まずい事になった。
ここまで巻き込むつもりはなかったのだが。既に男の体はほとんど原型を留めていない。
そこら中に手足や骨、破裂した内臓とその内容物やらが血溜まりと一緒に散らばっている。
頭部も叩きつけられたトマトの様にぐしゃぐしゃになっている。
ミカエルは上空からこちらの様子を伺っている様だ。
前回、死んだと思わせておいて逃亡した訳だが、今日ばれてしまったので同じ手は通用しないだろう。
それに、私がここにおびき寄せるのに使った兵士がいるはずだ。
私はその存在を感知してここに来たのだから。結果としてはまんまと嵌められた訳だが。
手負いでミカエルと兵を同時に相手するのは分が悪すぎる。
無論、兵士単体など私の相手ではないのだがミカエルが厄介だ。
ただでさえ慎重な彼だが、前回の件で尚更慎重になっている様だ。
「さて、どうしたものか。」
光を掲げる者があの男と墜落して暫く様子を伺ったが微動だにしていない。
男の方は即死しているだろうが、彼があんなにも簡単に終わる筈がない。
彼は私達兄弟の長だった。前回も今回同様背後から不意打ちを食らわせたのだが、どういう訳か2週間そこらで完全に回復していた。本来の姿のままなら何らおかしくはないが、人間の姿になったのなら回復力は普通の人間と…父が創り上げた原初の人間と変わらない筈。
もし、本来の姿に戻って回復したのであれば我々が気付かない筈がない。聡明な彼がそんな愚策をとるとは思えないし、事実、我々は彼の存在を感知出来なくなっていた。
…前回と姿が変わっているのでそこに仕掛けがあるのかも知れないな。
一応、確認でかの者達を殺すための兵士を放ったのだが、まさか生きていたとは。
しかも、態々姿をさらしながら現れたのも謎だ。
一体何を考えている…?
突如、眩い光が差した。
彼の存在が健在であると感知できる。
回復の為に本来の姿に戻ったのか。
…慎重になりすぎたな。だが、今が好機だ。
本来の姿に戻った彼がそのまま戦闘を行えば、この土地やここに住まう者達に甚大な被害を与えてしまう。彼がそれを良しとする性格でないのは、長い付き合いで知っている。
兵士と同時に攻撃すれば限りなく弱らせる事が出来る。
山林に身を隠しているよう命じていた兵士に指示を送った。
梟と人間の融合した姿の鳥人が羽ばたきながら光源に向かって突撃した。
光を掲げる者以外の反応が現れた。
しまった、罠かッ!
だが、どうやって…まさか、あの男を?
暖かい光に包まれている感じがした。
ここが死後の世界なんだろうか。だが、途轍もなく力が湧く感覚がある。
死んだのに力が湧いてくるなんて変な話だ。死んでから力が漲ってどうすると言うのだ。
目を覚ませ…今が目覚めの刻だ…
声が聞こえる。どこか懐かしい声だ。
俺は一体どうなっているんだ。ここはどこなんだ。俺は一体…
何かがものすごい速度で近づいて来るのが分かる。
今なら例えあの化け物少女だろうと倒せる気がする。
俺は手を伸ばした…
突如現れた巨人に鳥人兵は首根っこを掴まれていた。
ぐぐっと苦しそうに呻いている。首筋からめきめきと音を立てているがまだ息はある様だ。
「Guraaaaaaaaaaaaaa!」
巨人は両手に掴んだ鳥人兵を掲げて咆哮した。
月明かりに照らされてその姿がはっきりと見えるようになった。
背丈は優に2メートルを超え、光の輪が頭上に輝いている。
目は白銀の光を灯し、山羊のような角が前頭部が生えている。
「ネフィリムッ!」
ミカエルは端正な顔を歪め、憎々しげに言った。
鳥人兵は何とか離れようともがいている。
両の翼を広げ、四肢の鋭いかぎ爪をネフィリムの腕と腹に突き立てた。
「Gaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
怒りに包まれたネフィリムは首から手を放して両翼を掴んだ。
そのまま力を込めながら左右に引きちぎろうとする。べきべきと翼の付け根が歪な音を立てた。
鳥人兵はさらに抵抗を激しくした。ばたばたと何とか拘束から逃れようとしている。
ぶぢぶぢぶぢと翼がもがれ、支えを失った鳥人兵はぼどりと地に落ちた。
「ぐおがぁぁぁぁ」
翼を失った鳥人兵は悲痛な叫びをあげた。
止めを刺そうと近づくネフィリムの右肩に槍が刺さった。
「忌々しい忌み子め。」
ミカエルは何処からか取り出した巨大な弓に槍をかけて矢として放った。
肩に刺さった槍を無理矢理引き抜いたネフィリムは、接近する飛翔物に向かって槍を投擲した。
ミカエルの第二射とネフィリムの返した槍は正面からぶつかって双方とも真下に落ちた。
「おのれっ。」
「しかし随分と君も甘くなったものだ。」
真後ろから女の声がした。
「…!しまっ」
ミカエルの腹を槍が貫いた。