長谷川千雨の過負荷(マイナス)な日々   作:蛇遣い座

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23時間目「斬り殺す方がもっと」

投票開始から数時間が経過して、ただいまの選挙会場はガラガラの状態だった。重苦しく嫌な沈黙が投票所に流れている。そんな女子中等部の体育館を覗きながら、私と朝倉は予定通りといった風に頷いた。

 

「今のところ、この投票所を訪れた生徒は皆無だよ。ま、それも当然だね。あんな派手で醜悪なパフォーマンスをやったんだし。どんな馬鹿な生徒でも、たとえ小学生でさえ、私達に投票することの危険性は理解させられたはずだよ」

 

「つっても、時間の問題だぜ。秘密を握られている以上、最終的にはこちらに投票せざるを得ないんだからな」

 

「そうだね。だから、これは時間が問題なんだよ。選挙演説を観た連中は、わずかな希望を待っているだけ。つまりは――」

 

私の口元が歪み、気持ち悪い笑みが顔に浮かぶ。

 

「私達が誰かに潰されるのを待っている」

 

放送中に私達に攻撃を仕掛けてきた連中。魔法使いに期待しているのだ。それゆえの静観。それが、私達に投票する決断もできず、かといって学園側に投票する勇気も持たない一般人(ノーマル)の結論だった。どちらにも投票せずに、ただ成り行きを待つという消極策。

 

「つまり、選挙終了までこの場を死守すればいいって訳だね」

 

「そうだな。学園側からの刺客はどうだ?」

 

「来てないよ。やっぱり学園の危機よりも魔法界全体の危機の方が重要みたいだね。ほとんどの魔法先生は超の対応に回ってる」

 

「そうか」

 

「二人とも……言っておくけど、敵が来たら私は逃げるからね」

 

春日がうんざりしたように口を尖らせる。選挙管理委員である彼女は、この麻帆良本校女子中等部の選挙を取り仕切っていた。というよりも、他の選挙管理委員が逃げ出してしまったせいで、一人しか残っていないとも言った方が正しい。

 

「シスターシャークティがどうしてもって言うから来たけど。まったく逃げ遅れたよ。一人でこんな重労働させられるなんて、本当に貧乏くじだって。選挙管理委員がいないんだし、中止でいいじゃん」

 

「そういう訳には行かねーよ。学園側としてもな。麻帆良学園都市ってのは学生の裁量が強いのを売りにしてるんだ。公式の選挙結果がそんな恣意的な不備によって決まるなんて、かなりの不祥事だぜ。ましてや、明らかに学園に都合の悪い生徒が相手なら余計にな」

 

だからこそ、私達は選挙という学園のルールに則った戦いを挑んだのだ。これで表立って排除することはできなくなる。先ほどのように裏ではこちらを潰そうと動いているのだが、その戦力の大部分は超のアンドロイド部隊との交戦に割かれていた。

 

「あんたを襲撃したガンドルフィーニ先生だって、たぶん超の方を狙ってたみたいだしね。私らのことは放置してくれるとありがたいんだけど」

 

「そのために昨日の武道会で戦力を減らそうとしたんだけどな。ただ、高畑が残ってるのが少し怖いな。魔法使いなだけに、超の相手に回って欲しいところだぜ」

 

「うわー。やっぱり私も逃げておけばよかった。今からでも帰宅していい?」

 

頬を引き攣らせて背中を向ける春日の襟首を掴んで引き止める。こいつがいなくなったら選挙活動自体ができなくなってしまう。

 

「ってか、何で私しか残ってないんだよー!」

 

「お前だけハブられたんじゃねーの?みんなで示し合わせて逃げたっぽいし」

 

私の言葉に、しかし朝倉はやれやれと深い溜息を吐いた。

 

「違うよ。どうも自分では気付いてないみたいだけど、今のあんたのマイナス性は並大抵のレベルじゃないよ。マイナス成長したせいで、正直あんたを見てるだけで寒気がするくらい」

 

「……そこまでかよ。ま、お前は厳密にはマイナスじゃないしな」

 

「今のあんたと正対して正気を保っていられるのは、たぶん魔法使いの中でも一握りの猛者くらいだろうね。一般人なんて論外だよ」

 

「そうか?コイツだって別に平気そうじゃねーか」

 

そう言って春日の方をあごで示す。しかし、当の春日はというと青白い表情で首を振った。

 

「いやいや、……実は結構限界近いっす」

 

「例外は長年あんたと同じクラスで過ごしてきた私達3-Aの生徒くらいだろうね。それでも、過負荷に対応するのは厳しいはず」

 

「奇人変人の吹き溜まり。学園の異常者を選抜した3-Aの連中よりもかよ……」

 

「あんたの固有スキルであり、弱さを司る過負荷(マイナス)――『脆弱退化(オールジャンクション)』。私の感想としては、すべてをなかったことにする球磨川先輩の『大嘘憑き(オールフィクション)』よりもマイナスを体現しているように思うよ」

 

「買いかぶるなよ。ったく、まぁいいや。それにしても他の会場の様子はどうなってる?」

 

そう言って苦笑しながら問い返す。朝倉は数秒間だけ目を閉じると、すぐに答えを返してくれた。

 

「ウルスラも男子本校も問題はなさそうだよ。いまだ敵影無しって感じかな」

 

『欲視力(パラサイトシーイング)』で状況を確認すると、朝倉は安心した様子で息を吐いた。現在、防衛戦力としてウルスラ女学院には高音先輩と佐倉が、男子高等部には桜咲とマクダウェルが、それぞれ控えている。並の魔法使いならば撃退できるだけの戦力はどの拠点も備えていた。

 

「じゃあ、私はちょっと気分転換に歩いてくる」

 

そう言って私は会場を出た。

 

 

 

 

 

 

 

人気の無い廊下へと離れた私は、虚空へ向かって一人つぶやいた。

 

「そろそろ出て来いよ」

 

誰もいない空間、しかし、そこから声が返ってきた。

 

「あら~、気付かれてましたか」

 

「隠れてるつもりかよ。あんなに濃い殺気を撒き散らしておいて」

 

「うふふ、刹那センパイを探してたら我慢できなくなってしまいましたわ」

 

白のゴスロリに身を包んだ小柄な少女。以前、修学旅行で襲撃を仕掛けてきた月詠がそこにいた。おっとりとした口調ながら、その顔には凄惨で狂気に満ちた笑みが浮かんでいる。間違いなくこちらを潰しに来た刺客だろう。

 

「で、あんたは?まさか投票に来てくれた訳じゃねーんだろ?」

 

「簡単に言えば学園側に雇われた刺客ですよ。傷が癒えたらこの麻帆良には来ようと思ってましたから、渡りに船ってやつですね~」

 

とりあえず、非戦闘員である朝倉と春日から引き離すことは成功した。あとはこいつをどうやって撃退するべきか。私は一方的にこいつを知っているが、月詠とは直接の面識はない。この情報量の差をどうやって生かすべきか。

 

「さっき刹那センパイって言ってたな。桜咲の友人か?だとしたら、友達は選べとあいつに忠告したい気分だが」

 

「そんな軽い関係じゃないですよ~。刹那センパイのおかげでこんな気持ちになってしまったんですから、私のこの衝動を収めてもらわんと。あの斬られた感覚、堪りませんでしたわ~」

 

「なんだ、ただの変態マゾ女かよ」

 

「いえいえ、斬られるのも好きですけど、それよりも斬り殺す方がもっと好きなんですよ。刹那センパイの死に顔や末期の叫びが楽しみで、おかげで昨日も寝不足になってまいました」

 

かつて、私が『事故申告(リップ・ザ・リップ)』で心を覗いたときよりも、さらに深く重いマイナス性を感じていた。強烈な殺人衝動。他人を殺すこと、自身が死へ近付くことに快感を覚えるタイプ。しかし、常人ならば震えるほどの狂気を前にしても、私にはかすかな動揺さえ浮かばない。色濃く漂う狂気をそよ風のように受け流していた。

 

「でも、長谷川千雨センパイ。あなたも結構斬り殺し甲斐がありそうですよ。観ましたよ、昨日の試合。刹那センパイの主人とも聞いてはりますし、楽しませてくださいね~」

 

神鳴流剣士、月詠。その実力は非常に高い。かつて桜咲が勝利できたのも、死角から奇襲を行ったためである。逆に言えば、正面から戦えず、不意打ちを仕掛けねばならないほどの強者なのだ。その月詠が二刀の小太刀を構え、自然体でこちらへ歩を進めてくる。その陰惨な笑みを眺めながら、こちらも気持ち悪い笑みを返してやった。

 

「悪いが楽しませてやることはできそうにないぜ。過負荷(マイナス)を正面から相手取って、ロクな目に合うことはねーんだからよ」

 

こうして、人知れず狂者と弱者の戦いは始まった。

 

 

 

 

 

 

 

――そして数分後、辺りは廃墟のような有様へと変貌していた。

 

綺麗な廊下は斬撃や打撃の跡がそこら中に刻まれており、窓ガラスは粉々、むせ返りそうな血の臭いが充満していた。そこに立っているのは一人の少女だけ。

 

「……驚きましたわ~。まさか、――こんなにも弱いなんて」

 

「ぐっ……うぅ…」

 

血塗れでうずくまる私の姿を、つまらないものでも見るような蔑んだ視線で見下ろしている。冷たく醒めた瞳。しかし、そこにはわずかに困惑の色が浮かんでいた。

 

「どうして本気で来はらないんですか~?」

 

私に問うその言葉に対して、息も絶え絶えな様子で見つめ返す。

 

「全然勝つ気が感じられませんわ~。一見、激しく戦っているようで、その実、牽制以上の攻撃はしてきませんし。ただ逃げ回っているだけ」

 

「……だったら…どうだってんだ…」

 

「本気でやってくださいよ~。過負荷(マイナス)と呼ばれるあなたの実力をすべて見ないことには、もったいなくて殺せませんわ~」

 

――予想通り。

 

全身を斬り刻まれ、意識も朦朧としているが、それでも私は生きている。この隔絶した実力差を前にして、明らかに殺す気で掛かって来た殺人鬼を前にして。どうにか生き延びることに成功していた。

 

格下を相手に殺さないという選択肢は本来、殺人狂である彼女には存在しない。しかし、相手が強者ならば話は別。実力の底を見ないまま殺すことは、戦闘狂としての一面が許さないのだ。あえて殺し合いの場で手を抜くことによって、自分自身を実力を隠した強者と偽装していた。

 

「あんた程度の相手に本気になれるほど、安い女じゃねーんだよ」

 

「へえ、そうですか~。楽しみですわ。どこまで実力を隠しとおせるのか。これでも、相手を嬲るのは得意なんですよ~」

 

嗜虐的な表情で刀を掲げる月詠。そして、私は内心で安堵の溜息を吐いた。拷問でもするつもりらしいが、つまりは当分の間は殺すつもりがないと白状しているようなもの。そんな私の安心した顔が気に障ったのか、わずかに苛立ちが表情に現れた。

 

「やっぱり手早く行きましょうか。まずは眼球を抉られるのと、鼻を切り落とされるの、どっちがお好きですか~?」

 

「うーん、目が見えないのは嫌だから鼻を先にして欲しいかな」

 

「そうですか~。じゃあ眼球の方を先ということで。その目玉をぐちゃぐちゃに切り刻んであげましょうか」

 

恐怖心を煽るようにゆっくりと眼球に刃先を突き出してくる。しかし、身体は出血のためか重く、手足がピクリとも動かない。眼前には自分の瞳を刺し貫こうとしている刃が迫ってくろ。それでも、私の顔には気持ちの悪い笑みが浮かんだままだった。眼球の一個や二個で、この圧倒的強者を相手に数十秒の時間が稼げるなら安いもの。負傷(マイナス)を恐れるほどに私の精神はプラスではない。さすがに、自身の死すらどうでもいいとする球磨川さんほどには達観できないが。

 

「……ようやく理解しましたよ。あなたがマイナスと呼ばれる理由を――」

 

この状況にも関わらず、安堵の笑みを浮かべる私の姿を前にして、さらに苦々しげに表情を歪める月詠。もはや苛立ちを隠すこともなく、勢いよく眼球へ向けて鋭い切っ先を突き出した。しかし、その刃は――

 

「なっ!?」

 

 

――一瞬の内に眼前に現れた桜咲の刀身によって受け止められていた。

 

 

反射的に後方へと跳び退く月詠。目の前には息を切らした桜咲の姿があった。それを認めて私は安堵の溜息を吐く。

 

「助かったぜ、桜咲」

 

朝倉が欲視力(パラサイトシーイング)でこの光景を見て、応援に呼んでくれたのだろう。最初から私はそれを信じて時間を稼いでいたのだ。彼女こそが生徒会における最強の切り札。神鳴流剣士、桜咲刹那。

 

「千雨さん……遅れて申し訳ありません」

 

泣きそうな顔でこちらを見つめる桜咲。懐から取り出した札を全身に貼り付けると、途端に痛みが和らいでいく。治癒の術式だろう。それを確認するやいなや、すぐに月詠の方へと視線を向けた。殺意を込めた視線。瞬間、周囲の空気が凍りつくような寒気に襲われた。

 

「月詠、貴様だけは殺す」

 

一言。それだけで月詠の身体がビクリと跳ねた。濃密すぎる殺意。おぞましき恐怖を前に彼女の全身が総毛立っていた。まるで殺意が形を持って存在しているかのような、強烈な死の気配が渦巻いている。何とか手足の震えを抑え込めたのは、彼女の狂気ゆえだろう。引き攣ってはいるものの、興奮した風に上気した顔に笑みを浮かべていた。

 

「は、はは……これは最高ですわ。刹那センパイ」

 

二刀小太刀を握り直し、視認不能な速度で桜咲へと襲い掛かる。まほら武道会で見せた葛葉先生の高速機動よりもさらに速い。

 

「二刀連撃斬岩剣~」

 

双方向から放たれる岩をも砕く強力な斬撃。私では対応どころか反応すらできなかった連撃だ。それは修学旅行での桜咲も同様だっただろう。しかし――

 

「……邪魔だ」

 

――キィンと甲高い音を立てて、二刀の小太刀はそれぞれ真っ二つにへし折れた。

 

「え?」

 

呆然と立ち竦む月詠。理解できないといった様子で桜咲と二刀を交互に視線を動かす。そして、同じく私の方もあまりの圧倒的な実力差に驚愕を覚えていた。修学旅行時の戦闘力は月詠によりも劣っていたはず。いくら全力を発揮したとはいえ、葛葉先生と比較してもは強者であろう彼女に対して、ここまで一方的にできるのか……?

 

「な、なぜ……京都では本気を出していなかったとでも……いや!そ、その刀は!?」

 

月詠が目を見開いた。その視線は桜咲の持つ刀に釘付けになっている。私もようやく気付いた。これまで愛刀としていた「夕凪」ではない。刀身自体が憎悪を発しているかのような禍々しい負の気配。それは、人間なら誰しも抱いている殺意を増幅させたものなのか。桜咲の心の芯から殺意が無限に吐き出されているかのようだ。周囲が異界に変貌したと言われても信じるほどの、濃密な殺意の権化と化していた。

 

「桜咲、その刀は……?凄まじいマイナス性を感じるぜ」

 

「――妖刀『ひな』。京都から奪ってきたこれが、私の新たな愛刀です」

 

以前、桜咲から聞いたことがある。持ち主の実力を飛躍的に上昇させる刀があると。使い手の気の総量を数倍から数十倍に跳ね上げさせるという埒外の日本刀。しかし、その代償として持ち主の理性を奪い、殺意と狂気に溺れさせるといういわくつきの妖刀だと。

 

「それがこの妖刀『ひな』か……。確かに、怖気を覚えるほどに凶々しい」

 

「はははははははっ!刹那センパイ!まさか妖刀を持ち出してくるとは!最高です!さあ、もっと私と一緒に斬り合いましょう!」

 

狂ったような笑い声を上げる月詠の姿に、もはや狂気を感じることはできなかった。桜咲を前にしては常人も同然のマイナス性である。しかし、最後の気力を振り絞って予備の二刀小太刀を抜いた彼女は、不規則な軌道を描いて斬り掛かる。

 

「喰らってください、刹那センパイ!二刀連撃――」

 

「遅い」

 

二刀を振り上げた瞬間、すでに眼前に移動していた桜咲の刀が両方の刀身を粉々に砕いていた。反応すらできずに武器を破壊され、無手となった月詠。死の気配を直感したその顔には引き攣った笑みだけが張り付いていた。

 

「千雨さんに傷を付けた罪、一度殺すだけでは到底足りない」

 

爆発的に増加した桜咲の気によって、重力異常でも起こしたかのように周囲の空間が歪む。

 

「一瞬千撃・黒刀斬岩剣!」

 

 

 

この日、歴史ある麻帆良本校女子中等部の校舎は消滅した。

 

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