全く突然のことだったので、何が起きたか理解する暇もなく地面に叩きつけられた。
がりがりと音を立てて膝や肘を擦った。傷口から血が流れているのを感じる。幸い、神経が麻痺してまだそんなに痛くない。
だが、手足を激しく擦ったと言う事は、新調したスーツがボロボロになってしまった様だ。
…最近、ろくな目に合わないな。
ふと冷静な自分がいる事に気づいて苦笑した。
ここ数日の間にもう散々な目にあってるからなぁと思う。
悲鳴を上げる体に鞭打って無理矢理顔を上げると、翼竜ではないかと思う程の大鷲がいた。狙い澄ました様に此方をじっと見つめている。
右脚の鉤爪には赤黒い液体がベッタリとついている。
あの女の子は?どうなった?
俺と殆ど変わらない距離にいた筈だ。
俺は仰向けに倒れたまま大鷲の後ろを覗いた。
女の子は元いた場所と殆ど変わらない位置でぐったりと横になっていた。だが首より上にあるべきものが無くなっていた。
奴の鉤爪の血は俺では無くあの女の子の物だった。
っ、この野郎!
頭の中にカッと火がついた様な感覚が走った。
俺は怒りに任せて何とか立ち上がろうとしたが上手く踏ん張れず体勢を崩し後ろに倒れかけた。
その瞬間を待っていたかの様に、大鷲は翼を広げると地面を蹴り上げて俺に突っ込んで来た。
そして、両脚の鉤爪が俺の両肩に深く食い込んだ。
「ぐがぁっ」
鎖骨が両断され粉々になった。
肩の肉にずぶりと食い込んだ鉤爪が肉も神経もぐちゃぐちゃにしてしまっている。
両腕に力を入れてみるが、ぴくぴくと僅かに反応するだけで殆ど動かなくなってしまっている。
大鷲は大きく翼を羽ばたかせ、俺を掴んだまま大空へ舞い上がった。
足をばたつかせ抵抗を試みるが、抵抗むなしく地表はどんどん離れていく。
肩から流れ出た血が腕を伝って指先から地面へ落ちていく。
大気の抵抗に体がぐわんぐわんと激しく揺さぶられる。
視界が暗転し俺は意識を失った。
暗闇の中に光が差した感じがして目が覚めた。
辺りを見渡すと人気のない採石場の様だった。
「ここは…。俺はどうなった…?」
「目が覚めたかね?」
聞き覚えのある声がした。
声のした方に首を向けると、採石場の崖の上でミカエルが座っていた。
以前より幾らか成熟した姿をしているので、一瞬誰か分からなかった。
ミカエルの真後ろに俺を連れ去った大鷲が佇んでいる。
「お前っ、お前がやったのか!」
「主語を省かれては何の話か分からないだろう?」
ミカエルは足をぶらぶらさせながら言った。
「とぼけるなっ!お前の後ろの大鷲が女の子を殺したろう!」
「うむ。確かにそれは私が命じた。間違いない。」
「何故だ⁉お前は誰もが知る天使何だろう?なぜ何の罪もない子供を殺した⁉」
俺は両肩の痛みも忘れて声を荒げた。
「罪か…君と同じく存在する罪だよ…」
「まさか…あの子も、あの子が言っていた友達も…?ただそれだけで…?」
ミカエルは足をぶらぶらさせるのを止めると、ぴょんと十何メートルもある崖を飛び降りた。
「“それだけ”では済まないのさ。神は君たちを疎んでおられる。」
「なぜ存在してはいけない⁉」
ミカエルは俺を見つめると突然、ふっと笑った。
「何が可笑しいっ⁉」
「いや、すまない。先の問いは彼に聞いてみ給えよ。」
「彼…?」
「光を掲げる者の事だよ。…少し話し込んでしまったね。本題を話そうか。」
ミカエルはこちらに近づいて来て、俺の両肩に手を添えるとミカエルの手のひらが光りだした。
両肩の傷がみるみるうちに塞がり、肉と骨が急速に修復されている様だった。しかし、尋常でない速度で回復している為、俺は今まで感じたことがない程の痛みにさらされ、叫び声をあげながらのたうち回った。
ミカエルは暴れまわる俺に手を焼いていたようだったが、暫くするとゆっくり手を離した。
「これでもう大丈夫だろう。すまなかったね、手荒な真似をしてしまって。」
「はぁっはぁっ…何が目的だ…?」
「うん、ちょっと確かめたいことがあってね。まぁ、呼び出してのこのこ現れる程、君は馬鹿ではないだろうし。彼も一緒に来るだろうからね。罠を張らせてもらったんだよ。本当は私自身が囮になろうかとも思ったんだが、我々天使は名を偽れないからね。すぐにばれてしまうだろうから。」
ミカエルはニコニコしながら言った。
「…で?確かめたいことってなんだよ?」
「まぁそうせかさないでくれよ。ちょっと待ってくれ。すぐに準備するから。」
ミカエルは俺から離れると深呼吸して、何やら手を複雑に動かし印を結びだした。
「こういう時、当世では何て言うのが流行りだったかな?…ああ、そうだ。」
ミカエルは印を結んだまま、真剣に此方を見据えて言った。
「では、お見せしよう。変身。」
ミカエルの全身が眩く発光したと思いきや、背中から6枚もの翼が生えてきた。
頭上に光り輝く輪が現れ、眼球の強膜は黄金に、瞳孔は青く輝きを放ち出した。カジュアルな衣服は消失し、白銀に輝く軽装の鎧と純白の衣を身に纏った。最後に伸ばした両手が何も無い空間を掴むと右手に長剣、左手に天秤が出現した。
俺は呆気に取られてその変身を見つめていた。
凄まじく荘厳な光景に完全に気圧されていた。
変身を遂げたミカエルは左手の天秤を俺に向けて言った。
「汝、真名を述べよ。」
「俺は…焔。明星焔だ。」
カチンと天秤が傾いた。