長谷川千雨の過負荷(マイナス)な日々   作:蛇遣い座

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25時間目「てめーらの正義感(プラス)なんざ」

高畑先生の襲撃を逃げ延び、命からがら男子本校へと辿り着いた私と春日。マクダウェルの守るこの選挙会場こそが、最後の砦である。しかし、その最後の砦たる男子本校は危機に陥っており、残念ながら安住の地とはかけ離れていた。率直に言うと、多数の生徒達に包囲されている。

 

「ちょっ!おい!どうなってんだよ!?」

 

「……貴様か。どうもこうもない、見ての通りだ」

 

切羽詰った声に静かに返答するマクダウェル。その顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。包囲していた人混みの隙間を、私達は身を隠しながら何とか抜けてきたのだが、その人の数は尋常ではなかった。選挙会場である体育館に入った私と、移動手段である春日。逃げ出せる雰囲気ではないことを悟り、彼女は諦念の滲んだ表情で隅の方に座り込んでいる。そんな春日を無視して、私達は窓の外へと視線を向けた。

 

「先ほどまでは散発的に攻めてきていたのだがな。人数と武器を集結させるようだな」

 

「学園祭が開催中だからって楽しみすぎだろ、あいつら」

 

無論、遊び半分の者など一人もいない。全員が覚悟を決めて集結している。この体育館に続く唯一の扉の前は、殺気だった若者たちがごった返していた。私達は天窓から内部に侵入した訳だが、地上では分厚い扉の向こうに数百を超える人の群れが形成されている。そして、彼らの手には金属バットやハサミなど、思い思いの凶器が握られていた。悪の組織の連中を滅ぼさんと敵意と害意を全身から漂わせており、その怒りは体育館のドアの叩かれる音からも感じ取れた。ドアは今にも破られそうな軋んだ悲鳴の声を上げる。

 

「外の人数も増えてきた。そろそろ雪崩れ込んでくるだろう」

 

「……だけど、なぜ急に攻め込んできたんだ?私の脅迫(マイナス)を克服したとでも言うのかよ」

 

「いや、そうではない。これのせいだ」

 

苛立たしげにつぶやく私の言葉に、マクダウェルはPCの画面を表示することで答えた。それは麻帆良全域において繋がっているローカルネット。麻帆良の学生のよく利用する掲示板だった。そこに大量に貼り付けられていたのは、無惨に崩壊させられた私達の校舎とウルスラの選挙会場の画像だった。

 

「チッ……なるほどな。魔法使いの襲撃で、私達が落ち目なのを知ったのか。弱い者に強気な一般人(ノーマル)らしいぜ」

 

「この映像を流したのが誰かは知らんが、私達にとっては盲点だったな。魔法使いは魔法世界の危機を優先するという読み。確かにこの推測は正しかったが、同時に考えておくべきだったな――」

 

 

――学園の危機に立ち向かうのは、やはり学生なのだと。

 

 

「ただの学生の喧嘩自慢など、本来なら何の戦力にもならん。だが、防衛戦力が私と貴様の二人となれば、かなり効果的と言わざるを得ない」

 

「だな。桜咲や高音先輩がいれば、人数差なんてモノともしなかったろうが。ま、そんなこと言ったってしょうがねーよ。不利な状況なんてマイナスにとっては本拠地(ホーム)みたいなもんだろ?」

 

肩を竦めて答えた私の台詞に同調するように、けたたましい音を立てて体育館の分厚い扉が破られた。とうとう最後のバリケードが破壊されたのだ。凄まじい音量の怒号を響かせながら館内に雪崩れ込む人の群れ。それは堤防の決壊した濁流のように私達を飲み込んでいく。

 

「エヴァンジェリン!覚悟っ!」

 

「死ね!長谷川千雨!」

 

叫び声には殺意すら込められている。私達へ向けて凶器を振り下ろす生徒達。その瞳は底知れない恐怖に濁り切っていた。結局のところ、彼らは私のマイナスを克服してなどいないのだ。ただ、高畑の起こした奇跡(プラス)によって一時的に精神が希望(プラス)に傾いただけ。私達に対する恐怖に目を瞑って、現実から目を背けているだけなのだ。そんな状態で襲い掛かるなんて――

 

「――隙だらけだぜ」

 

連続して鍵による打撃を受け、私の周囲の生徒達は一斉に昏倒した。鍵を突き立て、叩きつけ、意識を刈り取る。極限まで弱体化させ、一撃の下に屠ったのだ。さらに、集団心理の死角を突き、瞬時に多数の男女に鍵を叩きつける。

 

「消え失せろ、貴様達」

 

直後、マクダウェルに殴りかかっていた男女が地面へと叩き落とされた。合気による体術だ。続いて迫る背後からの金属バットを、相手の手首に触れるだけで無効化する。すぐに空中へと投げ飛ばされ横転する男の身体。直後、鈍い音を立てて体育館の床に後頭部から墜落していた。しかし、その惨状を見ても生徒達の暴力の渦は途切れることは無い。波のように間断なく押し寄せる。だが、こちらも伊達に防衛戦力をしている訳ではない。

 

「……邪魔だ」

 

意識の隙や死角を突いて一瞬の内に数人を薙ぎ倒す。私にとっては一対多の乱戦は得意分野だ。そして、マクダウェルの方も賞金首だけあって、同様に多数を相手するのは苦にならないらしい。見る見るうちに周囲に人間の肉体による人垣ができあがっていく。

 

「ここは通さねーよ」

 

気持ち悪い笑みを浮かべながら、私はそう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

――それから十数分後。

 

残念ながら、濁流のような人の渦は、無情にも二人を押し流そうとしていた。

 

「ハァ……ハァ…しつこすぎるぜ」

 

死角や隙の生まれやすい混戦は私の得意分野だ。せいぜいが部活レベルの一般人と比べれば、この状況においてのみ、彼我の戦闘力は雲泥の差である。周囲には二桁もの人間が積まれていた。万全な状態であれば、この場の数百もの生徒達ですら打倒しえただろう。しかし、逆に時間は私達の体力を急速に奪っていた。

 

「消えろや、長谷川ぁああああああ!」

 

殺意を感じて振り返ると、背後には工具の鋸を振りかぶる男子生徒。何の技巧もない、ただ勢い任せに振り下ろされる凶器。普段ならば悠々と避けられるものだが、すでに私の手足は疲労で鉛のように重くなっていた。

 

「ぐうっ!」

 

ズブリと抉られる左腕。筋肉の削られる感覚に思わず呻き声を上げる。全身を駆け巡る激痛。それを無視して、反射的に右手のみで男の胸に鍵を叩きつけた。すると、口元から血を吐いて白目を剥いた。肋骨をへし追り、昏倒させる。しかし、敵の数はまるで減った様子がない。

 

「これはキツイな……。特に体力的に。」

 

左腕から血を流しながら、忌々さを込めてつぶやいた。四方からの猛攻をしのぎながら横目で見ると、マクダウェルも同様の有様だった。息を切らしており、顔も青白い。しかし、それでもここまで耐えられたのは上出来だろう。小学生女子レベルの体力でこれだけの相手をできたのは、マクダウェルの卓越した技量の賜物と言える。

 

ボクシングの試合では3分ごとに休憩が必要とされている。それほどに戦闘行為というものは体力や精神力をごっそりと消費するのだ。ましてや、私はインドア派の帰宅部中学生。『気』によって人体の限界をあっさりと超えるような連中とは違うのだ。私達の疲労は限界に達していた。

 

「……減る気配がないどころか、どんどん増えてきてるじゃねーか」

 

その気付きにげんなりと溜息を吐く。先ほどから、この選挙会場内に押し寄せてくる人の群れは増える一方だ。私達が押されているという情報を得た奴らが大挙してやってきているのだ。選挙の規則を知らないので、投票箱の破壊をされないのは不幸中の幸いだが、悪の首領たる私が負けてしまえば、これまでの脅迫は意味を為さないものに堕ちてしまうだろう。

 

そんな思考に囚われたとき、タイミングを見計らっていたかのように着信音が響いた。

 

――発信者は『球磨川禊』

 

『ああ、千雨ちゃん。一週間ぶりだね。って言ってもきみにとっては昨日振りかな?』

 

「球磨川さん、お久し振りです」

 

耳にするだけで凍えそうな気持ち悪い声。しかし、私にとっては安らぎに満ちたものであった。片手で携帯電話を耳に当てながら、四方からの猛攻を回避する。戦闘中にもかかわらず、私の顔には微笑が浮かんでいた。

 

『千雨ちゃん、こっち来てくれない?』

 

「わかりました」

 

即答する。詳しい話を聞くまでも無い。その言葉を聞くやいなや、私の身体は即座に走り出していた。球磨川さんの指示に従えば、必ず状況は変わるという確信。走りながらマクダウェルに大声で叫ぶ。

 

「ちょっと行ってくる!あとは任せた!」

 

今の状況はまさしく敗北寸前。そこで私がこの場を離れるというのは自殺行為と同義である。マクダウェルの立場としては、見捨てられたと考えられてもおかしくはない。しかし、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべて堂々と言い放った。

 

「誰に物を言っている。この私が何の力も無いガキ共に敗れるとでも思ったのか?責任をもって負かしてやるさ」

 

疲労で肩で息をしながらも、誇らしげに謳うように口ずさむ。その様子はあまりにも超然としていて一瞬だが見惚れてしまうほどだった。冷静に考えれば、間違いなく虚勢だろう。しかし、逆境で折れるような心など私達マイナスは持ち合わせていないのだ。今頃になって、ようやくこいつも同類なのだと理解して嬉しさに笑みが漏れた。

 

「じゃあ、これは餞別だ!」

 

マクダウェルの胸に一度だけ鍵を突き立てると、私はこの場を全速力で立ち去った。『脆弱退化(オールジャンクション)』を発動し、こいつを縛る枷である学園都市結界を弱体化させる。正確には、マクダウェルが結界から受ける封印の効力を弱めたのだ。

 

「ま、実際の魔法陣に触れた訳じゃないから効果は雀の涙程度だし、さらに一時的だけどな」

 

「これは……。ククッ、十分だ。ありがたく受け取っておいてやる」

 

肉体の芯から力が漲ってくる感覚。充実した魔力に、彼女の瞳の色が攻撃的に豹変する。封印が弱まったとはいえ、学園祭期間中は世界樹の魔力の満ちているとはいえ、それでも現在の保有魔力は一般魔法使いの半分もない。一般人とはいえ、この人数の暴徒を相手にするのは難しいはずだ。しかし、彼女は『闇の福音(ダークエヴァンジェル)』――魔法界で恐れられた真祖の吸血鬼にして、最強クラスの魔法使いである。

 

 

「――震え上がれ、凡俗共!そして、真祖の吸血鬼にして最強の魔法使いたる、この私の前にひれ伏すがいい!」

 

 

 

 

 

 

 

球磨川さんが潜伏先として指定した場所は、男子本校の端にひっそりと佇む用具室だった。周囲に人影は無く、生徒や教師から忘れ去られたデッドスポットとでも言うべき場所である。しかし、そんなところに隠れていなくとも、たとえ堂々と教室に陣取っていたところで、誰一人近付かなかったことは明白だ。

 

――ザワリと私の背筋に寒気が走った。

 

全身の皮膚が粟立つ感覚。扉の内側に一歩足を踏み入れた瞬間、異界へと侵入したかのような怖気に襲われた。まるで暗闇の密林で生き物の吐息を感じるような、得体の知れない恐怖。もしくは、目隠しで爬虫類を撫で回したときの未知の不快感。そんな気持ち悪さを、極限まで凝縮して脳内にぶち込まれたかのような、今まで生きてきた中で最低のマイナスをこの身に感じていた。

 

『やあ、待ってたよ』

 

「……球磨川さん」

 

室内には椅子に座って漫画を読んでいる球磨川さんの姿があった。『負完全』球磨川禊。まるで負の要素をかき集めて煮詰めたかのような、暗黒にも似たおぞましさである。

 

周囲を見回すと、別行動を取っていた空繰が隅の方に陣取っている。マイナスの支配するこの空間において平静を保っていられるのはアンドロイド故だろう。私でさえ戦慄するほどの過負荷(マイナス)の気配に耐えられる人間がいるとは思えない。冷や汗を垂らしながら、球磨川さんの様子を観察する。明らかにマイナス性が増大していた。いや、これこそが本来の姿であるかのような負完全性である。

 

『千雨ちゃんにやって欲しいことは、これを見ればわかるよね?』 

 

確かに、見れば分かる。まさか、私の生涯で目にすることなどないと思っていたが、しかし、これは本当におぞましい。

 

「ええ、了解しました。……ですが、正直かなり驚いています。こんな荒唐無稽な奇策ができるのは、世界中を探しても有史以来、球磨川さんをおいて他にいないでしょう」

 

『茶々丸ちゃんの用意はできてるからさ。あとはお願いするよ。僕は死んだことになってるから。それに、こういったことは千雨ちゃんの得意分野でしょ?』

 

そこで、球磨川さんは口を閉じた。そのまま、首を回して窓の外へと視線を向ける。私の方も外部からの気配を感じ、自らの失態に顔をしかめた。

 

「すみません。どうやら尾行されていたみたいです」

 

『モテモテだね、千雨ちゃん。でも、悪いけどお断りしてきてくれない?ストーカーなんて螺子伏せてきてよ』

 

「はい。家にまで着いてくる悪質なストーカーには、キツイお仕置きをしないといけませんね」

 

そう宣言して私は、扉を開けて小屋の外へと足を踏み出した。そこに待ち受けていたのは、見慣れた敵対者達。やはり、最後の相手はこうなるのか。忌々しくも運命的な因縁に小さく顔を歪めた。

 

「よお、ネギ先生。こんなところに何の用だい?」

 

「……千雨さん」

 

「学園祭の見回りか?ずいぶんと仕事熱心だな」

 

 

――英雄の息子、ネギ・スプリングフィールドがそこにいた。

 

 

そして、周りにはその従者たちが控えている。『黄昏の姫巫女』、神楽坂明日菜。『中国拳法の達人』、古菲。『忍者』長瀬楓。『百科事典』綾瀬夕映。『図書委員』宮崎のどか。『漫画家』早乙女ハルナ。

 

その全員がアーティファクトを携えており、従者であることを示していた。いつの間にこんなに契約したんだよ……。もはや魔法バレなんてレベルじゃねーよ。

 

ネギの無謀な行動に内心で苦笑する。おそらくは私達の計画を阻止するために仮契約をしたのだろうが。しかし、それだけ本気だということでもある。

 

「あなたの計画は僕達が止めます」

 

決意を込めた瞳で宣言するネギ。まっすぐにこちらを見据え、いつも通りの巨大な杖を構えていた。周囲の連中も同様の強い光を瞳に灯しており、それぞれが戦闘態勢に入る。しかし、私は軽く肩を竦めることで答えた。

 

「それにしても意外だな、ネギ先生。魔法使いであるアンタは、超の討伐の方に向かうと思っていたんだが」

 

「超さんの計画も阻止しなければとは思います。けれど、それよりも千雨さんの野望だけは絶対に許せません」

 

魔法使いの責務よりも教師としての責務を取ったのか。そして、背後に控える従者達も、学園の危機だからこそ、ネギと契約してまで私を潰しに来たのだろう。学園の敵たる私は、学園の生徒達にこそ憎まれるのだ。

 

「いいぜ。はじめようか、最後の戦いを――」

 

気持ち悪く口元を笑みの形に歪めて宣言した。それにしても、おあつらえ向きのステージではある。やはり、悪の組織の首領に最後に立ち塞がるのは正義の味方なのだ。あるいは学園の敵にとっては、学園の人間こそが天敵なのだとも言える。いや、それよりも単純に、生徒の悪行を止めるのは教師の仕事なのだという当然の帰結なのかもしれないな。

 

英雄の息子にして天才魔法使いであるネギ、さらに強力な仲間達までもが揃い踏み。まさしく学園最強のパーティといっても過言ではなかろう。しかも、それに加えて多勢に無勢。あまりにも不公平な戦力差である。それでも、圧倒的に不利な状況でさえ、あえて私は愉しげに笑い飛ばすのだ。

 

 

――それこそがマイナスの、敗北者の生き様なのだから

 

 

「てめーらの正義感(プラス)なんざ、私の過負荷(マイナス)で打ち消してやるよ」

 

 

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