長谷川千雨の過負荷(マイナス)な日々   作:蛇遣い座

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29時間目「さあ、世界を終わらせに行こう」

――数ヵ月後、麻帆良のとある森にて

 

陽の光も届かない漆黒の闇に包まれた森の中。天蓋は高くそびえ立つ木々の葉で覆われている。そんな広大な森に、地を踏みしめて走る一人の男の姿があった。

 

「はぁ……はぁ…どうなってんだ!この街は!」

 

息を切らせながら走る男の手には、一本の杖が握られていた。いかにも魔法使い然としたローブ姿。しかし、その顔は苦々しく歪んでいる。男は敗残者だった。一心不乱に逃げ惑いながら、焦燥感に支配された風に唾棄するように吐き捨てる。

 

「……イカれてやがる。これなら奴隷闘技場の方がよっぽどマシだろうぜ」

 

「そりゃどうも。褒め言葉だぜ」

 

――ガラスの割れるような甲高い音が男の耳に届いた

 

慌てて振り向くがもう遅い。声の届いた直後、脇腹に鈍い痛みを感じていた。全身に強烈な衝撃が走り抜ける。崩れゆく身体。その刹那、視線だけを右に向けると、そこには学生服の少女が巨大な鍵を突き込んでいた。

 

「ごはあっ……!」

 

急所を打ち抜かれ、その場に昏倒する。抵抗の余地は無い。強制的に作られた弱点に打ち据えられ、あっさりと意識を手放していた。侵入者の末路は決まっている。今後の未来を想像して、私は気絶した男を哀れむように見下していた。

 

「ま、自業自得だな。学園内は部外者立ち入り禁止だぜ」

 

おそらくは魔法世界からのスパイだろう。いつものように拷問に掛けられるはずだ。他人への嫌がらせにおいては人後に落ちないのがマイナスの連中。この男もすぐに精神崩壊するだろう。もちろん同情の気持ちなど欠片も無い。ただ、遊びすぎて情報を吐かせる前に壊してしまう奴が多いことに頭を悩ませているだけだ……。

 

これで数十人目だろうか。いい加減、侵入者を捕獲することにも慣れてしまった。なにしろ、毎日のようにどこかしらの刺客が侵入、または強襲してくるのだ。昨日は関西呪術協会からの監視員、その前はマクダウェル狙いの賞金稼ぎ。この麻帆良学園は魔法関係における火薬庫となっていた。

 

「お待たせしました、千雨さん。残りの侵入者はすべて消しておきました」

 

「ご苦労さん。じゃ、あとはこいつを頼むぜ」

 

「はい。わかりました」

 

無音で私の目の前に降り立った桜咲。全身は真っ赤な返り血に塗れ、純白の翼をどす黒くに染め上げる。その瞳は凍えるほどに冷たく、強烈な殺意に黒く濁っていた。いまや私の忠実な下僕であり、脇に携えた妖刀『ひな』と同等の凶々しさを漂わせている。

 

「それで……その…今夜なのですが……」

 

もじもじと自分の腕をさすりながら、言い淀む桜咲。先ほどまでの冷徹な表情を一変させ、真っ赤に頬を染めながら上目遣いにこちらを見上げてくる。私は仕方ないと言わんばかりに肩を竦めて見せた。

 

「わかったよ。ご褒美をやるから、終わったら部屋に来いよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

尻尾を振る犬のごとく満面の嬉しげな笑みをこぼした。天にも昇らんばかりに恍惚の表情を浮かべる桜咲に対し、私は小さく苦笑する。ま、いつもベッドで犬扱いしてやると興奮するしるみたいだしな。今の桜咲は完全に私の所有物と化していた。身体も精神も全てを私に捧げ、心酔して依存しきっている姿は、あまりにも狂信的で、マイナスに相応しいおぞましさである。

 

「愛しています、千雨さん。私をあなたの所有物にしてください」

 

無垢な少女のように頬を赤らめてつぶやいた。私の命令ならば喜んで世界を壊し、自分の命を投げ出すだろう。それは恋と呼ぶには醜悪すぎて、献身と呼ぶにはおぞましすぎる。だが、過負荷(マイナス)である私にとっては慣れ親しんだ感情だった。安心しろよ。望み通りに堕落させてやるさ。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、私は生徒会室で机に突っ伏していた。ぐったりと全身を弛緩させる。隣にはマクダウェルが椅子に座り、優雅なティータイムを楽しんでいた。

 

「……眠すぎる」

 

「毎晩毎晩、侵入者の迎撃などしているからだ。とても過負荷(マイナス)とは思えんほどの勤勉ぶりだな」

 

眠気を耐えて、顔だけを上げてマクダウェルへと視線を向ける。現在の彼女は魔力封印状態から脱しており、全盛期の反則的な強さを取り戻していた。ただし、その力を学園の防衛に使うことは滅多にないが……。

 

「昨日も夜遅くまでやってたからな……。学校にいるときはいるときで、生徒会長として忙しいし。確かに怠惰と堕落が信条のマイナスとは思えないぜ」

 

「マニフェスト通り、授業を廃止にすればいいだろうが。登校義務なんて邪魔な制度もだ」

 

「そういう訳にはいかねーよ。学園をなくしたって、精神が停滞するだけだろ?それじゃ足りない。全校生徒を不幸にすることこそが球磨川さんの悲願なんだからさ。だから、積極的にマイナスにしてやんねーと」

 

「それであの腐りきった授業か……。精神をズタズタに切り刻むような悪辣さ。さすがは過負荷(マイナス)の考案したカリキュラムだった」

 

呆れたように首を左右に振るマクダウェル。背後に控えている空繰がティーカップに紅茶を注ぐ。

 

「だけど、普通に授業受けてたじゃねーか」

 

「当然だ。人間の醜い部分など、飽きるほど見尽くしておるわ。だが、それでも毎日あんな授業というのは気分が滅入る」

 

「それは諦めてもらうしかねーな。学園に通う生徒の義務なんでね。ってか、嫌なら退学すればいいじゃねーか。そもそも、封印が解けたらナギ・スプリングフィールドを探しに行くって話だったし」

 

「べ、別に構わんだろう……!当ても無く魔法世界を放浪するよりも、息子の側で待っていた方が効率的だと思っただけだ」

 

拗ねたように口を尖らせるマクダウェルに対して、背後に控える空繰が軽い溜息を吐いた。

 

「あまり気にしないでください。これは、ただのマスターの照れ隠しですから。友達と一緒に学園生活を送りたいようです」

 

「ふ、ふざけるな!何を訳の分からんことを……!」

 

「これからもマスターのことを宜しくお願いします」

 

顔を真っ赤にして叱りつける少女を無視して、空繰は丁寧に頭を下げた。ツンデレ少女はというと、視線を外してそっぽを向いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの間、お茶会を楽しんでいると、仕事終わりの朝倉が途中参加してきた。鞄を机の隣に投げ捨てると、慣れ親しんだ自分の席に腰掛ける。

 

「いやー、ようやく抵抗勢力の尻尾を捕まえたよ。集会場所を見つけるのが面倒でさ」

 

テーブルの上のクッキーを手に取り、晴れ晴れとした表情で笑う。現在、魔法使い達は麻帆良のどこかに潜伏していると推測していた。全開状態のマクダウェルの張った新・学園結界によって魔力や気を扱う人間の逃亡が禁止されている。学園を逃れようとした一部の人間は従順にして学園で働かせているが、残りの連中は粛清を恐れて姿を消したのだ。朝倉はその残党の調査を行っていた。

 

「潜伏場所は他の連中に教えておいたから、今頃は殲滅されてるんじゃないかな?」

 

「だったらいいんだけどな。いまだに心が折れない連中だぜ?相手は生粋の戦闘者も多いだろうし。奇襲とはいえ、そう簡単に勝てるかどうか……」

 

「心配性だねえ。ま、そう言うんなら、私のスキルで確認してみるよ」

 

そう言って、朝倉は呆れたように肩を竦めて見せた。自身の視界を他者のものへと切り替えるのだ。スキルを発動させるため、口を閉じて集中しようとするが……

 

「必要ありませんよ」

 

突如、部屋に響く子供の声。その声に反応して、全員がとっさにドアの方へと振り向いた。そこに佇むは一人の少年。現在、生徒会顧問を務めているネギ・スプリングフィールドだった。しかし、その容貌は以前とは正反対。純真で理知的なプラスの雰囲気は雲散霧消しており、まるで怨念や執念といった負の感情の凝縮したような、おぞましい姿へと変貌していた。

 

「もう終わりました」

 

軽く杖を振るネギ。すると、目の前の空間が軋みを上げて歪み始める。

 

――ドサリ、とボロ雑巾のように壊されつくした、無惨な人体の塊が落とされた。

 

「ちょっ、これってマジなの……?」

 

「へえ、長瀬と古菲、神楽坂……かつてのパーティメンバー勢揃いだな。この数を一人でやったのか?」

 

内心の驚愕を隠して尋ねると、ネギはあっさりと言い放つ。それは甘いガキの理想論とは真逆の、最低な手段だった。

 

「ええ、僕が仲間になりたいと話したら、無警戒で接触できました。あとは油断させて不意を討てば簡単でしたよ」

 

淡々と無表情でつぶやくネギ。その瞳にはどろどろに濁りきった暗黒に染まっていた。思わず私も感嘆の溜息を漏らす。卑怯で最低な手段もそうだが、それでも打倒するのは容易ではなかったはず。だというのに、ネギの身体はおろか、服にすら傷一つ見当たらない。

 

「なるほど、早くも修得したようだな。私の得意魔法――『闇の魔法』を」

 

「ええ。ありがとうございます、師匠。とても清々しい気分でしたよ。負の感情を受け入れるのが、これほど安心感を与えてくれるだなんて」

 

口元を歪め、その濁った瞳を暗く輝かせるネギ。自身の魔法を扱える稀有な存在を前に、マクダウェルも満足気に笑みを浮かべる。愛する男の息子を自分色に染め上げることに歪んだ快楽を覚えていた。

 

「ククッ……皮肉なものだな。アルビレオの奴が教えた精神制御魔法。それが、闇の魔法の制御に役立つとは」

 

心の暗黒面を表出する魔法。この世でマクダウェルのみが扱えると思われていた究極魔法である。その要訣は負の感情の制御にこそあった。限界まで噴出した負の感情の爆発により、もはや人格は別物だが……。

 

「反抗勢力はあらかた片付いたとして、学園の統治の方はどうなってるんだ?」

 

「順調だよ。例の密告システムが機能してるからね。疑心暗鬼が学園中に満ちてるよ」

 

「これまで廃校にしてきた学校で効果は証明済みだしな。他人の秘密を暴く、この掲示板は疑心を育むには最適だぜ」

 

絶対にバレないように隠している秘密が毎日書き込まれるネット掲示板。親友に対する嫉妬、恋人への裏切り、過去の汚点、異常性癖、犯罪歴に至るまで、破滅に至る隠し事が万人の目の前に晒されるのだ。しかも、通常なら知り得ない情報がほとんど。ネット上の匿名性により、自身の近しい信頼する人間から疑わざるを得なくなる。そして、そうなるように計算して秘密を書き込んでいた。学園は疑念と不安、恐怖によって支配されていた。

 

「全校生徒を過負荷(マイナス)にするための計画は予定通りに進んでるみてーだな」

 

「まったく酷い学園になったもんだよね。本当にあんたと組んでてよかったよ。もし、何も知らずにこんな学園生活を送らされたらと思うとゾッとする」

 

「ずいぶんな言い様だな」

 

「ま、他人事として見れば面白いけどね。せっかくだから、この麻帆良の行く末を観察させてもらうよ」

 

愉しげに声を上げて笑い、朝倉は新しいお菓子に手を伸ばした。同じ学園に通う生徒のことを、ただの取材対象としか思っていない。そんな朝倉は確かにマイナスであった

 

朝倉のスキルと私の過負荷(マイナス)を使えば、本人しか知り得ない情報を集めることなど容易である。あとは、それをさも親しい人間が裏切ったように書き込むだけ。それが続くことで、実際に密告をする生徒も現れてくる。そうなれば私の目論見はほぼ達成されたも同然だ。

 

 

――自分の弱味、隠し事、破滅を受け入れること

 

 

それこそが最低なマイナスになるための第一歩なのだ。

 

 

 

 

 

『やあ。みんな集まってるかな』

 

扉の開く音と共に、生徒会室の内部へと入ってきた球磨川さん。そのあまりにも醜悪な声が私達の聴覚を侵食する。しかし、伊達にこいつらも過負荷(マイナス)の仲間をやっていない。歴戦の勇士ですら震えるほどの負完全の圧力の前でも、平然とした表情を崩さない。

 

『それじゃあ幹部会を始めようか。って言っても、今日の議題は一つだけだよ』

 

私達の様子に満足したのか、球磨川さんは両手を左右に大きく広げ、楽しそうに宣言した。

 

 

『魔法世界の悪役集団「完全なる世界」を乗っ取る』

 

 

その言葉に唯一、反応を見せたのはマクダウェルだけだった。驚愕の表情を浮かべ、球磨川さんに鋭い視線を向けた。

 

「……どういう意味だ?貴様と奴らに何の関係がある」

 

『うーん。別に関係なんてないよ。ただ、彼女の言う魔法とやらに興味があってさ』

 

「彼女、だと?」

 

詰問するように声を上げるマクダウェルに首を傾けながら答える球磨川さん。この計画の無謀さに危惧を覚えたのだろう。しかし、マクダウェルの懸念は負け戦しか経験したことの無い球磨川さんには無用の長物。勝率の低い勝負など、私達にとっては慣れたものなのだ。そんな二人の間の緊張を感じ、朝倉の顔には困惑の色が浮かぶ。

 

「えーと、話が見えないんだけど」

 

「詳しい話は本人から聞いた方が早いぜ。ま、話ができればの話だがな」

 

合図と共に生徒会室の扉が開いた。視線が集まる。そこには桜咲が一人の少女を背負いながら立っていた。

 

「お待たせしました」

 

相変わらずの冷徹な瞳のまま、その場で小さく頭を下げた。この少女は私が連れてくるように命じたのだ。背中の人間を床へと放り捨てる。その褐色の肌をもつ少女にクラスメイト達は見覚えがあった。

 

「――ザジ・レイニーデイ」

 

「え?ザジ、あんた一体何をやらかしたのよ!?」

 

その正体は謎のクラスメイト、ザジであった。しかし、その様子は異様の一言で、普段の無表情が現在は欠片も無く、恐怖に引き攣ったように大粒の涙を零していた。床にうずくまり、私達に怯えの篭った視線を向ける。そして、何よりも異彩を放っているのは、彼女の胸に刺さっている――

 

 

――巨大な鍵であった

 

 

「桜咲、ご苦労さん」

 

「え、ちょっ……何これ?」

 

突然の登場人物に困惑する朝倉に説明してやろう。彼女から引き出した知識こそが、今回の議題の発端である。すなわち、魔法世界侵攻構想の第一歩。

 

「まず、こいつの正体なんだが……」

 

「魔族、だな。しかも相当に高位の」

 

「へえ、分かるのか。さすがはマクダウェル」

 

もちろん、私も会った瞬間に気付いてたけど。かつて、『事故申告(リップ・ザ・リップ)』が健在だったときに、全校生徒の秘密はすでに把握してあった。暴き出した秘密の中に、『完全なる世界』という組織の名前もあったのだ。そして、彼らの扱う脅威の魔法についても――

 

「…魔法「完全なる世界」とは……人々を『楽園』へと…送還するもの…」

 

「楽園とは何だ?」

 

「個々の記憶……から読み取った…願望や後悔…から計算して創られた……最も幸福な世界…」

 

膝を抱えて震えながらつぶやくザジ。肉体も精神も最弱の状態にされ、トラウマを引き出された彼女は私の言いなりだ。たとえラスボス級の魔族であろうと、私達に歯向かうことなどできやしない。言われるがままに『完全なる世界』という組織と魔法について報告する。

 

「聞いた話じゃ、ずいぶん夢みたいな魔法みたいね。現実逃避の最上級(ハイエンド)ってところかな?」

 

朝倉は感嘆するように息を吐いた。自分の最も幸福な世界に没頭できる。確かに夢のような魔法だろう。

 

『だけど、そんな幸せな世界なんて許せないぜ』

 

球磨川さんは残念そうに肩を竦めて見せた。それはそうだろう。人類を不幸にすることを至上の命題と置いている球磨川さんにとっては、幸福にするための魔法なんて許容できるはずも無い。だから、私達の目的は正反対。

 

「私達の目的は魔法『完全なる世界』の使用者たる、創造主と呼ばれる存在の確保。その後、「完全なる世界」を――」

 

『――幸福に満ち溢れた理想郷を、絶望に侵された地獄へと作り変えるのさ』

 

極寒の大地に放り出されたかのような錯覚。その過負荷(マイナス)な気迫に背筋が凍りつく。しかし、その変化は一瞬で消える。すぐに気を取り直して普段の顔へと戻っていた。これが学園の生徒会役員。幸福よりも不幸を尊ぶ狂気の集団である。球磨川さんは全員を見回すと、無邪気な表情でおぞましい言葉を口にした。

 

『全人類を不幸にする。それが僕の夢なんだ』

 

世界中のありとあらゆる負の要素をかき集めて、人形に煮詰めたようなマイナスの概念の具現。地球上で最も弱い生き物であり、おぞましき過負荷(マイナス)の最底辺に立つ存在。まさに重力を飲み込むブラックホールを思わせた。

 

『脆弱に貧弱に虚弱に惰弱に怠惰に惰性に劣勢に愚劣に低劣に劣悪に害悪に巨悪に低脳に卑怯に卑劣に卑小に矮小に――』

 

球磨川さんは両手を広げて嬉しそうに笑った。

 

『僕達はそうなるべきだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「例の魔法バレ騒動で、現在の魔法界はガタガタだ。超は対策を取ってあると言ってたが、それでもこの短期間で完全に安定させるのは不可能らしい」

 

学園祭で超の巻き起こした強制認識魔法。それによる全世界の人間への魔法の公開。これまで秘してきた魔法の存在により、世界は空前絶後の激震を迎えている。ただし、例外としてこの学園だけは特に影響は無い。過負荷(マイナス)の脅威によりそれどころではない、というべきか。

 

「魔法世界へ侵入するルートに関しては、超の方で用意してくれるそうだ。『完全なる世界』の連中と潰し合ってくれるのを内心では願ってるんだろーがな」

 

現在、超の一派は学園を離れ、世界中のネット回線に対して情報統制による世論の誘導を仕掛けていた。どこに潜伏しているのかは知らないが、空繰を通して連絡を取ったところ、このような返事が戻ってきたのだ。おそらくは厄介者を魔法世界に追いやっておきたいのだろう。魔法バレによって生じた、こっちの世界の動乱を安定させるのに全力を注ぎたいみてーだし。

 

「これが私達の方針だ。学園の治安維持は高音先輩たちに任せて、麻帆良女子中等部生徒会+球磨川さんのメンバーで、魔法世界へと乗り込もうと思う」

 

そう宣言しながらも、この無謀すぎる魔法世界侵攻に賛同する奴はいないと思っていた。おそらくは命知らずの馬鹿共だけで行くことになるだろうと。

 

たとえ私と球磨川さんの二人だけでも構わない。球磨川さんが望むならば地獄だろうと付いていくだけだ。この気持ちは恋でも憧れでもない、と自分で結論を下していた。恋心と呼ぶには醜悪すぎるし、憧れと呼ぶにはどす黒すぎる。あえて呼ぶならば愛、それも強烈な自己愛。全体を生かすために臓器が動き続けるような、そんな当然すぎる献身。私の存在を、球磨川さんの一部として認識する。そんな自己の同一化こそが私のマイナスであった。

 

 

――負完全に至るほどの。

 

 

「私は世界を終わらせる」

 

静まり返る室内。一拍置いて私は口を開いた。

 

「手伝ってくれるか?」

 

世界中の人々を不幸にするためだけの戦い。何も得るものは無いし、どころか失うものしかない。自暴自棄という言葉すら生ぬるい。そんな無謀で無意味な戦いに参加する人間などいるとは思えない。しかし――

 

「当然です。この世の地獄がご所望ならば、全身全霊を持って叶えてみせましょう」

 

さも当然といった風に口を開く桜咲。脇には禍々しい瘴気を放つ妖刀。瞳に狂信的な色を湛えて桜咲が――

 

 

「構わんぞ。世界の敵など慣れたものだ。今更、厭うものでもない。魔法界を滅ぼすほどの悪ともなれば、わざわざ探さずともナギの方から会いに来るだろうしな」

 

「私はマスターの命令に従うまでです」

 

従者である空繰を背後に控えさせ、マクダウェルは悪役じみた様子でティーカップに口を付けた。以前のように偽悪的なものではなく、心底愉しそうに口元を歪め――

 

 

「魔法世界の破壊、ですか。名案ですね。あんな腐った世界は滅べばいい」

 

生徒会顧問となったネギ。少年は魔法世界での負の記憶(トラウマ)を思い浮かべながら、鬱屈した暗い夢想と共に――

 

 

「あらら……我ながら、ずいぶん危ないところまで踏み込んできちゃったねえ。ま、でもここまで来たら最後まで付き合わせてもらうよ。それこそ世界の終わりまで、さ」

 

元は一般人(ノーマル)だった朝倉は、世界の敵というスケールの大きさに溜息を吐いた。しかし、それでも好奇心を止められない辺りはやはりマイナスと呼ぶしかない。そんな自身の性分に諦めたように首を左右に振り――

 

 

『負完全な僕に対して「完全」を冠するなんて片腹痛いぜ』

 

寒気がするほどに恐ろしく、直視できないほどにおぞましい。混沌よりも這い寄る過負荷(マイナス)。球磨川さんは無邪気に、それでいて醜悪に――

 

 

「……本当にてめーらはイカレてるぜ」

 

喜んで世界の敵になる狂人たち。しかし、それでこそこの最低(マイナス)な学園に相応しい。頼もしい仲間を見回し、気持ち悪い微笑を浮かべながら――

 

 

「さあ、世界を終わらせに行こう」

 

 

――私達は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

これにて物語は終わり、世界は終わる。

 

――『負完全なる世界』の製作が始まる

 

 

 


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