昨日山から家に帰ってタバコを吸った後、体が狂おしいほど休息を求めてきたため、話す間もなく泥のように眠った。
とりあえずダンテには毛布を放って適当に休んどいてくれ、と伝えておいたが、目が覚めた時にはどこにも寝ていた形跡も無く、渡した毛布は俺にかけられていた。
「おはよう」
上体を起こすと、ダンテの声が聞こえてくる。あぁ……いよいよ全部夢じゃなかった……。
俺が目を覚まして部屋を見てみると、部屋が若干片付いて綺麗になっているということに気づいた。
口の端に引っかかった髪を取り出しつつ薄っぺらい布団の上であくびをしていると、ダンテがうどんを持ってくる。おそらく冷凍のやつを解凍したものだろう。
ダンテに、とりあえず礼を言っておくことにする。
「片づけてくれたん?ありがとな」
「気にすることは無い、東椋。私は君に世話になる立場なのだからこのくらいは当然だ」
「そんなもんかね……というか、その"東椋"って一々フルネームで呼ぶのやめてくれ。長いしなんかむず痒い。東か椋か、どっちかでいい」
「分かった、リョウ。一つ聞きたいのだが、ランチョンマットのようなものは……」
「あるわけねえだろ、そのまま置け」
俺は足の短い床に座って使う丸テーブルを引き寄せ、その上にダンテは器と箸を置く。
ただの素うどんかと思ったら、冷蔵庫で眠っていたバイト先の貰い物の薬味が添えられている。洒落やがって。
器から立ち上る湯気を吸うと、自分が昨日からまともなものを食べていないことを唐突に思い出し、急激に空腹感を感じる。
「いただきます。……うまっ」
思わず口をついてそんな言葉が漏れてしまうほど、俺が今まで食べてきたうどんの中でも一番美味かった。……給食と冷凍のうどんくらいしか食ったことないが、それでも明らかに味が違った。
テーブルを挟んで正面で、俺が熱心に食う様子をじっと眺めているダンテの前には、何も置かれていなかった。
その時、俺は孤独な人間特有の問題があるということを察して、申し訳ない気分になってきた。
「器足りてなくて悪いな。これ食ったら適当に……」
「違う、器が足りないから自分の分を用意しなかったんじゃない。私はいらん」
「そうか?食わんと力出ねえだろ」
「心配無用だ……予算の都合もあるしな」
「あぁ……あざす」
俺が背を小さくしながら、うどんを小さくなった口でちびちび食っていると、ゴトッという音がした。
ダンテはテーブルの上に物を置いたのだ。
「改めて、私のできることについて説明しておこう。食べながら聞いてもらって構わない」
そこに置かれていたのは、昨日自分も見た武器だった。おもちゃのようなゴテゴテした装飾の、青いラインの入った黒い銃のようなもの。
「これは電撃銃。未来の技術によって製造された対人武器だ。出力は調整可能で、痛みが走る程度から即死まで変えられる。非常に便利な代物だ」
そう言ってメーターらしきものを手で操作してみせる。
千年経っても携帯武器は銃型から変わっていないらしい。
「あともう一つ……伸縮式護身具と呼ぶのか分かりやすいか?これは、素材はともかく他は本当に何の変哲もない。が、案外時代によってはこっちの方が役に立つ」
「あぁ……要するに特殊警棒か」
そう言いながら、小さな細長い円柱状の武器をカチャカチャといじって展開した後に元に戻す。
その様子を見ても何か特殊な仕掛けは無さそうだった。
「そして、残念なことに私の使える武装は他には故障している。十分な設備があれば直すこともできなくは無いが、費用も時間も現実的ではないな」
「えっ……あの、昨日ちょっと見せた、あの瞬間移動みたいなやつは?」
「"ジョウント"のことか?そうだな……今の状態だと一日数回程度だが、私は視界内にある空間で数十m程度までの地点、もしくは座標まで含めて正確に把握していてかつ一度行ったことのある地点に瞬間移動することができる。これは装置の力ではなく、私個人に備わっているものだ」
「えっ……超能力者ってことか?」
「理論が解き明かされていて再現性があることを超能力とは一般に呼ぶのかはともかく、そう解釈してくれてもいい」
ダンテは具体的な説明が面倒だから端折ったということが明らかな様子でそう言った。
もしかしたらこう説明するのに慣れているのかもしれない。
「ちょうどいい、私自身の技能についても言っておこう。……と言っても、そこまで大それたことはできないのががな。人間にできることは大抵高水準でできるということと、おおよその言語を話すこともできるくらいか。特に対人格闘術には心得がある。白兵戦程度の規模であれば、私は無敵だ」
話す様子からは若干得意げな雰囲気が読み取れ、本当に自信があるんだろうと感じた。
腕っぷし自慢とは、実は中々にヤンチャなのかもしれない。
しかし、そこまで語ったダンテの"できること"は、何というか未来人という触れ込みにしては若干期待外れのようにも感じた。電撃銃も瞬間移動もすごいのだけれど……。
「気になってたんだけどさぁ……お前、タイムマシンが壊れたとか言ってたよな?こういう時に……タイムパトロール的な他の未来人に来てもらって助けてもらうとかできねぇの?」
「できない。私の現在の状況を伝えることも不可能に近い。実は一度時間跳躍を行った人間が何をしようが追跡することや干渉すること自体が、そもそも不可能だ」
ダンテは妙にハッキリと、こちらの目を見てそう言った。一瞬気圧される。が、そんなことで怯むビビりだと思われたくないのもあって言葉を続ける。
「そうなん?時間移動ができるのに管理機関が出張らないってのはなんとも……イメージと違うじゃん?」
「私が時空調査局実働調査員No.6と名乗ったことは覚えているか?」
「ん?あぁ~……そんなこともあった気がしなくも……」
「……名乗ったのだが、これはつまり、私が753年ぶりに生まれた6人目の跳躍者である、ということだ。そして、4675年までで確認できている跳躍者は8人しか存在しない。人類は時間跳躍をあらゆる人間ができるようになる前に滅んだということは自明だ。ここから数が増えたとしても数人が限度だろう」
「希少ってレベルじゃねぇな……というか、時間が混線してないか?お前が来たのが3412年なんだろ?」
「それに関しては、私が生まれる300年ほど前にその8人目が来て多くの情報を残していったからだ。まあ、それは今はどうでもいい」
ダンテは話を区切る。割と興味をそそられる話だったが、脇道に逸れていたことは事実だ。
「それに、時間跳躍を行うには色々と気を使うことも多い。具体的にはまず莫大な費用がかかる。そういったこともあって、未来からの救援を頼ることはできない」
「ふうん……まあよく分かんないけど、結論は把握した」
ダンテは一度に長々話したからか、一息つくように息を漏らした。
「お前が知らないような遥か未来の未来人たちが助けてくれるって線は?」
「希望が全くないわけではないが……期待はまずできない。これには単に人間が減っていることも関係している。私が生まれた時の世界総人口は、約3億人だからな」
今さらっととんでもないこと言わなかったか?今の世界総人口は80億とかだよな?
「……なんでそんなに減ったんだ?」
「それに関しては……そうだな、言うなれば」
ダンテは唇の前で人差し指を立て、大仰に言った。
「禁則事項、だ」
「……そういうの、知ってんのな」
◆
食後の一服も終え、ダンテが片付けも終わらせた。そうなると困ったことがある。
「さて、これからどうするか……」
俺がそうつぶやいた時、ダンテが返してきた。
「情報端末を見てくれ」
「……スマホのことか?」
こくりと頷いたダンテに促されるまま、スマホを起動する。
インターネットブラウザを見たあとスリープにしていたため、その画面が出てくるが、どうにも見たことないページが表示されている。
「君が寝ている間に拝借させてもらって、少し調べたのだよ」
「へぇ……」
……?………!?!?!?
「はぁ!?あっ、えっ……とっ、とりあえずパスコードはどうやって突破したんだよ!」
「昨日、君が起動する時の手の動きから3パターンほどに絞れた」
「……人の携帯勝手に触んなや……」
「今後は気を付けよう」
さらりと言うダンテから体を若干離す。アプリも少年漫画のやつしか入ってないし、見られて困る物なんて入ってないが、こいつの前では今後なるべく隙を晒さないようにしよう。
ちょっと警戒しつつも促されるままそのページを見ると、それはあるSNSの知らんユーザーのホームだった。
「そのユーザーの投稿の一番上を見てくれ」
そこには、ある動画があった。
最初画面に何か大きいものが映っていたかと思うと、何度か赤い線が一瞬走り、その後画面が大きく揺れて終わっただけのように見える。
「これが何なんだ?」
「気づかなかったか?高速で移動しているためはっきりとはわかりにくいが、そこに映っている線のように見えるのは人間だ」
「えっ」
何度か見返すが、言われればそう見えなくもないが、確証を持つことはできないといった具合だった。
しかし、逆に別のところが一つ気になってきた。
「この最初に一瞬映ってるやつ……昨日出たあの化け物に似てるな。サイズ感もあるし、なによりこれ倒れた後だと思うけど消え方が酷似してる」
「そう、それもある。次のブラウザにある動画も見てほしい」
そう言われるがままにタブ表示画面に移行すると、8つほど新しいタブが開いていた。
「……これ全部?」
「ああ」
ダンテが俺が寝ている間に調べたものを順繰りに見ていく。
それは動画や写真でそこにはどれも赤い線が映っていた。中には確かに人間っぽいことが分かりやすいものもあった。
これが同一の存在によるものだと言いたいのだろうか?だとしてもどうやって接触を図るのか……。
そう思いながら全てを見終えようと、最後に表示されている昨日更新されたホームページにあった一つの動画を見たとき、手が止まる。
ハッキリ姿が映っていたというわけではない。もっと別の……背景に目が留まった。多分自然公園。
「ここ……行ったことある?」
そのホームページを少し遡ってみてみると、写真がある時には割と見覚えのある場所がしばしば出ていた。ホームページの管理人が住んでいるのはこの町……というか、多分家が近い。リテラシーが低いな……。
「先入観を無くすため全部見終えてもらってから言おうとしていたが、気づいたか」
ダンテのその言葉によって理解した。
それまで見ていたページに戻ってみると、分からないものが半分を占めているが、それ以外は隣町かこの町の出来事の様だった。
「これ、まさか……」
「そうだ、どれもここの近く、5㎞ほど離れた地点を中心としている。行く価値はある」
流されかけたダンテのあまりに無礼で犯罪的な行いに説教をした後、そんなこんなで出かける準備をすることになった。
昨日は体を洗うこともなくキャンセルして寝てしまったため、ユニットバスでシャワーを浴び歯も磨く。
……体がベタ付く感じも口の中もなぜかあまり不快な感じは無かった。これもこの体の影響なのだろうか?
しかし、この時、家を出る前にケリをつけないものがあることをハッキリと理解することもできた。
ハサミを手に持つ。こいつを、俺は排除しなければならない。
意を決して、思い切り刃を入れて断とうとする。
「ぐおおおお……!」
髪に刃が入らない。明らかに手触りなどは普通の髪と大差ないのに、強度というか硬度というか…攻撃に対する耐性だけは異常だった。
少し試してみて分かったが、爪や皮膚と言った肉体の他の部位は、少女の肉体強度と言ってよい。なぜか髪だけが異常だ。
「切れなかったのか……一般的な人間の髪とそう違うものには見えないが」
服の裾上げをしているダンテが横目で見ながら言ってくる。
「まぁ、とりあえず纏めとくわ」
昨日コンビニで買っていたヘアゴムで雑に一つに纏める。ダンテが一つため息を吐くと、立ち上がって後ろに来た。
「雑すぎる……貸せ」
ダンテが髪を手際良くまとめていく。
どこかこそばゆい感覚とくすぐったくて気持ちいい感触が襲ってきて、恥ずかしくなってくる。
「……とっとと終わらせろよ」
「ああ、もう終わった」
自分で自分の背後は見れないが、邪魔にならないよう上手いこと纏めてくれているということは分かった。
少し赤くなった顔を誤魔化すように、照れ隠しで冗談が口を突いて出る。
「こういう技術はどうやって得たんだよ。まさか実地か?女たらしか?」
「心底くだらないな……すまない、本音が」
「謝ってねえだろ、それは。……んじゃ、行くか」
◆
交通費をケチるため歩きながら移動中、ダンテが話しかけてくる。
「リョウ、私は今意図的に君の歩く速度に合わせているんだが、少し落としているとはいえ一般的な成人男性の歩行速度くらいはある。」
そんな配慮をしていることを堂々と話してくること自体に辟易としつつも、答える。
「何か、昨日から体が軽いんだよな。見た目が変わっただけで元の身体能力と変わってないと言うよりも若干上がってる感じがあるっていうか……」
そう、アレになってない時でも俺は体の調子が非常にいい。
多分この時、俺とダンテの脳には同じことが浮かんでいたのだろう。そのことについてダンテが口を開いてくる。
「リョウ、昨日のような……変身をすることはできるか?」
「あぁ、あの……翼と輪っかが出てくる……」
「そう、パブリックイメージのいわゆる天使のような姿のあれだ」
「クッソ、言わねぇようにしてたのに……」
手を何度か開閉して感触を確かめてみる。他にも頭やら肩甲骨を触ってみるが、うんともすんとも言わない。
う~ん……どうにもピンとこない。そもそも昨日はどうやったんだっけ?
「わっかんねえや。昨日ああなった理由も分かんねえし、今もなんかスイッチがある感覚は無いなぁ」
「そうか……あの時は何をしていたのか思い出せるか」
昨日のことをしっかり思い出そうとするが、何となく突き動かされるような熱い記憶しか蘇ってこない。
テンションが上がりまくってたことで視野がめちゃくちゃ狭くなってしまっていた。
「あの時は何というか……お前を見返してやろうと思って無我夢中だったんだよな……しかももう死んでもいいと思ってたから何というか記憶が曖昧というか……」
「リョウ……そんなことを思っていたのか?もう無茶はするなよ」
それまでは顔は前を向いていたダンテが、俺の方に向き直り真面目な調子で言ってくる。
こいつの顔にじっと見つめられるとどうにも弱い。
「あ、ああ……分かってるよ。あの時は何かやれる気分だったんだ」
「……何かやれる気分か。案外、バカにできないかもな」
若干空気が重くなってしまった。
空気を軽くするために適当なことを言う。
「何だろ、自分の持ってる最後のタバコを吸うとか?もしそれなら今出てきたら十本吸いしなくちゃな」
「ふむ……あながち間違いでもないかもしれないぞ?明日にでも諸々検証してみるか」
「十本吸いを!?」
◆
最初の現場に着いた。
なんてことない道路の一部である。
「あの映像によると、この周辺に怪物がいたはずだ」
映像にも映っていた電柱などを擦ってみるが、何もおかしなところはない。俺たちの前に現れた6脚の怪物は木をなぎ倒していたことを考えると、だいぶスマートに倒されたらしい。
「次に行くぞ」
映像を時系列順に並べ、現場を辿っていく。
……住宅街の路地を歩いてるときは、通報されないか心配だった。
ベッドタウンとはいえ比較的都会だけあってあまりこちらに注目は集まっていなかったが、何というかダンテがあまりにも堂々としているのがよかったのかもしれない。
最後の目的地の自然公園に近づく。ここが空振りなら骨折り損だ。聞き込みをするわけにもいかない。
入り口付近に近くの高校の制服を着た、眼鏡をかけた男子高校生がいた。今は平日の昼だが、まだ冬休み期間だからだろうか。
大して気にすることもなく横を通ろうとする。すると、何かそわそわしているその男子はこちらに気づいたかと思うと声を掛けてきた。
「ん!?あれ?あの、すみません……」
「何か御用ですか?」
口を開きかけたダンテを制するように、俺はコンビニバイトで培ったマニュアル接客の技術を生かして努めてにこやかに返答をする。
バイトモードに入った俺は、代償として返答の言葉の語彙が著しく少なくなってしまう代わりに声がハキハキして大きくなり、愛想が良くなるのだ!
「えっ、あ、あの……お二人はどうしてここに?」
「散歩です!それがどうかしましたか?」
「あー……いえ、すいません。えっと、あんまり今はここに入らない方がいいかも……」
「何でですか?」
俺がそう聞くと少年は口からあーとかえーとか言葉ともいえない音を漏らしていたが、結局絞り出したのは弱弱しいものだった。
「……すいません、何でもないです。失礼しました」
そう言って引き下がっていく。
男子から目を離して自然公園の奥にずんずん進んでいくダンテの横について、視線が切れ声が聞こえないくらいの距離になってから話しかける。
「多分あいつパシリで中にいる先輩に誰も入れんなとか脅されてんだろうな。因縁付けてきたら全員のしちまうか」
「今の少年、我々を見て何か驚いたような顔をしていた。それに、彼は動画のうちの一つの端に映っていた人物だと思われる。明らかに何か知っているぞ」
ダンテは結構自身あった俺の話に耳を一切貸さず、しれっと衝撃的なことを言った。
「えっ、じゃあ今すぐ戻って」
「それがどうもそうはいかなそうだ」
「うおっ!?」
その時、草の影から飛び出してきた何かに向かってダンテは電撃銃を早抜きして撃つ。
その着弾地点には、ぴくぴくと震える1mほどの巨大な蜘蛛がいた。数秒して動きを止め、さらさらと霧散していく。
「今の……」
「ああ。私も確信は無かったが、今の消え方からしておそらく昨日我々を襲ったものと同じ類の存在だろう」
「でも、今回はしょぼ……どわっ!?」
そう俺が言って出現場所に近づこうとした時、ダンテに抱えられて後方へ飛ぶ。
自分が近づいた地点から、ぞろぞろと大量の蜘蛛型の怪物が現れた。どれも一体一体は小型だが、十数体はいる。
「あ、ありがとう」
「どうも。リョウ、変身できるか?」
そう言われて頭の中で色々念じてみるが全くもって手ごたえが無い。とりあえず今は諦めるしかない。
「多分無理!」
「了解」
情けない俺とは対照的に頼もしいダンテは俺の前に立ち、銃を撃って的確に蜘蛛を撃ち落としていく。
近づかれたものは蹴りで対処し、危なげなく捌いていた。
唐突に俺の方に銃を向けたかというと、俺の背後から迫っていた蜘蛛を撃つ。
「ナ、ナイス…」
その時、俺はあることに気が付いた。自分たちがいる場所は通路で両側が草むらであるが、基本的にダンテの側からしか来ていない。
つまり、そちらの奥に発生源がある。
「ダンテ!多分、向こうにこいつらを生んでる何かがある!」
「なるほど!……しかし、そうはいっても、数が多い。リョウを一旦退かせて私一人で行くか!?」
クッソ……俺も戦いたいが、流石に素手じゃ……そうだ!
「ダンテ!警棒くれ!」
「…分かった!」
投げ渡された警棒を家で見た方法で展開し、近場の蜘蛛をぶん殴る。
特殊警棒は初めて握るが、昔凶器として使った鉄パイプよりかは使いやすい。
「よっしゃ、俺も喧嘩慣れしてんだよ!どうだ!」
「……ああ」
どこか心配そうなダンテをよそに、俺たちは順調に敵を蹴散らしていき、ついには確認できるだけの全ての蜘蛛の怪物を蹴散らした。
「どうだ、俺も中々やるだろ?」
「そうかもな」
多分本心から思ってないダンテの生返事にイラつく。
ケッ、やるよ……!
整備された道を外れ、木々が深くなっているエリアに入っていく。
最も深い場所にそれまでとは一線を画する大きさの蜘蛛がいるのが見えた。多分数日もしたら話題になるんじゃないか?
その蜘蛛がこちらに気づいていないようだったので隠れながら二人で様子を伺うと、体に傷がいくらかあることが分かった。つまり、何かと争っている?同じような怪物が複数いたら厄介だな……。
「リョウ、見ろ。何かを産んでる」
ダンテの指した方向を見ると、言葉通りその蜘蛛が腹から何かを出していることが見えた。
そして、異常な速度でその内部から文字通り蜘蛛の子を散らすように大量の子どもが出てくる。
「……まずいな、こちらにも来ている。対処するぞ」
散会した子蜘蛛が何体かこちらに向かってきていたため、なし崩し的に戦闘に入る。
「あのデカブツを対処するのは雑魚を蹴散らした後だ。慌てるな」
「分かった!」
飛ばされたダンテの指示通りなるべく姿を見せないよう戦っていたが、それでも限度はある。ついに巨大な個体が反応した。
しかし、纏わりついてくる子個体の対処に精いっぱいで、そちらに注意を払うことができない。
「リョウ!避けろ!」
その言葉に反応して大きく飛びかけた瞬間、一際大きな怪物の目に、手裏剣が刺さった。口から吐き出された糸の軌道がずれ、明後日の方向に飛んでいく。着弾地点が大きく抉れた。まともに食らえば即死だろう。
そして、目の前に妨害の下手人であろう一人の人物が降り立つ。
目立つ赤いマフラーのした──女子高生だった。おそらく彼女が、今日一日探していた当の人物だ。
そう確信して声を掛ける。
「おい!君……」
そう俺の掛けた声は、突然の大音声で遮られることとなった。
「遠からんものは音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!妖怪変化の女郎蜘蛛、化生なれとも許すまじ!我は忍びの
高らかに口上を述べ、見得を切るその女子高生は、あまりにもチグハグな恰好をしていた。
近くの高校の制服であるセーラー服に籠手をつけその手の先にはクナイを持っている。そして何より目立つ、風も無いのに斜め上に向かってたなびく、長い赤マフラーとポニーテール。それはまるで──。
「あからさまにニンジャではないか!」
ダンテの驚く声が響く。そう、忍者……って。
「いや、忍者ではねぇだろ!」
「何を言っている!?日本のニンジャのステレオタイプそのものではないか!」
「お前の忍者観どうなってんだよ!時間移動できんなら正しい歴史認識を持っとけや!」
そう騒いでいると、その間にその忍者……ではない女子高生は動き始める。
体を上手く使って蹴りや斬撃を繰り出し、中距離に対しては武器を投擲し、大量の蜘蛛の怪物を押しているようであった。
「一殺多生、百花繚乱!色即ッ是空ゥ……!」
変な掛け声を出しながら戦うその女子高生は、異常な身体能力はさることながら、明らかに超常的な力を使っているようだった。具体的には、そんな収納は無いはずなのに懐から湯水のように手裏剣やクナイ、そして忍者刀を出しているのだ。
正直、意味不明だし関わりたくない。
「ダンテ!どうする……!?」
「どうもこうも、助太刀するしかあるまい!」
そう言って突撃するダンテに続いて、ちょっと躊躇しながらも俺も突っ込む。
そうやってしばらく戦っていると、ダンテが何かに気づいたのか瞬間移動を使った。
一瞬で俺の傍に来て、抱えながら転がる。俺が元居た場所を死角から飛んできた糸が通過した。
「うっ…空蝉の術!?」
女子高生が驚いた声を上げる。
ダンテに抱えられ、俺たちは草木の影に隠れた。ダンテに降ろされる。
「リョウ、君はそのままでは危険だ」
「じゃあなんだ!俺はすっこんでろとでも……」
「それもあるが、リョウ、彼と合流するのが君の仕事だ」
「あァ?」
そこには、入り口付近にいた男が怯えたような顔をしながら隠れるようにしゃがみ込んでいた。
「リョウ、彼の護衛を頼む。ついでに、なるべく情報も貰ってくれ」
「えっ、ちょっとまっ」
俺の言葉を聞かず、ダンテは再び巨大な蜘蛛の元へ走る。
「あーもう!何なんだよ!」
「すっ、すいません!ちょっと
「……いや、君に怒ってるわけじゃねえよ」
若干の余裕があったため、守りながらその少年と話す。他は何とでもなる。俺が変身する方法について、知っているならいち早く聞き出さなければならない。
「おい!あの……女子は、普段から強いのか!?」
「えっ、いっいや違うよ!僕らはおとといまでは普通の高校生だったんだけど……」
「そこらへんはいらん!どうやったら強くなった!?」
「ひぃいっ」
ビクビクとおびえた様子のメガネくんには悪いが、こちらに丁寧に話を聞く時間は無い。
「テッ、テンションを上げるんだ!僕は昨日の一回こっきりで全然できないけど……」
「そう、それが聞きたかった!」
ついに目的の情報を引き出せたことに歓喜して警棒を振る手に力が入り、蜘蛛を同時に二体飛ばす。
あちらの戦闘が佳境に入ってきたのか、こっちに回される戦力は減ってきた。
向こうの様子を観察しながら考える。電撃銃の効きは悪く、決め手に欠けているようだ。やはり俺が行くべきだろう。
「テンションを上げる、ねぇ……」
「といっても確証があるわけじゃないし、気にしなくても……」
俺が気分を上げられる、俺にとって最も尊い行為。
そんなものは決まっている。
「悪いな少年、一本もらうぜ」
「はぁ!?ここは禁煙だしそもそも子どもが……」
メガネが言葉を言い切る前に、タバコを口にくわえる。
ジッポの鳴らすキンッ、という小気味いい音と共に息を強く吸って火を付け、そのまま肺に思いきり煙を入れた。
煙を吐き出すと、それに呼応するように視界にちらつく髪が白く染まる。暴れる髪を抑え切れずにヘアゴムが千切れ、髪がぶわっと大きく広がった。
俺の背から、翼が生える。
「リョウ!頼む!」
「任せろ」
ダンテから声を掛けられた直後、俺と化け物までの直線状には、いかように動き回る敵と乱入者をコントロールしたのか障害物が消えていた。
ジャンプし、数十メートルの距離を一歩で詰める。やったことは無いが、当たり前のようにできる気がした。
「くたばれッ!」
昨日と同じく溢れる万能感のままタバコを持っていない左腕を振るい直接殴りつけると、その化け物は霧散した。
滑るように地面に着地する。
高校生男女が仲良く口をあんぐり開けて俺を見ている。そちらに向き直ると、男の方はビクッと体を震わせた。心外だ。
怖がらせてしまったが、ちょっとは事情を知っているらしいその二人に、今すぐ聞くことがあった。
「なぁ、これの解除ってどうやっ……」
その言葉を言い切る前に、以前この力を使った時と同じく視界が暗転した。
◆
ダンテの腕の中で目を覚ました。横抱きで抱えられている。
「…どれくらい経った?」
「まだ5分も経ってない」
今回はずいぶんと早い目覚めだったようだ。何が影響している?単に二回目だからか?
「……とりあえず早く降ろせよ」
「実は、そうもいかないことになった」
「はぁ?いいから……!」
「待て、大声を出すな」
その時、俺たちの会話に気づいたのか、女子高生がいつの間にかこちらの前に降り立ってきた。
そして、満面の笑みを浮かべながら高らかに宣言する。
「拙者は
あぁもう……変なのがまた増えやがった……!