りがついておらず、誰もいないのだろうと思った。
女性は迷いのない足取りで進んでいった。
俺は彼女を追って柱の影に隠れながらゆっくりと後をつけていった。
女性は突然身に纏っていた服を脱ぎ出した。
えぇぇ…美人なのに露出狂かよ…
よく漫画などではこう言う状況になると主人公は興奮したりするもんだが、実際露出狂に出くわすとドン引きするのだと思い知った。
なんと言うか、美人だから許されると言うのは正しくはあるのだろうが美人だからこそ残念だとも言える。
しかしこんな所で露出しても見る様な奴は現れないだろう。まぁ今回は俺がいるのだが。
そんな事を思っていると上の方からこーんと何かが金属にぶつかった様な音がした。
彼女が見上げた先に俺も視線を移すとそこには小さな少女がいた。
柱の上にやけに綺麗に立って彼女を見下ろしている。
おいおい、あんな所にいたら危ないだろ。
と言うかどう言う状況なんだよこれ。
少女が口を開いた。
「まさか、まだ生きていたとは。」
何だこれ?映画の撮影か?でもカメラマンもスタッフの姿も何処にも見えないな。
「どう言う事だ。主は私に人間を滅せよと命じられた筈。」
「私達は君を殺せと仰せつかった。そして人間は殺すなと。」
「私は主に不敬を働いた覚えは無いのだが。」
「そうかな。心当たりはあるだろう?」
うーむ。コイツらさてはやばい奴だな?見つかる前にとっとと退散しよう。
「例えば…そこで盗み聞きしていた男とかな。」
あっ。これマズいヤツか?
しかし、彼女の心当たりが俺って言うのはどう言う事なんだ?
もしや、彼女は俺の記憶が無くなる前に関わりがあったのか?
「…そこの男。早く立ち去れ。さもなくば死ぬぞ。」
もう何も分かんねぇよ。
「逃すと思うか?その男は殺しても良い方だ。」
「それを私が許すと思うか?」
「…やはり主の仰る通りとなったな。兄弟を手にかけるのは気分が良いものでは無いのだが。」
この頭のイかれた連中、ここで殺し合いでもするつもりか?
どう見ても少女の方が不利だと思うんだが…
少女の背から本人の背丈を優に超える翼が生えた。
俺が視認出来たのはそこまでだ。
気付いたら露出狂の方に抱えられて宙に浮いていた。
脳が、本能が警笛をガンガン鳴らしている。
早く逃げないと絶対やばい。死ぬ。
空気がびりびり振動した。アイツが来る。
翼を畳んだ少女型の化け物が突進してくる。よく見えないが足が猛禽類の如く鋭い鉤爪になっている様だ。あれ食らったら余裕で死ねる。
頼む、露出狂。俺の生死はアンタに掛かっている。
露出狂は俺を抱えたまま素早く身を翻して突進を避けた。
…まず、一言断っておくと私は別に露出狂では無い。
一瞬、実際に喋ったのかと思ったがそうじゃないらしい。
コイツは俺の精神に直接語りかけてきた。
「なンなっだ、アッタら」
何なんだアンタらと言いたかったのだが、高速で空中を移動し出したのでちゃんと喋れなかった。
話は後にしよう。先ずは彼から逃げなければ。
彼?彼女じゃ無くて?
ってかアンタはアレに勝てないのか?戦いに来たんじゃ…
…兎に角話は後だ。
女はあちらと違い翼を生やさずに空を飛んでいる。
スーパーマンか何かだろうか。そもそもこれが夢か俺が見ている幻覚か何かならまだそっちの方がマシなもんだ。
人生初の空中での追いかけっこが始まった。いや記憶が無いので本当にそうかは分からない。
コイツらが俺の知り合いだったのなら、初めてでは無かったのかも知れないが。
だが多分、コイツらは間違いなく俺の記憶に関係がある。
「ミカエル!この者を巻き込むな!」
「主は仰った人間を殺すなと。」
「ならば何故この者を狙う?」
「それは君自身が1番知っているだろう?」
「…」
何だかよく分からんが俺はこの露出狂に巻き込まれただけなのか?
「しかし、随分と君も甘くなったものだ。」
「…!しまっ」
腹が突然熱くなった。
脇腹に手をやると何かが突き抜けているのが分かる。俺を抱えた女も口から血が垂れている。
女の背後から女を俺ごと槍の様なもので貫いた様だ。
どうやって正面にいた化け物が後ろから槍を刺したのか。
それ以上思考が回らず女ごと地表に落下した。
自分の体がばらばらになる音を聞いた。