十五話
『あのね愚弟、私たち宮田の人間が普通が幸せかどうかなんて分かると思ってるの? じゃあ誰に聞けばいいですって? 貴方の職場なら一般人が沢山いるでしょう? 行きなさい』
「――って言われてぇ」
「待て待て待て、とりあえずそれで顔を見た程度の俺に聞かれても困る、困るんだ、なぁ相棒?」
「ふふ、でも、多分いい機会だよ相棒。――じゃ、トークしようか、宮田、善」
――――――――――――――――――――――――――
焼肉屋に行った次の日、おれはまず華名ねーちゃんに訊ねてみたのだ、「普通になるって幸せっすかね」と。
その答えが『人に聞け、普通の奴だぞ』だ。
なので一番普通の人を思い出して、その人に会いに行った。
本部の魂研究科に長く在籍している漫才コンビ、もとい研究員と助手の二人、この二人が数少ないおれの普通のサンプルだ。
なんで普通だと思ったか? ……魂なんてものを研究している人はかなりのスパンで正常なメンタルを失い、別の研究に突っ走る。
そんな中、この二人はおれが本部を知る前から在籍していて、ずっと変わらず無遅刻無欠勤で出勤している。
それを遠くから凄いなと見ていたのだ。
もしかしたらおれは質問を口実にして、この二人と話したかっただけかもしれない。
おれら宮田の人間は普通からずっと遠くで生きているから、基本的に普通の人間が好きなのだ。
「――で、なんだ、普通は幸せかって? それは皮肉か嫌がらせか? 俺ら常人はお前ら異能者の庇護のもとに平穏を享受してるのは知っているな?」
「あー、うん、そういう恩着せがましい話じゃなく、もっと気軽に、そっすね、生きてて楽しいっすか? みたいなことを聞きたくて……」
ジト目を向けてくる研究員の視線を受け、おれは居心地悪く頭を掻く。
本当に恩着せるために質問したわけではないのだ、しかしそうか、おれらをよく知ってる普通の人ってそんなこと思ってたんだなぁ……おれは出来るからやってるだけなのに……
「相棒、すこし神経過敏。――そうだね、生きてて楽しいよ、じゃないと、この世界を保とうなんて考えない、でしょ?」
助手さんが端的に答えを言う。
そう、そういうのが聞きたかった。
「……その楽しさって普通が由来のものっすか?」
「ん?質問が不明瞭。そも、異能者の善、普通が由来の幸せって何?」
「ぅえっ? ……そっすねぇ、……何すかねえ?」
確かに普通じゃないと得られない幸せってなんだ? おれの幸せは……人を守ることといいもん食って楽しいことして……異常者じゃなくても出来るな? 全部。
「ふふ、もっと考えて質問しなさい、子供じゃないんだから。――今度はこっちから質問するよ、そも、君はその普通を求めていない、質問に答えられない具体性のない望みは望みではない。」
ならば、と助手はおれの目をじっと見る。
「――誰を普通にしたいんだい? やっぱりあの生殺自在の女の子かな?」
「……あの、この人って読心術の使い手っすか?」
「相棒はそんなんじゃない、ただちょっと頭がいいだけだ。それはそれとして、その反応、全て図星だな?」
研究員さんが天を仰ぐ。何か問題があるんすかね……
「あー……そうだな、これは妙高からの報告が前提になるが、かなり問題がある、そうだな、……幸の幸福には、異常であることが必要だ、これがまず第一の問題、わかるか?」
……幸ちゃんの幸福には異常であることが必要? そんな、別に仕事を辞められるならそれに越したことは――あ、いや、また異常を辞めさせようとしているなこの思考?
「何考え込んでんだ、わかんないか? 幸はお前を護りたいんだよ、それを為すには9歳児には荷が重い、能力がないと無力そのものだ。それだと望みは叶わない、分かったか?」
「それは……分かるんすけど、なんでそんなにおれが大事なんすか?」
「そんなの本人に聞け、逃げ回るな、甘えんな、だ。――逆に聞くけどよ、俺からしたらお前が異能者の幸を常人にしたい理由もわかんねぇんだよな、別にほっとけば良いじゃねぇか、幸はまだガキだが善良な異能者だろ? 本部が雑に扱わないよ」
「それ、は――だって、別にいいじゃないすか、能力があるとしても、それを使う義務はないじゃないっすか、なのに、なんで人を殺したりする罪を重ねるなんて……」
モヤモヤした考えが話を促されクリアになっていく。
あ、そうか、と思った、唐突に理解が降ってきた。
おれが思う普通の幸せ、それは――
「――ただ守られて、毎日明日が来るって普通に信じられて、血も腐臭も知らないで、そんな、世界で、生きることが……」
いきる、ことが
「手遅れ、だね、善くん?」
――言う通りだ。
しかも、手遅れにしたのはこのおれだ、あぁ、そうだ、最初から近づけさせないことでしか、この道は選べない。
「ふふ、詰みが一つ。じゃあ善、お姉さんとおじさんが相談に乗ってあげましょう。議題はそうだね、善の幸福、かな?」
「……幸ちゃんの幸福じゃないんすか」
「うん、まずはお前が自分の心と向き合う、これ大事、わかる? ――じゃないと、今の答えから動けないよ」
今の答え、幸ちゃんに普通になってほしい、間違った答えだ。
それは確かにダメだな、と思う。幸ちゃんは幸ちゃんのまま幸福になってほしい、これは矛盾しているけど本心なのだ。
「ま、といってもこれは少し簡単な問いだ、善、きみは私たち普通を守るのが幸せだし目的、でしょ?」
「随分直球に行くな相棒。――ま、これは定期的なカウンセリングでもそう記述されてる。カウンセリングの診断をバラしていいのかだと? 今は必要な処置だろ」
うわおれの内面がバレてんの恥ずかしいっすねー。
なんて茶化してる場合じゃない、それがおれの幸せ?
……確かにその通りっすね、だってどう考えてもおれ一人が多く血を浴びた方が、血を浴びる人間の総数は減る。
それは合理的で、幸せなことだろう?
「……その幸せは、向き合う必要があるほど変なことなんすか?」
「変、というか……なんだろうね、自己犠牲的すぎる?」
「俺から言わせると十分に変だな。俺ら凡人はなんとなく大きな幸せに属していたいんだよ。わざわざ肥溜めの処理をしたがるのは変人ってやつだ。――もしくは聖人、だな」
「…………人殺しが聖人ってありえねーすよ大丈夫っすか? 疲れてない?」
「そこだ」
ピシャリ、とおっさんが言った。
「そこなんだよ、善、お前の異常でありアイデンティティ、幸福の価値観のズレは。 なぁお前、人殺しは悪なんだろ? 悪が悪のまま、幸福になれると思っているのか? ならばそれは何故だ?」
その問いに一瞬だけ黙り込んで、即答する。
「そりゃー悪いことだし悪そのものっすよ、でもね、なんで悪人が幸せになっちゃいけねぇんすか? 幸せになるべき存在が不幸になるように、死ぬべきゴミも幸福を望んで何が悪いんすか。
こんなこと、別に当たり前の話だろう?
そう思って二人を見ると、おっさんは絶句し、助手さんは遠い目をしていた。
あっれおれなんかヤバいこと言ったっすかね?
「…………なるほどこれが異常者か、善、お前は世界のバランサーをしているつもりなんだな?」
「あ、そっすね、なんかこう……人間って人殺ししたくないじゃないすか、だからおれがやるんすよ、平気なおれが」
「ふふ、自惚れ、で処理するには本部への貢献が厚過ぎて処理できない。――まず善をおやすみさせるべきでは? 仕事がパンクして世界が終わるね?」
「人、それを神様と言う……ってか? なるほど、お前の頭の中はよく分かった、その上で言うぞ。――お前より、幸の方がその役目は上手くこなせる」
む、とおれは思った。が言い返せない。
だって確かに能力だけ見れば、幸ちゃんの方が明らかに殺すのが上手いのだ。
――それがどうにも気に食わない
「顔に出てるぞ、気に食わないって。なぁ善、善よ、俺はもう幸に任せるのをある程度受け入れるしかないと思ってんだよ。おれは普通だ、普通だから異常が外に溢れ出すのが怖い、なるべく今が続けばいいと思う。だから幸には第二のお前に、殺し屋になってくれたら安心する、枕を高くして寝られる。だってお前らが殺すのは異常者だけだ、俺ら常人は殺さないんだろ?」
……一理、ある、でもそれと同時に心が囁く。
それはどうやっても受け入れられないと。それを受け入れたら、おれが殺す理由にヒビが入る、と。
何度も言うけど、おれはただ、おれが血に濡れることで誰もが綺麗にいて欲しいのだから、目の前で血に濡れる少女を受け入れることなんて出来ない。
それこそを、アイデンティティと呼ぶのだろう。
「――分かった、整理できたっす、おれは幸ちゃんが普通になって欲しいんじゃなく、ただ血に濡れて欲しくないだけ、殺して欲しくないだけ、っすね」
そして、その上で
「おれが、おれだけが悪を殺す、やり過ぎたゴミを殺す、それがおれの目指すべき幸福の形である」
パチパチ、と助手さんが拍手をする。
「自己定義完了、おめでとう、たとえその自己定義がワタシたち凡人からしたら異常者の傲慢であってもだ。じゃあ善、これが最後の問題、――善の幸福と幸の幸福は、どのような形で並ぶべきだい?」
「それは、……幸ちゃんとお話ししないとなぁ……っすよね?」
「その通り、ほら、早くお家に帰りなさい、愛しの少女が待っている、よ?」