ミカエルは力を失った様にふらふらと墜落した。
ミカエルの背を光を掲げる者が踏みつけている。腹部に突き刺さった槍が昆虫標本の様にミカエルの動きを封じ込めていた。
「ぐっ、かはっ」
ミカエルは激しく吐血した。
光を掲げる者は冷たい表情でミカエルの胸部に足を振り下ろした。
「ぶぁっ、うぇっ」
ばぎっと音と共にミカエルの肋骨が何本か折れた。
折れた肋骨が肺に突き刺さりミカエルは悶え苦しんだ。
「づっ、う…随分と残虐じゃないか…君らしくもない…あぐっ」
「…今なら見逃してやるが。」
「ははっ、殊勝な事で…はっ、ぐっ…良いだろう、今回は手を引こう。」
「二度と姿を見せるな。」
光を掲げる者はゆっくりとミカエルの胸から足を下した。
「ははっ、確約はできないな…」
ミカエルは腹部に刺さった槍を掴むと、小柄な体躯に見合わぬ力で無理矢理引き抜いた。
そして、引き抜いた槍を杖替わりにして、ふらふらと立ち上がり腹に空いた大穴に手を触れた。
「やはり人間の体は脆いな…本来の姿なら、勝てはせずとも負けないのだが。」
「負け惜しみか?戦場にもしは無い。君ならよく知っていると思うが。」
「…」
「…何だ?」
「…いや、何でもない。私は一旦天界に戻る事にするよ。報告しなければならないし。」
「さっさと失せろ。」
ミカエルは眩い光と共に本来の姿になった。
人間にとっては直視すれば失明は免れない程の光だが、光を掲げる者にはいつもより僅かに弱々しく見えた。
ミカエルの光球は一瞬にして天へと昇って行った。
「…さて、どうしたものか。」
光を掲げる者の背後から、鳥人兵の首をぶら下げたネフィリムが睨んでいた。
俺はどうなってしまったんだろうか。
全身から溢れ出る力と脳に木霊する本能の命令のままに人を殺してしまった。
視界は何だかかすんでよく見えないが、これまでにない程研ぎ澄まされた五感によって、近くにもう一人いるのが分かる。さっきまでは二人だったがどこかへ消えてしまった様だ。
殺せと本能が叫んでいる。俺はそれにさからえない。
また、殺してしまうのだろうか。あの怪物みたいな女がいてくれれば。
あるいは今俺が狙っているのがその女ならば、俺を止めてくれるだろう。
もう一人に近づいてみると、そいつは下着しか着けていない女の様だった。
間違いなくあの女だ。
「Gugaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
人ならざる者と化した俺が咆哮する。
女はこちらに背を向けたまま、こちらを振り返ろうともしない。
俺は跳躍した。
人間の限界をはるかに超えた跳躍力によって、10何メートルかにも到達し、落下の勢いに合わせて女の頭に先にもぎ取った一人目の犠牲者の頭をぶつけようとした。
ぶつかる直前、女がおもむろに手を伸ばし、迫りくる俺の握った頭を掴んだ。
ぐしゃりと女の手が掴んだ頭を握りつぶした。
そのまま滑らかな動きで、鮮血に染まった右の平手を俺の腹に添え、左手を内側に強く引いた。
そして、強化された俺の五感をもってしても捉えられない速度で左拳を突き出した。
何かの拳法の動きだったかと俺の中の冷静な部分が思った。
「ごばぁっ」
口から勢い良く鮮血が迸った。
内臓が破裂する音を初めて聞いた。
いや、直近で一回聞いた気がする。
「ふんっ!」
俺の体が飛ばされるよりも早く女が回し蹴りを放った。
今度こそ思い切り吹き飛ばされ、敷地を囲っている壁に激突した。
普通ならそのまま病院行きだが、今の俺の体はまだ動ける様だ。
「Gugaaッ!」
ぶつかった壁をけって女との距離を一気に詰める。
右手を振りかぶって顔面を狙う。女は空手の開き構えの様に構え平手を突き出した。
俺の渾身の右ストレートはあっけなく受け止められた。
「はっ!」
腹部に膝蹴りを受けた。
何度目かの体内からの破裂音が聞こえた。
再び口から鮮血が噴き出た。もしかしたら死ぬかもしれない。
脳も体も限界を迎えつつあるあるが、本能だけがまだ戦えると闘志を見せている。
俺はクラウチングスタートの体勢で息を整えようとする。
女が隙を見せたらいつでも走り出せるように。
女は構えを解いてゆっくりとこちらに近づいてくる。
今ッ!
俺は砲弾の様に真っ直ぐに飛び出した。
女の姿が消えた。
俺はさっきまで女がいた場所に着地した。何も無い。
強化された聴覚が風を切る音を真上から捉えた。
見上げると女が俺の頭目掛けて足を振り下ろしたのが見えた。
女に真上からかかと落としを食らわされた。
俺は意識は暗闇に包まれた。