十一話
仕事をしている最中、なんとなく魂が壊れづらい気がした。
「……んー?」
ナイフの切れ味は変わらない、おれの『眼』も問題なく機能する、じゃあ、これは直感だけど――
「――幸ちゃん?」
なんとなく、正解な気がした。
――――――――――――――――――――――――――
「ということで第一回チキチキ幸ちゃんとおれの関係どうよ? 会議開始ー」
ぼんやりとした焦燥感に突き動かされ、おれは仕事から帰ってそのまま談話室の扉を開けた。
そこには華名ねーちゃんと弟妹の一人、
「血を拭け風呂に入れ話はそれからだ愚弟!」
「あはは、血塗れウケる、ネタにしていい? ねぇ兄貴ー」
華名ねーちゃんは相変わらずのノーマルさで、爽の方はいつも通りスマホを弄りながら返してくる。なんとなく安心した。
ここはいつも通りの日常だなぁ、おれが少し殺しがスムースに出来なくなった程度でこいつらは変わらないなぁ。
「……まーそれはそれとしてアイデンティティの危機すよー、ちょーどいいから話聞いてよねーちゃん、爽ー。」
「あ、華名姉さん、今回はマジで話聞いた方がいいよ、血を落とすと多分ダメ、はいビニールシート」
「……お前の勘は外れないからしょうがないわね、座りなさい、愚弟。」
爽が渡したビニールシートをソファの上に広げて華名ねーちゃんは促した、お言葉に甘えよう。
「で、何何何にーちゃん、アイデンティティの危機? 見事に人殺しの証を全身につけたままで言うの?」
生まれた時からの愉快犯、爽が茶化した口調で問いかけてくる。
「そうなんすよー、んで多分ねー、原因が幸ちゃんな予感がするんすよねぇ、それが結構困っててぇー」
「待て、話が見えないわ愚弟、一度順序立てて整理しなさい」
談話室の片隅にあったホワイトボードを引き摺り出してねーちゃんがその前に立つ。
「まず第一、幸ちゃんの何が作用してお前のアイデンティティが終わりかけなわけ?」
キュッキュッとホワイトボードに疑問点を書く、華名姉さんこういうところで真面目さが隠しきれないんだよなぁ」
「んー、多分なんすけどー、幸ちゃんってこう、多分祈りすら世界に影響するんすよ、いや確証はないんすけど、多分、幸ちゃんが何かを祈ってるせいで、魂が壊れづらくなりかけてる?」
「……一から十まで不確定要素じゃないの愚弟、ちょっと待ちなさい、……コインに訊くから」
華名姉さんが懐からコインを取り出す。
華名姉さんの『異常』のちょっとした応用を行うのだろう、姉さんは生まれた時からちょっとした幸運を意識的に引き寄せることが出来る、具体的に言えばコインを10回中全部表を出せる程度の能力だ。
だから、たとえば――
「……『善の言葉が正しいなら表になる』」
ちょっとした問いに対して『運良く』正しい答えを引き出すことが出来る。
コインを弾く、表だ。
「……本当に何なのあの子、私からの情報だけど、あの子、世界で一番貴方が大事なんですって」
舌打ちしてから姉さんは吐き捨てる。あー、なるほどな?
「幸ちゃん、結構普通の子なんすよ、おれが人殺しするのあんまよく思ってないんすねー、だから祈っちゃったんすねぇ、あまり殺さないように、って」
「えー、それヤバない? 善にーちゃんって人殺しを積み重ねるから免罪されてる危険人物じゃん、ワンチャン殺せなくなったら死刑執行ありえるでしょ?」
爽がさくりさくりと問題点の総括を言う。
そうなんすよねー、おれの殺しって仕事で、仕事してるから死刑になってないのそこそこあるんすよねー。
「つまりワンチャン善兄さんグッバイ!! かぁ……目の前でうんこ漏らしてくるとかどう?」
「世界一安直な恋の覚まし方やめなさい愚妹、でも確かに問題ね、何か改善策は考えてある?」
「んーーーーーー………………………………嫌われたくないけど愛されても応えようがない、今はまだ殺しづらくなるだけだけどそのうちリジェネとか掛かるとマジで終わる、……なんかいい案ないすか? 爽」
「お? いいの? あたしの案に頼るレベル? まぁそうだね、問題点を整理すると、今は一つ、居候が善兄ちゃんの殺しを必要だと思ってないこと、ならさぁ、必要なことだと見せつけてやったらどう?」
……そういう、ことになった。
――――――――――――――――――――――――――
「あ゙あ゙あ゙気が乗らねー!!!!!話し合いでなんとかならないっすか妙高ネキー!!!!!」
「キャラが崩れるくらい嫌なのウケる。天狗としても子供に現実を突きつけるのは気が乗らないけど、まぁ幸ちゃんの能力は暴走しかけてる、からしょうがない」
「あのもう夜なんだけど何ですか……? お仕事……?」
善は急げと言われて速攻で妙高に連絡が取られて(電話したのは爽だった、何処から連絡先を知った?)30分後、『現実を知らせるのに最適な奴が手隙だから』と今に至る。
……嫌な予感しかしないんすよ、だって要は分厚い情報を頭に叩き込める異常者でしょ? そんなやつはおれは数人しか知らない。
そしてそのうちの一人はある意味で幸ちゃんの成れの果てだ。
――からん、と乾いた音がした
音が鳴る、音が鳴る、かたかたと、からからと音が鳴る。
あぁ来てしまった、よりにもよってその成れの果てが来てしまった!!
「――こんばんは、わたしは➖➖➖だよ、かたかたさんとか音の魔女とか呼ばれてる/久しぶりだね妙高さん/善、きみはもくまに似てるから好きだよ」
異常な速さで声が聞こえる、いや、
この女、音の魔女はそのような異常だ、音に関する全てにおいて自由が許される異能を持っている。
だからこそ普通の意思疎通が困難なのだ。
今の
そして何より辛いのが、本人がそれを異常だと思い悩みつつ、何一つとして普通に近づけないことだ。
幸ちゃんが初めて叩き込まれる音の異常さに困惑している。警戒じゃないだけマシだろう。
「怖いよねごめんね、まぁでもどうしようもないんだ/妙高さんこの子に善のターゲットがどんなことを言っているか聴かせるだけでいいの?/善さん、後でお話ししようよ、最近もくまも元気がないんだ」
まるでマジックで同じマスに複数の文字を書いたような音がする。何度聞いてもこれは慣れないし、こっちとしても死ぬほどコミュニケーションに困る。
目配せをして、今は妙高が話すことに決めた。
「――そうだね、依頼はそれだけ、早くやって欲しい、もう遅い時間だからね」
「うん、いいよ。でもいいの? かなりこの世界のクソの煮凝りだけど、幸ちゃんが歪まない?」
「あ、あのおにーさん、わたし何がどうなるの?」
「あー、その、なんだ……あのね、幸ちゃん」「まぁ大丈夫か、
そう言って音の魔女は手を伸ばし、そして――
おれは幸ちゃんの耳を塞いだ。
「……? お仕事キャンセル?」
「善、その選択は感心しないよ、だって――」
「わーってるんすよ!!!! 先延ばしだって!!!!! でもやっぱおれ嫌っすよ!!!!! 幸ちゃんみたいな子供達におれの世界を見せるの!!!」
叫ぶ。
「だってそんな世界を見過ぎて➖➖➖ちゃんは音の魔女なんかから戻れなくなった!! おれが人を殺してんのはこっち側から抜け出せないアンタらみたいな人を減らすためなんすよ!! 大事な幸ちゃんを世界の肥溜めに引き込むとかよく考えなくても本末転倒だクソボケ!!!!」
「……だってさ、どう思う? 大事にされてるよ君は/善さん、いま私の名前呼んだ? 不思議、もくまも音に出来ないのに/妙高さん、多分これが最善だよ?」
音の魔女が一気に音を紡ぐ、妙高とおれはその言葉の意味が分からなくて動きを止める。
そんなおれらを見て、音の魔女がかなり気をつけて口を動かした。
「……わたしは、おとのまじょ、みみをふさいだところで、そのまわりのおとを聴かせられます」
……つまり?
「善さんの言ったこと、ぜんぶ、つつぬけ」
――――――――はい。
「愛だよねこれ!!!!!!!!!!!!!!!」
耳を塞がれてる幸ちゃんがクソほどテン上げで叫んだ、何で何で????
「よく状況はわからないままだけどおにーさんの愛は伝わりました!!!!!!!!完全にわたし得!!!ありがとうわかんない音を出す人!!!!」
「うわ恋する乙女解釈……どうするのここから精神的グロを見せる空気じゃないんだけど、ウケる」
妙高がジト目でおれを見てくる。
く、くそう!!!
「しょーがねーから全て一旦保留!!! 幸ちゃん、あのね、おれ人殺ししなきゃダメなんすよ、だから――」
「おにーさんがわたしのために人殺ししてるのは分かった、でも、やっぱり、……やっぱり嫌だから、わたしがお兄さんを守ります」
……はい?
「妙高さん、善おにーさんのお仕事、できるやつはわたしに回して、できるでしょ」
「……できるけど、助かるけど、え、ちょっと待って善の気遣いは?」
「善おにーさんとわたしの戦いを!!!します!!!!」
「待って♡待って♡理解できない♡」
困惑のあまり語尾がハートになってしまった、さ、幸ちゃんの狙いが分からない……!
「おにーさん!! わたしは愛されるのも好きだけど愛するのも好きです!! なのでわたしはおにーさんのために
……り、理解できねぇー!!!!!!!
視界の端で何処からか取り出したポップコーンを食べてる音の魔女が妙にウザく感じた。
次回、第二ラウンド