時は少し遡り──豪乱河美海と白石透は、高校の始業式が終わった後にホームルームを経て、自由な時間を迎えていた。
美海はいつも通り教室の透の席にいそいそと近寄り、耳打ちをする。
「どうする?この後、秘密の特訓でもしちゃう?」
透はまだ人もいる教室で異能力関連の話題を出したことに顔をしかめるが、クリティカルなワードを出さなければ周りには何を話してるか分からないだろうし、むしろ学校という入る人間が限られている空間の方が、今日の今後の行動については往来で話すよりかはマシかもしれないと思い直す。
耳打ちからの流れで自分の背にもたれかかってきた美海に対し、周りに変に思われないよううろたえること無く透は答える。
「どうするもこうするも……今日は帰って休むよ。明日明後日でまたやるんだし、今週の疲れを取らなきゃ」
「でもさぁ……私は気力十分!っていうか……楽しすぎて修行しないと落ち着かないっていうか……」
「……そんなとこだろうとは思ってたけど、何が起こるか分からないんだから体調は万全に保っとかないと」
透が首を後ろに倒し美海と目を合わせながら話していると、そこに近づいてくる姿があった。
「やあやあ新年も変わらずお熱いね、ご両人」
二人に、
首を倒していたため近づいてくることに気付かなかった上に、声を聞いてから向き合うのに一拍置いた透より先に美海が答える。
「晴奈ちゃんあけおめ。そういうそっちは、ちょっと変わったね」
「おっ、分かる?」
「うん。ズバリ……インナーカラーをコバルトからネイビーにした!」
「だいせいか~い。似合ってるっしょ」
透は自分の頭上を越して話す女子二人を特に何も思うところも無く眺めていたが、ふと視線を感じた方に目をやると、自分たちの様子を伺っている晴奈と仲が良いクラスメイトと目が合ってしまった。おそらく待っているのだと思い、会話の切れ目に透は口を挟む。
「須賀さん、それで用件は何かな?まさかからかうためだけに話しかけてきたわけじゃないでしょ?」
二人がこうしてベタベタしているのが物珍しいなら、それのみを話題として話しかけてくることはあるかもしれない。
しかし、美海と透が進学して高校生活が始まったばかりの頃は男女でやたら距離が近いので色々言われていたが、もう三学期の初めの現在ともなるとクラスメイトは皆すっかり慣れてしまっていた。
「久しぶりのからかいも半分くらいは目的だけど……まっ、そうだね。いや大したことじゃないよ。これからみんなでカラオケ行かないかなって話してたんだけど、来る?」
晴奈は個人的に気に入っているからか、二人をこのようにしてしばしば遊びに誘ってくる。
彼女が所属しているグループにも受け入れられている上、そのおかげでクラスに馴染めている節があるので二人ともありがたいと言えばありがたくも感じてはいるが、ついさっき休息が最重要という話になったばかりであった。
「誘ってもらって悪いけど、僕は行かないかな」
「私も~。ごめんね」
二人から帰ってきた返事は非常に素気無いものだったが、予想していたのか晴奈は大して気落ちしたようでも無い。
「了解。元々そんな期待はしてなかったけどね。それじゃあもしかして……今日も家でしっぽりなの?」
晴奈はニヤニヤしながら、最後は少し声を低くして言った。
透はそれに対して露骨に溜息を吐いて呆れを表明しながら答える。
「相変わらずデリカシーが無いね……なわけないでしょ」
彼女は透と美海がお互いの家に一緒に出入りする場面の目撃証言が出回ってから、こうして二人をからかってくることがままあった。そのため、呆れながらもどこか慣れた様子で透は返事をする。
美海は口を挟むことなく、晴奈ではなく答えた透のことをじっと見つめていた。
「ひひ、ごめんごめん。こんなおおっぴらで量も質も兼ね備えたクラス公認カップルなんてそういないからね、ちょっと楽しくなっちゃうんだよ……じゃっ、また来週!」
入り口付近で集まっているさっき会話の様子を伺っていたクラスメイトも含む男女混合グループが待っていることを察し、晴奈は透の席から離れてそこに合流していく。
来ないって~などと話しながら移動していく後ろ姿を眺めながら、透は何ともつかぬ息を吐いた。
「付き合ってはないんだけど……」
透の漏らしたその声は、くっついている真後ろの美海にしか届かなかった。
二人で並んで下校している中でも、やはり話題は異能力関連のものとなる。学校から離れ、一応人通りが少なくなってきたところで透は話題を転換し、何となく疑問に思っていたことを口にした。
「そういえばさ……なんであのマフラーがトリガーなんだろうね」
今、件の赤マフラーは美海のバッグの中に入っている。それは美海の異能力のトリガーであるというだけでなく、元々二人にとって一定の意味がある物であった。
「それはもちろん思い入れがあるからじゃない?比較対象は椋さんのタバコしか無いけど、多分負けないくらい好きだよ」
「う~ん……むしろそこなんだよなぁ……僕のあげた誕プレがタバコと同じって言うのが何とも……別に季節によって外すし着用に常習性があるというわけでもないだろ?」
「……そうだね!」
答えの出ない他愛ない話をしていると、透はどこからか自分たちを見ている影があるような感覚に襲われた。
(さっきもそうだったけど、妙に他人からの視線に敏感になっている気がする……これは単に僕が警戒心を強めているだけなのか……感覚が鋭敏になっているのか?)
何も感じていない様子の美海を見て勘違いの可能性も考慮しながら周囲を伺うと、何となく気配を感じた方向で、全身黒ずくめにフードを被った人物が塀に寄りかかりながらスマホをいじっていた。
意識して若干早足になってしまうが、進行方向にいたその人物の横を何事もなく通り抜けていく。
杞憂だったかもしれないと透が思った時、その人物は二人に声を掛けてきた。
「そこのスクールボーイ。ミーに何か用かな?」
二人が振り返ると、そこには先ほどの黒ずくめの男が、両手をポケットに入れて立っていた。フードの中から見える顔は彫りが深く、日本人的ではない。
怪しい恰好であるが、外出するのにおかしいというほどではないと思い、平静を装い返答する。
「……ジロジロ見たのはすいません。あまりここら辺では見ない方だったので……気分を害してしまったなら申し訳ないです」
美海は警戒して、透の影に隠れるように動く。即座に逃げられるようにも不意打ちをできるようにも対応した位置取りだった。
「いやいや、それならノープロブレム。それより少し聞きたいことがあるんだが、タイムはフリーかい?」
「……道案内とかですか?」
気取った奇妙な話し方に眉をひそめながら、透はその時、能力を弱く発動させた。
目の前の男から能力者であることを示す音が聞こえる。そこまでは、予想の範疇であった。
「…!?美海!マフラー準備!」
透の飛ばした唐突な指示に、暇そうにしていた美海は目を白黒させながらも反射的にバッグに手を突っ込む。
「えっ、なに急に……この人が能力者だとしても、敵だとは……」
構えながらも困惑する美海に対して冷や汗を流しながら透は答えた。
「違う!
透は能力の反応から、男を中心に円を描くようにして化け物の存在を確認した。まさか偶然なわけがない。
「アメイジング!そこのボーイは中々器用なタイプのようだね……話が早くて助かるよ」
男がそう言った瞬間、地面から生えてくるように、石でできた人型のマネキンのようなものが8体現れる。
どれも一般的な成人男性ほどの体格で、二人を囲むように立つ姿は威圧感があった。
「ラフな真似をしようって訳じゃない。ただユーから
意味不明な単語を話す、怪しい恰好のこちらに対する害意を持っている男という属性に対し、強い危機感を感じつつ透はたじろぐ。
「何言ってんだ……」
「……我らを倒すという前提ならば事前に待ち伏せしておくという発想は悪くない。しかし」
美海が赤い軌跡を残してその場から消えたかと思うと、石の化け物が全て砕ける。
一瞬の間の後、透と男の間に挟まるように着地した。
「我らは易々と打ち負かされるような器ではないぞ。下郎」
「ほう……エクセレンッ!」
驚いた様子の男だが、恐れるような様子は無く、むしろどこかワクワクしているようだった。
「拙者からも聞きたいことがいくらかあるが……こんな天下の往来で果たし合うなど、お互いにとって利が無いと思わぬか?」
「フゥム!いいねぇ……ユーも話が早いのか!では、どこでやる?」
カタカタと不気味に震える、砕いたはずの化け物を構成していた石を横目で見ながら美海は考え込む。
(この男が待ち伏せをしていたこの場からは離れる、ということはマストだよね……ここが閑静であるとはいえ住宅街ってことだけじゃなく、8体しか私が倒した個体がいないことからまだ相手は切ってない手札もあるのは明らか。どこからともなく不意を突かれる危険性もあって、逃げようとしたって透を守り切れない可能性がある……私が比較的動きやすくて透も逃げやすい場所……)
そこまで思案したところで、相手に時間を与えるべきではないと考え、口を開く。
「知っているだろうがすぐ近くに自然公園がある。あそこは人がいることはあるが、それなりに広い上、木々が深くなっているところは人の目も入らん。そこで戦うのはどうだ?拙者と貴様の、一騎打ちだ」
美海は変身形態にしては七五調や四字熟語をあまり使わず、端的に用件を伝える。
普段から見ている透は分かったが、やや不機嫌であるようであった。
「正々堂々が好きか……乗ろう!ミーはチャーリー。ゴーレム使いの魔術師さ!」
「……拙者は豪乱河美海、忍だ」
美海がくるりと振り返ると透と向き合って、肩をがっしりと掴む。
「透!危険にさらしてすまないが、見届け人を頼む……!」
美海はシチュエーション自体には少し興奮しているようで、若干の喜色も混じらせながらも申し訳なさそうに言った。
それに対しどこか悔しそうな表情をした透は、首を横に振る。
「……いや、やらせないよ。あの二人も呼んで、それから……」
「おっと!増援を呼ぶタイムは与えない!」
地面に散らばっていた破片から組み上がった岩の化け物──ゴーレムが、透を掴もうとした瞬間砕け散る。
「いいだろう、今すぐ始めろ。ただし、透に手を出すな」
「ハハハ!ユーが正々堂々な限りは、ミーも従うさ。そのボーイも、当然始まるタイミングには居合わせてもらうよ」
つまり透は逃げられないための人質としての役割がある、ということだった。
お互いに警戒しながらも、静かに移動していく。
透は自分抜きで決められた一騎打ちを反故にすることも頭をよぎったが、ここでスマホを取り出したら町中で戦闘が勃発する事態になるだろうと思うと、動くことができなかった。
しばらくして、自然公園の静かな林の中で二人が相対する。
チャーリーは、少し離れた場所にいる透のことをちらりと見た。
「逃げるなよ?ミス・ゴウランガ」
「よそ見などさせぬさ……絡繰士よ、拙者の忍術を刮目しろ!」
その美海の宣言と同時に、チャーリーが袖から複数の石を美海に向かって投げつける。
反射的に美海が横に回避すると、空中で小型のゴーレムが組み上げられ、着地すると再び特攻する。
美海がチャーリーが地面に何やら手を当てて作ったらしい目の前のゴーレムを弾き飛ばすと同時に、背後に向かって何かを投げつけ、迫ってきていた小型ゴーレムを破裂させた。
戦いが始まり、自分から注意が外れたことを確認した瞬間、必死に流れ弾に当たらないよう隠れながらも電話をかけると、透にとっては意外にも即座に応対があった。
「東さん!大変です!」
透は要件を手短に伝えて電話を終え、探知能力を発動させて目まぐるしく動く敵の位置を何とか把握して、目の前で繰り広げられている戦いに巻き込まれない位置に着こうとした時、再び電話があった。
透が画面を見ると、予想通りではあるが椋からの折り返しであった。電話を続けるとチャーリーに目を付けられそうだったためあまり長く話したくは無かったが、話し足りないことがあったかと思いながらもとりあえず出る。
『私が行く必要はあるか?一刻を争う危機的状態なら今すぐにでも"跳ぶ"が、可能ならば温存したいというのもある。一度そちらに行ってしまえば今日は緊急離脱すらできないからな』
そこから聞こえてきたのはダンテの声だった。走るような足音も電話越しに聞こえていて、二人はもう家を飛び出しているようであった。
『ワンチャン俺一人だとちょっと迷って時間かかるかもしれないって危惧もあるぜ!実は土地勘無いから!』
少し離れた場所から椋の声も聞こえてくる。
目を閉じて能力を集中させると、近くの能力者と化け物の位置関係が掴めてきた。
「美海は割と余裕そうに戦ってますね……お二人が来る前にやられることはこのままいけば無さそうではあります。体力は昨日までの検証で分かりましたけどほぼ無尽蔵に持ちますし……」
自分が狙われて荷物になることも恐れていたが、美海にかかりきりになっていて、透に回す戦力の余裕は無さそうであった。
「僕の発言から敵はこっちに味方がいることは予想していますけど、連絡を取ってから現れるまでの時間で美海に勝てると思ってるはずです。もし一瞬で現れるなんてしたら刺激して取り逃がすかもしれません。確実なのは東さんを急いで連れてきてもらうことですかね。めちゃくちゃ強いので」
『実際に相手がミミを即座に倒す手段を兼ね備えているとしたら?』
「その様子は無いですけど……もしもの時は、お二人が来るまで僕が何とか時間稼ぎします」
『……分かった。何はともかく急ぐぞ、リョウ』
『ぐえっ!?』
そこで電話は切れた。
(おそらく東さんを抱えでもしたんだろう……成人男性が小中学生を誘拐してるとか通報されなきゃいいけど)
実際の戦況は、透の想像に反して美海にとってあまり芳しいものではなかった。
立ちふさがるゴーレムを砕き、飛び越え、本体であるチャーリーまであと一歩のところまで追いつめたかと思うと、逃げながらも岩や木にやたらめったら文字を書き込み、それをゴーレムに変えていく。
あまりにも手軽に作られるそれに足を取られ、その『あと一歩』が届かない。
ゴーレムの各個撃破は、美海にとって容易であった。しかし、一時的に戦闘不能状態にすることはできてもしばらくしたらゴーレムは再生する。
そのため戦いを続けるごとに数を増して現在は数十に及び、多対一をあまり得意としない美海にとって、無理に攻めすぎると囲まれて逃げ場を失うことになるという状況に陥っていた。
「ぬうぅ……!」
機動力の差から押し切られる前に離脱することは可能であるが、そうなるとやはりより敵の戦力が増え続けることになってしまう。
いたちごっこではあるが消耗が激しいのは美海の方であり、徐々に押されていく。
周囲の住民や透に配慮する必要があるのは美海であるのも不利に働いていた。本人たちは知る由も無いが、時間制限が存在しているという意味ではどちらも同じである。しかし、その限界が先に到達するのは美海の方だ。時には数を減らすために非効率な踏み込みが必要になる。
次第にチャーリーに肉薄することすら難しくなり、増していく攻勢に苦し気な顔を浮かべながら対処する羽目になっていく。
美海の背後にもゴーレムを展開したことを確認し、チャーリーは得意げな顔を浮かべて厚いゴーレムの壁の奥から宣言した。
「チェックメイトだ。ミス・ゴウランガ!」
◆
時は桃山。真田十勇士が筆頭、
佐助一人に対し、石川五右衛門の一の子分である
忍術を師に封じられたこともあり一度は捕らえられてしまうものの、佐助を慕う女人の助けもあって奮起することにより、たった一夜にして全てを制圧せしめた。
真の忍者にとって、雑兵の数百など物の数ではないのだ。
──しかし、猿飛佐助は実在の人物ではない。その存在は架空であり、数多の伝説も娯楽として創作されたものであって現実に起こったことではない。
ましてや彼の成した偉業の再現など、到底不可能であろう。
忍者の華々しい活躍など、所詮フィクションの中の産物なのだ。
◆
「……否!……否ッ、否ァッ!」
美海は頭をよぎった考えを強く否定する。
「拙者は現代に蘇った
チャーリーは唐突に叫んだ美海に困惑しながらも強気に返す。
「何をごちゃごちゃ……ワット!?」
結局のところ美海側には人海戦術を突破し自身に決定打を与える手段は持ち合わせていない。そう判断していたチャーリーは虚を突かれた。
美海が何の前兆も無く、その場から消えたのだ。
音も姿も、あらゆる遁法の合図すら悟らせず、鷲の飛ぶよりも疾き神速の秘技。
かの猿飛佐助が用いた忍術、その名は──
「鳥人の術!」
叫んだ美海の声すらチャーリーには捉えられない。
一切の気配を感知できず、一瞬棒立ちとなったゴーレムが凄まじいほどの速度で解体されていく。その破壊されるゴーレムの位置すらもランダムで、破片となった石や岩が舞っていく様はまるでつむじ風が吹いて巻き上げられる砂嵐の様であった。
チャーリーは兎にも角にも自分の身を守るために周囲を固める。索敵ができないのであれば、防戦に回るしかない。この状態に早々にならなかったということは、何かしらの制約があると予想し、再び元に戻るまで耐え凌げばよい、と考えたのだ。
しかし、先ほどまでの押されていた時間で見つけたゴーレムの弱点──文字の刻まれた部位だけを飛び道具で破壊し、瞬く間に線を通される。
「
「ぐっ!?」
幾重にも重なったゴーレムの壁を、針の穴を通すような繊細さと流星の如き速さで潜り抜け、すれ違いざまにチャーリーの横腹を蹴り抜く。鎧のように体に纏っていた石を砕く音が鳴り響き、美海は一瞬骨を折り致命傷を与えてしまったかと錯覚した。
チャーリーは茂みに入って勢いが殺されるまで地面を転がり、激しく咳き込む声が聞こえてくる。周囲に存在していたゴーレムも全てではないが崩れ落ちた。
美海が様子見がてら、もしまだやるのなら追撃をしようと踏み込んだ瞬間、チャーリーは親指を立ててグッと手を掲げ、大の字で寝ころびながら大声を出した。
「ッファビュラス!ミス……ゴウランガ!サレンダーァッ、するよ!ゴフッ……」
僅かにつんのめりながらも美海は急ブレーキをかけ、警戒しながらも足を止める。
「ふっ……この程度、我が忍術の敵でなし!」
美海は見得を切って宣言すると、透の方に手を振った。
「終わった……のか?」
そう言いながら透は二人に近づいていく。
声の届く範囲にまで近づくと、会話が耳に入ってくる。
チャーリーは両手を上に挙げて露骨なまでに無抵抗を示しながら、上体を起こしていた。口内を切ったのか口の端からは血を垂らしている。
「ミス・ゴウランガ……これほどまでのパワー、ユーは"ジェラルド"に何を望んだのだ?」
その言葉を聞いた、その場にいるチャーリーを除く二人の頭には疑問符しか浮かばなかった。
「……ジェラルド?拙者はそのような者、知らぬ」
美海がそう返すと、チャーリーは怪訝な顔をした。
「ホワイ……?奴が言うには、人間がマナを使うには──ぐっ!?」
チャーリーは言葉の途中で胸を抑え、苦しみだした。
二人がそれに驚いたのも束の間、チャーリーを中心として、地面から土や砂が草木や石を巻き込み何かを形作っていく。
美海と透は事態を掴むことはできないが、明らかに危険な空気を察して二人してその場から急いで離れる。
すると、その異常から十秒足らずで、巨大な人型の何かが、地下水を吸ったのであろう泥を滴らせながら立ち上がった。
下から見上げる形になる二人には正確な大きさは測れないが、数十mはあるように見えた。
透はそれを見て驚きの声を上げる。
「はぁっ!?やば……目立ちすぎだろ!こんなの町中から見えるぞ!?」
あまりにも規格外な泥と土の巨人は、下を向いた。
落ち窪んだのっぺらぼうのような何も無い顔は、明確に二人を捉えている。
「どっ、どうやって対抗する?足を何とか崩すしかないか……」
「それどころじゃないでござる!」
巨人は一歩踏み出したかと思うと、二人目掛けて足を振り下ろす。
美海は咄嗟に、隣に来ていた透を抱えて大きく飛びすさり回避する。
「拙者一人であれば戦う道を選んだやも知れぬが、透を置いて行けるわけない!三十六計逃げるに如かず!」
美海はそう言いながら、機敏な動きで何とか迫りくる手足や、そこから飛び散る石礫を紙一重で躱していく。
しかし、行手を阻むように進行方向に巨大な石柱が生えてきて、先ほどの戦闘の疲労と透を庇うことを考えた結果、咄嗟に背中からぶつかる形になり、激痛と衝撃で動きが鈍ってしまう。
そして、それを読んでいたのか囲いこむように巨人が体を倒してくる。逃げきれない。
死ぬ、と美海が思った直後、周囲に隙間もほとんど無いのにどこからともなく現れた人間に二人の体が引っ張られる。
二人にとって見覚えのあるダッフルコートの長身──ダンテであった。
「すまない、遅れた」
その言葉と同時に三人が少し離れた位置に瞬間移動すると、元居た場所もろとも薙ぎ払うように三本の光線が空を走った。
それらは的確に巨人の胸と頭部と足を貫き、軌跡を残して消えていく。
泥の巨人は昨日まで彼らが倒してきた化け物と同じように霧散し、その場には気絶した茶髪の男だけが倒れ伏していた。
巨人を倒した光線の発生源は、空を見上げればすぐに分かった。
透は瞬間移動に伴う"酔い"で眩暈のする頭の中で、太陽がもう一つあるかと誤認した。
その姿は翼を大きく広げ強い光を放ち、上位存在である天使と呼ぶにふさわしい威容をしている。
美海と透も事前に知っていなければ、それが自分たちと同じ人間であるなど到底思わなかったであろう。それほどまでに自身とは隔絶した差がある存在のように思えた。
「強すぎ……」
誰かが漏らしたその声に同調するかのように、その場の全員が見とれてぼうっと見上げていると、見下ろす少女と美海の目が合った。
少女は美海たちの傍に素早く降り立ち、詫びるように片手を上げた。
その右手にはタバコを持ち、口の端からは白い煙が尾を引いている。
「うっし。何とかギリギリ間に合ったか?人が来る前にずらかんぞ」
白翼と光輪を広げながらダルダルのロングTシャツを着てあまりにも俗っぽい口調で話すその姿は、先ほどの神々しさと比べてどうにもアンバランスであった。