今後は遅くとも隔週程度の更新ペースを保っていきたいと思います(宣言することで逃げられなくする)。
雨が降っていた。予報では小雨とのことだったが今日はやけに風が強く、雨粒がファミレスの大きな窓を打ち付ける音が店内に響いている。
俺がケチ臭くドリンクバーのコーヒーをちびちび啜っていると、早足で駆け寄ってくる足音が聞こえる。待ち人がやってきたようだ。
「椋さん!なんですかあのメッセージ!」
息を切らして現れた豪乱河が、気勢を荒くして俺に詰め寄ってくる。
一週間ぶりの顔合わせだが、こいつの元気は変わらず少し安心したような思いが湧いてきた。
「公共の場で騒ぐなよ、とりあえず落ち着け。ほら、何か奢ってやる。なんでも頼んでいいぞ」
「……最後かもしれないからですか?」
「そうかもな」
後から追いついてきた白石と合わせて座った豪乱河に改めて質問に対する返事をする。二人とも制服姿で、学校から直接来たようだ。
「さっきメッセージは何って聞かれたが、そのままだ。お前ら、もう来なくてもいいぞ」
俺はあの奥山さんとの会話の後、こいつらに端的に「もう『異能』絡みの件からは手を引いていい」とだけ連絡をした。
そうしたら豪乱河が文面からだけでも分かるほどキレてしまい、今の直接の話し合いに至るというわけである。
「まさか、警察組織の手を借りられるようになったからお役御免ってことですか!?」
「まあ、それもなくはない。と言っても別に俺が直接指揮できるなんてことはこれっぽっちも無い外様だから微差だ」
「じゃあなんで……」
興奮した様子の豪乱河を尻目に俺はカップを呷る。別に俺と関わらなくても勝手にやればいいし正直深刻な話ではないと思ってるが、大袈裟な奴だ。
「警察からどんくらい話は聞いた?」
「えーっと、あのちょっと威圧感のある人……奥山さんが独自に調査を進めてる……みたいな」
「そんなもんか」
奥山さんが話さなかったことを言ってもいいのか分からないが、言わなきゃ話が進められないのでとっとと話すことにする。たぶんそういうとこまで丸投げしてるんだろう。じゃなければとんでもない大間抜けだ。
「人死にが出た。これまでも危険は承知の上で行動はしてたつもりだけど、流石に明確に死者が出た後で直接的に学生を巻き込むとなるとな。まあ倫理的にあれだろ?」
死んだ人間が俺たちが会ったことのある奴らだということは伏せておくことにする。元々俺たちのせいではないが、あまり責任感を感じさせるべきではないだろう。
俺の言葉に対して、豪乱河と比較して引いた様子だった白石が言葉を漏らした。
「……東さん、結構まともなんですね」
白石はどこか驚いたような顔をしていた。
仕方ないことだが、俺は中々の無頼漢だと思われていたらしい。
「まともじゃなく見えてたか?ま、俺にも良心というか、いい人間だと思われたいと思う気持ちはちょっとはあんだよ。あんま言わせんな」
冗談めかしてそう言うと、やはり納得していない顔の豪乱河が眉根をひそめる。
「そうですよ、これまでの椋さんはまともじゃなかったです。私たちはもう、危険を承知でやってきたんだと思ってましたけど?」
「まあお前の気持ちも分かるよ。俺だって今までやってきたことにお前らは子どもだから来るなとか言われたら反発覚えるからな。それに、その言葉の通り俺はこれっぽっちもいい大人じゃないし、戦力も多い方がいい。だから、『来なくてもいい』だ。協力するかどうかはお前たちの意思に任せる」
高校生を無理にでも死ぬ危険があると明示された状況から引き離そうとしない俺はクズなんだろう。しかし、俺だってほんの数年前は自分から進んで危険に足を踏み込んでいた。こいつらの気持ちに共感してしまう……要するに、俺もまだ大人になり切れてないガキということだ。
「私は、やりますよ。それが力を持ったことの意味というか……使命だと思うので」
意味。自分の身に降りかかった出来事にそんなものがあると思っているのが、若いと思う。だが、嫌いではない。
「おめでたい頭してんな。分かってたけど」
俺の言葉を肯定と受け取ったのか豪乱河は腕を組んでドヤ顔をした。
その顔をじっくり観察するのも嫌だったので横を見る。豪乱河の言葉を聞いて、ダンテは妙に考え込んでいる様子だった。
何を思っているのかは分からないが、ずっと口を出してこないのは不気味である。
「そういえば、
俺がダンテに声を掛けると、僅かな変化が引っ込みいつも通りの無表情に戻った。
「私の感覚からすれば、16歳というのは庇護されるべき年齢ではない。各時代における道徳感覚の移り変わりというものは短期間による変化が激しくどうも擦り合わせが難しい。そのため、あまり口は出すべきではないと考えているだけだ」
「あぁそう……」
言ってしまえば、理由としては大したことないものだと思った。変な配慮をするのはこいつらしいと言えばらしい気もする。
俺たちが下らない話をしている最中でも、白石はうつむいて黙り込んでいる。こっちの方が正常だ。……冷静になると、この"場"はよくないかもしれない。白石とは一対一……せめて豪乱河がいない場所で話をするべきだったか。
「あの、東さんは怖くないんですか?」
俺が詮無いことを考えていると、白石が目線に気付いたためか、恐る恐るといった様子で口を開いた。急かしたようで良くなかったか。
「んー……そりゃちょっとは怖いよ。死にたくもないけど……俺はそんなん言っててもしょうがないからな。お前たちは他に居場所があるだろ?」
別に20年ちょっとの付き合いの元の体に対して思い入れがあるかと言われればそこまででもないが、この体でタバコも吸えないで生きていくよりかは死んだ方がマシだ。
どれだけ危険でも可能性がある方に行くのは俺にとって至極当然で、もし思い通りにいかないとしても、せめて俺をこんな目に合わせた奴に同じ思いをさせるまでは引き下がってやるつもりなどない。
こいつらはツラも変わってないし、学生とはいえ俺よりかは社会的地位もある。俺とは全くもって事情が違うのだ。
「僕も、やりますよ。微力だとは思いますけど」
そう白石が言った時、言葉や仕草には出さないがどこか豪乱河が嬉しそうな雰囲気を滲ませる。
俺はそれを見て嫌な予感を覚えた。
「お前がそう考えてそう言うならいいけど……白石、他人のために死ぬのはやめろよ。お前も残された側も不快だからな」
俺の言葉に、白石は苦笑いのような安堵のような、妙な笑みを浮かべた。
「……やっぱり、案外優しいところあるんですね。なんか、印象変わりました」
……言わなければよかった。気まぐれで親切心というのは出すものじゃない。
「別に俺が傷つくわけじゃねえよ。横見ろ」
俺が豪乱河のことを顎でしゃくると、指された当人が小さく吹き出す。
「わ~、ツンデレだぁ」
「殺すぞ」
「ツン強っ」
◆
同じ方向ということもあり、高校生二人を駅まで送ることになった。雨が強くなってきていた。
傘をさしながら雑談をして歩いていると、道の脇からこちら側に向けて手を振る人影が見える。
「お嬢さん、ちょっといいかな?」
知らない男が声掛けをしている。
こんな悪天候でもナンパとかあるのか……。嫌な世の中だ。
一切の視線を向けずに通り過ぎると、慌てたような声がした。
「ちょっ、おい!待ってってば!」
どうやら俺たち一行に向かって声を掛けていたらしい。180超えの外国人を連れてるというのに勇気あるな。
俺は足を止めることなく、後ろに向かって言う。
「おい、呼ばれてんぞ豪乱河。適当にあしらっとけ。ダンテ使っていいから」
「いや、椋さんでしょ。私、お嬢さんなんて呼びかけられたこと無いですよ」
「俺も無ぇよ」
俺たちが不審者を押し付け合っていると、背後から再びの声掛けがあった。
「ねぇ、あんた!東椋さんですよね?」
……元よりそんな気はしていたが俺の客らしい。
ふざけるのをやめてそちらを振り向くと、黄色いレインコートを目深に被った男が佇んでいた。
「うおっ、聞いてたけどすっげぇ美少女」
「……誰だよお前」
不愉快な第一声に警戒は最低限しながらも俺は呑気に返事をする。なぜなら今この場で戦闘に発展することは無いと思ったからだ。
ここは駅に近いエリアで時間的にも退勤や下校と重なっており、今も俺たち以外に通行人はまばらにいる。
こんな状況でおっぱじめたら多くの人間に目撃されるし、純粋に巻き込む。まともな倫理観をしているのならそんなことはしないはずだ。
男のフードから覗く口元がへらへらと歪む。
「いやあ気を害されたならすいません。オレ、かわいい子に目が無くて」
「お前、ここなら挑発しても手を出されねえとでも思ってんのか?俺には失う世間体なんぞねぇぞ」
「ちょっ……東さん、抑えて……!」
俺が露骨に不機嫌を滲ませると、白石が慌てたように宥めてくる。
男は俺たちのやり取りを見て愉快そうに肩を震わせた。
「その言葉、そっくりそのままお返ししちゃいますよ」
男が懐からチープなカッターを取り出す。
戦闘行動と見て、俺は左手をポケットに即座に手を突っ込んだ。
火が雨で消えるとしても、数秒変身できればいい。勝負は一瞬で着く。
俺の変身より一足先に男に向かってダンテの放った電撃銃の軌道が、ズレた。
それと同時にタバコを咥えた俺の髪が、大きく靡く。
変身したからじゃない、突風が吹いた。
俺は反射的に傘から手を離す。
安っぽいビニール傘がひしゃげて空へと吸い込まれていった。
しかし、その判断も虚しく踏ん張った足も掠め取られ、中空に回転しながら放り投げられ、視界が攪拌される。
どちらが上なのかもわからない中で咄嗟にもがくが、冷たい空気以外手応えは無く、気色悪い浮遊感の中で死を予感する。
その時何かが俺に覆い被さったかと思うと、次の瞬間には視界が大きく移り変わり、地面を転がるような感触があった。
何度か感じたことのある慣れたような一生慣れないような吐き気を堪え雨で霞む目を開けると、そこは何かの建物の屋上だった。建物内部への出入口以外には肩ほどまでの高さの柵に囲まれているだけの、簡素な空間である。
俺のすぐそばでは、珍しく激しく息を切らしたダンテが倒れ込んでいる。
「咄嗟に……リョウのいる場所に"ジョウント"してから、近くの建物の屋上に避難した……」
状況を理解した時、一気に不快感が押し寄せコンクリートに嘔吐する。
ダンテが膝立ちになって背中をさすってきたが、濡れた服が張り付く感覚の気持ち悪さのせいで楽にはならない。
「リョウのいた空中の地点に合わせるのは完全に即興で、負担が中々に大きかった……少し休憩させてくれ。体力が戻り次第地上に降りる」
ダンテはこれまでもできないことはできないと言うタイプではあるが、弱音を吐くこと自体が珍しい。
言っている通り少し休ませてから移動するべきか、と考えたところで──誰かに見られているような悪寒が走った。
「……鍵開けとかできるか?安全のためにせめて中に入ったほうがいいだろ……?」
「そうか……?私がリョウを抱えたのは見えただろうが、ここは地上からは死角だ。悟られるとは思えない。緊急避難のためという言い訳も通じないのだから、不法侵入の証拠が多く残るのはあまり今後のためには……」
ダンテが怪訝そうな顔で俺を見てくる。
俺が返事をしようとした時、カン、という音が柵の方から聞こえた。ダンテは即座に立ち上がって身構えながらそちらに目をやる。俺も顔を上げて発生源を見た。
「へぇ、すげ。どうやったんだ?あんたらも"当たり"なんスね」
レインコートの男が、柵の上に立っていた。
手に握りしめていたタバコの箱はすっかり濡れてしまっている。両手を自由にするためにポケットにしまった。
「……あの二人はどうした?」
ダンテが僅かに怒気を孕んだ口調で言葉を投げかける。
確かに、あの場には俺たち以外にも豪乱河と白石がいた。少なくとも豪乱河はこの数秒で負けるほど生半可な実力では無いはず、と思う。
「ああ、あの高校生?何か逃げたから適当に放っておいたっスよ。優しいでしょ、安心しました?」
「バカ、逆にお前が命拾いしたって安心しろよ。あいつらを殺したとか言ってたらテメェはもう死んでたぜ」
俺は減らず口で場を繋ごうとするが、そう甘くはいかないようで取り巻く風が指向性を持っているのを感じる。
「う〜ん、顔はいいけど……オレ、気の強い女って嫌いなんスよね。現実が見えてないのはもっと嫌いっス」
「奇遇だな、俺も嫌いだよ。ただ、性差は無ぇな」
ダンテは警戒しながらもコートの中から警棒を取り出すと、俺に手渡してきた。逃げられるような状況ではない。事を構えるしかないということだ。
二人で挟み撃ちをするようにじりじりと距離を詰める。さっきの風からして遠距離攻撃を得意とするのは自明だが……空気が張り詰める嫌な感覚以外は何もしてこない。
こちらの行動を妨害しないのは余裕ぶっているのか、あちらにも何かしらの制限があるのか。後者であってほしいが、それは希望的観測だろう。
とはいえ、前者でもいい。もしそうなら、要するにナメてかかってきているということだ。ダンテを接近させることができれば、当て身なり組み技なりで制圧の希望がある。
「ま、アンタは殺しちゃいけないんスけど……金髪野郎は殺していいんで、そっちからやるかぁ」
なぜ、と聞く暇は無かった。
男が袖から取り出したカッターを振ると、ダンテ目掛けて水が刃のように飛ぶ。
ダンテが咄嗟に横に飛び跳ねて回避すると、背後にあった柵が鋭利に切り取られた。
「……君、人を殺したことがあるのか?」
ダンテは男から目を離さずに尋ねる。
「"人"は、無いっスよ?」
男は半笑いでそう返すと腕を再び振るった。
今度は水と同時に風が吹く。隙をうかがっていた俺も伏せなければならないほどの風量である。
ダンテが回避のため地面を蹴るが、その勢いを使って浮かされた。
しかし、それも織り込み済みだったようで宙返りするかのような軌道で刃が通過した後にダンテが着地する。
「どうやってんスか!?」
ヘラヘラした態度を崩さず、わざとらしく驚いたように男が言う。
喋りながらも間髪なく放たれる暴風と水の刃からは、躊躇というものが微塵も感じられなかった。
幅跳びをするかのようにジャンプしたダンテの体が思い切り反り、まるですり抜けていくかのように弾幕を通り抜ける。最後には水の刃を面で捉えて空中で蹴ることで軌道を変え、紙一重で躱し切った。
「サーカスかよ!」
男が叫んだその時、電撃銃の閃光が2本放たれ、男を襲う。一発は僅かに外れるが、もう一発は直撃コースである。しかし、それはカッターを持っていない左手を翳すと上に逸れていった。
だが、注意が逸れた上に両手を上げた姿勢になった。這うような姿勢で近づいていた俺が飛びつき、レインコートのフードで隠れている死角から頭目掛けて警棒を突くが、命中する直前で何かに阻まれる感覚があった。
無理やりに振り切るが、威力は大幅に減衰していて後頭部に当たるが手応えは無い。
「力弱いなぁ、女の子が無理しちゃダメっスよ?」
ダンテと連携するため距離を取ろうとした時、男は俺の腕を掴んで無理やり体を引き寄せてくる。
「しばらく寝ててくださいね」
腕を固定された状態で腹を蹴り飛ばされて、その場に倒れ伏す。
さっき吐いたからか口から混じり気のない胃液が溢れ、激痛に呻く。蹲った姿勢を変えることすらままならない。すぐ近くに敵がいるというのに歯痒い思いが溢れるが、動こうとすると痛みに意識が持っていかれる。
「ダンテ……こいつにはまともに攻撃が効かねぇ……逃げて対策を……」
俺の絞り出した声は呼気とともに宙空に流れ出し、まともな音にはならなかった。
ダンテは動きを読んでいるのか、徐々に対応し始めていた。
空気に抵抗するのではなく、乗りこなすように動いている。
「あんた凄ぇな!時間かけらんないかも?じゃあ、こうしたらどうスか?」
男は足元に蹲っている俺の首を掴むと、片腕で持ち上げた。
俺の息が詰まっていき、徐々に視界が遠のく。……マズい、
視界の隅で、ダンテの姿が忽然と消える。
「よっしゃ、釣れた!」
ダンテが敵の背後に瞬間移動し、俺を掴んでいる手を解こうとした瞬間、三人纏めて風で持ち上がる。
俺の体を抱えようとするが、当然ダンテは自由が効かなくなる。ダンテの体温だけが、妙に熱い。
「うわっ!?」
パン、という破裂音が俺の意識を引き戻した。男の素っ頓狂な声と同時に一瞬浮遊感がして、柔らかい衝撃。ダンテの腕の中で地面に着いたということが数秒遅れて把握できた。
「やっぱりここにいた……!」
そう呟く白石を背負った豪乱河が柵を飛び越えて姿を現す。
ビショビショに濡れた制服が輝いて見えた。
「なんでお前ら、ここが……それに、どうやって……」
「東さんの声は聞きやすいので、場所はすぐに分かりましたよ!」
「手段は当然、拙者が登ってきたでござる!姿を消しながら壁を走る程度、易如反掌!」
少し離れたところで男も空中で体勢を立て直してふわりと着地する。
明らかにこちらを警戒している様子だ。
ダンテの腕から地面に下ろされ、痛む頭を抱えながら呼吸を整える。その内に、豪乱河は男に向かって突撃していた。強烈な突風がこちらに吹く。戦闘が不得手な白石が守るように俺の隣に来て支えてくる。
こいつの攻撃は目視が難しい。対応するのは豪乱河であっても……。
「大丈夫です!僕がいますから!」
白石が元気よく言う。
……何事か、一瞬面食らった。思考を読まれて返事をされるのはどうにも気持ちが悪い。
「
「あァ?なんで……」
男が戸惑う。
タネが割れたからか?対人戦の情報という意味では無法とも言えるが……あいつも全部マニュアル操作しているでもないだろうし、白石はどうやってるんだ?
「僕の読心はなんというか……声だけじゃなくて映像的なイメージも何となく伝わるんです。薄ら思考してる人の頭の周りに画像がふよふよ浮かぶ感じというか……」
「……能力のディテールはどうでもいい」
「だが、強力だ。なるほど……」
ダンテが風からの受け身を取ると、そのままの勢いで豪乱河と逆方向から走っていく。
そちらに気を取られた刹那、豪乱河がフラットな状態からどうやってか一歩で5mほどの距離を縮め、回し蹴りを放った。
「くぅっ……!」
「ほう、風の鎧……かくも厄介!正攻法では艱難辛苦なり!」
男は苦悶の声を上げながらも、致命打には浅かったようで豪乱河は風に絡め取られて宙を舞う。しかし、きりもみ回転をしながらすぐに地上に復帰した。ちょっと気持ち悪いまである身のこなしである。
しかし、今ので分かった。風は苛烈さこそ増しているが、一人に向けられる攻撃の質は明らかに精彩を欠いている。
ダンテの方を強く警戒していたためかあいつは回避に注力せざるを得なかったようだが、その隙をついて再び豪乱河が接近した。
しかし、男もそれは読んでいたようで、迎えるようにカッターを直接振るう。フットワークに優れる豪乱河を無理に突き放すことより迎え撃つことを選んだようだ。
「あんたの攻撃は読みやす──」
そこにいたのは豪乱河ではなく、ダンテであった。
ダンテと豪乱河の位置が入れ替わり、ダンテに向けられていた攻撃を忍者刀で受け流す。
ダンテの方は速度が急に落ちたことで男の攻撃が空振った。
「秘技、変わり身の術にござる!」
間髪入れずに、踏み込んだダンテの拳が顔面に突き刺さる。
男は切ったのか口から血を吐きながら体勢を大きく崩した。
「すまない、少し苛ついている」
「なん、でぇっ……」
「それが何に対する問いかは知らないが……タネさえ知ってしまえば、これまでの戦闘から風の鎧の軌道を読むことは容易だ」
趨勢は決しただろう。
ダンテが攻撃を通せる上、豪乱河とのコンビネーションをあちらが崩す算段もない。
「ね?僕たちも、中々のものでしょ?いなくていいなんて言わせませんよ」
白石が得意げな、どこかうざったい笑顔を向けてくる。
「ほんとだな……お前ら、人としての優秀さは俺よりずっと上だよ」
「泣いてます?」
「んなわけねえだろ、雨粒だよ」
俺がこんなことで泣くわけがない。失礼な奴だ。
ダンテを睨みつけながら男が苦しげな呻き声を漏らす。
「不意打ちして囲んで殴るなんて、キッツイっスよ……!」
「悪いが、私の時代では正々堂々という言葉は安全なリングの上で無いと成立しないのだ」
「絆の勝利ってやつだ。いやぁ、頼れる仲間がいるってのは結構気持ちいいもんだな」
ダンテが妙におどけて放った言葉に俺も乗っかる。
すると、男は俺たちの言葉に青筋を浮かべて激昂した。
「勝った気になってんじゃねえ!こんなガキごときッ……!」
男は啖呵と同時にカッターで自身の手首を切る。
その瞬間から急激に冷える空気と裏腹に身体の奥が熱くなってきた。
俺が奥歯を噛みしめると、視界に火花が散る。ずぶ濡れになってしょぼくれた髪が乾いた。
「……は?」
「テメェが何を聞いてたのか知らねえけど、俺は吸わなきゃ変身できないわけじゃねぇよ」
敵が本気を出してきたようで、何故かワクワクしてくる。俺が無能みたいで嫌になってきたところだった。今ならこいつなんか敵でもない気がする。いや、敵じゃない。どこか心地よい高揚感の中でついでのように濡れたタバコも口に咥えた。
溶けだしたニコチンのせいでヒリヒリと唇が痛む。
「改めて言ってやる、お前の負けだ!」
眩い光が瞬く。
次の瞬間、レインコートの男は俺の放った無数の光の縄に絡め取られ、柵に磔になった。一瞬の出来事で、指一つ動かせない体勢になったことを把握すらできていないようでいい気味だ。
「じゃあな!」
「えっ東さん待っ」
俺が身動きの取れない男に向かって助走をして勢いのまま殴りかかる。
閃光が、暗雲に覆われた薄暗い街を照らし出した。