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俺はすごく頑張ったんだ。
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ある日、少女を拾った。片腕がなく何故か声が聞こえない少女を。
声が聞こえないというのは喋れないわけではなく、口が動くし音も聞こえるのに声が聞き取れないのだ。口から出るのは乱雑な音――例えば雨の音がした直後に雑踏の音がする――がするだけで、意思疎通は身振り手振りと表情でしか行えない。
それでもずっと一人でいた俺にとって、初めての同居人との生活は楽しかった。
その時俺は警察官をしていたため、家出少女を匿っていると職場に知られたら問題になるだろうが、それでも手放せない程に。
季節は巡る。こたつを買って二人で何も言わずにテレビを見た。
こたつを買った直後から、ここに居てもいいのだと安心したようだった。
季節は巡る、春になって少女との生活が日常になり、それが結構幸せだった
隣り合って寝る布団の中で、いつかちゃんと話せたらいいな、と不自由にお話した。
季節は巡る。夏になった、――善と名乗る少年が訪ねてきた。
善が言うには、ここら辺一帯では正しい音が阻害されているらしい。
善が言うには、その原因は少女――はてとその頃には呼んでいた――だと言う。
善が言うには、はては音の高位の支配者であり、聴きたくない音を歪ませ、正しい
ふざけるな、と思った、だってはては普通の女の子だ、俺の大事な同居人だ。
――分かっていた、だって不自然に音が捻じ曲がるなんて既に日常だったから。
たとえ普通ではなくとも、それでも今の生活を続ける、それだけが二人の望むことだった。
――分かっていた、それが部屋の外に漏れ出ていたのは。
それなら、そのためなら、俺はなんでもできるな、と冷たい心が囁いていた。
――それはとても迷惑で不自然だって。
だから、俺は包丁を手に取ったのだ。
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結果は引き分け、二人とも血塗れになって部屋に転がる。
どうも俺は加害に対して凄く凄く才能があるようだ、痛そうだな、と思ったところに一撃を加えた途端、善の動きが敵面に弱ったのだ。
それが分かってからは捨て身の戦法を取った。相手の致命打を交わしつつ、俺は相手が嫌がる場所に向けて包丁を振り回した。
その結果できる切り傷なんて無視をする、だってこの善とか言うやつ、はてを殺しに来たんだろう?
絶対、相打ち以上に持ち込んでやる。
その祈りが通ったのか、もう服が血で濡れてない場所がないまで刻みあった挙句、おれと善は天井を見上げている。
はてが俺に駆け寄って泣き喚いている。まるで金属が擦れるような音だ。ふらり、と善が立ち上がるのが見えた。
「――そこの――者、音を正し―しない―お前は死ぬんす―」
はての能力が漏れ出る中、何か言っている、はてを脅している?
あぁ、はてが怯えている。それはダメだ、頼むよ、この子はただ不器用なだけなんだよ。
「わかっ―なら――って、少しは、能力と向き合えよ異能者ァ! 大事な男との生活なんでしょ!?」
ぱちん、とずっと聞こえていた通奏低音が消えた。
「……はて、ちゃん?」
思った通りの音が出た、数ヶ月ぶりのことだった。
「っ――がまん、する、がまんするがまんする!!がまんするから、おねがい、もくまを殺さないで!」
びしり、と世界の果てから音が聞こえる。それを必死に押さえつけるように、はては頭を抱えて何かと戦っているようだ。
善が思案顔になっている。少しだけ遠くを見た後、電話を取り出して連絡を入れた。
「とりあえず、はて?ちゃんはそのままで、そのままっすよ、じゃないと殺さないといけないから。――こっちの職員を呼ぶっす、そこのもくま?も治療してやるから、感謝しなよ?」
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数日後、俺は病院のベンチで空を見ていた。
あり得ない速度で後遺症もなく治療され、これから俺は日常に戻れるらしい。――はてのいない日常に。
はては、どうやら本部と呼ばれる団体の所属になったらしい、そこは俺のような一般人は立ち入れなくて、必然的にお別れするしかない、ようだ。
虚無を見つめていると、隣に俺たちの日常を壊し腐った善が腰掛け、へらへらと話しかけてきた。どの面下げてだこの野郎。
「ちょっとーキレないでほしーんすけどー。……お兄さんにとっても悪い話じゃねぇっすよ?」
「悪い話のど真ん中に突き落とした後でいい話を持ってきてもプラマイ0だクソボケ」
「おっ言うねえ。――あのね、おにーさん、おれ、実はかなり強いんすよ、で、その強いおれを
「――は?」
説明を聞くとこうだ、どうも本部というのは潜在的に善人が回している、なので汚れ仕事を担える存在が少ない。
そこに現れたのが俺、なんの異常も持たず、しかし大事なものなら加害を選択できる精神性を持ち、なにより、痛みを与える才能が飛び抜けてある。それが評価された、らしい。
「……それを引き受けたら、はてとまた暮らせる?」
「ん、暮らせる暮らせる。つうか本命はそれでねぇ、はてちゃん、お前がいないとマトモになる努力を一切しないんすよ、それは問題アリアリだから、拷問官うんぬんは脅しであり建前でありついでなわけ」
「脅し、――あぁ、俺にやらせるのか、はての拷問を、もしもの時は」
「その思考の残酷さ、イエスっすね!! ま、そういうこと、おれらが与える飴は日常、鞭は最悪の未来の強制、どうする? 何も手に取らず元に戻るって道ももちろんあるっすよ?」
「いや、いい、受ける、受けるよ。そしてお前らを利用して、いつか、いつか――」
いつか?と善が首を傾げた。
「いつか、俺ははてに、『普通』をプレゼントしてやりたい。それだけだ」
「……おっどろいた、茨の道超えてるっすよそれ、異常のまま幸せになろ?」
「俺にとって、はてにとっても、異常は何も与えなかったから、その道はありえない」
決意する、目を閉じる。目を開ける。ふ、と隣の異常者を見る。
へらへらとした癪に触る男、でも、多分へらへらしてることで何かを守っている男。
その姿勢は、少し真似するべきだと思ったから
「――じゃ、がんばるっすかねぇ」
まずは口調から適応しよう、これから歩む血の道のために。
「……お前、口調真似るのやめろ????」
「オマエが口調変えたら? 今だって語尾わすれてるっすよ、異常のセンパイ?」