騒動から一夜明けた土曜の昼。昨日の諸々の前から元々予定していた人気の少ない集合場所に、白石と豪乱河の姿を確認した。「明日の予定どうなりますか?」と白石からグループメッセージで送られたのに「変更なし」とだけ返したからかどこかそわそわしている。
俺たちは
「よぉ、おはよ。えー、ここで追加メンバーの発表をします。生まれも育ちも国籍も日本人のチャーリーくんです。仲良くしてくださーい」
「ハ…ハロー、改めまして、遠山チャーリーだ……」
挨拶から間髪入れずにした紹介に二人は硬直していたが、数秒して我を取り戻したらしい白石が、すごい勢いで俺の横に回って囁いてくる。
「ちょっと……東さん」
「何だよ」
引きつった顔のチャーリーを放置して、白石に連れられてその場から若干離れた場所に移動する。
向こうに届かないようにだろう、声を潜めながら訴えてきた。
「予定に変更あるじゃないですか!何であいつ連れてきたんですか……!?元々敵でしょ!?しかも攻撃されたの僕らなんですけど……」
「しょうがねぇだろ、あいつしか黒幕っぽい奴の顔見た人間がいないんだから。能力の源は取り上げてるし、もしヤバそうなことになってもすでにこっちが勝った実績あるんだから抑えられはするはず……だろ?」
俺は誰にも配慮すること無く普通の声量で返す。
その態度に対してかは分からないが、白石は眉をひそめてきた。
「いやでも……僕らはそんなもの無くても使えてるんだからあいつだって嘘ついてるだけかもしれないでしょ。肝心な時に不意打ちされるかもしれないってなると、僕はちょっと背中を預けるのは……それにそもそも実利云々を抜きにしても気持ち的にどうも」
「そうか?割とあっちは打ち解けてそうだけど」
顎で待っている三人の方を示す。会話内容は分からないが、頭を下げているチャーリーに気まずそうに顔を上げさせるような仕草をする豪乱河が目に入った。
正直言って打ち解けているという程ではなさそうだが、こう言った方が白石には効果的だろう。
「えぇ……」
「ほら、お前も早くいけよ。いがみ合ってると俺も困る」
「困るって……放っておくわけにもいかないし、あの人を連れてくことはもう覆せないじゃないですか。僕が嫌な思いする以外なんも無いんだから、困るも何もないでしょう」
「かもな」
投げやりな俺の言葉に呆れながら、諦めたようにダンテ達の方へ歩いていく白石の背中を見る。この二人と交渉する時間も無いし、ゴネられたら嫌だからもう直接連れてきて事後承諾した方が話が早いと思ったための行動だったが……まあ、どうせ目的を解決するまでの仲だ。横暴だと思われようが別にいい。こいつらとは違って、俺は今月中に男に戻らないと宿なしで死ぬしかないのだ。
……白石はどうにも心配性というか気が弱い。それ自体は悪いことではないし、豪乱河に巻き込まれたようなものだから慎重になるのも当然と言えば当然ではある。というか豪乱河と初めて会った時を考えれば弱気でいてくれて非常にありがたい。
それはそうと……『マナは感情に反応する』とチャーリーは言っていた。白石さえいなければ能力者は全員我が強いで纏めちゃってもいいくらいなんだが……。
「……東さん、結構失礼ですよそれ。まぁいいですけど……」
「え?俺今口に出してたか?」
「聞こえましたよ、気が弱いってはっきり」
「あぁ、そう……?ごめんな」
一人暮らしが長かったせいか?ブツブツ独り言を言うタイプじゃないと思ってたけど、俺は案外社会性が無いのかもしれない。
「ミスター・シライシ。ユーを人質にとるような真似をして、ほ……本当に申し訳ない。反省している」
「……まあ美海が怪我という怪我もしなかったからいいですよ……」
白石と戻ったところでチャーリーのどこかぎこちない謝罪もすませ、ついに本題だ。
チャーリーがこっちに向き直る。
「ミスター・アズマ、例のものだ」
「よっしゃ、様様だぜ」
チャーリーから俺にレジ袋を手渡された。
これはさっきここに来る前に合流した時から持っていたもので、合った時点で渡そうとしてきたが、先に二人に謝意を示すべきだと話していた。
今日はこれを当てにしていたのだ。正直我慢の限界である。だから早く許してもらわないと困ると考えていた。身内に許されてない奴から個人的に賄賂を受け取ることになるのは示しがつかない。……白い目で見られてる気もしないではないけど。
不透明の白い袋を上から覗くと、そこには見慣れたパッケージ──の色違いが入っていた。
反射的にチャーリーを蹴り倒す。
「ぐえあっ」
「おいこれメンソじゃねえかブチ殺すぞ!」
「ちょっ、え!?東さん落ち着いて……!」
何とこのバカが買ってきたのはハイライトはハイライトでもハイメン*1だった。到底許せることではない。
「殺す……今ならマジで殺せる……!つか何だこいつ、敵だった癖に仲間面してんじゃねぇぞ!何が申し訳ないだ、口では何とでも言えんだよ!」
「いやあなたが味方ってことにしたんですよね!?」
「こんな無能いらねぇわ!」
追撃を放とうとした時、豪乱河が俺の態度に驚きながらも機敏に羽交い絞めにしてきて、その隙に前からも白石に抑えられる。二人のせいでチャーリーを殴れない。
ダンテはチャーリーに手を差し伸べていた。まともなのは俺だけか!?
しばらくジタバタもがいていたが、周りの冷ややかな目に囲まれていると、流石に滑稽であることに気づいて頭が冷えてきた。
「はぁ……もういいや、荷物増やすわけにもいかねぇし、帰りにレギュラーの方奢れ」
抑えられた状態のまま力を抜き、大きくため息を吐いた後、チャーリーを睨みつけながら投げやりに言う。
「えっ、5200円したのだが……」
「あ?」
「I'm sorry.買う、絶対買うから!」
「よし」
言質を取ることができたので、一応留飲を下げてやることにした。
高校生はあたかも俺が悪いみたいな目をしているが……本当にそうか?
拘束を解かれ、肩を回すとチャーリーがビクッとした。殴らねぇよ。
とりあえずカートンを開封し、一箱取ってポケットに入れる。これは今日使う分だ。残った分は袋ごとチャーリーに渡す。俺は咄嗟に動く必要があるかもしれないから、荷物持ちはこいつにやらせるのがいい。持ち逃げされてもメンソールならいいや。
目的地に向けて進んでいきながら、何となくハイメンの今後について考える。
転売なんてするわけにもいかないし、そもそも金欠の状態でタバコを無駄にはできない。嫌いだったけど、久しぶりに吸ったら案外行けるかもしれないか?
あぁやばい、家出てから吸ってないからか思考が……。
俺が最後尾からとぼとぼ歩いていると、ダンテが近づいてきて小声で話しかけてきた。
「リョウ、君が露骨に怒って見せることで禍根がありそうな二人を冷静にさせるとは、やるじゃないか」
「……あ?何のこと?後で絶対買わせるけど……」
「いや何でもない。君の面目を立たせてあげようかと思っただけだ」
◆
途中まで道なりに進み、何の変哲もない林道から逸れるように獣道へと進んでいく。
事前に確認したルートとはいえ、確認できた痕跡や怪しい書き込みを辿るように進むため、複雑なルートである。しかし、ダンテの頭には地図が完全に入っているようで、先導に迷いは無かった。土地勘も無い初めて来た場所なのに見事なものだ。
実際にそういった怪しいポイントに辿り着くと、確かに何かが暴れたであろう跡を確認することができた。マモノや能力者によるものと断言できるかと言われればそんなことは無いが、俺たちの調査もそう間違ったものではなかったということではある。
そして、白石が道すがら手負いのマモノを2体、それぞれ異なる場所で発見した。いよいよ、戦闘を直近で行った何かはいたことは確実だ。
マモノの露払いはダンテと豪乱河に任せる。
白石が索敵して二人が仕留める、バランスのいい連携だ。
……つまり、俺のやることが無い。一度戦ったらしばらく戦闘不能だから仕方ないが、どうにも情けない気分になってくる。
後衛というか後ろで待機してる白石にその雰囲気が伝わったのか、声を掛けてくる。
「東さんは奥の手ですから、ドーンと構えといてくださいよ。戦えない僕より遥かにマシでしょ」
「そんな顔に出てたか?でも、現状役に立ってる度合いがなぁ……」
こうして慰められると、逆にみっともない。
視線を外して、気を紛らわすように髪をいじる。
「え、えーっと……あっ、また反応です。皆さん止まって」
白石が何かを察知したようで、これ幸いと先行している二人に声を掛けた。
……こいつの能力は使おうと集中しないとそこまでの精度じゃない。俺そんな不機嫌アピールしてたのか……。
「これ、能力者です。3人で、敵対している様子ではありませんね。こっちには気づいてないかな」
白石のそれは誤魔化すために適当に口実を作ったとかではなく、本当の報告だった。
それはまあ別にそうだろうと思ってたが、内容が少し意外だ。
今日、行動を始めてから初めての自分たち以外の人間との遭遇である。
「群れてるってことか……俺たちと似たようなもんか?」
「しからば、拙者らとも交渉の余地はありそうにござる。協心戮力、我ら……えー、東衆の仲間が増えるのは大歓迎なり」
「……流石に東さんも忍者衆の名前を背負うのは嫌だと思うよ」
誰もまともに付き合わない忍者モードの豪乱河の胡乱な言葉に白石が答えている。
勝手に名乗るにしても、俺の名前を使われるのは知らないところで敵が増えそうで確かに嫌だ。
その後、白石の案内の通り進むと、件の能力者はすぐに肉眼で確認できた。
それなりに近づいたがそれでも反応しない。白石のようなタイプはいなさそうだ。
20代くらいの細身の男と大柄な男、そして二人と比較して一際若そうな少年の三人組であった。
少年が林の中の切り株に、それ以外が地面に座り込んでおり、何か話している。声は聞こえないが、少なくとも剣呑な雰囲気ではない。素直に考えるなら組んでいるとみるべきだろう。
「俺は誰も知らないけど、あの中に知り合いとかいるか?」
俺がそうダンテ以外に聞いたが、誰も頷く人間はいなかった。ずっと気まずそうに押し黙っているチャーリーも特に反応しないところから、ジェラルドではないようだ。
「そうだな……ならば即座に退避できる私が接触しよう。そちらは合図があればすぐ動けるように構えてくれ」
ダンテがそう提案すると、特に異論を出すことも無く、全員が賛成する。
手を上げ無抵抗を示しながら近づいていくダンテの様子を木陰から見守りながら、俺はタバコを口に咥えた。
「安心しろ、もしもの時は俺が全部蹴散らしてやるから」
俺は他のメンツを安心させると言うより自分を鼓舞するために、意図的に大口を叩く。
「はいはい、頼ってますよ」
「透!拙者らは
豪乱河が長々とどうでもいい口上を述べている中、向こうで二言ほどやり取りをしたダンテがこちらに振り返った。
「伏せろ!」
ダンテが叫ぶと同時に俺はタバコに火を付ける。
メンソール特有の鼻を突くようなスースーした感覚がする。これに慣れないから俺はメンソールが苦手なんだ。
あぁッ……タールが低いせいかメンソが邪魔するせいか純粋に味を感じにくくて不味い!というか気持ち悪い!ハイライトっぽいのにハイライトに到達しない感じが何よりも不快だ……!
だが何はともあれ問題なく変身できた感触はあった。これで宣言通り敵は蹴散らせる。
変身直後に爆風が巻き起こり、石や木片が体を襲ってきた。咄嗟に後ろにいる三人を庇うように翼を大きく広げる。
爆弾!?殺意が高すぎる!正気の沙汰とは思えない。
このまま戦闘に突入するとなると、被害範囲が大きく非戦闘員が巻き込まれるかもしれない。
「いったん下がってろ!」
「御意!」
後ろを一瞥して指示を飛ばす。……あれ?翼の大きさからして十分覆えたと思っていたが、三人にやたら土砂などがかかって汚れている。それに、衝撃を殺しきれなかったのか若干吹き飛ばされていた。
そう思考を飛ばしている内に三人がドロンという大げさな煙と共に消える。返事もあったし豪乱河が何かしたんだろう。
この場からいなくなった奴らのことを考えていても仕方ない。正面を向き直り、敵の攻撃に備える。爆発で空間がひらけて、煙が晴れ次第俺の位置も丸見えだ。
……何だ?視界が……。
爆風のせいで気づきにくかったが、視界を遮るように赤い線がある。
咄嗟にぬぐうために顔に手を当てて気づいた。額を切ったのか血が流れているのだ。
「あぁ……?」
これまでの戦闘からして、こんな余波程度じゃ傷一つ負わなかったのに……?
それによく見れば髪も羽も純白というには若干くすんでいる。他の奴らを守り切れてもなかったし、出力が明らかに普段より低い。
まさか……俺の異能力は、
想定外の事態に戸惑ったその時、それなりに離れたところにいたはずの男が一瞬で目の前に現れ、正面から攻撃を食らう。振るわれた拳が爆発した。
「ガハッ……!」
衝撃で口が開いて、タバコが地面に落ちた。久しぶりの強烈な痛みに膝をつく。幸運なのか能力の影響によるものかタバコの火は消えておらず、有情にも変身は解けていない。
やっぱり、いつもより遥かに痛い……!
若干薄れた意識の中、声が聞こえる。男二人のものだ。
「何だこれ、天使のマモノか?」
「いや、後ろに仲間がいた。人間だな。それに……天使のマモノが、タバコを吸うわけない」
「マジかよ、こんな子どもまでとかジェラルドの奴容赦ねぇな」
「最初から全力でいったお前が言うな。跡形もねぇじゃねえか」
男たちがケラケラと笑う。
クソ……ダンテはどうなった?こっちに警告できたということは、攻撃から逃れるための瞬間移動は間に合っているはずだ。
俺が膝を笑わせながら立ち上がって周りを見回そうとした時、足掻こうとしたと思ったのか、男に顔を蹴り飛ばされる。今度は爆発こそしなかったが、それでも痛いものは痛い。
うつぶせに倒れ、吹きだした鼻血で詰まったのか呼吸が苦しくなった。
「これじゃオレが弱い者いじめしてるみたいじゃん……かわいい子に怪我させたくないからさ、じっとしててくれよ~」
大柄な男が適当なこと言いながら、しゃがんで俺の体に何かしようとしている。改めて見ると、派手な柄のシャツを着ていていかにもチャラそうな見た目をしている。懐かしい……こんなやつがいっぱいいたなぁ……。
チャリチャリと鳴るチェーンの先には、色はチャーリーのそれとは異なるものの例の宝石と思しきものが提げられている。
意識を保つのに精いっぱいな中、解決法を必死で探しているのか男の容姿でここが地元だと勘違いしたのか、なぜか俺の頭に流れるのは地元でやった喧嘩の数々だった。こんな力の無かったただのガキの俺は、ピンチになったことなんていくらでもあった。どうやって切り抜けてきたんだっけ……。
我流、喧嘩の心得。
喧嘩が強いなんてうそぶく奴は多いが、人間一人一人の力に大した差はない。
一、先手。
ニ、人数。
三、凶器。
ここまででほぼ全ての趨勢は決まる。
そして、今回は全部相手に取られてやがる。つまり、おおむね負けということだ。逃げることが難しいなら、気絶したふりをするか相手の要求に従うかして被害を最小限にするのが賢明だ。それに時間を稼げばダンテなり豪乱河なりの援護も期待できなくはない。
けど、そんなんダサすぎる。
俺は"奥の手"だぞ。ここで一人で勝てなきゃ、俺がいる意味が無いだろ。
喧嘩の心得の最後。虚勢と根性。
そうだ、俺はいつもこれだった。なんで忘れてたんだろう、3年で鈍りすぎたか。
手で探って近くに落ちたタバコを拾い上げ、立ち上がった。
痛みで震える指で土まみれのタバコを口につけ、仁王立ちして広がった髪の隙間から睨みつける。
再び殴ってきたが、痛みを堪え拳の当たった顔すら動かさず、平然とした風を装い緩慢に口を開いた。
「今、なんかしたか?」
虚を突かれたのか怯んだのか、大柄な男が一歩下がった。悠然と大股で歩き拳を振り抜くと、腹に思いきり入り、鈍い音が周囲に響く。男の体が凄まじい勢いで吹き飛んで木々に突っ込み、周囲を風が吹き抜けた。
痛ってぇ……!
拳にズキズキと響く鈍痛を我慢して、薄いタールをせめて和らげるために口でフィルターを噛み千切る。
「ペッ……あぁー
頭に響く警鐘を無視して、鼻血すら拭わず堂々と立ち、茫然としている残っていた細身の男に話しかける。
必死に誤魔化しても調子は大して上がらない。殴り飛ばした奴も感覚的に戦闘不能までは行ってないだろう。劣勢なのには変わりない。増援も期待できない……いや、しない。
細身の男が、冷や汗をかきながら何やら懐からナイフのようなものを取り出してきた。
対人で
「強がりはやめな、お嬢ちゃん。これ以上はこっちも手抜きできない。怪我はしたくないだろう?」
「強がり?なんだそりゃ、今から10秒後に死ぬお前のその態度のことか?」
不快なメンソールの後味を口の中で噛み潰し、強く吐く。
これが終わったらとっととハイライトとコーヒーで口を洗い流すことを誓いながら、全てに対する怒りを発散するように拳を握り締めた。
ほぼ全ての読者の方々に多分理解してもらえないので説明しますが、ハイライト好きな人の中にたまにこういうメンソアンチのめんどくさい人いるよね(筆者の近くにも一人いた)っていうギャグです。