視界が急激に大きく回る。
直後に三半規管がかき回され、自分が自分で無くなるかのような、ふわふわと意識が宙を漂うような、底冷えする感触が襲ってきた。思考にも
口の端から胃液が漏れそうになるが、気合で飲み込む。すると、喉を焼く感触に若干意識が戻ってきた。
「いッ、今のは……?」
「悪いな。ジョウントは強い不快感と酩酊を伴う」
その言葉から察するに、ダンテが瞬間移動を行ったらしい。
「アレは話が通じるタイプではない……」
何があったのか、ダンテは彼らと接触することを諦めたようであった。
ダンテは周囲を強く警戒している。動いている
恐らく俺が目を覚ます前もそうだったのであろう膠着状態が続いていると、遠くから、小さく話し声が聞こえてきた。声からして自分が守っていたメガネの男子高生……何となくわかっていたことだが、高校生二人は元々知り合いで協力関係にあるらしい。
「視線がお互いに集中している。今の内に離れるぞ」
メガネの男子高生と話し、注意がこちらから逸れている間にこの場から去ろうとダンテが動き出す。
抱えられている俺の目から草木の隙間から二人の姿が見えた瞬間、男子高生がこちらを指さす。パチリと目が合った。
ダンテは音を立てていたわけでもないし、こちらには一瞥もくれていなかった。何故だ?
そう思ったのもつかの間、遠くから女が大声を出し、凄い勢いで近づいてきているのがわかる。
「我々……ニンジャ!同士、共に、戦おう!そちらの女人もくノ一でござるか!?にっ、忍者の機関があったりするでござるか!?里!?公安!?」
目を輝かせ、そのままぶつかるような勢いで走り寄ってダンテと俺に詰め寄っていく。ダンテは、一切調子を崩すことなく淡々と答える。
「違う。我々は忍者ではないし、さっきのは空蝉の術でもない」
「ふっ……分かっているでござる。忍者とは闇に潜み、淡々と任務をこなす仕事人……しかしここには拙者らしかいないでござる」
「そうだ、今ここには私たちしかいない。嘘を言うメリットは無い。私は、未来人だ」
「は?そんなんいるわけないでしょ……じゃなくて、拙者を欺くのは無理にござる。そのような荒唐無稽な絵物語を信じるほど夢見がちな童ではないでござるよ」
「それがいるのだよ。ちなみに、私の知識では21世紀における忍者は、日本においてでも未来人には劣るが荒唐無稽なものだとなっている。君のその姿くらいな」
「いやいやいや……忍者でありながら忍者に疎いのでござるなぁ~。一般人を巻き込みたくなくとも拙者のようなニンジャ・エリートは騙せないでござるよ」
何だこいつら!?一切退かずに自分の言いたいことだけ言い合ってやがる……。
そしてこれは……どっちが優勢なんだ!?
その時、俺が目覚めるまでダンテが逃げていたことを思い出す。この勢いをいなすことができず、一旦この場は退くことに決めたのだろう。
しかし、今の俺の様子を見てダンテはもう瞬間移動は無理だと悟ったのか、動かないことを選択したらしい。足を止めて口論を続けている。
マズい……収集がつかないぞこれ。この流れを変えるには……クソ、頭痛がする。タバコも一口しか吸えてねえし……。
「おぉ~い…美海ぃ~…」
「むっ、拙者の協力者も参ったでござる」
メガネの男子高生が近づいてくる。この状況を打破するきっかけになってくれないか……。
「紹介しようぞ、このどこか頼りないメガネ・ニンジャは──」
豪乱河が自分を紹介しようとした時、割り込んで声を張った
「な、なぁ美海!とりあえず、この人たちに食い下がるのはもうやめない?ほら、女の子しんどそうじゃん……せめてこっちの事情伝えてさ」
「に、忍者は影に潜む者ゆえ……世を忍ぶ仮の姿のことなど……忍者仲間に説明できる謂れが……」
「まあ、あっちも信頼できないのはあるけど……」
なんか話が分からない方向に吹き飛びかけている。
どうもまごまごしている……もしかして、こいつらもここからどうすればいいのか纏まっていないのか……?
「降ろせ」
緩んだダンテの腕から飛び降り、変身した時の衝撃でヘアゴムが飛んで煩わしい髪を大きく掻き上げながら、仁王立ちして親指で公園の外を指して宣言する。
「ガキども、ファミレス行くぞ!奢ってやる!」
◆
ファミレスに四人で来店し、 壁際のテーブルを取れた。
言葉を交わすことは無かったが、ダンテも察しているようで、想定通りに誘導してくれた。
高校生二人を奥側のソファ席に座らせこちらは椅子、体格のいいダンテが通路側に座る。これは、こちらが逃げるときには相手がワンテンポ遅れるし、あちら側が逃げようとしたとしてもダンテが立つだけで出口への道で確実に通る通路を防ぐことができる。飲食店で怪しい人間と会食するときには位置取りに気を付けることが肝要だ。
「いやほんと…他にも同じ人いて良かったぁ~…!こいつしかいなくて頭おかしくなりそうでしたよ!」
あっちのそんなこっちの思考には気づいていないようで、二人ともどこか呑気そうにしている。
豪乱河と名乗る女の凶器はどうしたもんかと思ったら、マフラーを外したら籠手と共に消え、無風なのにたなびいていたポニテも普通に垂れていた。
「まあ、とりあえず頼もうぜ。話すのは待ち時間でいいだろ」
そう言いながら、俺は来る前から決めていた自分の注文をとっとと用紙に書き込む。
ドリアとドリンクバーの番号を書いた時点で、その数量を空かせておいた。
「お前らドリンクバーいる?」
「私は不要だ」
「あぁそう?まあ確かにお前はいらなそうだよな」
高校生の方は肯定してきたため、ドリンクバーを3つにして、あとは用紙を高校生組の方に渡す。
二人でメニュー表を見ながらおいしそうだのなんだの楽しそうに話しているのを、なんだか別世界の住民を見るように何となしに眺めていると、豪乱河と目が合う。
「何頼んでもいい?」
「ん?……まあ、常識の範囲内でな」
そんな高いメニューは無いだろ……無いよな?
「やった!私ここ来るの初めてだから~」
……豪乱河の口調が例の芝居がかったわざとらしい古式なものではなくなっていた。
サラサラと番号を書いていく姿を見ると、3つほど書いている。
「何頼んでんの?」
「エビのサラダとピザ、あとシナモンフォッカチオ」
合計で1200円。自分で食うなら別に普通だしどうでもいいが、初対面の人間にここで奢られるにしては中々図太いな……。
「躊躇ねぇなオイ。兵糧丸でも食ってろよ」
「フォッカチオの方がハイカラなアトモスフィアを感じる。実際ウマイ……はず」
二人が決めた後に動いていない隣のダンテを見たが、こいつは何も注文しなかった。この二人を警戒するためなのかもしれないが、俺の懐事情を気にしているからかもしれないと思うと理由を聞く気にはなれなかった。
注文を通した後、ダンテ以外はめいめいに飲み物を取ってきて、席に戻る。
俺は、ダンテの前にコップを置いた。
「これは?」
「無料の冷だよ。お前の前に何もないんじゃちょっと気まずいしな」
「……そうか、気遣い感謝する」
俺は持ってきたドリンクバーのコーヒーを啜る。
コーヒーは好きだが、最大限味わうために重要なパーツが欠けているためなんとも口寂しい。
「あ~…ハイライト吸いてぇ……」
「全面禁煙だぞ」
「分かってら、言っただけだ」
「あの……公園でも思ったけど禁煙とか以前に吸っちゃダメなんじゃ……」
メガネが俺に声を掛けてくる。そういえば、まだ一番重要なところを説明してなかったか。
「失礼な奴だな。俺は21だ」
「えっ!しっ、失礼しました。小さい子だと思ってタメ口で話しちゃって……」
「敬語は別に使わんでもいいけど。こっちも使ってないから」
「そうは行きませんよ。助けられましたし……」
メガネくんは年上にも敬語を使うし、どうやら恩義を忘れないタイプなようだ。
まあそれが普通だが、俺の知る高校生と比較したらは非常にしっかりしていて眩しい。これが都会パワーか。
「21歳ってことは、大学生なんですか?」
「いや、高卒だよ。受験すらしてない。……よし、ちゃんと自己紹介するか」
二人はこれからの俺たちの趨勢に大きく関わるかもしれない、貴重な手がかりだ。
俺は比較的明るめの声を意識して、努めて友好的に自己紹介をすることにした。
「俺は東椋。おとといまではコンビニバイトしてた。今はこんな体になったせいで無職。趣味は喫煙と……週刊少年誌を読むこと。それでこいつは──」
「ダンテ。未来人だ」
ダンテが非常に端的に名乗ると、本人以外の表情が歪み、空気が弛緩した。
俺が仲良くするために親しみやすい趣味を話したってのにこいつにはそんな様子がまるでない。その癖俺より興味を引いているのが何とも気にくわないが……。
メガネくんが怪訝そうな顔をしながら引きつった声を絞り出す。可哀そうに……奇人から解放されたと思ったら奇人に出会っちゃったんだね……。
「どういうことですか?もしかして、昨日から変な力に目覚めた人はそういうアレになるんですか?」
「
「私もマジだ。そうだな……証明と言っては何だが、フーマ・ニンジャは2543年に一度復活するぞ」
「知らねぇ~よ!生きとらんわ!」
俺がツッコむと、おそらく冗談として受け取られたのだろう。メガネくんが声を出して笑う。
少し緩んだ空気のまま、あちら側の自己紹介も始まった。
「僕たちもちゃんと自己紹介をしますね。僕は
「変なのでぇっす。あと忍者の魂持ってまぁす」
ストローでメロンソーダを飲みながらメガネくん──白石の隣の豪乱河がピースして茶々を入れる。
白石はそちらに一瞬目を向けた後、無視して自己紹介を続ける。
「僕たちは近くの
「いや、よく見る制服だからここら辺の高校だとは思ってたけど、地元民じゃないし見ただけじゃ具体的な高校名は分からん。
「そうでもないと思いますけど……」
何だこいつ……バリバリの不良校に通ってた俺への嫌味か?
確か市内トップだし偏差値とかは知らんけど多分60くらいはあるだろ。
俺の顔を見て豪乱河が横の白石を肘で小突く。
「ごめんなさい、透はデリカシー無いから」
白石はそれを聞いた途端、自分が常識力で豪乱河に負けたという事実にショックを受けた様子であった。
少し呻いていたが、咳ばらいをすると自分を取り戻したようで話し始める。
「僕たちは幼馴染で、小学校からの付き合いなんです。普通の高校生だったんですけど、昨日からお互い変な体質になっちゃって、美海は元々ちょっと変わったところはありましたけど、まぁ~中々……」
白石が身の上を語りだしたそのタイミングで、注文が届きだした。
食べ慣れたミラノ風ドリアを口に運ぶ。
うん、いつも通り。めちゃくちゃ美味いというわけではないけど悪くはない。安心感を食っていると言っていい。
ミートソースパスタを頼んだ白石が、食器を手にしながら話しかけてくる。
「ええと、途切れちゃいましたけど僕たちの関係は……」
「いや、大体わかった。つまりお前らは元々何の変哲もない高校生で、昨日から超常的な力を手にした。そして豪乱河は元々思い込みの激しい人間で忍者好き。そんなところだろ」
「えっ、は…はい、そうです。理解していただけて助かります」
俺の言葉に白石は頷く。
対照的に豪乱河は不満げであった。
「思い込み、というところは訂正してほしいな。私のソウルは本物!」
「美海、あ~ん」
「ん、んあー……」
白石はピザの一片を口に運ぶことで黙らせ、会話を続ける。
「それで……お二人はどういった関係なんですか?」
「んぐっ、それはもちろん主従でしょ!姫君を守る忍者…う~ん、滾る!」
「黙ってろ。というか向こうの話聞いてた?」
白石が豪乱河をたしなめた。豪乱河も慣れているのかケラケラ笑っている。
ドリアを食っている俺を横目にダンテが答えてくれる。
「我々は昨日出会い、成り行き上協力関係になった。基本的に私は彼の世話になっていることもあり、巻き込まれてしまった彼の現状を解決するために行動している」
白石が少し困惑したような顔になった。俺のことをじろじろと見てくる。
「彼って…えーっと、ちょっと言いにくいことですけど、東さんは女性ですよね?」
「本当に言いにくいことだな……。私の時代では
俺のプライバシーに関わることをどこまで言ってもいいか、ダンテが目で訴えてきたため、そこからは俺が引き継いで話すことにする。
「今の肉体は、確かに女だ。原因は不明だけど、俺が一昨日目覚めたときはこうなってた。元の俺は身長も170超えてる成人男性だよ」
「へ、へぇ~」
高校生二人は今の話を聞いて若干引いたようだった。俺だってなりたくてなったわけじゃねぇんだよ殺すぞ。
「…むしろ、そっちは昨日から何か体に変化も無いのか?」
「特にないですね。美海も無いよな?」
「うん。ニンジャとして目覚めたけど、見た目は特に」
つまり、この事態で最も被害を被っているのは俺というわけだ。もし下手人がいたとしたら、俺だけ多めに殴ってやろう。
「豪乱河美海。君はニンジャとして目覚めた、と今言ったな。具体的には昨日から何がどう変わった?」
俺が怒りと共にドリアを掻き込んでいると、ダンテが豪乱河に尋ねる。
よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに豪乱河はピザを皿に置いて大仰に手を広げる。
「やあやあやあ!拙者は真紅の襟巻をたなびかせ、あい操るは武芸百般……手裏剣、クナイ、鎖鎌、隠れ身に遁法!……そう、我こそは疾風怒濤のニュー・ニンジャ!ゴウランガァッ……ミミ!」
「要するに、あの赤マフラーを巻くと身体能力が上がって、忍者っぽいことができるようになるってことらしいです」
「んなあっ!?」
白石が雑に総括すると、興を削がれた豪乱河が素っ頓狂な声を上げる。
「何で口調が変わんの?」
「そりゃニンジャとして活動してるときはニンジャとしての言動を心掛けなければ、ニンジャ全体の品位に関わるじゃないですか!それに、私を特定されちゃいけないし!」
「くだんねぇ……」
俺が呆れていると、白石が希望に満ちた目でこちらを見てきていた。
比較的常識人の同士が見つかったことに歓喜しているのかもしれない。多分俺は君ほど常識無いぜ、育ち的に。
「白石透、君にも変わったところを聞きたい」
「僕は、念じると化け物とか美海とかの位置が分かるんです。ちょっと説明は難しいんですけど何というか、もっと厳密に言うと色んなところから雑音が聞こえて、特に強く訴えかけてくるような特徴的な音がするって感じですかね」
「へぇ……分かりにくいな」
「これが結構不快でしんどいんですけどね」
白石はそう言うとちょっと嫌そうな笑顔を浮かべる。そして少々意外なことに、豪乱河は寂しそうな表情で横目にそれを見た。白石は気づいていない。
「それでいうと東さんとダンテさんからも音しますよ。人間が発してるときはその人の声っぽい感じが混ざるので判別しやすいですね。あと近くに音の発生源が多いと、遠くのものは聞こえづらくなります。多分外にはまだまだ怪物もいるでしょうけど、ここにいる三人以外は全然わかりませんね」
白石がそう言うと、ダンテが不可解そうな顔をした。
「すまない。私はホモ・サピエンスであり、私個人に備わっている者も生物特有のものとしての領域を出ないものなのだが、それでも私も対象なのか?」
「え?まぁはい……」
多分白石はダンテがそう思い込んでいるだけだと考えているからか、あまり深く突っ込もうとせずに流す。変人の対処は慣れてるんだろうな。
「僕は昨日これを使って、美海と一緒に変な音のする場所に向かったら化け物がいたから、美海が退治して回ってたんです。今日のあれは昨日仕留め損ねたやつを改めて退治しようとしてました」
「あぁ、だからあんなに……」
「えっ、僕たちが昨日戦ってたの知ってたんですか!?どうやって?」
「SNSの目撃情報を集めたんだよ。安心しろ、個人を特定することは到底不可能だった」
白石はレーダーのような力を持っていて、それで探し出した化け物を戦闘に優れた豪乱河が対処する。そうすることで、たった一日で8件も他人の記録に残るほどの戦果を残したということか。
戦闘特化とサポート、それも索敵特化と考えると、こいつらは相性がいいな。
「危険だとも思ったんですけど、今週末には三学期が始まっちゃうんで、今のうちに片付けるべきだって美海が言って」
「後回しにしてもし悪化したら良くないし、もし世の忍者が私たちだけだったら、一日でも放置して一般の方々に被害が出る可能性があるからね!それに……」
「良く言うよ……力を振るって忍者ごっこしたかっただけでしょ」
「……へへへ」
豪乱河は照れ隠しのように笑った。
ダンテはそのタイミングで頭を下げる。どうにも、さっきの豪乱河の戦う理由に感銘を受けたようだった。
「豪乱河美海、白石透。君たちは正しい行いをしたと私は思っているし、それを尊敬している。だからこそ、その力を、どうか我々に貸してほしい。勝手な言い分だとは理解しているが……」
「もちろん!ふふふ、ニンジャというのは人のために戦うもの……当然答えはイエスしかない!」
「僕も同じです」
「ありがとう。恩に着る」
満足そうに笑う二人がダンテの言葉に乗った。……これ、もしかしておいしいところ持っていかれた?非日常への入り口ダンテに取られてるじゃん……別にいいけど。
へらりと笑った豪乱河がダンテにどこか面倒そうに言う。
「気になってたんですけど、フルネームで一々呼ばなくていいですよ。親しみっていうか、単に長いんで。東さんもね」
「そうか。では改めて頼む。ミミ、トオル」
「俺は元からフルネームで呼ぶ気はねえよ。よろしくな、白石、豪乱河」
少しだけ距離が縮まったような空気が醸し出されたところで、それぞれ食事に取り掛かりつつ和やかな雰囲気が流れる。
食べ終わって落ち着き、今日のところは解散するということになった。
「どうやって連絡する?所定の場所で落ち合うか?」
「いや普通に連絡先交換しましょうよ。スマホは流石に持ってますよね……?」
「ん?ああ、そうね。やっとくか」
不慣れなため俺が若干手間取りながらも友達登録を済ませると、アプリの連絡先に二人の名前が登録される。元々疑っていたわけではないが、偽名ということは無いようだった。
俺がその時久しぶりにトークの名前一覧を見たが、おそらく最大手であるこのメッセージアプリには、ここ5年くらいバイト先としかやり取りした記録が無い。寂しい人間だ。
耳に口を近づけてきて、ダンテが俺に囁いてくる。
「リョウ、どうかしたか?何とも虚無な顔をしているが、彼らとの連絡先交換は苦痛なのか?そういったことなら……」
「違う、何でもねぇよ。……へいキッズ、何かあったらすぐ連絡し合うこと。まあそっちは学校始まったらこの件を追う時間が確保できるか知らんけど。今の高校生って何かと忙しいらしいじゃん?」
「東さんも3年前まで高校生でしょ……言っても高1の一月とかやること無いですし、僕たちどっちも部活入ってないんで、割と自由っちゃ自由ですよ。家が近いのもあって基本的にはそんな離れることも無いです」
「そりゃ何より。じゃ、今日はこんなところか」
ゾロゾロと外に出る3人を横目に伝票を持って立ち上がる。
ふと、机上を見る。ダンテの前にあった冷やの近くには、結露によってコップの底にできる輪もどこにもなく、よく見たらそもそも水位が全く減っていない。
横に座っていたから気づかなかったが、冷のお替りのために席も立っていないし、ダンテは飯を食べていないどころか水を一滴すら飲んでいなかったらしい。
……俺の懐事情を気にしているのだとして、無料の水まで遠慮する意味は無い。
あいつ、何を口にして動いてんだ?
◆
「じゃ、なんかあったら連絡してくれ。俺はいち早くこの事態を解決したいから、協力してくれたらお礼もまあ……できる限りはするから」
「はい、お互い頑張りましょうね」
「では、サヨナラ!」
帰る方向が違ったため高校生二人を見送った後、ダンテと二人で歩き出した──ところで、真っすぐ帰路につこうとしたダンテの袖を掴む。
邪魔なキッズたちがいなくなった今、やらなければならないことが一つあった。
「近くの駅の裏に喫煙所あるから、吸ってから帰っていいか?」
「一本吸ったら帰るぞ」
「分かってるよ」
食後の一服は欠かせない。家に徒歩で帰るまでなんて耐えられるわけがない。
喫煙所に行くと、今が平日の昼過ぎという時間帯ということもあってかそこは無人だった。
比較的都会寄りであることもあって、仮にさっきの二人のような制服を着ているレベルのあからさまな学生がいても基本誰も声を掛けない(経験アリ)が、まあジロジロ見られなくて都合がいい。
タバコに火を付けたところで視線を感じて、しれっと喫煙所に入ってきていた隣にいるダンテを見上げる。
こちらの様子をじっと見つめていたため目が合った。ほしがりさんめ。
「ったく、しょうがねえなぁ……一本やるよ」
「いらん。私が見ていたのは、リョウが変身するかどうか、ということを確認するためだ。戦いながらもそちらの会話は聞いていたが、喫煙をトリガーとして変身したのだろう?」
「そういえばそうだな。あれはなんだろ……やっぱ変身したい!って強く願った上で吸ったからじゃね」
「もしそうなら便利だな」
そう言うと、ダンテは喫煙の様子を見る趣味は無いのか話を切り上げ虚空を見つめる。
俺も、近くにいるこいつの顔を見続けるのは首が痛いのでタバコに集中することにした。
無言の空間が数分流れた後、タバコを吸うことでいっぱいになっていた頭が落ち着きだして、あの二人
「結局、この件の根幹や原因部分は分からなかったな。あいつらも巻き込まれてるってだけで、俺らと同じだ」
「ああ。だが協力者を増やすことはできたし、他にも同じ境遇の人間が複数いる可能性があるということも知ることができた。それを辿っていけばより手がかりを多く得られる。それに、トオル……彼は非常に強力で便利な力を持っている。どういった条件なのか具体的に知るために試す必要はあるがな」
「そうだな……まあこんなもんか。二日目にしては上出来だと思わなきゃな」
話が一段落し、また無言になりそうになったため、間を持たせるためにもファミレスで疑問に思ったことを聞くことにした。
「そういえばお前、
「……すまない、持って来られた後に不要と言っては角が立つと思ったのだ。気分を害したなら申し訳ない」
「いや、別にそれはどうでもいいんだけど……」
まさか因縁付けてると思われたか?
謝られるとは思っていなかったし、そこは本題ではない。本当に気にしていないことを示すためにも、気になっていることについて聞く。
「お前、俺の前だとなんも口にしてないけど、まさか飲まず食わずってわけじゃないだろうな。倒れられたら気分悪いし、節約のためってんなら保険証も持ってないだろうから高くついちまうぞ」
「心配は無用だ。これを摂取している」
ダンテは懐から小さな瓶のようなものを取り出した。
そのまま蓋を開けて手の上に振ると、錠剤が出てくる。
「これは私の体内にある装置と反応して活動に十分な栄養を作り出す。少なくとも、君が目的としている今月末までは問題なく持つさ」
「それ美味ぇの?」
「私にとっては、ハイライトよりかは」
……それは美味いと捉えていいのか?もしそうなら世界一美味い物体ということになるが……。
「冗談だ。無味だよ」
「マイナスなんかい!」
イラっとしたためこいつにとって不味い煙を吹きかけてやる。濃い副流煙を吸わせて改心させてやるよ……!
「やめなさい」
ひらひらと顔の前で手を振るが、表情は変えず大して気にしてる様子では無かった。
「でもよ、それがあったとしても水すら飲まない理由にはならないんじゃないか?この時代の食べ物は不味いから食わないとかそんなんじゃないかと俺は予想してるんだけど」
「そんなことはない。特別この時代の食べ物が美味いということもないが逆にそう大きく変わるわけではないし、食を楽しむ感覚も存在している。そうだな……」
ダンテは僅かに考えた後、話題を急転換させた。
「ペルセポネーは知っているか?」
「知ってるけど……急になんだよ」
ペルセポネは、確かギリシャ神話における冥府の神ハデスの妻だ。
表記は今のダンテの発音と若干違ったが、昔図書室で読んでいた本に出てきたため知っている。
「ならば話は早い。彼女はハーデースに騙され冥府のザクロを食べたことで冥府の住人となった。私は彼女と同じ轍を踏まないようにしているのだよ」
迂遠な物言いだ。
しかしそれを聞いて、ダンテの言わんとしていることはなんとなく理解することができた。
「ヨモツヘグイか」
こぼした俺の言葉に、ダンテは頷く。
「そう言えば、この国にも似たような逸話があったな。そちらで話せばよかったか。……というかリョウ、その手のことを存外知っているのだな」
「まあ、本当の意味で金無かったから……」
俺の黄泉みたいにドブ色の学生生活はさておき──つまりこいつは、自分が元居たのと違う時代で食事をすることで、自分がその時代の住人になってしまうということを危惧しているということか。
何ともまあ、
「ふぅん……それは、何か実証されてたりすんの?」
「いや、これはただの願掛けで、無根拠だ。孤独な世界で自分が精神異常者でないと信じ続けるには、こう言ったことも大切なのだよ」
少し意外だった。ダンテの人間らしい部分が垣間見えた気がして、少し気持ちがいい。
灰を固定された灰皿に落とす。まだ吸い切るまでには時間があるな。
少し、未来のこいつに興味が湧いてきた。
「じゃあお前さ、未来では何食ってたんだ?やっぱペーストとタブレット?」
「全く、そんな訳が無いだろう。私は…いつ、も……」
急にダンテの口が止まった。地面を見つめ、目を丸くしているが、そちらに目をやっても特に変わったところは無い。
「どうした?やっぱ不味いん?」
軽口を言いつつ顔色を伺うため、タバコを口から離して顔を思い切り上げて下からのぞき込む。
──ぎょっとして、息を飲んだ。
ダンテは脂汗を浮かせまるでこの世の終わりかのような、蒼白な顔をしていた。
その様子は、ほんの二日の付き合いでも分かるほど明らかに異常だった。
「時間跳躍に失敗したからか……?なぜ気づかなかったんだ……」
少し長く目を閉じた後、パチリと開けた目がのぞき込んでいた俺と合う。
何故か、ダンテが一瞬小さく微笑んだ。しかし即座に元の
「……心配させて、すまないな。端的に言うと、知識はあるがこの時間に来る前の記憶がほぼ全て欠落している。ということに、今気づいた」
「……え?」
そう言ったきり、こちらに伝える義理は果たしたとでも言うのか、再び目を閉じる。ダンテはもうこちらを見ずに自分の世界に入っているようだった。
「私は、時空調査局実働調査員……目的は……」
ダンテがブツブツとうわ言のように呟く。
灰がポトリと落ちる。タバコの火口は、もうフィルターまで到達していた。