長谷川千雨の過負荷(マイナス)な日々   作:蛇遣い座

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9時間目「ストーカー行為は嫌われるぜ」

休日の私の日課はハッキングである。つい先ほども、制作会社に入り込んで、放送前のアニメやドラマの動画を無断でネット上に大量に貼り付けてネタバレしてきてやったところだ。アーティファクトである『力の王笏』を使えば、一般の会社のセキュリティなど素通り同然。一通り遊び終わった私は、外へ出掛けるために着替え始める。今日はひさしぶりに遠出の予定があった。

 

「さーて、行くとするか」

 

私が向かったのは世界樹の前の広場。憩いの場として様々な人の集まるそこには、演舞のように流麗な組み手を行う少女たちの姿があった。チャイナ服に身を包んだ褐色の少女とツインテールの少女が鋭い突きを交わし合っている。

 

「神楽坂、古菲 !そろそろ時間だぜ!」

 

集中していたためか、声を掛けると驚いたように二人が振り向いた。組み手を中断してその場へ腰を降ろす。タオルで汗を拭きながらこちらへ声を返した。

 

「千雨ちゃん!もうそんな時間?」

 

「ちょっと待ってて欲しいアルヨ」

 

最近、神楽坂は暇を見つけては古菲に中国拳法の指導を受けていた。ネギがあの男に師事するようになってから、その影響を受けたのか格闘技の稽古に励んでいるようだ。元々、運動神経抜群の神楽坂である。格闘技にも天稟があったのか、メキメキと中国拳法の腕前も上達していった。と言っても、私には格闘技のことなんて分からないんだけどな……。

 

「ほら、そろそろ行くぞ」

 

「はーい。わざわざ迎えに来てくれてありがとね」

 

「……通り道だったから、ついでに寄っただけだよ」

 

「もう、千雨ちゃんったら素直じゃないんだから」

 

「本当だって!私をそんな安いツンデレキャラにしようとするな!」

 

馴れ馴れしく頬を指で突く神楽坂の手を、邪魔そうな表情で振り払う。どうもこいつら、私のことを根は善良だと勘違いしている節があるな。それはマイナス性を抑えているのだから当然かもしれないが、だけど一度正面から敵対したことがあったはずだろーが。これがプラス思考ってやつなのか、と呆れと共に首を横に振った。

 

 

 

 

 

それから数分後、私たち三人が到着したのは図書館島。例のアルビレオとやらの住まう地下空間である。しかし、そこには誰もおらず、無人の部屋だけが出迎えてくれた。

 

「んーと、誰もいないけどどうすればいいアルか?」

 

呼び出されたにもかかわらず、呼び出した主であるネギが居ないという事態に古菲が困惑の声を上げた。そういえば、こいつがここに来るのは初めてなのか。しかし、私達はすでにネギの元へ行く方法を知っていた。古菲を案内するように私と神楽坂はある地点へ向かって歩を進めていく。床に視線を落とすと、そこには幾何学模様を描いた魔方陣が光り輝いていた。

 

「これは何アルか?」

 

「転移魔方陣だ。異空間へと繋がってる。ここは魔法の練習には不便だからな」

 

魔方陣の中心に足を踏み入れた瞬間、私達の身体が光に包まれた。視界に映る光景が一変し、鮮烈な青色が飛び込んできた。スカイブルーの青空とエメラルドグリーンの海。ここは黄金の砂浜の広がる真夏の海岸であった。

 

「はー、これが魔法アルか」

 

「何回来てもすごい場所よね」

 

雄大な自然を前に二人とも感嘆の溜息を漏らす。そこへ背後から声が掛けられた。

 

「ようこそ。お待ちしていました」

 

「アルさん!こんにちは!」

 

真夏にも関わらず、分厚いローブに身を包んだアルビレオがこちらへ挨拶してきた。例によって、この男の精神を覗くことはできない。

 

「この人がネギ先生の師匠アルか。あんまり強そうには見えないネ」

 

「ふふっ……私は体術は専門ではありませんので」

 

微妙に失望したような表情を見せた古菲に苦笑するアルビレオ。戦闘狂として、彼女は以前から魔法使いと戦いたがっていたのだ。しかし、目の前の男から『気』の強さを受けなかったことから、隠された実力を見抜けないようだ。……もちろん、私も理解なんてできていないんだけど。

 

「他の方はもういらっしゃってますよ」

 

先導されて向かった先には、肩で息を吐きながら浜辺に寝転んでいるネギと、その周りで世話を焼いている数人の水着姿の少女たちがいた。

 

「あ!待ってたよ、みんな……ってあれ?くーちゃんも魔法知ってたんだ~」

 

「ハルナも来てたアルか。私は最近仮契約ってのをしたばかりなんだけどネ」

 

こちらに手を振って挨拶をする早乙女ハルナと、一緒にいる綾瀬と宮崎。いつもの三人組である。彼女達もいつの間にかネギと仮契約していたそうで、そのため今日は呼ばれたのだった。「南の島でのバカンスを楽しんで欲しい」という名目だが、実際のところはネギの従者を見ることがアルビレオの目的だろう。

 

「個人的には海よりは山派なのですがね。せっかくなので夏に先駆けて海水浴を楽しんでください」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

「ありがとうございますです」

 

外見からは分かりにくいが、宮崎と綾瀬も結構楽しんでいるようだ。ちなみに宮崎の水着は、誰かの入れ知恵でもあったのか、ある意味では本人にお似合いの白いスクール水着だった。

 

「ほら、千雨ちゃんもくーふぇいも着替えて遊ぼ!」

 

「そうアルね!」

 

「お、おい。引っ張るなって……」

 

待ちきれないといった風に、神楽坂が私の手を引いて海辺の別荘へと走っていく。この異空間では時間の流れが遅いんだから、そんな急がなくたっていいのに。そんな言葉は誰にも届かずに西洋風の屋敷へと連れ込まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

降り注ぐ太陽の光の下、青のビキニに着替えた私だったが、海へは行かずにビーチで再開したネギの修行を観戦することにした。体力馬鹿のあいつらに最初から最後まで付き合ってたら、筋肉痛になること請け合いだからな。遠くの方ではしゃいでいる連中の声が耳に届く。砂浜に刺したパラソルの下、ベンチに寝転がると、視線を対峙した二人へと向けた。

 

「さて、それでは修行を再開しましょう。今回は実戦形式です。私を倒せたら合格とします」

 

「はい!」

 

「今回の対戦相手は――」

 

数メートルの距離を置いて告げられる言葉に、ネギは真剣な声で返す。そして、ローブの男の手に出現した本を開いた瞬間――

 

「なっ……!?」

 

――ローブの中の顔がクラスメイトの古菲のものへと変化した。

 

これはアルビレオのアーティファクトの効果だ。特定の人物の外見的特徴および身体能力の再生。ローブの中の彼女の顔には、似つかわしくない柔和な笑みが浮かんでいる。そのまま両足を前後に軽く開き、先ほど広場で見たものと同じ中国拳法の構えを取った。

 

「行きますよ」

 

直後、その場からかき消える古菲。いや、これは中国拳法における高速移動術であるところの活歩だ。たしか前にそんなことを話していた気がする。この男は身体能力だけではなく、身体に染み付いた技までもを模倣できるのか……!一瞬にして懐に潜り込んだ彼女から、流れるようにしなやかな突きが繰り出される。

 

――馬蹄崩拳

 

あまりに鋭い突きにネギは反応すら出来ない。呆然とそれを見つめるだけだ。小柄な少女の姿からは想像もできないほどの重さの拳が、ネギの鳩尾へと突き刺さり――

 

――感触もなくその身体を貫いた

 

「これは……幻惑魔法ですか」

 

離れた場所にネギの姿が現れる。幻覚を見せられたのだ。それを認識し、冷静に少女の口からつぶやきが漏れる。直後、その身体がぐしゃりと地面に叩きつけられた。凄まじい勢いで砂浜が円形に潰される。

 

「ぐっ……そして、無詠唱の重力魔法、ですか……。覚えが、早くて…結構ですね」

 

その身体が高重力で潰れ、捩じれ、軋む。苦悶の声を漏らす少女に容赦なく掛けられる魔法は数秒間ほど続き、その効果を終わらせた。もはや戦闘不能だろう、と思われた少女だったが――

 

「ごほっ……!」

 

再び瞬間移動でもしたかのようにネギの前に出現した少女は、その拳を深々と腹へと突き刺していた。重すぎる一撃にドサリと膝から砂浜に崩れ落ちる。そこで勝負は決着となった。ローブの中の顔が男のものへと戻る。

 

「中国拳法には『硬気功』という肉体を強化する技があります。彼女の防御を貫くには、無詠唱では連射性と威力がわずかに足りませんでしたね」

 

「……はい」

 

アルビレオは落ち込んだような表情で俯くネギの頭に手を置いた。

 

「落ち込むことはありませんよ。無詠唱の重力魔法と幻惑魔法の使いどころは見事でした。古菲さんは接近戦の専門家です。彼女を相手にここまで出来れば、魔法使いの弱点である近接戦闘もある程度克服できたと言えるでしょうね」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「明日からは魔法使いの本分である大威力魔法の講義を始めます。ナギの使っていた魔法も教えてあげますよ」

 

それを聞いて、嬉しそうに年相応の笑みを浮かべるネギ。それにしても、実力の上昇率がハンパじゃない。師匠が優秀というのももちろんあるのだろうが、ネギ自身の天才性、プラスの絶対値は測り知れない。

 

「はぁ~、あいかわらず滅茶苦茶だね。CGでも見てるみたい。こんなの見せ付けられて、創作意欲が湧き上がってこなきゃ嘘だよ」

 

「そうかい。ま、この空間は時間の流れが遅いから、向こうじゃほとんど時間経過ないしな。夏コミ用の原稿でも書いてたらいいんじゃねーの?」

 

「そうだね~。修羅場になったら使わせてもらおっと」

 

早乙女がパラソルの下の影に潜り込んできた。いつの間にか休憩に入ったようで、私の横たわるベンチに連中が集まってくる。優雅な時を過ごしていた空間が、騒がしい女子校の教室の雰囲気に変わる。どうやって用意したのか、かき氷や焼きソバまで準備されており、まさに一足早い夏といった感じだ。私もトロピカルドリンクのグラスのストローに口を付ける。

 

「ふぅ……平和だな」

 

「そうですか?」

 

私の口から漏れたつぶやきに反応したのは、黒のワンピース型の水着に身を包んだ綾瀬だった。先ほどまでとは違って、その表情はわずかに暗い影を孕んでいる。何事かと思って聞き返すと、少し躊躇うような素振りを見せたのち、重苦しそうに口を開いた。

 

「先日、日本屈指の名門校のひとつ、水槽学園が廃校になったそうです」

 

「へー、ってあれ?水槽学園って確か千雨ちゃんの……」

 

以前、球磨川さんのことを話したのを覚えていたのだろう。神楽坂が驚いたような表情を見せる。それを聞いて、周囲から気遣わしげな視線が向けられた。しかし、それはまったくの見当外れだ。私は誇らしげな笑みを浮かべるのを堪えるのに苦労しながら、そっけなく答えてやる。

 

「球磨川さんが通っていた高校だよ。ああ、知ってるよ。むしろ、よくその情報が入ってきたな」

 

「ええ。私の祖父の友人が、その高校で教員をやっていたそうなので。搬送された精神病院にお見舞いに行ったときに聞きましたです。いえ、とても話を聞ける状態ではなかったので、その家族の方からなのですが」

 

「ど、どういうこと……?というか廃校って?」

 

ようやく事の重大さに気付き始めたのか、早乙女の上げた疑問の声もわずかに震えている。そして、それに答える綾瀬の顔は、血の気が引いて青白くなっていた。話すと言う形でさえ関わりたくないとでも言いたげな暗い表情。

 

「地獄ですよ。その高校の全校生徒が残らず心を壊されたそうです。伝統ある水槽学園が廃校になったというのに、どこもニュースになっていないでしょう?それは、誰一人としてその学園で起こった事実を話すことができないからなのです。そして、それほどの大惨事だということです」

 

場が静寂に包まれた。伝聞だけでも分かる。あまりに不気味で理解不能な出来事に、抑えようもない恐怖と不安を感じていた。ただ一人、私を除いては……。球磨川さんの制圧した水槽学園。さぞや地獄の具現とも言うべき、この世のあらゆる不幸を煮込んで混ぜたような学校だったのだろう。残念ながら中学生なので無理だったが、ぜひとも在学してみたかったな。

 

「じゃあ、その千雨ちゃんの片思いの先輩も……」

 

「あ、で、でも……不幸中の幸いというべきか、怪我人はいないようなのです。……いえ、幸いなんて口が裂けても言えないような惨状だったそうですが」

 

私に向けられる、まるで遺族でも見るかのような同情に満ちた眼差し。慌ててフォローをしようとした綾瀬だったが、慰めの言葉を掛けることさえも躊躇われるほどの悪夢だったのだ。

 

「そうだな。幸いなんて絶対に言えないはずだぜ。不幸中の不幸と言うべきだ。怪我人無しで廃校にするなんて、どれだけの偉業なのかお前らはわかっていない」

 

え?と呆気に取られたような視線が集まり、直後にその表情が凍りついた。

 

「はははははっ!マジで素晴らしいぜ!さすが球磨川さん!暴力という最もお手軽で効果の高い手段を使わず、しかも一人の取りこぼしもなく全員を不幸のどん底に突き落とすなんて――!」

 

両手を左右に大きく広げて天を仰ぐ。もはや我慢の限界だ。球磨川さんの偉業を讃えて薄気味悪い声を張り上げ、哄笑する。三日月のように薄く吊りあがった口元には、醜悪で気持ち悪い笑みが張り付いていた。

 

中学を廃校にする際、私は最後の一押しとして、同士討ちという形で生徒同士で傷つけ合わせた。球磨川さんに憧れて始めた学校崩壊という災厄。しかし、強制的に廃校にするにあたっては、生徒達の大半を入院させるという荒業しか思い浮かばなかったのだ。しかし、暴力とは強者(プラス)の専売特許。本来は過負荷(マイナス)の取るべき手段ではない。まさに役者の違いを見せ付けられた気分だった。最低にして最弱。球磨川さんの絶対性、負完全性を改めて教えられたのだ。そして、同時に心の中の恋心が燃え上がる。

 

――私も球磨川さんに滅茶苦茶に壊し尽くされたい。

 

 

 

 

 

 

 

私のマイナス性に当てられて気分が悪くなったらしく、すぐに本日の海水浴はお開きになってしまった。青い顔をしてとぼとぼと帰る彼女達の足取りはおぼつかない。宮崎などは悪寒に震える手足のせいでしばらく歩けなかったほどだった。

 

「悪いことしちまったな。だけど、過負荷(マイナス)の雰囲気だけであそこまで怯えるとは……。小学生の頃はあそこまでじゃなかったはずなんだけどな」

 

だとすれば、この数年間で私もマイナス成長を遂げているのかもしれない。強く、賢く、勇敢になるような正(プラス)方向への成長とは真逆。弱く、醜く、卑怯になるようなそれは、球磨川さんの隣に立つのに相応しいものだろう。

 

「球磨川さんの隣に立てるような立派な過負荷(マイナス)にならねーとな」

 

すっかり日が沈んだ夕方の空を眺めながら、女子寮への帰り道をひとりで歩いていく。休日であるためか、時間のせいか、周囲には人の姿はない。しかし、隠れている気配があった。足をピタリと止める。

 

「出て来いよ。ストーカー行為は嫌われるぜ」

 

そう言って振り向いた瞬間、格好付けた言葉も虚しく――私の全身があっさりと大量の液体に包まれたのだった。

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